第1話

 エミリと暁斗の出会いは四年前―――二人が中学一年生の頃である。


「暁斗、父さんな……めちゃくちゃ美人なドイツ人女性と再婚することにした」


「……………」


 ボトリ、と暁斗の手から箸が滑り落ちる。その目はしっかりと自身の父である立川悠人はると見ているが、その視線には「お前まじぃ?」というニュアンスが含まれている。


「大まじだよ暁斗。父さんは本気だ」


「……いや、父さんが冗談を言うとは思ってないけど―――」


 暁斗は、目の前にいる悠人と二人暮らし。元の母親は浮気していることが発覚して離婚。慰謝料をぶんどれるだけぶんどり、親権も勝ち取った悠人。だがしかし、やはり愛を向けていた人に裏切られたという事実は残り、一時期女性不信へと陥った。


 そんな母を見たせいか、暁斗もちょっとばかし女性不信へと陥っている。見た目は悪くないのに彼女ができない理由は、それが原因である。


 故に現在、暁斗が父親に向けている心配は、「その人は絶対に裏切らないのか」ということだけだ。女と出会えばまず疑え。それが、13年生きて暁斗が学んた事だった。


「いやぁ、父さんと彼女が出会ったのは本当に偶然でね―――」


 なんか語り始めた。


 簡単に要約するならば、悠人が熱心に逆ナンされたということである。


「なるほど、とりあえずその後壺とか買わされなかった?」


「そうなる環境にさせてしまったから仕方ないとはいえ、そこまで疑うか?」


 あくまで美人局か何かか疑う暁斗。確かに、父である悠人は40になったばかりとは思えない程に顔が整っている。イケおじと言うやつなのだろうか。しっかりと息子である暁斗に遺伝子が継承されている。


 逆ナンされるのも……うん、まぁ分かる。というよりも実際に暁斗はされている現場を目撃したことがあるのだ。


「初めはメールとかだったんだけど……いやぁ、ドイツの女性ってすごいね。父さんが思っているよりもグイグイグイグイアタックしてきて―――気付いたら父さんも惚れてしまっていた」


 いやぁ、参ったなぁと言って笑う悠人。当時のことを思い出しているのか、少しばかり頬が赤くなっている。


 そこまで見て、暁斗はようやく悠人へ懐疑的な視線を向けるのを辞めた。暁斗よりも重度な女性不信である悠人が、こうして女性の話題をあげるのは離婚してから一度もなかった。


「……ま、父さんが決めたのなら俺は何も言わないよ」


「いいのか?」


「俺より、父さんの感覚の方が信頼できるからね」


 ズズズ、と味噌汁を飲む。


「そうか。ありがとう暁斗」


「いいって。父さんが嬉しいなら俺も嬉しいしな」


 ここまで八年間二人三脚で過ごしてきたのだ。小さな喜びから大きな喜びまで、分かち合いたい。暁斗はそう思っている。


「いやぁ、俺はいい息子を持ったもんだなぁ……」


 悠人がしみじみと言った感じで腕を組んで頷く。暁斗はそれを見て苦笑しながら味噌汁を飲んだ。


「……あ、そういえば言い忘れたが、お前に妹出来るからな」


「ンブッ!?」


 味噌汁を吐いた。


「げほっ!ゴホッ!えほっ!」


「大丈夫か?」


「大丈夫なわけあるか!?ゴホッ!」


 味噌汁が変なところに入り、激しく噎せる暁斗。


「はぁ……ゴホッ……いつ結婚すんだよ」


「二週間後。色々と準備があるからね……あ、もう既に日本国籍は持ってるからそこら辺は心配しないで大丈夫だよ」


「いつの間に……はぁ、生粋のドイツ人だなぁ……」


 となると、基本会話はドイツ語ということになるだろうと暁斗は予想を立てる。多少は向こうも日本語を学んでくれているかもしれないが、ドイツ語は学んでおいて損は無いだろう。


「……はぁ、とりあえず飯食ったら本屋行ってくる」


「本屋?」


「ドイツ語の勉強……二週間でどこまでものに出来るか……」


 そして、死にものぐるいでやった結果、何とか簡単な挨拶と会話程度だったらものに出来た暁斗。空港まで迎えに行くという悠人に着いていき、いよいよ初顔合わせである。


「ハルト!」


「フレア!」


 隣で久々の再会に抱きしめあってある両親ズの隣で、暁斗と目の前の少女は黙って見つめあっていた。


 じーっ、とお互い目を逸らさないで見つめ合い続けること約数十秒。暁斗が「あー」と言って、頭をかいた。その動作に少女がビクン!と跳ねた。


「……グーテンモルゲン、イヒハイセアキト……イヒ フロイエ ミヒ, ズィーケネンツーレルネン…これで合ってるのか?めちゃくちゃ不安なんだが……」


 頑張ってカタコトなドイツ語の後に、ポツリと不安げに呟いたアキト。少女はドイツ語が出てきたことに驚いたかのように目を見開くと、ゆっくりと暁斗の手を握った。


「……コ」


(コ?というかなんで手を握られた?)


「コンニチハ、ワタシハエミリ、デス……コレカラ、ヨロシクオネガイシマス」


 すると、今度は少女がカタコトの日本語を喋り、暁斗は目を丸くした。


「……そうか、エミリ」


「アキト……」


 これが、二人の邂逅である。

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