第10話 憑依霊能者
今日は満月だ。月の光が心地よい。
右眼から力を感じる。呪力が溢れてくる。
改めて、虎陰良を視る。
呪力の塊が心臓の位置に視える。恐らくこれが虎陰良を動かす源泉の呪力みたいなものだろう。
身体は勝手に呪印を結び唱えていた。
「拘束する風の輪(風縛り・かぜしばり)」
虎陰良の手首足首に風の輪ができる。
その風の輪はちぎれんばかりに手首と足首を締め上げた
「大文字!」
僕は両手両足を広げ唱えた。
虎陰良は大の字になり、宙に浮く。
もがいているが、風の輪はびくともしない。
僕は一気に畳みかける。
「抉り抜く雷の爪(雷突き・らいづき)」
虎陰良を目がけ僕は真っ直ぐ跳躍する。
熊手のように構えた僕の指には雷の爪ができていた。跳躍したスピードもそのまま一突きに乗せ、その爪で心臓の位置を突き刺した。
呪力の塊を鷲掴み、引き抜く。
呪力の塊はまるで心臓のように脈を打っていた。
僕は2枚の呪符を取り出し、心臓に貼り唱える。
「浄把」
呪符二枚はその呪力を吸い込んだ。
虎陰良と呼ばれていた妖怪はそのまま薄く透明になり消えていった。
「、、、紅黄眼。面白いものが見れました。」
黒髪の少女はポケットからナイフを取り出し、近づいてくる。
雷華と風華は身構える。
「その眼はあなたには分無相応です。抉り抜いてあげます。」
黒髪少女の後ろには、白蛇が視えた。
白蛇に睨まれる。身体の呪力の流れが止まった事が分かった。
まずい。力が入らない。雷華と風華が消える。
僕は膝を着く。この少女の呪力に気圧される。
怒りと悲しみと絶望が伝わる。混沌の呪力を纏っている。
動け。もう一度身体に命令するが、全く動かず膝をついてしまう。
女が膝を曲げて屈む。僕の両頬に手を添え、顔を近づける。
「はぁ。なんて綺麗な瞳。きっと、あの方にも喜んで頂ける。」
しばらく少女は僕の眼を見つめていた。
その時、その眼の奥から声がしたように感じた。
「ごめんなさい。」「ごめんなさい。」
なんだ今の声は。
少女は頭痛を抑えるような仕草をとった。
「殺す気はないけど、死んじゃったらごめんね。」
目の前の黒髪少女はうっすらと微笑んだ。
そして、黒髪の少女は僕を押し倒し、ナイフを僕の瞼に突き立て抉り出そうとした時だった。
「狐火・きつねび(宙をゆらぐ火の玉)」
ナイフが青く燃え上がり、黒髪の少女へと伝っていく。
黒髪の少女は異変に気付き、後ろに下がりナイフを捨てるが、炎は全身へ移り、燃え盛る。
「締め付ける炎の縄(縛炎縄・しめなわ)」
「うう。あつい。」
「悪いけど、女やからって手加減せえへんで。」
「火炎玉・かえんぎょく(一つにかたまる狐火の大玉)」
慈照君の、周りに狐火がどんどんでてきて、一つに合体して大きくなる。
「火砕流・かさいりゅう(全てを呑み込む火焔の波)」
慈照君はその火の玉は爆発し無数に分裂し火の玉へと変わる。それは土埃を上げ黒髪少女に向かっていく。
「慈照君、ダメだ!」
僕は咄嗟に、目の前に落ちていた虎陰良が使っていた三つ爪の棒をとり、黒髪の少女の前に立ち、火砕流と向き合った。
「聖護、お前何してんねん。」
慈照君が絶望の表情をうかべている。
僕はあの妖怪がこの武器で流星を消したように、この武器で火災流を払った。
そう、同じように払ったつもりだった。
だが払った動作で僕のまわりにつむじ風が起き、火砕流と少女の炎を吸い込み、炎の渦上となりに上昇しながら静かに消えていった。
「なんでや。」
慈照君は何から突っ込めばいいか分からない様子だった。
「なぜ、火砕流を消せたのか。」
「なぜ、この黒髪少女を救ったのか。」
恐らくこの2択だろう。
僕にもはっきり分からない。体がとっさに動いたのだ。
黒髪の少女は頭を抑えて立っている。
「ああ、五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い。」
僕と慈照君は身構えるが、少女はそのまま気を失った。
あっけなく戦いは終わった。僕達は少女を祓うために近づく。
「なんで、助けてん!」
慈照君は珍しく怒っている様子だった。
「分からない。ただ、この子が助けてって言ったんだ。」
「はぁ、俺には死んだらごめんねとか言ってたように聞こえたけど。」
慈照君って耳がいいな。
「ちがう。確かに口ではそう言ったんだけど、心の声は違ったというか。」
僕もうまく説明ができない。
この子の心からは「ごめんなさい。」としか聞こえなかった。
だけど、その「ごめんなさい。」は誰かに許しをこうような、救いを求めるような悲痛な叫びのように聞こえた。
「聖護、心の声が聞こえんのか。」
「心の声なのかは分からない。だけど、助けを求めてるようだったんだ。」
慈照君は僕の眼を無言で見る。そして、肩の力をぬき、折れるように言った。
「聖護が言うやったら、しゃあないな。実際、聖護がおらんかったら俺も死んでたやろうし。貸し借りなしな!」
「気失ってるから今のうちやな。祓うぞ。」
慈照君は少女の額に呪符を貼る。お前も貼れよと僕に視線を向けた。
「僕はいいよ。あの虎陰良で十分呪力吸収できたし。ありがとう。」
「そうか。じゃ今回は遠慮なくもらうな。」
慈照君が黒髪の少女に呪符をはり、唱える。
「浄把」
ん?何も起きない。普段であれば憑いていた怨霊が呪符に吸収されるはずだ。
「あれ?浄把」
もう一度、慈照君が唱えるが何も起きない。
「おい、こいつもしかして、」
慈照君が胸元をあける。
「慈照君、それはダメだよ。」
止めに入ろうとするが、
「大丈夫。変なことせんわ!」
と静止される。確かに、慈照君は変な事はしない。だろう。
「聖護、見ろ。」
胸元のボタンがはずれ、黒の下着が見える。
左の谷間から呪印のようなものが視えた。
「こいつ、霊能者や。自ら悪霊を憑依させとる。」
「え?なんで?」
「そんなん。俺にも分からん。一つ分かる事は、自らの意思で悪霊を憑けたかったという事や。」
「そんな。」
「このタイプは魂と悪霊が強く結びついとる。この呪符では祓えへん。一旦泳がすしかないな。」
「え、また対決するってこと。」
「その可能性もある。」
「ただ、これは上位案件やから、上位呪師が祓いに来るやろう。俺たちの清祓はここで終わりや。」
「でも、この場で寝かせとくのもまずいし救急車呼ぶか。」
「そうだね。あ、ちょっと待って。胸ポケットに生徒手帳あるかな。」
同じ学校のようだし、せめて名前だけでも抑えておこうと思った。
「あ、そやな。」
慈照君が胸の内ポケットを探る。
「あった。あった。」
3年D組 青山 世那
何か聞き覚えのある名前だった。
「とりあえず、名前だけにしとこうか。」
生徒手帳を胸の内ポケットに直そうとした時、生徒手帳に挟んでいた写真が一枚落ちた。
家族写真のようだった。お父さんと、お母さんと妹と本人の4人で写っていた。
とても幸せそうな写真だった。
「なんでわざわざ、悪霊降ろしたんや。」
慈照君は一言ツブヤキその写真を生徒手帳に戻し、胸ポケットにしまった。
黒髪の少女の口が微かに動き(ごめんなさい)、涙が一滴頬を伝った。
僕たちは救急車を呼び、公園のベンチに寝かせその場をあとにした。
「あ、あれもろうとき」
慈照君が三ツ爪の棒を指差す。
三つ爪の棒は、僕が持ち帰る事となった。
隻眼の呪師 喜世谷猿 @kiyotanien
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。隻眼の呪師の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます