序幕~開幕は光から1
マーディル暦2023年30、30―――。
その暗闇の間に一人の女性が立っていた。
彼女の足下には魔方陣のような紋様が描かれている。
黴臭い、湿ったその空間で女性はただじっと、何かを待っているように瞼を閉ざしていた。
と、女性は突如、瞳を見開いた。
大きく開かれたその瞳は未だ若き光を輝かせていた。
「…どう出た…?」
魔方陣の外で女性を静観していた人影がそう告げる。
口元の無精ひげは気品漂うとは決して言えないが、声調はとても落ち着いていて風格を感じさせる低い声。
女性は黒塗りのコートを羽織っているその男へと視線を流した。
「はい…来年は降雨量がよくありません。ですが気候は安定し、災害や伝染病と言ったものはないと思われます」
そう述べた後、女性は「近年同様安泰です」と付け足した。
丁寧に一礼する女性を後目に、もう一人の白い法衣を纏った男性が口を開く。
「こうして安泰した年が続くと過去の争いが嘘のようですな」
世界は長い内戦が終結して8年、これといった大きな災害、病、争いが起こることもなく。
平和そのものであった。
未だ残ったままの爪跡も多々あり、それが問題となってはいるものの、着実に世界は良い方向へと向かっている。
「そうだな」
無精ひげの男がそう呟くと、法衣を纏う―――初老の男性は女性のもとへと足を運ぶ。
円陣の中心にいた女性は近づく男性へ再び深く腰を曲げた。
「また何かあったときは頼むぞ」
「はい。我等一族は国と世界の繁栄のため…お勤めいたします」
そう言ってフードから出てきた女性の顔は、まだ女性と呼ぶには若すぎる幼い少女であった。
だが彼女は4歳の時から既に、この国のために働いているのだ。
年齢のわりに達観した少女の面立ちは、そうした身の上であるが故だろう。
無精ひげの男はそんな少女に近づき、大げさに両手を広げてみせた。
「しっかし…こんなお子様が預言者とはなあ……国の将来も安泰そのものだと思うぜ?」
男の皮肉めいた口ぶりを制すように、初老の男性が咳払いを一つ漏らす。
と、少女がよろけた姿を見つけ、初老の男性は慌てて彼女を支える。
「ありがとうございます…」
いつの間にか少女の双眸は深く閉じられている。
手渡された杖を手に、もう一度会釈する少女。
予言者の女性―――もとい少女は盲目であった。
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