第9話 新手

4級悪霊祓いに、すっかり慣れた頃だった。


夜の街に逃げていく、憑依型の悪霊を追う。

悪霊が憑依したのが、黒猫なので闇に逃げられると厄介だ。


「雷華、春雷!」


「あいよ!」


僕の体に桜色の電流が走る。

身体向上2倍効果だ。


黒猫の悪霊まで、一気に距離を縮める。


「風華、風縛(ふうばく)。」


「はい!」


黒猫悪霊は風の縄で宙に縛り上げられる。


一気に黒猫の目の前まで距離をつめ、黒猫の額に雷華と風華の呪符2枚を張り、印を結ぶ。


「浄把!(じょうは)」


黒猫の悪霊は、呪力の光となり呪符に吸収される。

黒猫をゆっくりと地面に降ろすと、むくっと起き上がった。


怒りに満ちた目は穏やかさを取り戻し、こちらにお礼を言うように

「にゃあ」と言って、夜の帳の中に走っていった。


「はあ、なんだか物足りないなぁ。」


雷華がため息をつく。


「もっと、良い呪力が食べたいなぁ。」


「もう少しの我慢だよ。」


「うん。」


風華が雷華を励ます。


「ごめんね。【いん】に合格できれば、良い案件がもらえるから」


「はぁい。」


お師匠様の修行から4か月が過ぎ、4級未満の祓いに慣れた頃だった。

先週から僕と慈照君は、慣れた事もあり別行動で祓っていた。


ラインの通知がなる。慈照君からだ。


「終わった?」一言のライン


「終わったよ。」と返信する。


「ちょっと時間かかりそう。いつもの場所で待ってて!」


「わかった。」と返事をして、いつもの場所へ向かう。

たこ公園のベンチで祓いの報告会だ。


僕たちが扱っている祓いは、4級未満の案件だ。

4級未満の怨霊は、直接的な危害はないが、祓った方が良い程度の案件だ。


今日僕が祓った猫は、ゴミ荒らしの常習犯でたまに人を引っ掻く事もあった。

怨霊が野生動物に憑くと、狂暴化してしまうのだ。人の命に危険はないのだが生活に支障をきたすため、呪師資格のない式神使いに紹介されたりする。


ざっざっ。


「お疲れさん!」


慈照君が、自販機の缶のおしるこを二つ片手に持ってやってきた。


「ごめんな。これは待たせたお詫びや。」

持っていたおしるこの缶を一つ僕に渡してくれた。


「ありがとう。」


「いやぁ。ほんま、今日はしんどかったわぁ。」


慈照君が僕の隣のベンチにどかっと腰掛ける。


慈照君が祓った怨霊はカラスに憑いていたようで、大変だったみたいだ。


慈照君の課題は対空相手への攻撃手段が少ないため鳥類系の怨霊で練習中なのだ。

対空相手であれば、慈照君より僕の方が早く祓える。最近の僕の自慢だ。


対して僕の課題は視界に入らないと、呪力を感知できないので五感での呪力感知能力の底上げだ。


お互い日々学んだ事を話し合い、改善できるアイディアがあれば共有している。


今日もそんないつもの夜のはずだった。


ドシャーン。

雷が落ちたかのような轟音だが、金属が砕けるような高い音も混じっていた。


僕と慈照君は立ち上がり、音の方へ走る。


なぜ、体が動いたか分からなかったが、本能的に音の原因を確かめなければならないと感じた。


そこには、大型トラックと大破した軽の乗用車が引っくり返って炎上していた。


「慈照君!」

「おう!」


僕と慈照君はアイコンタクトでやるべき事を確認した。


大型トラックの運転手は、運転席でハンドルに突っ伏しいる。おそらく気を失っているだけだ。対して、軽の乗用車の中は煙が充満しているようで確認できない。

窓には、血がついている。中の人達はおそらく重傷であろう。


僕と慈照君はお互いの式神を出した。


「狐虎、食炎」

狐虎が軽自動車からあがる炎を口へ吸収していく。


「風華、つむじ風」

火の勢いが弱まったタイミングで一気に風を起こし火を消す。


火が消えたタイミングで、僕と慈照君は車の中を確認する。


中には、運転席に40代の男と助手席には、小学生くらいの女の子がいた。

二人とも意識がない。特に男性は頭からの出血が酷い。


「慈照君、急ごう」


僕と慈照君は中から、その二人を引っ張りだして、安全な場所へ移動させる。

その後、トラックの運転手さんも安全な場所へ移動させ救急車を呼んだ。


「俺らができる事はやった。」

「そうだね。」


無事、救急車も到着し一通り、救助活動を終えた時だった。


ぱちぱちぱちぱち。

拍手をしながら、近づいてくる影があった。


後ろを振り返ると、黒髪の少女がいた。

僕たちと同じ学校の制服だ。何年生だ?


「見事な救助活動でした。お若いのにお二人とも立派です。」


近い年齢のはずなのに、話し方が大人びている。


「聖護!あかん。離れろ!」


慈照君が興奮気味に僕に注意した。


こんなに緊迫した、慈照君は初めてだ。

狐虎も毛を逆立てて威嚇している。


「そんなに警戒しなくてもよいではないですか。」


黒髪の少女は余裕があるように話かける。


「聖護!あいつは憑依されとる。見た目に惑わされんな!」


やはり、そうか。僕が初めて対面する。思考持ちの怨霊。

意思を持った怨霊という事はランクは、、


「聖護!D以上や。自分だけでも逃げる事を考えろ!」


「一人だけ逃げるなんて嫌だ!」


「こんな時に何言うてんねん!」


「友情ごっこですか。微笑ましいですね。」


にこりと微笑みながら、なおも余裕そうにこちらに応対する。


「最近、噂になっている、弱小怨霊払いの呪師はあなたたちですね。」


「あなた達は運がいいですね。もし、あの車がぶかっていなかったらどうなっていたでしょう。」


もし、トラックが軽乗用車に衝突していなければ、僕たちめがけて公園に突っ込んでいた可能性もあった。


黒髪少女が僕たちを狙ってい事故を起こしたような発言をする。


慈照君の様子がおかしい。

「あの時も、お前の仕業か。」一人ごとのようにつぶやいた。


「、、、お前のせいなんか。殺すぞコラァ。」


いつもの慈照君じゃない。明らかにキレている。


「狐虎ぉ!!」


狐虎からの呪力が勢いを益す。

慈照君が印を結ぶ「狐憑き」


狐虎が青い炎に変わり、慈照君を包む。


青い炎からでてきた慈照君は、服装が変わっていた。

和服の羽織のような白と青のコートを着て半面の狐の面を被っていた。


「殺す。」


勢いよく、黒髪の少女の方へ走っていった。

僕の春雷よりも速い!


「虎陰良!!」

黒髪少女が新手の妖怪を呼ぶ。


慈照君の目の前にヒト型で下半身が虎の妖怪が現れた。

筋肉質で、獣の足で鋭い爪があった。


手には、鋭利な刃物が熊手のようについて棒を持っている。


虎陰良と呼ばれた妖怪は大きく横に熊手を振る。


慈照君はそれをジャンプで躱し、飛び蹴りをする。

足は青い炎で燃えていた。


虎陰良の顔面にもろに入った。

虎陰良は体制を仰け反らしたが、空振りした熊手をまた逆に振り、慈照君を吹き飛ばした。


そのまま、慈照君を追いかけ虎陰良は、熊手を上から振り落とす。


寸前でその熊手を慈照君は躱す。熊手は地面に突き刺さった。

その隙をつき、慈照君は間髪入れず青い炎を手と足に宿し殴打を連続する。


虎陰良は熊手から手を放し、殴打に応戦する。

隙をみて熊手を地面から引き抜き、それをまた慈照君に振り払う。


慈照君は大きく後ろに引き、それを躱す。


「当たらんかったら、そんなん怖ないねん。」


虎陰良とは一旦、距離を置き対峙する。

虎陰良の体は硬く、殴打でダメージを与えるのは分が悪そうだった。


「あれ、使うしかないようやな。とっておきやで!」

印を構え、慈照君が唱える。


「狐火!」


青い炎の玉が慈照君の周りに5つほど現れる。


「流星!」


その青い炎は、野球選手が投げる球のような速度で虎陰良に向かって突進する。


虎陰良は、熊手を下段に構えその炎を下から払った。

その熊手は指の間を広げるように開き、炎を切り裂いた。


「なんや、あの熊手。狐火を切りおった。」


慈照君の息遣いが荒い。呪力を相当消費している。


そのまま虎陰良が突進する。

肩からのタックルをもろにくらい、慈照君は後ろに吹き飛ぶ。


そして、虎陰良は慈照君の頭を掴み持ち上げる。


怖くて足がすくんでいた。

動け。動け。動け。心の中で念じたが力が入らない。


慈照君の呪力が切れたのか、狐憑きが解除された。


虎陰良は熊手をやり投げのように構え、喉元めがけて刺そうとした。


「慈照君!」

慈照君とのやりとりが僕の中でフラッシュバックした。


転校した日、いじめっこから助けてくれた日、修行の日々。

そして、お爺さんとの約束だ。


「友を護る事」


僕の中で何かがはじけた。


「やめろー!」

お師匠様からもらった、眼帯が砕ける。


紅眼は月夜に照らされ、金色に輝いていた。


「、、、紅黄眼の呪師。」

黒髪の少女は警戒心を強めた。

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