答えの決められた選択肢
「いくで。090-8・・・・・・」
「ちょっと待てい!」
獲物を見つけたチーターのように,ベッドから飛び起きた大貴はおれのスマホに向かってきた。その顔からは,牙がむき出しているようにさえ見えた。
すんでのところでスマホを奪われることを回避したものの,スマホをめぐって二人でもみ合う形になった。
「食われる~」
「なんやねんそれ。筋トレ始めてから何か勘違いしてんちゃうん? 一日煮込んでも大した出汁も取れそうにないやんけ。誰が食うか」
まだ落ち切っていないお腹の脂肪を掴んで笑っていたかと思うと,急に恐ろしい形相で問い詰めてくる。
「ちゃうやん。そういう話をしてるんとちゃうねん。なんで親父の番号知ってるん? おれでさえ,言われなすらすらと番号も言われへんのに」
大貴は自分のスマホの電話帳を確認して,「やっぱり合ってるやん」と嘆いた。
「わしを舐めたらいけんで」
「おっさん,いったい何者やねん」
「わしは人の皮をかぶった神様よ。シーマンも気に入っとったんじゃけど,自分らのイメージしやすいように言ったらネプチューンかの」
「人の皮,かぶれてないやん!」
いちいちツッコミを入れていくから話が進まないんだろ,と半ばあきれながら二人を見ていると,「静かに出来ませんか?」と,さっきの看護師に注意された。
なぜかおれが申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。「次,騒がしいようでしたら考えさせてください」と,扉を勢いよく閉めて出て行った。
「なんぼ言うても,親は親じゃ。問題を先送りにしてもしょうがなかろう。わしも手伝っちゃる」
シーマンが言うと,大貴は何かを言い返そうと口を開いたが,少し考えるようにして目を閉じた。
「まずやけど,ちょっと想定が甘いと思うねん。話がすんなり進むと思わんほうがええで」
少しは前向きになったのだろうか。
そんな大貴に対して,シーマンは矢継ぎ早に質問を投げかける。
「何が問題なん?」
「まず,おれが事故にあったと知っても,来るとは限らへん」
「話を聞く限り,それはありそうよの」
「次に,来たとしても金を出すとは限らへん。何かしらメリットを提示しな,ほぼ無理やな」
「現金なやっちゃな」
「最後に,一つ。これだけは絶対に譲れへん」
ゆっくりと息を吐いて,間を取る。大貴の目が充血してきているのが分かる。
「おれは絶対,あいつには頭を下げへん」
そう力強く言うと,これ以上言うことはないと示すように,ぷいと窓に顔を向けた。
大貴のスマホから電話帳のアプリを起動して,例の父親に電話を掛けた。
意外なことに,拍子抜けするほどあっさりと電話は繋がった。
しかし,もちろん話が円滑に進むようには思えなかった。大貴の父親が発した第一声に,意表を突かれた。
「金か?」
もしもし,でも,元気か,でもない。しわがれた,でも威圧感のある独特な声で大貴の父親はそう言った。ほとんど正解ではあったもの,だからこそどう返していいのか分からない。
変わるか,とシーマンが泡を噴き出しながらそっと呟いた。水槽越しに電話口を当てて話をさせる光景が一瞬よぎったが,首を振った。
腐れ縁でも,おれは大貴の友達だ。なんとかしてやるのが友達だろう。
少年ジャンプの主人公のようなおれの思いを大貴が察するはずもなく,相変わらず我関せずと狸寝入りをしている。
「急にすみません。大貴くんの友達の豊田と言います。大貴くんが事故にあいました。バイクにぶつかられて,命に別状はないようですが,軽傷ではありません。病院まで来ていただくことは可能ですか?」
親だろ,来いよ。そう強く願った。
事故,聞いて,ハッと息を飲むような気配が感じられた。
いくら関係が悪いといっても,子を思う親の思いはあるのだと安心したのも束の間,父親は乾いた笑い声で驚くべきことを口にした。
「事故をした相手とは連絡が取れるんだよな? しっかり取れるものは取らねえとなあ。なんせ,かわいい息子が痛い目を見たんだから。ケガじゃなくていっそのこと・・・・・・」
最後まで言い切らずに,かみ殺したような笑いを漏らした。
いっそのこと? 何が言いたいんだこの人は。
ふつふつと怒りが湧きあがってきたが,初対面どころか顔を見たことのない人と話をしているのだ。しかも援助を求める立場で。
子どもの入院費を出すことぐらい当たり前だろうと思いながらも,丁寧にお願いした。
「大貴も僕も,アルバイトをしているものの到底入院費を賄えそうになくて。あとでいくらか戻ってくるとは思うんですけど,建て替えていただきたいのですが」
大貴の父親に,電話口に向こうで考え込む気配が感じられた。全く後ろ向きという訳ではなさそうだ。
「そうだな。ただし,条件がある」
ムッとはしたが,とりあえず良い返事が聞けたことに,胸をなでおろす。
条件とはどういうことだろう。スマホの向こうにいる男が何を言おうといているのか,全く読めない。
不気味さを感じたまま,条件を尋ねる。
酒でも飲んでいるのだろうか。水分がのどを通る音と,缶を机に置く高い音がした。
「そのバイクに乗ってたやつを連れてこい。約束だ。いなければ,すぐに帰るからな」
そう言い放ち,さらに「いいんだろうな?」と念押しをしてくる。
問いかけてはいるものの,その条件を飲まないという選択肢はおれたちには無かった。
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