第7話

「えっ?引っ越し?」


俺の引っ越しではない。

伊藤くんと上原くんが実家を出て、ふたりで一緒に暮らすというのだ。同居?…同棲?実は深く突っ込んだことない。薄々は感じてるけど。


「うん、今度の休みに不動産屋に物件案内してもらうんだ」


上原くんがニコニコ話してくれるから、お昼ゴハンのカレーを食べてる手が止まる。


「どのへん?ウチの近く?」


ウチの近くだったらいいな。困った時にすぐ行けるし、すぐ来てもらえる。

期待を込めて聞いてみたんだけど、上原くんの反応はイマイチ。

ニコニコが消えて戸惑うように目を伏せてしまった。どうしたんだろう。ウチの近くは嫌なのかな。俺は困ってしまい、伊藤くんに助けを求める。

伊藤くんは俺に軽く頷いてみせ、次に上原くんの腕をポンポンと叩いた。それは優しい手つきだった。


「俺と上原も考えてたんだ。近くに住んだほうが安心するけど、近すぎるのは…昔に囚われすぎてるんじゃないかって」


ああ、そういうことか。

確かに俺たちは三人でよく一緒にいる。

前世のことがあるから一緒にいるのか、前世のことがなければ一緒にいないのか。

前世と今、適切な距離。

俺はほとんど葛藤してないけど、ふたりは考えて考えて考えてるんだろう。


「ふたりが近くにいるほうがいいよ。ほんと。近くに引っ越してきて。ていうか、物件見に行くのに俺もついていく勢い」


素直な気持ちを伝えると、上原くんがぎこちなく笑った。泣くのを我慢してるようにも見えた。


「ありがとう」


伊藤くんにもお礼を言われた。お礼を言われるようなことはしてない。図々しいんだ、俺は。


そして。

物件探しから引っ越しまで、あっという間。

引っ越しの当日、俺はふたりの新居でお手伝い。ふたりの引っ越し先は、ウチから徒歩一分のマンション。

朝からずっと片づけたり必要な物を買いに行ったりバタバタ。なんとか一段落ついた頃、もうすっかり暗くなっていた。

くたくたといった様子で座り込む伊藤くん。


「まだそろえなきゃいけない物も多いけど、まあこんなものか」


1LDKの部屋。新品の青いカーテン。設置したばかりのテレビ。奮発したという木のテーブル。ふたりが選んだというカーペット。

そこに胡坐をかき、俺は思ったことを口に出す。


「ホットプレートとか要るよね。今度、俺がプレゼントする。目覚ましとトースターのお礼」


それを聞いて、ハハッと笑う伊藤くん。


「何でホットプレート?」


俺のお腹がぐーっと鳴る。


「お腹空いた。お好み焼き食べたい…」


俺の悲痛なお腹の音が聞こえたのか、上原くんが段ボールを開ける手を止め、俺の傍に来てよしよしと宥めるように撫でてくれた。


「お好み焼きは今度。疲れたし…買いに行くのも面倒だね。今日はピザでも注文しようか。もう少し我慢できる?」


俺は力強く頷く。ピザ屋のピザ、めったに食べないからごちそう気分。


引っ越しそばならぬ、引っ越しピザ。

届いたピザを三人で囲みつつ、なんとなくテレビをつける。すると。

テレビの天気予報では、今夜から明け方にかけて大雨と雷とか不穏なことを伝えている。

雷は少し怖いな、と、心の中で思った。そしたら、伊藤くんに心の声を聞かれてしまった。


「今日はここに泊まったほうがいいな」


徒歩一分なのに…。と、思わないでもない。だけど、雷が鳴ったら怖いし。


「そうしようかな」


こくこくと頷くと、上原くんが困ってるけど嬉しそうな顔した。


「三人で寝られるかな。うーん、布団をくっつけたら何とかなるか」



順番にシャワーを浴びて、疲れたことだしさっさと寝ることにした。二枚の敷布団をうまいことくっつけて、俺を真ん中にして川の字で寝る。

雨はざあざあ。時折ピカッと光って、遠くでゴロゴロ聞こえる。

泊まってよかった。こんな夜は、ひとりだと心細い。隣の人肌に安心しつつウトウト。

あ、なんか…。思い出した。


「昔…ヨルが10歳くらいの頃かな?嵐の日、怖いから父様と母様に一緒に寝てってお願いしたけど却下されたよね。『もう子どもじゃないんだから』って」


父様、優しいけど厳しかった。そんな単なる思い出話のつもりだったけど、伊藤くんの声は沈んでいた。


「自立心を育てるために厳しいことを言ったな」


続けて上原くんも悲しそうに呟いた。


「言わなきゃよかったね」


ウトウトしかかってたが、急速に目が覚める。何気なく思い出話をしただけだったが、俺はふたりのトラウマを刺激してしまった。やばいやばいと慌てて言葉を付け加える。


「でも言わなかったら、甘ったれに成長したかも」


それから少し、シーンと間があって。


「たとえ甘ったれでも…」


伊藤くんの消え入りそうな声。

甘ったれのバカ息子でもよかったんだろう。ヨルがどこかに消えてしまうことに比べれば。


「ごめんね」


余計なこと言って、ふたりを悲しませてしまった。ふたりが手を繋いでくれたので、俺もぎゅっと手を握り返した。

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