第3話

伊藤くんと上原くんと俺。

明日は休みなので、三人で買い物に行く約束した。俺にトースター買ってくれるんだって。

少し前、朝にサンドイッチも買う余裕ないくらい慌てて大学行ったら、上原くんにめちゃくちゃ怒られてしまった。トースターは圧力だ。毎朝ちゃんと食べなさいという圧力。


上原くん、世話焼きなんだよな。昔以上に俺を子ども扱いしてるような気がしないでもないが。

同級生にトースターなんか買ってもらっちゃっていいのかな。よくないよな。選んでもらうのを手伝ってもらって、お金は自分で出そう。安くていいのがあればいいな。

そんなこんな考えつつ、ベッドに潜り込む。

そうそう、ケータイのアラームをセットしなきゃ。俺は寝るの大好きだから、気を付けないと。


そうやって自分に危機意識を持ってたはずなのに。

ぐうぐうすうすう。

夢も見ずにぐっすり眠り。


何かうるさい音が聞こえ、意識が浮上した。ピンポンピンポン。連打されるインターホンの音。なんじゃいな。うるさいなあ。


ぼへーっと起きて、のそりのそりとインターホンを確認してみる。すると。画面に映るのは、伊藤くんと上原くん。

…?あれ?今って何時?

時計を見ると、約束した時間を大幅に過ぎていた。さーっと目が覚める。


「ごめん!」


すぐにどたばたとドアを開けると、怒ってる二人…。

ではなく。

泣きそうになってる上原くんと、上原くんの背中をさすってる伊藤くんだった。


「…ごめんなさい。今、起きました」


俺はバカだなあと自分で思う。いなくなったヨルが、伊藤くんと上原くんの心の中にずしりと重く大きく存在してるのだ。時間になっても待ち合わせ場所に現れなかった俺を、ふたりがどう思ったのか。

パジャマ姿で寝ぐせと目やにのコンボの俺は、ただただ頭を下げる。


「トースター自分で買うから、目覚まし時計買ってください」


そう言うと、伊藤くんが俺の髪をぐしゃぐしゃに混ぜた。


「分かった。近所迷惑なくらいでかい音が鳴るやつ買ってやろう」


伊藤くんの声は怒ってなかったので、ホッと一安心。でも心配させてしまったことは、胸が痛む。

いい子どもにならないと。いや、今の俺はふたりの子どもじゃないけど。子どもみたいなもんだから。


それから朝の支度した俺と、伊藤くんと上原くんの三人で近所の家電量販店へ。店に入ると真っ直ぐに目覚まし時計売ってる売り場へ向かった。


「目覚まし時計、これでいいか」


爆音!って書いてる怪しげな目覚まし時計を選ぶ伊藤くん。

爆音ってどのくらい大きい音なんだろう。そんな思いで伊藤くんが手にしてる爆音目覚まし時計を眺めていると、横から上原くんが俺を小突いた。


「目覚まし時計、ベッドから手の届くところに置いたらだめだからね。離れたところに置くんだよ」


俺は素直に「はい」と返事。いくら爆音でも、それを止めて二度寝してたら意味ないよね。

そのくらい俺でも分かるけど、俺への信頼度は著しく低くなってるから今は余計なことは言わずに素直でいよう。


目覚まし時計を選び終わって、次はトースター。

売り場には高いのから安いのまでいろいろある。うーん。どれにしようかな。安くてシンプルなのでいいか。パンだけ焼ければいい。ピザを焼く機能とか絶対いらないし。いや待て。ピザ焼けるなら焼けるで…。

いろいろ目移りする俺をよそに、上原くんが「これにしようか」と、ひとつのトースターを選んだ。ピザどころかロールケーキの生地も焼けて、お手入れ簡単なやつ。お高いぞ。


「俺、パンだけ焼ければいいよ」


そんなこと言って上原くんに抵抗したけど、上原くんは意に介すことなくレジへすたすた。そんで、上原くんはそのまま支払いをしてしまった。自分でお金出すつもりだったんだけど…いいのかな。


チラリと上原くんを見ると、ニッコリ笑った…ように見えたけど目は笑ってなかった。


「朝ちゃんとパン焼いて食べるんだよ」


圧力がすごい。もうこれは脅迫だ。ここもまた素直にうなずく一択。


その後。

俺のウチに帰って、トースターでパン焼いてみたり。爆音がどのくらいかチェックしてみたり。三人でわいわい過ごした。


そんな中。上原くんがトイレに立った隙に、伊藤くんが少し悲し気にコッソリ謝った。


「上原が前世を引きずりすぎだって思ってるかもしれないけど…。許してやってくれ。今でも夜中にうなされることもあるんだ。『ヨルが帰ってこない』って」


あれ?ふたりとも実家暮らしのはずなのに。なんで夜中のことなんか知ってるんだ。

ふたりは今も夫婦なのかな。まあそれはいいか。


「ううん。上原くんは母様だもん。子どもがいなくなったんだから…」


その続きの言葉は出てこない。

最後の記憶。スエがお店に忘れ物を取りに戻った時。ヨルは12歳だった。子どもだった俺と、大人だった伊藤くんと上原くん。

最後のそのあと、どうなっちゃったか覚えてない俺。消えたヨルを捜した記憶を持ってる伊藤くんと上原くん。


前世の記憶のおかげで、今こうやって遊んだりゴハン食べたりして楽しいけど。

前世の記憶のせいで、苦しいこともあるんだな。

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