第10話

四限目の講義が終わって、三人一緒に教室を出た。お腹が空いてしまい、上原くんの袖をちょっと引っ張る。


「帰りにお菓子買ってもいい?」


上原くんは俺を見てちょっとだけ睨んで、そして微笑んだ。


「だめ。晩ご飯まで我慢して。晩ご飯、何食べたい?」


何を食べたいかというと…。思い浮かんだのは。


「コロッケ!」


元気よく宣言すると、上原くんはンーって空を見上げてまた笑った。


「コロッケ?作ったことないけど、作ってみようか。三人で作れば何とかなるかな。スーパーに寄って帰ろう」


三人でスーパー行くのも、三人で料理するのも。家族みたい。父様と母様とヨルは、料理したことないけども。俺たちは一緒に料理する。友達だけど、家族のようでもある。

ぐー。お腹が鳴る。スーパー行ったら、やっぱりお菓子も買っちゃおう。上原くんに怒られたら伊藤くんに助け船出してもらおーなんて思ったところで、その伊藤くんが立ち止まった。


「ちょっと待って。帰る前に」


上原くんも思い出したように、あっと足を止めた。


「そうそう。俺たち、学生課に用があるんだ。引っ越ししたから住所変更の書類出したんだけど、それに不備があったって呼び出されちゃって」


正門向かう人の流れからちょっと外れて、学生課のある事務棟へ。


「そんじゃ、俺はここで待ってるね」


俺は一緒に引っ越してないし…。中まで引っ付いていくのは遠慮してみた。そう思って、学生課の前のベンチに腰掛けると、上原くんが心配するような目になった。


「動いちゃダメだからね。そこにいるんだよ」


何度も振り返る上原くんに手を振る。安心してよ。大丈夫だよ。コロッケ作るんだからどこにも行かないよ。そんな気持ちで振り返るのを止めるまで手を振った。


ふと地面を見ると、クローバーがちょぼちょぼ生えていた。

四つ葉のクローバー、あるかな。地面にしゃがみこんで、四つ葉探し体勢へ突入。四つ葉、四つ葉。どこだどこだ。


「あった」


一本見つけて達成感と共に立ち上がる。伊藤くんと上原くんにも見せてあげよう。なにかいいことあったらいいなとニヤニヤしながらクローバーを眺める。

すると。

クローバーの向こう、誰かが立っていた。一人の男の人が、立ち尽くしていた。目を真ん丸に見開いて。


「…スエ」


スエだ。スエだって分かった。伊藤くんと上原くんに入学式で会った時と同じ感覚。

でも。どうしよう。

純粋に嬉しいとも懐かしいとも思えない。というか、何も考えられない。どうしよう。伊藤くんと上原くん、まだかな。心細くなってオロオロとしていると、スエがフラフラした足取りで俺に近づいてきた。


そして。俺の前でぴたりと立ち止まり、深々と頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」


置き去りしたことを謝ってるんだろう。だけど、いいんだ。そんなの。止めて。聞きたくない。思い出したくない。


「何をしてる!」


大声張り上げて伊藤くんが走ってくる。上原くんも真っ青な顔して俺に向かって一直線。さっきまで動かなかった俺の足も、俺の頭が何か考えるより先にふたりに駆け寄る。伊藤くんはスエを睨みつけ、上原くんは俺の腕をしっかりと掴み、信じられないといった視線をスエに送る。


「申し訳ありませんでした」


スエは壊れた機械のように、何度も何度も頭を下げる。


「十年後に戻ったあと…。その時初めて、ヨル様がいなくなったと知りました。私が置き去りにしなければ」


十年?あれから十年後、戻ってきた?

でも戻ってこなかったって、伊藤くんも上原くんも言ってた。そう疑問に思ったけど、口にできない。伊藤くんがワナワナと震えていて、それどころじゃない。

伊藤くんを守らないと。支えないと。だけどまた足が動かない。地面に引っ付いてしまったみたいだ。

そんな動けない俺の代わりに、伊藤くんが俺を守るように前に立った。


「置き去りにしただって?それが事実でも…今のお前に謝ってもらっても、何も変わらない。俺たち関わらなければそれでいい」


伊藤くんは怖い声だった。怒ってるのを、憎んでるのを抑えるような声。それに対して、スエはただただ謝る。昔のスエの、あの無表情じゃなくて。本当に後悔の念が見える、苦しそうな顔だった。


「全て私の責任です。私がきちんとヨル様を送り届けていれば。ヨル様がいれば…奥様が病気で亡くなることも、その後お館様が自死を選んでしまうこともなかったでしょう」


知らなかった。

母様は病気で亡くなってたの?

父様は…。


隣で息を飲む音が聞こえた。上原くんをチラリと横目で見ると、瞬きもせずに目を見開いて伊藤くんを見つめていた。上原くんも『父様』のことは知らなかった?


「黙れ!」


伊藤くんが拳を握り、それを振り上げ。ゴッという音がした。伊藤くんがスエを殴った音。


「何をしているんですか!」


学生課の前ということもあり、すぐに職員が飛んできた。なぜ暴力をふるったのか説明を求められたけど、俺たちは何も言葉にできなくて、ただ立ち尽くすだけだった。

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