第2話

「ふわ……」


「アキト、Vater父さんMutter母さんはもうお仕事いったよ」


「ん、そうか」


 暁斗が一回へ降りると、朝ご飯のいい匂いが鼻をくすぐる。テーブルの上には美味しそうなスクランブルエッグと味噌汁が並べられていた。


 エミリはテキパキと着ていたエプロンを脱ぎ、椅子へ座る。その隣に暁斗の分の食事も並べられてあるため、必然的に暁斗はエミリの隣に座る。


「それじゃ、頂きます」


「頂きます」


 四人がけのテーブルなのに、対面には座らずに態々隣同士で座り合う。それは何故かと言うと――――


「はいアキト。あーん」


「あー……」


 エミリが暁斗に向かってあーんをしたいがためである。


lecker美味しい?」


「うん、美味しい。ありがとなエミリ」


「!……ふふ、嬉しい」


 笑顔でお礼を言う暁斗に対して、嬉しそうな顔をするエミリ。


 まるで恋人を見ているような気持ちになるが、実際エミリは暁斗のことを完全に恋人として見て、行動をしている。


 恋人なんだから耳元で愛だって囁くし、アーンだってするし、一緒に登校も下校もするし、手も繋ぐ。なんなら一緒のベッドにだって寝る。ドイツの女性は恋愛にアグレッシブなのだ。


 それに対し、こちら兄。こんな可愛い妹と触れ合えるし、慕ってくれているのは態度で分かる。それは純粋に嬉しい。


 だがしかし、この男。エミリのこうしたアプローチを全て『ただの激しいスキンシップ』という認識で終わらせている。


 それは何故か。答えは明白である。日本とドイツの恋愛の価値観による違いだ。


 日本で恋人になるには、オーソドックスなら告白をして、相手から承諾を貰えば晴れて恋人としての一歩を踏み出せるのだが、ドイツでは告白という文化そのものが存在しない。


 二人っきりで長い時を過ごし、気づいたら言葉に出さなくても恋人になっている。それがドイツの価値観であり、両親への紹介が済んでいるのなら実質恋人である。


 ドイツ人の62パーセント人は一目惚れを信じており、第一印象で恋人にするかどうかを決めてしまう節がある。


 エミリも、例にはもれずそういった人物で、暁斗のことを一目見た時から何かを感じとっていた。実際暁斗は、何とかエミリとコミュニケーションを取ろうとドイツ語を勉強してくれたり、エミリの日本語勉強についても嫌な顔1つせずに付き合ってくれた。


 決めては、中学二年生の頃。ナンパ野郎に絡まれた時である。


 一年、何とか猛勉強することで、カタコトでなら何とか互いの国の言葉で会話ができるようになったエミリと暁斗。エミリが少女漫画にハマり、待ち合わせなるものを経験してみたいとの要望があった。


 勿論、暁斗はそれを快く承諾。同じ家に住んでいるのに態々待ち合わせ場所を決めて、家を出る時間をズラしたり、なんて決め事をして、いざ望んだ待ち合わせ。


 エミリは、中学二年生ながら高校生のような美しさを醸し出していたので、ガラ悪いナンパ野郎に絡まれていた。


「へいへいねーちゃん。きみかわうぃーね。一人でどしたのー?」


「………?」


 当然、まだカタコト程度しか理解できないエミリは首を傾げた。まだスタンダードな会話しか出来ないエミリにとって、このパリピ野郎の言葉は道の言語にしか聞こえなかった。


 何を言っても首を傾げるだけのエミリに、痺れを切らしたナンパ野郎は強引にエミリの腕を掴んだ。


 突然の事態にエミリは困惑した。わけも分からないまま連れていかれそうになった所、エミリがずっと待ち侘びていた暁斗が来た。


 暁斗は、一瞬でエミリとナンパ野郎の腕を離すと、そのままエミリのことを抱きしめた。


「あぁん!?貴様どこの誰―――」


「あ"ぁ"?」


「ヒェッ!?」


 今まで聞いたこともないようなドスの効いた声が暁斗から盛れる。よくよく見れば、額に青筋がいくつも浮かんでいる。


「テメェ……俺の家族に何触れてんだこのクソヤリ〇ンが!!!」


「す、すいませんでしたー!!!」


 あまりの気迫にビビって素の喋り方が出て謝りさって行くナンパ野郎。


「……ったく、エミリ、大丈夫か?エミリ?」


「…………」


 心配して、エミリを抱きしめながら聞いてくる腕の中で、彼女は放心していた。いつも頼りになる暁斗が、まるで王子様のように颯爽と現れて助けてくれた。


(まさか……これが、恋!)


 恋、という二文字が、エミリの中にストンと落ちた。


 自覚してからは早かった。エミリは積極的に暁斗に猛アタックをした。ご飯を食べる時はかならずあーんするし、特に理由なくても抱きついたり、勇気をだして頬っぺにキスしたり、頑張った。


(アキトも嬉しそうだし、父さんと母さんへの紹介―――というよりは、実質済んでいるようなものよね……ということは、私とアキトは恋人よね!)


 と、言うことで、エミリにとって暁斗は義兄ではなく、恋人にランクアップをしたのだ。


 一方その頃暁斗。こうしたエミリの行動をただの激しいスキンシップと思っている。その理由は、間違えた文化の知識である。


 暁斗は、とりあえず外国人は親しい人へのスキンシップが激しいという認識を持っている。実際テレビとかで、有名な人が簡単にハグしてチークキスをしているのを見てから、更にそう思った。


 故に、エミリの行動は全て激しいスキンシップで認識されており、エミリの恋心にも全く気づいていない。


 全く、爆発すればいいのに。

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