第6話

伊藤くんと上原くんの手厚い看病のおかげで、風邪はすっかり良くなった。

爆音目覚ましで朝の目覚めもスッキリ。朝ご飯もトースターのおかげでバッチリ。うっかり3枚も食パン食べた。


お腹いっぱいで大学へ行くと、もう伊藤くんと上原くんは来てた。大教室の真ん中あたり。いつもの席。


「おはよー」


俺がてこてこ近づくと、上原くんが一度席を立って俺を真ん中に挟んでくれた。伊藤くんは新聞読んでる。そこを覗き込むと、小さい文字で目がチカチカ。


「おう、おはよ」


伊藤くんは新聞から顔を上げ、俺をひとなで。そんでまた新聞に視線を落とした。わざとらしくコソコソと上原くんの耳元で聞いてみる。


「伊藤くんって経済新聞読んでるの?大人だな」


上原くんはふふっと笑って教えてくれた。


「いつもは電車で読んでるけど、今日は座れなくて」


へー。いつも読んでるのか。

もう一度ちらっと伊藤くんを横目で見る。新聞読んでる伊藤くんを見て、在りし日の父様の姿を思い出す。父様も新聞読んでた。あの世界というか、あの世界のあの国でも新聞は何紙かあった。

俺も最初は無理やり読まされてた。新聞に興味なかったけど、半強制的に。



「ヨルもそろそろ新聞を読んでみようか」


10歳を過ぎた頃だったか。ある朝、父様にそう言われた。

お子様の自分には新聞は早い気がした。小さい文字がいっぱい並んでて、難しいこと書いてある。新聞ってそういうもの。面倒だなって思ったけど、父様のいいつけは絶対だ。


午前中に家庭教師が来て、昼食を食べたあとが俺の新聞タイムに設定された。

新聞を読み始めの初日。ひととおり目を通したが、思ったとおり何がなんだか分からない。

ふー。溜め息を吐いて、傍で控えてるスエに聞いてみた。


「スエも新聞読んでる?」


「はい。お館様が読み終わったあと、使用人部屋に置いてくださるので」


じゃあ俺も新聞読もう。スエに賢い子って思われたい。だけども。やっぱり難しくて、なんとなく目で追うだけ。


それから一週間ばかり経ったころ。朝食のテーブルで父様に聞かれた。


「この一週間で、何か気になった記事はあったか?」


返答につまる。新聞は読んでた。ただ読んでただけ。頭の中には残ってない。


「ヨルに新聞はまだ早いわ」


母様がフォローしてくれたけど、それが余計に気まずい。父様の期待に沿うことができなかった。

ションボリしたまま家庭教師の授業が始まって、その日は何回か注意された。全然集中できてないのは自分で分かってた。だって父様をガッカリさせてしまった。


そんな気持ちでもやってくる午後の新聞タイム。

でも気持ちが重くて新聞を手に取れない。机の上の新聞をじっと眺めて、傍で控えていたスエにポツリとこぼした。


「スエは新聞おもしろい?」


スエは一瞬息を止めた。そんな息遣いが聞こえた気がした。


「面白くはないですが…社会で何が起きてるのか知ることは必要です」


そうか…。使用人であるスエもそう思うんだから、いつかは父様の跡を継ぐ俺もそう思わなきゃいけないんだな。


「ヨル様は、新聞は難しいことを書いていると思われていますか?でしたら、一緒に読んでみましょう」


スエの提案に、俺は小さくウンと頷いた。

スエに賢い子だと思われたかったのは、もう諦める。スエに手伝ってもらって、父様と母様に賢い子だって思われたい。


「一番大きい記事から読んでみましょうか。この国の経済のことですね…」


と、いう感じで、スエに説明してもらいながら新聞を読んだ。

すると、なんということでしょう。今までは目が滑ってたのに、全部を完璧に理解しないまでも記事ひとつひとつに意味が見出せた。


そんな感じで一週間後。

朝食のテーブルで、父様に自分から新聞の話題を振った。


「父様、この一週間で一番興味があった記事は、天候が順調で農作物が豊作なことだよ」


自分から新聞の話題を出したことに、父様は少しだけ驚いて質問してきた。


「どうしてそれに興味を持ったんだ?」


「おいしいごはん、皆が食べられたらいいなって思ったから。父様は領主だから、領民にお腹いっぱいなってほしいでしょう?」


俺の答えに父様は誇らしげに笑い、母様は成長を喜ぶように目を細めた。

スエが新聞一緒に読んでくれたおかげだ。スエにあとでありがとうって言わなきゃ。

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