第5話

裏口のドアの前でうずくまってる俺を見つけたのは、料理番だったらしい。

明け方、朝食の仕込みの前にちょっと体操でもしようと外に出たところ、俺を見つけたそうだ。


冬ではないものの、薄着で一晩外にいた俺は完全に風邪を引いてしまった。


うんうんと熱にうなされる俺を看病したのはスエではなく、母様付きのメイドさんだった。熱でぼーっとした頭で、俺は聞いてみた。


「スエは?」


メイドさんはニッコリ笑って、汗をかいた俺の体を拭いてくれた。


「こういうのは、女の人のほうが向いてるんです」


へえ。そういうものなのかあ。そうかもなあ。と、風邪引いた俺のお世話をスエがしないことに納得してしまった。メイドさんに答えをはぐらかされたとは、その時は気付かなかった。


オカシイと気付いたのは、少し元気になってきたとき。

お世話どころか、お見舞いにも来ないので変だって思い始めた。だから、様子を見に来てくれた父様にボソリと聞いてみた。


「父様、スエは?」


父様は困った顔をして、布団の上から俺をポンポン。


「スエは…ヨルの世話係に向いてないかなと思ってな」


俺が夜に抜け出して、そして風邪を引いたからだ。スエにプレゼントしたかっただけなのに。そのせいで、風邪を引いて父様と母様に心配かけて、メイドさんにも余計な仕事を増やしてしまって。

悲しくなって涙が出そうで、顔が隠れるくらいに布団をぐいっと引っ張り上げた。だけど父様によって布団がずりっと引っ張られて、俺の情けない顔が出た。


「どうしてあの夜、外に出たんだ?」


優しくそう問われて、目の奥がじわっとなったのもつかの間。

すぐにぽろぽろ涙を流しながら、俺は素直に全部しゃべった。スエはつまらなさそうにしてると思ったこと。仲良くなるために、ビックリさせようと、夜中に抜け出して四つ葉のクローバーを探しに庭に出たこと。

そして、家に入れなくなったこと。

『どうして大声出して鍵を開けてもらわなかったのか』と、父様は聞かなかった。ただ、よしよしと俺の髪を撫でてくれた。

苦労して見つけた四つ葉のクローバーは、騒動のうちに失くしてしまっていた。風邪を引いて、たくさん迷惑かけて、スエが俺のお世話係から外されて。


父様の手は優しかったけど、それが余計に悲しくなってぽろぽろ泣き続けた。


その次の日のこと。

ノックされたのでメイドさんかなと思って「はーい」と返事すると。


「失礼します」


入ってきたのはスエだった。


「スエ!」


スエは一礼し、何も無かったように俺に伝えた。


「お館様に、ヨル様のお世話を申し付けられました」


スエは相変わらずの無表情だったけど、でも、その日から少しだけ仲良くなれたかなって気がした。

お茶を飲むとき「熱いですから気を付けて」と言ってくれたり。朝、着替えるとき「今日は寒くなるそうです」と言ってくれたり。

今までは無かった言葉。

皆に迷惑かけたし、四つ葉のクローバーをプレゼントすることができなくて残念だったけど、スエと少し仲良くなれたから俺の心はほんのり暖かかった。


と、四つ葉クローバーのことはすっかり諦めてたんだけど。それからしばらくしてスエにプレゼントすることができた。

ある日、スエが父様のお使いで町に出かけて、俺はひとりで部屋で本を読んでたとき。ドアがノックされ、入ってきたのは父様と母様。


「ヨル、一緒に四つ葉のクローバーを探そう」


そう誘ってくれたのが嬉しくて、本を投げ出す勢いで立ち上がったら「お行儀悪い」ってちょっとだけ叱られて、その後三人で庭でクローバー探しをした。

父様も母様も俺も笑ってた。楽しかった。嬉しかった。四つ葉のクローバーを見つけたこともそうだけど、三人で一緒に何かすることも、父様と母様が俺のことを考えてくれてたことも。



おでこにヒンヤリしたものが当てられて、ふっと意識が浮上。重い瞼を開けると、俺を覗き込んでる伊藤くんと上原くん。


「気分はどうだ?起き上がれるか?病院行こうな」


伊藤くんが手の甲を俺のほっぺに押し当てる。なんだか落ち着く。


「…うん。病院行く」


何とか体を起こそうとすると、サッと上原くんが背中を支えてくれた。心配そうに俺をさすって、そして伊藤くんに指示。


「俺、洗濯したり買い出し行ったりしてる。ちゃんと連れてってよ。目を離したりしないでよ」


合鍵渡しておいてよかったなあと思いながらよいせよいせと着替えて、近くのお医者さんへ。伊藤くんは上原くんのいいつけ通り、風邪でフラフラな俺に引っ付いていてくれた。受付とかも、全部やってくれた。俺はぼへーっと待合室の椅子に座ってるだけ。


「混んでるから診察まで時間かかるみたい。よっかかってていいよ」


俺は遠慮なく伊藤くんの肩を借りる。


「講義、サボらせてごめんね」


遅ればせながら今日が平日で、講義がバッチリあることを思い出した。だから謝ったのだけど、伊藤くんは呆れたように小さく笑った。


「ばかだな」


そう言って、伊藤くんは俺の手に手を重ねた。そして優しくきゅっと握ってくれた。


ばかっていうのは…。

親が子どもの心配をするのは、当然のこと。そういう意味。


寄りかかるのも手を握るのも、ヘンな意味はない。親と子どもだから。『父様』にとって、『ヨル』は12歳のままだから。


伊藤くんによりかかったまま目を閉じ、自分の診察までじっと待つことにした。

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