スポンジ大貴
「プライドも何もかんも全部捨てて,頭下げたわ。大学に行かして下さい。お金は増やして返します,っちゅうてな。最初は受け入れてもらえへんかったけど,闇金レベルの利率の借用書を創ったら納得してもらえてん」
「そうまでして大学進学してんのに,何にも学んでへんけどな」と乾いた笑い声で語る大貴を,不憫に思った。
何をやりたいのかも分からず何となく京都へ出てきたことが恥ずかしく思えてきた。「うちの親,家賃しか援助してくれねえんだよ。飢え死にしたらどうすんだよな」と,冗談交じりに大貴に対して親の愚痴を言っていたころに戻って,叱り飛ばしてやりたい。
反省をしながら,赤マルに火をつける。細長く息を吐きだすと,副流煙は勢いよく天井へと昇っていき,すぐに見えなくなる。
大貴に頭をはたかれた。
「あほちゃう? 普通この話の後,煙草とか絶対吸われへんやろ。そういうとこやで」
そう言いながら,おれの赤マルに手を伸ばし,箱ごとぐしゃっと握りつぶした。
「何すんだよ」
と,大貴の手から箱を奪い返すと,「大丈夫や。死ぬこと以外はかすり傷」とぬるくなったカクテルに手を伸ばして言った。
おれは笑うこともできず,大貴の額にある前髪に隠された傷をそっと見た。
―――――
「勝手なことしたら,水槽ごと鍋にぶち込んだるからな!」
そんなに遠くない思い出を思い起こしていると,病室に大貴の声が響いた。
何事かと様子を見に来た看護師に頭を下げ,「ちょっと楽しいことがあって興奮してまして」と説明をしたが,大貴の顔はとても楽しいことがあった人とは思えない。
「他に休まれている方がいらっしゃいますので」と看護師が言い終わらないうちに,「もう喋らへんから」と大貴は言い放った。そのまま不貞腐れた子どものようにそっぽを向いて口を開かないので,やれやれといった様子で看護師は部屋を出て行った。
親を呼ぶ,と言い始めたシーマンに,大貴は相当おかんむりのようだ。
「わしはのう,大貴の方が問題じゃと思いよる」
「誰と比べてんねん。 もしかして,ミスターなよなよ,泣く子も騒ぐ清介くんか?」
「ほうじゃ」
「一人でスタバの注文もできひん清介くん,よりもおれの方が問題やと?」
「ほうじゃ。電子決済のやり方が分からんけど,その使い方を聞くことさえできん清介くんよりものう」
「エロ本を買うのが恥ずかしくて,レジの店員がおっさんに代わるまで何時間も本屋をうろつく清介くんよりもか?」
「ほうじゃ。ハンカチを落とした女の人によう声を掛けることができんけん,後をずっとつけて不審者扱いされた清介くんよりものう」
「冷凍たこ焼きの解凍すらもできず,トースターで表記されている解凍時間で電子レンジ調理して,たこ焼きが皿から離れへんくなるまでカチカチに温めた清介くんよりもか?」
「ほうじゃ。電車のホームで・・・・・・」
「もうよしてくれ!!」
なぜかおれの悪口を言い合うことに快感を感じ始めた大貴とシーマンを制止した。
「今は,親を呼ぶか呼ばないかの話だろ」
親,というワードが再び浮上したので,大貴の顔がまた険しくなった。
それでも,この話は避けて通ることは出来ない。もう一押しするつもりで,
「お金の問題はどうするんだ? いくらか後で戻ってくるって言ったって,とりあえずは払わないといけないんだ。おれたちじゃあ,どうにもならないだろ? こんな時なんだ。呼ぶしかないんじゃないか?」
と提案をした。予想はしていたが,ありえない,といった様子で大貴は何度も首を振る。張り子だったら首は吹っ飛んでいただろう。
「金はなんとかなる」
「なんとかって,どうしようもないだろ」
「なる」
「子どもじゃないんだから,駄々こねるなよ。親父さんに来てもらわないんだったら,どうするるもりなんだ?」
「借りる」
「は? おれたちにみたいな信用もないガキに,どこが金を貸してくれるんだ。それとも,裏の組織とやらで借りるのか? 高利貸しの。漫画で読んだだけでもゾッとするのに」
「バー・スリラーのマスターに借りんねん。いつもお金を落としてやってんねんから,お互いさまやろ」
「あいつが金を持ってると,本気で思ってるのか? 湿気たポップコーンしか仕入れることが出来てないんだぞ」
初めて京都駅に降り立った時,こんなに人がいるのかと驚いたものだった。それがどうだ。こんなに人であふれているのに,おれたちには頼りにできる大人もいない。大貴には観念してもらうしかない。こんな時には,親に頼るしかないのだ。
断ち切られた会話にしびれを切らしたのか,今度はシーマンが口火を切った。
「さ,電話かけよか」
「誰にかけんねん」
「大貴,お前の頭はスポンジか。すっかすかやないか。まあ,スポンジならまだましじゃ。いくらでも吸収出来るけんの」
「何訳の分からん事言ってんねん。親父にかけるってことなら,却下やしな」
「分かっとるのう。さすがミスタースポンジ。スポンジボブもびっくりじゃ。ほれ,清介。スマホとれ」
そう言ってシーマンが顎をしゃくった先には,大貴のスマホが置かれている。
もちろん,大貴がそれを許すはずもなく,テーブルに置かれたスマホをけが人とは思えない俊敏な動きでつかんだ。
シーマンは別に焦った様子もなく,泡をこぽぽ,と噴き出して不敵な笑みを浮かべた。
嫌な予感がしたのは,おれだけではないはずだ。
大貴の方を見ると,額に嫌な汗を浮かべている。
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