第8話

「父様、王都はどんなところ?」


明日から一週間ほどの予定で、俺と父様と父様付きの使用人と三人で王都へ行く。遊びに行くのではなくて、寄宿学校の入学試験を受けに行くのだ。


「にぎやかなところだよ」


何日も前から何回も同じ質問してるのに、父様は呆れることなく答えてくれた。けど、母様はちょっと厳しい。


「遊びに行くんじゃないんですからね。しっかりするのよ」


分かってる。遊びに行くんじゃなくて、試験受けに行くことは。だけど、王都行ったことないから楽しみなんだ。


夕食を終えて部屋に戻ると、スエが俺の旅行鞄に丁寧に服を畳んで入れているところだった。


「スエ、ありがとう」


荷造りしてくれてるスエを眺めながら、手持ち無沙汰でソファに座る。食事中は明るい気持ちだったけど、部屋に戻って荷造りを見ていると急に不安になってきた。

本当に王都に行くんだ。


「…試験って難しいかな。もし不合格だったらどうしよう」


父様と母様の期待に応えることができなかったら。ガッカリさせてしまったらどうしよう。そんな弱気な言葉を漏らすと、スエ荷造りの手を止めていつもどおりの無表情で答えた。


「ヨル様は今まで真面目に勉強されてきました。きっと合格することでしょう」


スエにそう言われたら何だか安心。無表情だけど、俺に興味がないわけじゃない。長年の付き合いで、それくらいは分かる。

新聞を読むのも手伝ってくれたし。家庭教師から出された課題を手伝ってくれたこともある。


「…でも、合格したら5年は王都での生活になるんだよね。父様とも母様とも…スエとも滅多に会えなくなるんだよね」


家に帰れるのは長期休暇だけ。想像するだけで寂しすぎる。


「貴族の家に生まれた子どもは、ほとんどが同じ道を通ります。大人になる第一歩ですよ」


スエが俺を励ましてくれた。大人になる第一歩。そうだよ俺だけじゃない。たくさんの子どもが同じ経験をするんだ。


「…うん。しっかりしなきゃ。まあ、そうだね。合格したときにまた寂しがるとして。王都でお土産を買ってくるね。何がいいかな?」


不安や寂しさは完全には消えないけど、それを隠すように明るく話題を変えた。


「何でも。ヨル様が選んでくれれば」


「それって一番難しいやつじゃん」


そんなこんな話をして、翌朝の出発に備えて早めに就寝。試験のことは忘れて、スエへのお土産は何にしようかなって考えながら眠りについた。




「…はっ。朝だ」


今日も今日とて爆音目覚ましで覚醒。でも今日はいつもと違う。三人でちょっと遠出するのだ。


「…だから、王都へ行くときの夢だったのかな」


爆音目覚ましを止めつつ、さっきまで見てた夢のこと、前世の記憶を反芻。

王都へ行った日のこと。人が多くて賑やかで圧倒されたこと。入学試験の面接のこと。お土産に頭を悩ませたこと。


ベッドにもたれて、ぼんやりと思い返す。楽しかったな。ヨルは旅行なんて、ほとんど行かなかったからな。ちょっと目を閉じて、父様母様、そしてスエのことを思い出す。

と、その時。ケータイが鳴った。なんだろな。

ねむねむな目で見てみると、『起きてる?』という上原くんからのメッセージ。…はっ。目を閉じてボーっとしてる場合じゃない。俺はしっかり目を開いて力強く立ち上がった。


その甲斐があって、約束の時間に支度は完了。迎えにきてくれた伊藤くんと上原くんと共に、向かう先はテーマパーク。


「初めて行くから楽しみ」


行きの電車の中で俺がそう言うと、伊藤くんも上原くんもニコニコ。


「はしゃぎすぎてころんじゃダメだからね」


子どもを心配する親そのもの。同い年だってこと、時々忘れそうになる。でも、子ども扱いされてもイヤな気持ちじゃない。嬉しい。


ヨルは寄宿学校へは行けなかった。その前にどこかに消えてしまった。家族と離れる寂しさ。それをヨルは味わわなかった。少なくとも、その記憶は俺には無い。

対照的に、伊藤くんと上原くんには消えたヨルを想う記憶が残っている。だから、悲しい思いをしたであろう分、今ふたりが楽しそうにしてたら俺も嬉しい。もちろん、俺を子どものように守ってくれることが単純に嬉しいのもある。


テーマパークに入ったあとも、はしゃぎにはしゃいだ。三人お揃いのキャラクターの被り物を買って、何枚も写真撮って、乗り物乗って大声上げた。そして、誰にあげるでもないけど、スエのことを思い浮かべてお土産を買った。


夜のパレードまでしっかり見ての帰り道。同じようにテーマパークを出た人たちの流れに乗って駅まで向かう。


「楽しかったね」


今日の感想を伝え合いながら、何気なく空を見上げる。鈍く星が光っていた。そこで、前世のあの世界との違いにふと気付く。


「あの世界と、見える星が違うよね」


ヨルは家庭教師から星のことも教わった。夏になったらあの星が見えるとか、明け方に地平線で光る星が見えたら冬が近いとか。それは今の生活で今のこの世界で、学校で勉強したものとは違う。

家庭教師に他に何を教えてもらったっけ。うーん。

そんなことを思い出そうとすると、伊藤くんが静かに呟いた。


「…あの世界は、今もどこかにあるのかな」


あれから、ヨルが消えてからどのくらい時間が経ったんだろうか?

スエはどこに行ってしまったんだろうか?あの世界で生きて、死んで?

そして。

俺たちと同じように…?

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