第6話 禊祓(みそぎはらえ)

「呪師になる覚悟はあるか。」


「はい!」


講義が一通り終わり、お爺さんは僕に問う。


「では、聖護君に式神を降ろす。」


「え!」


慈照君が声をあげて驚く。

なんでそんなに驚くんだろう。


「え、ちょ!?」


「それでは、禊祓の行に入る。」


「えぇ!!!?」


聞いてないよ。と言わんばかりに慈照君がより大きく驚く。


「爺ちゃん、禊祓なんて。急すぎへん!」


「別にええやろ!どうせ夏休みも暇してるやろ!」


「いや、終業式合わせて後三日学校あるし、その後でもええやん。」


「慈照。時は待たんのや。」


慈照君にお爺さんの無言の圧がかかる。

今気づいたが、お爺さんは慈照君には関西弁で僕には標準語で話しかけてくれる。


お爺さんなりの気遣いを感じた。


「わかったよ。爺ちゃん。」


「聖護、ええか?」

慈照君が、後はお前次第やでと言わんばかりに声をかける。


「僕は、大丈夫だよ。母さんが心配するから一本電話だけさせてもらえれば。」


実際、僕はここに居心地の良さを感じていた。

あの、息がつまる思いで学校にいくのとは比較にならない。


僕にとっては、嬉しい提案だった。


慈照君もお爺さんの提案に従うしかないと観念したようだった。


だけど、慈照君のあの焦りようから、禊祓が過酷な修行だという事は伺えた。


禊祓は式神を降ろすために、必要な修行のようだ。


自分の穢れがある状態で式神降臨の儀を行うと悪霊が降りる事もあるようだ。


そのため、対象の呪師は徹底して穢れを祓うため禊を行うようだ。


禊祓の期間は人それぞれだという。

長い人では十数年、山で修行を行うこともあるという。


幸い僕は、若く悪行も重ねていないので、お爺さんの見込みでは早くて夏休みギリギリの40日との事だった。


そのため、夏休み期間に徹底して禊祓を行うという事になったのだ。


禊祓の行の説明を受け、明日から始まるとの事だった。

行期間は、僕も慈照君もお爺さんの事を【お師匠様】と呼ばなければならない。


禊祓の行をおこなう、昔からのしきたりだと言う。

お師匠様を持つというのは、僕の中で初めての体験だったので、慈照君とは違った意味で胸の高鳴りを感じていた。


その日の就寝前になる。


「禊祓ってどんな感じ?」


慈照君は寝るのが鬼早いので、布団を敷き横になる前に確認する。


「あれは、地獄やで。」


結構、まじな顔でびびっていた。


「ごめん。付き合わせちゃったみたいで。」


実際、この禊祓は僕の式神を降ろすためが目的だ。

慈照君からすると、巻き込まれたとしか言いようがない。


「いや、聖護のせいやないで。これも縁やからな。あかん。あかん。どんな事も前向きにやらなあかんな。」


慈照君は自分自身を鼓舞させていた。

慈照君のプラス思考を僕も見習わないとな。


「明日も早いから寝るか。」


「うん。おやすみ。」


「おやすみ!」


そのまま、慈照君は横になったかと思うと速攻で寝息が聞こえた。


「寝るの早っ。」


禊祓は、たしかに地獄だった。


朝の3時半には起きて、冷たい水でぞうきん掛けをして、あらゆるものを拭き掃除をして、何百回と五体投地をすませ、お経を何百回と唱え、何時間と滝に打たれ、何時間と座禅をくんだ。


1日が30時間に感じるほど、地獄を味わった。


掃除の他にも、お師匠様は少林寺流空手の師範でもあったので、慈照君と何時間も組み手をする事もあった。


地獄のような修行であったが、毎日毎日が達成感の連続であった。


何時間も修行をしていると、自分の感覚が麻痺していく。体の感覚がなくなると自分の存在が思考のみになっていくようだった。


思考のみの存在となった僕は、いかに今まで自分という存在に囚われていたのか痛感した。生きているという感覚、日々の感動を失っていた事に気づいたのだ。


太陽が昇ること、風の心地よさ、木陰があたえる安心感。自然とのリズムを徐々に肌で感じられるようになっていった。五感が研ぎ澄まされる感覚だ。


今日生きているだけで、幸福感で満たされた。


学校で無視されたり、石を投げられたり、仲間外れにされるなんて、本当に小さな事だと思った。あの辛く孤独な毎日も僕の中で過去の一部として浄化されていく。


僕は”今”生きている。


肉体的にはもう限界を通り越していたが、それと反比例して精神はどんどん解放される充実感を味わっていた。


そんな日々も30日が過ぎ、この毎日のサイクルにもなれ楽しさを見出したところだった。


「もうよいぞ、聖護君。」

お師匠様が座禅の行を止める。


お師匠様はいつもと違う服装だった。いつもの作務衣ではなく、神主さんが着る平安時代の貴族のような和服だ。


「ずいぶん早かったの。よく顔が晴れておる。穢れは祓えたか。」


「はい!こんなに晴れやかな気持ちは初めてです。」


「山の自然は人の心を浄化する。その感覚をよく味わいなさい。」


「では、式神降臨の儀を行う。」


「おっっしゃ!」

横で慈照君がガッツポーズをしている。


「お主に終わりとは言うとらん。」


「えぇ!!」


「ちょっと街に降りた程度でこうも穢れおって。修行が足りん!!」


「ひいぃ!!」


慈照君の禊祓の行は続くようだった。


「では、聖護君こちらに。」


お師匠様が、裏道の方へ案内してくれる。

初めて通る道だ。


「・・・。」


そこには、小さな鳥居と神社があった。

神社の中はまだ昼なのに、真っ暗だった。


お師匠様が手をパンと手をたたく。


戸がピシャリと閉まり、ロウソクが灯り、中を照らす。


中には、円陣に術式が書かれているようだった。


「では、裸になって円陣の中にうつ伏せになりなさい。」


「はい。」


うつ伏せになると、お師匠様が僕のからだにも術式を筆で書きこんでいく。


「仰向けになりなさい。」


「はい。」


体の隅々まで術式を書いた。


ちゃんと耳の裏まで書いてあったので、耳なし芳一にはならないですむなと余計な事を考えていた。


「ちゃんと、耳の裏まで書いたぞ。」


「お師匠様は心が読めるんですか。」

僕は驚いた。


「いや、慈照と同じ事を考えてるかなと思ってな。お主らはよく似ておる。」


僕と慈照君は全く正反対だと思っていた。

お師匠様は、どこでそう思ったのかわからなかったが、すごく嬉しかった。


「よし、こちらに座りなさい。」


ロウソクが囲んでいる術式の中央に案内される。


そして、額にお札【呪符】が貼られる。

傍から見ると、キョンシーのようだろう。


「準備は整った。では式神を呼ぶぞ。聖護君は全神経を額の呪符に集中させるのだ。」


「はい。」


お師匠様が印を結び呪詞(のりと)を唱える。


儀式を始めてすぐ僕の頭の上で、バチバチと音が鳴り始めた。


そして、小さな黒い雲がモコモコと発生し、それは大きく成長し一つの塊になった。

その雲はどんどん成長し、やがて術式の円最大まで膨らんだ。


その雲は雷鳴を轟かせ、暴風を巻き起こした。


(なんだこの暴風雨は見たことないぞ。)

「えぇぇいっ」


お師匠様が気合を放った直後、雷鳴と暴風は止み、黒雲と術式の文字は額に貼った呪符へ飲み込まれていった。そして、すべてを飲み込んだ呪符は僕の額の中に沈んでいった。


「おわったぞ。」


「はい。」


「どうじゃ。何か感じるか。」


「いえ、わかりません。どうすれば式神が出せるのでしょうか。」


「、、そうか。」



「今は、お主に式神を宿しただけじゃ。その式神はお主が必要な時にでてくる。時に身をゆだねるのだ。」


「そうですか。」


少し拍子抜けだった。

内心、式神と出会えることを楽しみにしていた。


「今日は、もう休みなさい。式神を宿したお主はもう呪力が使える体じゃ。」


「残り夏休みが終わるまでは、胆識の修行に入る。基本的な印と呪力の扱い方は覚えておかんとな。」


呪力が使えるという言葉にテンションがあがった。


明日からの修行が楽しみだ。





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