第2話 彼のヒロインがなぜ・・・





 俺は佐藤海さとうかい

 平凡な男である。


 そして、このクラスにはもう1人の佐藤がいて、そいつの名前は智生さとお

 そう、佐藤智生さとうさとおなのだ。


 苗字でも名前でも対して呼び方は変わらない。

 彼の親は何を考えて、その名前をつけたんだろうねぇ・・・


 まあそれで、佐藤が2人もいるとどっちの佐藤かわかりにくいため、俺は呼びやすいかいと呼ばれ、もう1人の佐藤がどっちともとれる“さとぉう”と呼ばれているのである。


 不憫な佐藤・・・

 俺も佐藤・・・


 いやいや、俺達サトウズの呼び方なんてどうだっていいんだって!

 それ以上に、さとぉうの事なんてどうでもいいんだって!


 そんな事よりも、なぜ辰巳の幼馴染が俺と一緒に帰っているのかの方が、どう考えても重要だろが!


 辰巳の幼馴染の名前は明日風舞あすかぜまい

 今は、なぜか一緒に帰る事になった俺の隣で楽しそうに歩いている。


 ・・・なんでだろうね?

 どうしてこうなったのか、俺にもよくわからん・・・


 ・・・いや、思いあたる節がないことはないんだけど。


 でもさ、あれがどうしてこれに繋がるのかが全くわからんのよ。


 ・・・・・

 ・・・


 それはある日の放課後の事。


 その日はバイトが入っていた。

 なのに、先生に用事を頼まれてしまったのだ。


 それが思いのほか時間かかり、気が付けばバイトの時間ギリギリ。


 さすがにバイトに遅刻する訳にはいかないため、俺は学校を出ると猛ダッシュで向かう。


 その途中、ショートカットするために大きい通りから中道へと入った・・・

 のはいいが、その先には・・・


 明らかにガラの悪い男達3人が、清楚な感じの女の子1人の周りを囲っていた。


 それを見た俺は、走りながらにしてこう思ったね・・・


 うむ、友達同士で仲睦まじくて微笑ましいですなぁ。

 これは邪魔をしてはいけないですねぇ。

 だから僕は関わってはいけないのだ・・・と。


 ・・・・・


 だって、俺は主人公じゃないし?

 そんな都合よく、絡まれている女の子に遭遇するなんてありえないじゃん?


 ましてや、万が一そんな状況に遭遇しても、物語の主人公のようにかっこよく助けられるわけないし?

 そしてその後に、主人公の様な都合のいい展開が起こるなんて事・・・


 絶対にありえませんからね!


 だから、その子は絡まれていないんです!

 これ確定!


 そもそも俺は急いでいるの!

 だから走る速度を緩めるつもりはないの!


「ちょっと、やめてください!」


 うん、聞かなかった・・・

 俺には何も聞こえなかった・・・


「いいじゃねえかよ。ほら、こっちこいよ!」

「一緒に楽しく遊ぼうぜ!」


 ほら、楽しく遊ぼうって言ってるじゃん?

 仲いいんですよ。


「や、やめてください!離してください!」


 うん、俺には何も見えない・・・

 その女の子が、ガラの悪い男の内の1人に無理矢理腕を掴まれている姿なんて・・・


 ・・・・・

 いいから早く助けろ??


 ・・・ふっ、バカを言っちゃいけない。

 俺がかっこよく女の子を助けられるとでも?


 そんなわけがない。


 そもそも、こういうのは主人公様が良いタイミングで登場すると相場が決まっているのだ!


 俺が関わらなくても、主人公様が現れて助けてくれるよ。

 うんうん・・・


 ・・・おっと!

 そんな事よりも、俺にはバイトがあるから急がなければならないのだ!!


 とはいえ、どっちにしろ彼らの近くを通りすぎなければならない。


 走る俺の直線上にいる彼らが間近に迫ってきたので、彼らを避けるために少しずれようとした時・・・


 何も無いのに躓いた・・・


 くっ!

 このまま転んでたまるかぁ!!


 俺は前のめりになると、両手を前に出して地面に付ける。

 そしてその勢いで、俺は宙を回転する。


 要は、転ばないように前転をしたのだ。


 しかも俺は10点満点の着地をするために、回転する足に勢いをつけていた・・・のだが。


 俺の右足だけが、なぜだか途中で止まってしまふ。


 ・・・


 うぬ、ガラの悪い奴らの一人の頭に、俺のかかとが乗っかっているようだ。


 下ろした足の先に頭があるとか、不思議な事もあるもんだ・・・

 ああ、不思議だ・・・


 と考えている内に、俺の踵を頭に受けたそいつは崩れ落ちた。

 俺はその間に、スチャッと綺麗に着地する。


 う~む、偶然とは恐ろしい・・・


 俺が顎に手を当てて考えていると・・・


「おい、こら!てめえ!!何しやがんだ!?」


 と、仲間の男が俺に怒鳴りつけてきた。


「へっ?いやいや、わざとじゃないよ?」

「あ!?ふざけんなよ!!こいつに蹴り入れやがったじゃねえか!!」


「いやいや、躓いて転んだら・・・たまたま踵落としが入るなんて事、よくあるっしょ?」

「そんな事あるわけねえだろが!!」


 えっ?

 よくあるよね?

 日常茶飯事だよね?


 ・・・


 えっ、ない?

 あ、そうですか・・・


「でめえ、俺達に喧嘩売ってんだな!?」

「いやいや、そんなわけないし!」


「ああ!?ふざけてんじゃねえぞ!!こっちこいや!!」

「あっ、もうこんな時間だ!ジクの時間だ!僕はジクに行かないと!」


 俺は腕を見て時間を確認する。

 そうだ、俺は塾に通ってないけど塾に行かねばいけなかったんだ!


 だから、彼らに付き合っている時間などないのだ!


 さっきはバイトって言ってなかったかって?


 ・・・いや、不良相手に馬鹿正直に言ってどうすんの?


「おい!ふざけんな!てめえは腕時計してねえだろが!」


 え?

 ・・・あ、ほんとだ。


 腕時計してない腕を見て時間を確認するなんて・・・


「僕ってお茶目さん!てへっ!」

「てめえ、この野郎!!」


 許してもらおうと可愛い笑顔でウインクしたのに、更に怒りが増し増しのようです。


 ・・・なぜでしょうか?

 意味がわかりませんです、はい・・・


「ってまあ、どっちにしろ君たちに付き合う時間はないので・・・これにてさらば!」

「あっ・・・」


 そう言って俺は脱兎の如く駆け出す。

 その瞬間、なんか女の子の声が聞こえたような気がするが、俺はそれどころではないのである。


 なぜなら・・・


「待てこら!!逃がさねえぞ!!」

「捕まえてボコボコにしてやるぞ、こらぁ!!」


 と、奴らが追って来たからである。


 待ちませ~ん!

 ボコボコにされると聞かされて、素直に待つバカがどこにいるんですか~?


 そう思って逃げる俺に、2人の不良はダウンした男を放置したままにして、ずっと俺を追いかけてくる。

 体力のなさそうな不良連中にしては、意外にも俺の速度に付いてきていた。


 思ったより体力あるんだなぁ・・・


 と思いつつも、頃合いを見て俺は更に加速する。


「はあ・・・はあ・・・ちょ、ちょっと・・・待て・・・」

「く、くそっ・・・はあ・・・はあ・・・追いつけねえ・・・」


 流石に俺の速度に追いつけなくなった彼らの声も、徐々に遠くなっていく。


 そして完全に見えなくなった頃。


 ・・・ふう、ようやく振り切ったか。

 よかったよかった、何事もなく済んで。


 さて、なんか疲れたし・・・


 ではでは帰るとしますか。


 ・・・・・


 って、あれ?

 なんか忘れているような・・・


 ・・・ああああああああ!

 俺はバイトに向かっている途中だったじゃん!


 やばい、完全に遅刻だあああああ!


 ・・・・・

 ・・・


 というような事があったのよ。


 とは言え、次の日には俺はその事をすっかり忘れ、完全に記憶から抜け落ちていたのだ。


 ・・・しかし。


 あの時に絡まれていた女の子というのが・・・

 明日風さんだったらしい・・・


 次の日、登校した俺に彼女が近づいてきたかと思うと・・・


「あの・・・海くん?昨日は助けてくれて・・・本当にありがとう!」


 と、いきなりお礼を言われたのだ。


 しかし俺は・・・


「はっ??」


 ってなるよね。

 全く記憶にない俺の頭の中は、????????で埋め尽くされたよね。


 だって、何を言っているのかも全く分からんし。

 何よりも、主人公様辰巳の幼馴染が俺に近づいてくんなし、だし・・・


「昨日助けた?・・・え?俺、昨日何かしたっけ?」

「ええ~!?覚えてないの?」


「うん、全く・・・少なくとも、俺が明日風さんを助けるような事をした記憶はないんだけど?」

「え、いや、不良に連れていかれそうになった時、助けてくれたでしょ?」


「不良・・・不良・・・・・ああ!俺の踵落としが綺麗に決まった時か!」

「そ、そう、それ!やっぱり覚えてくれてたんだね!」


「いやあ、あれは見事に綺麗に決まったよね!自分でもほれぼれするわ」

「うん、あれは凄かったよ!」


「とはいえ、転んだ拍子でたまたま踵落としが入るとか、偶然って恐ろしいよね」

「うんうん、転んだら偶然・・・って、え!?」


「え?」

「・・・」


 俺の話を聞いて、明日風さんが固まった。


 俺、何か変な事言った?

 事実をありのままに言っただけなんだけど?


「あれは偶然なの?」

「うん、偶然」


「私を助けてくれたわけじゃないの?」

「え?あの時、明日風さんいたの?」


「私が不良たちに絡まれていたって言ったじゃない・・・」

「ああ、あのガラの悪い連中と一緒にいた女の子は、明日風さんだったんだ?」


「気づいてなかったの!?」

「うん、全く」


「・・・で、でも女の子が居た事には気づいていたんだから、本当は絡まれているのを助けようとしてくれたんだよね?」

「いや、俺は仲睦まじく見えたから邪魔をしちゃいけないと思って、避けようとしたんだけど・・・」


「それで偶然・・転んで、たまたま・・・・踵落としが入ったの?」

「うん、その通りだけど・・・」


「・・・・・」

「・・・・・」


 え?

 何かおかしなところあった?


 さっきも言ったように、全部ありのままなんだけど・・・


 というか、そろそろ引き下がってくれないかな?


 俺は君たちの物語では空気なんですけど?

 関わり合いたくないんですけど?


「でもあの時、彼らをおちょくって注意が海くんに向くようにしてくれていたよね?」

「え!?俺、おちょくってた?」


「うん、かなり挑発していたように見えたよ?」

「・・・マジで??」


「うん、マジで・・・」

「・・・」


 マジかぁ・・・

 そんなつもりは・・・


 あったり~なかったり~ラジバンダ・・・おっとぉ?


 これか?

 これがいけないのか?


「そっかぁ・・・うん、わかったよ・・・海くんがそう言うなら、全てそういう事・・・・・なんだね?」

「お、おう!その通り!」


「じゃあ、そのあと彼らが海くんを追いかけていったのは偶然で、更には私が見えなくなるまでは、海くんは彼らに追いつかれないギリギリのスピードで走っていったように見えたのも、私の思い違いという事だね?」

「お、おう!そりゃそうでしょ!当たり前じゃん」


 こ、この子は何を言ってんのかねぇ・・・

 全部たまたまに決まってんじゃん。


「そっかそっかぁ・・・まあ、そのおかげで私は助かったけど・・・海くんがそう言うなら、そういう事・・・・・にしておいてあげるね」

「お、おう!そういう事にしておいてくれ!」


 ふう・・・

 よかったよかった。


 どうやら、ちゃんと理解してくれたようだな。


 ・・・って、ん?

 なんかおかしくない?


 俺が事実を伝えているのに、そういう事にしておいてあげる??


 ・・・あれ?

 どういう事!?


 い、いや、あまり深く考えるな!

 明日風さんは、俺の不甲斐なさに呆れ果てたはずだ!


 そうだ!

 そうに決まっている!


「うんうん、わかったよ~!じゃあ、とりあえずホームルーム始まるから、また後でね!」

「ああ、また後で」


 ・・・って、え!?

 また後で!?どういう事!?


 あんなやり取りしたら、普通なら俺に呆れて二度と関わりたくないと思わない!?

 え?思うよね!?


 俺は主人公のヒロイン達と関わる気はないんですけど!?

 というより、二度と関わりたくないんですけどぉ!?


 ・・・・・


 というようなやり取りが、昨日から今日の朝にかけてあったわけですよ・・・


 ね?俺に近づく意味が全くわからんでしょ?

 この流れから、どうやったら俺と一緒に帰ろうという発想にいたるのか・・・


 全く謎である・・・


 というか、また後でという言葉が今に繋がるとは、夢にも思ってなかったわ・・・


 そうやって、俺が一人で究極の謎を解き明かそうとしている最中さなか

 隣を歩いている明日風さんが、何かを閃いたような顔をしたと思うと・・・


「あ、そうだ!ちょっと寄り道しない?私、行ってみたい所があるんだよね」


 と、俺にどこかへ行こうと提案してきた。


 もちろん、俺に拒否権がなかったのは言うまでもない事である・・・


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