第4話

じいやはいつもニコニコしてたけど、スエは全然笑わなかった。笑わないし怒らないし、悲しそうな顔もしない。常に無表情。ニコリともせず、俺のお世話を淡々とこなしていた。

朝、俺を起こすこと。着替えを手伝うこと。お茶を淹れること。その他いろいろ。


家庭教師が来てるときは、俺の勉強が終わるまで部屋の隅で何時間でもじっと立って待っていた。


人間味がない、とでもいうのだろうか。ただ、6つかそこらのヨルにはそこまで語彙力がなく、代わりに別の言葉でスエに聞いてみた。


「スエ、別の仕事したい?この仕事はつまらない?」


そう訊ねると、スエは首を横に振った。


「いいえ。決してそんなことはありませんよ」


スエはそう答えたけど、その顔はやっぱり無表情で。俺のお世話、楽しくないんだろうなと幼心に感じていた。

だけど、俺はスエと仲良くなりたかった。なんてったって、綺麗な顔してるから。


仲良くなるために必要なこと…。

頭を悩ませた。どうやったら仲良くなれるだろうか。


ヨルには友達らしい友達はいなかった。ここは王都から遠く離れた田舎。この場所に、こじんまりとした領地を与えられている父様。

使用人の子どもが遊び相手になってくれることもあった。でも、遊び相手になる子は親に『ヨル様と仲良くしなさい』と言い含められてるから、俺が仲良くなるために努力する必要はなかった。


だけど、スエは違う。

スエは俺と仲良くしようとは微塵も思ってない。雇用主の子どもと、その使用人。ただそれだけ。

そんな相手に対してどうすればいいのか。ヨルの考えることは、単純だった。


プレゼント作戦。

プレゼントをすればスエは喜んでくれる。きっと仲良くしてくれる。


といっても、幼いヨルに自由になるお金なんかない。たとえお金があったとしても、自分一人で町に買いに行くことなんかできない。屋敷には時々商人がやって来て、父様や母様は気に入った物を買ったりしてたけど、そこにヨルが口を挟む隙などない。


そんな困ったヨルが思いついたのは、四つ葉のクローバー。

不思議なもので、あの世界でも四つ葉のクローバーは幸運を呼ぶアイテムとして広く知られていた。


ある夜、コッソリと部屋を抜け出すことを決意してベッドに入った。昼間はスエがいつも傍にいるから、クローバー探しに行けない。突然プレゼントをあげてスエをビックリさせたい。


ベッドの脇の小さなテーブル。

そこにほのかに光る明かり石が置いてある。皆が寝静まるまで起きてなきゃと、その明かり石をじいっと見つめて眠気を堪えた。


どのくらい経っただろうか。そろりそろりとベッドから抜け出す。部屋のドアを少しだけ開けて、廊下を窺う。

誰もいない。壁に埋め込まれている明かり石だけがぼやっと光っている。今だ!


さささーっと部屋を出て、てててーっと裏口へ走った。裏口を出たら、すぐそこにクローバーが一面に生えている。


「四つ葉のクローバーどこかな」


部屋から持ってきた小さな明かり石を頼りに、わさわさもさもさと四つ葉のクローバーを探す。ひゅーひゅーと風が吹き、肌寒い。寝間着なのでなおさらだ。だけど、スエと仲良くなるためには四つ葉のクローバーが必要なんだ。


「あっ!あった!」


目を凝らし、膝をつき、やっと見つけた四つ葉のクローバー。明日これをスエにあげよう。きっと喜んでくれる。

ウキウキした気持ちで裏口のドアを開けようとノブをひねった。しかし、開かない。


使用人が鍵をかけてしまったんだろう。

ドアをどんどん叩くなり、大声を出すなりすれば、きっと誰か気付いてくれただろう。でもそうしたら、夜中にベッドを抜け出したことが父様母様に知られたらきっと怒られる。

怒られるのが怖いのと、怒られるようなことした自分が恥ずかしいのと、怒られるのをスエに見られるのが恥ずかしいのと。幼いヨルは一晩中裏口のドアの前で小さく丸くなって、他に何もできなかった。



ビビビビッ!という爆音で目が覚める。

目覚まし止めなきゃ。そう思ったけど、なかなか体が動かない。動かせない。重くて痛い。

ダメだ。これ、風邪引いた感じだ。何とかベッドから這いずり出して、爆音目覚まし時計を止める。


「うー…大学休も…」


再びベッドに戻り、伊藤くんと上原くんにメッセージ飛ばす。


『風邪引いた。休む。大学終わったら来てほしい』


すると、ふたりからすぐに返信。


『すぐ行く』と伊藤くん。

『今から行く』と上原くん。


ふたりとも、講義サボるのかな。

サボらせるつもりはないけど…だめだ。頭痛い。体もだるい。メッセージ打つのさえできない。目を閉じる。瞼が熱い。熱のせいか、俺は再び眠ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る