第7話 オタクに生を、ロリコンに死を

古今東西、ファンタジーと聞けば多くの人が「中世ヨーロッパ!」と答えることだろう。


実際、俺が今まで読んできた漫画やアニメ、プレイしてきたゲームにおいても、それがファンタジー系作品であればほぼ間違いなく同じ世界観を踏襲していたと思う。


日本においては先人による英才教育の賜物で、今や子供から老人に至るまでこの共通認識が根付いているのではなかろうか。


煉瓦や石造りの街並み、街の通りを彩る市場、麻や布で作られた衣服、街角で世間話に洒落込む人々。


もう、ね。うん。


ここまでテンプレートな光景が目の前に広がっていると逆にワクワクしてきたわ。


右を見れば「あらファンタジー」、左を見れば「おいでませファンタジー」な街中を、俺たちは三人揃って歩く。


勝手も分からない俺たちでは散策も一苦労だろうな……と予想していたが、どうやらこの街は思ったよりも小さいみたいで、レストランらしき一帯はすぐに見つかった。


まさか本当にナイフとフォークの絵が描いてある看板が存在するとは思わなんだ。デザインした奴の感性直球すぎんだろ。


しかしまぁ、この世界にもちゃんと食器が存在すると分かって一安心だ。


これでインド式だったら泣ける。


「思ったよりも空いてるね」


俺達は屋外喫茶店のようにオープンな店の、木製のテーブルに揃って腰を下ろした。


うーむ、なんか緊張する。男時代は外食ときたら牛丼屋とかファーストフードだったからな。


こういう洒落た店に入ったことは一度もありませんのよ。


「な、なんだかドキドキしますね」


お仲間がこんなとこにおられた。井ノ原さんもインドア派っすか。


そんなそわそわした感じが伝わったのか、店の奥から店員さんらしき人が近付いてくる。


「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか?」


そう言ってメモを構えるお姉さんは、綺麗な紺色のエプロンドレス姿。眼福眼福。


「どれにしましょう……?」


テーブルに張り付けられたメニューらしき紙を眺めながら、井ノ原さんがそう聞いてきた。


ふむ、そうだな……。


「アプトノスのステーキを三つ。ミディアムで」


「アプ……トノス?」


モンハンの世界じゃよく食べられてるらしいが、お姉さんの反応を見るにこの世界には存在しないらしい。


当たり前か。


「じゃあオススメとかあります?本日のオススメ的なやつ」


ぶっちゃけメニューとか何語で書いてあるのかすら分からんので、俺は無難にそう尋ねてみた。

 

「うーん、そうですね……そういえば良いポポムのお肉が入ったと今朝店長が言ってたので、オススメはそれですかね」


ポポム……うん、聞いたことの無い生物だ。名前の響きからするとゲテモノではなさそうだな。羊肉的な感じがする。


まぁ美味いなら何でもいいわ。


「おk、じゃあポポム焼定食を三つ」


「いえポポム肉はグラタンでしか扱ってないんですけど」


とんだ赤っ恥だよ。


とりあえずポポムなる肉のグラタンを注文し、出来上がるまでの間、俺達は道行く人々の様子を観察することにした。


俺の率直な印象は一つ。


「普通の人間しかいないんだね。なんていうかこう、ゲートポートで見た亜人みたいな人種が沢山いるのかと思ってたよ」


そう、みんな俺達と何も変わらないのだ。耳や角を生やしてる奴なんて一人もいない。


ケモノ耳属性の娘がいないファンタジーとかオワコンじゃね?


「むぅ……猫仲間がおらんとはつまらんのぅ」


あ、ごめん目の前に一人いたわケモノ耳。灯台下暗すぎワロタ。


「でもその割にはヨシツネさんを見ても反応がありませんし……この町にいないだけで、他の場所には普通にいるのかもしれませんよ」


という井ノ原さんの意見を俺は信じたい。


こんな異世界にまで連れて来られたんだ。モノホンのウサ耳娘でも拝むまでは帰れんぞ。








しばらくしてグラタンが焼き上がり、ほっかほかの湯気を昇らせた皿が運ばれてきた。


うーむ、いい匂い。普通に地球のものと同じようなグラタンだ。


「ごゆっくりどうぞ」


そう言って机の端に手書きの伝票を置いていくお姉さん。


「えっと……三人分で、930モルァみたいですね」


「読めるの?」


「はい、一応……」


前もって数字だけは勉強しておいたんです、と井ノ原さんは恥ずかしそうに小さく笑う。


素敵やわぁ……。

 

一人辺り310モルァ。このグラタンが日本円で700円くらいと仮定すると、感覚的には1モルァあたり2~3円といったところだろうか。


ポポム肉とやらだけが異常に安い、というのなら話は違ってくるけど。


「何しとるんじゃ新菜!早く食べるのじゃ!」


おや?いただきますの合図まで我慢してるとはなかなか賢い猫じゃないか。


このまましばらくお預けにでもしてやろうかな、と思ったが心優しい俺はそんなことはしない。


なんという慈愛の心だろうか。


「んじゃ、食べよっか」


手を合わせるヨシツネと井ノ原さん。素晴らしきかな日本の作法。


「いただきますなのじゃ!」


「いただきます」


釣られて俺も手を合わせる。


この世界に来て早々、色んなことがあったが……やっと飯にありつけるぜ。


「いただきます」


そうしてスプーンに手を伸ばすと、




「――ょっと退いてくださぁああああああああああああい!!」




なんて、女の子の叫び声が聞こえてきた。


揃って頭上に疑問符を浮かべ、顔を見合わせる俺達。


しかし周りに声の主らしき人はおらず、一体何だったのだろうと疑問に思いながらもスプーンを手にする。


途端、



ドッゴォオオオオオオオオオン!!



と豪快な破壊音を奏でながら、俺達の中心に何かが降ってきた。



目の前で砕けるテーブル。



吹っ飛ぶ食器。



宙を舞うグラタンの具。



スローモーションで壊れゆく食卓の光景がやけに衝撃的で、しかし突然すぎて唖然とするしかない。


「痛たた……ご、ごめんなさい……」


テーブルの残骸の上でお尻を摩るのは、クリーム色の長いローブを羽織った女性らしき小柄な人物だった。


隠すようにフードを被っているため顔が見えないが、そんなことよりも、である。


「なっ、何をするだァ――――!?ゆるさん!!」


登場と同時に人様の食事をぶち壊しにするとは太ぇ奴だ。


こっちはずっとジャングル歩き回ってようやく辿り着いて腹ペコだってのに――、


……あ、ヨシツネの目が死んでる。

 

「す、すいません!ごめんなさい!このお詫びは必ずします!でも今は急いでるので!」


「待ちぃな嬢ちゃん。ごめんなさいで済んだら警察はいらんのとちゃうか?」


「はうあっ!?」


走り出そうとする彼女の手首をすかさず握る俺。


逃がすワケがなかろう。


「け、ケーサツ!?何ですかそれ!?」


「おいおい警察も知らんのかいな。いやまぁここには無いのかもしれんけどさ。とりあえずグラタンだけでも何とかしてもらわんとこっちも困るんですわ。はい」


「だからあの!急いでるのでそれはまた後日に!」


「私達も急いでいる。主に空腹的な意味で」


「それって急いでる内に入るんですか!?」


ヨシツネを見てみろ。一秒でも早く胃に何か入れてやらんと化石になりそうな勢いだぞ。


いやこいつはこいつで大袈裟すぎだと思うけれども。


「と、とにかく離してください!急がないと追っ手が……あ!」


驚きと歓喜。それらが交わり合ったような声色で彼女は何かを見つけた。


視線の先にあるのは……井ノ原さん?


「その杖……もしかして貴女、ウィッチの方ですか!?」


「え?う、ウィッチ……?」


いきなり詰め寄られて困惑する井ノ原さん。


確かウィッチといえば女版の魔法使いのことだ。つまり魔女。男版はウィザードだったっけな?


ちなみに我々の業界では“パンツじゃないから恥ずかしくないもん”と言い張るような集団を指す言葉です。


「お願いします!助けてください!」


「あ、えっと、あの……た、助けるって……何から……?」


人見知りの気がありそうな井ノ原さんが、しどろもどろにも状況を把握しようとしていると、


「下に跳んだぞ!逃がすな!」


そんな野太い男の声が聞こえてきた。


こちらもまた店の屋根の方から。

 

ガシャンガシャン、と金属同士が打ち鳴らす音が次第に大きくなり、そして屋根から何人かの男が飛び降りてきた。


女の子よりもずっと重量感のある着地音なのは、その全員が頑丈そうな甲冑を纏っているからだ。


見覚えがある、というよりもついさっき見たばかり。門番のオッサンらが着ていたのと同じ甲冑だ。


なるほど、こいつらも騎士隊(笑)とやらの連中か。


「…………ッ!」


女の子が身構える。


騎士の数は5人。俺達を囲むような陣形で、警戒しているのか直ぐに襲ってくるような気配は無い。


もちろん俺達はただ食事をとろうとしていただけだし、事の流れからしても奴らの目的はこの女の子だろう。


「いいか、今度こそ逃がすなよ」


「あぁ、分かってる」


五つの甲冑がじりじりと近付いてくる。


町の人達も巻き込まれないようにと避難してるし。


「はぁ……」


門番のオッサンが言っていたことを思い出す。


“くれぐれも街中で問題は起こさないように”と。


問題を起こしたらこうなるってワケですか。うっわ、面倒臭ぇ。


「嬢ちゃん、何か追われるようなことでもした?窃盗とか殺人とか」


「そ、そんなことは絶対にしません!」


いやいや分からんぞォ?“あんなことするような人じゃなかったのに”はニュースでよく見る関係者の常套句だ。


「とにかくだな。悪いことしたならちゃんと謝って然るべき罰を受けなさい。大丈夫、薄い本みたいな展開なんてないから。たぶん」


「駄目なんです!私にはやらなきゃいけないことがあって、ここで捕まる訳には……!」


要するに捕まるようなことは仕出かしたんですね。

 

「そこの娘ら、一体何者だ?」


騎士の一人が威圧気味にそう聞いてきた。さっきのオッサンと違いこっちは若い男の声だ。


いや見りゃ分かんだろ普通。他人だよ。赤の他人だよ。しがない通行人A~Cだよ。


という旨をやんわり伝えたはずだが「本当か?」などと、疑われている様子に変わりがない。


理由は簡単。女の子が井ノ原さんを盾にするようにその背中に隠れているからだ。


勝手に仲間扱いするなし。


「じゃあ騎士さん。あの子を差し出せば私達の疑いが晴れるってことでおkですか?」


「ほぅ……やけに物分かりが良いじゃないか?」


だって本当に巻き込まれただけですもの。


何事も平和が一番。事態が悪化する前に収められるならそれに越したことは無い。


とばっちりは御免だお。


「というワケなんで、大人しく捕まってくれると助かるんだけど」


「お、お願いです!お礼とお詫びは後でいっぱいしますから!何でもしますから!」


ふぅむ、何でも……ねぇ。薄い本が厚くなりそうな台詞だが、こっちにも都合というものがあってだな。


少し可哀相だが、これ以上関わったら当初の目的がどんどん遠ざかりそうなので、俺は出頭させるべく女の子の腕を引っ張った。


すると、その時ちょうど風が吹いて、


ひらり。


悪戯な風が布をめくりなさった。


もちろん俺達のスカート的な意味じゃなく、少女が被っていたフードをだ。


「あっ……」


慌ててフードを被り直そうとする女の子。だがもう遅い。俺は見てしまった。






この娘、美少女でござった。






 

日本でいう中学生くらいの年頃。染色や脱色なんかじゃ決して出せない艶やかで濃い目な茶髪が、ふわっと膨んで丸いショートボブを形成している。


くりっとした目が童顔によく似合う。なんというか、小動物的な印象を受ける女の子だ。


なるほどなるほど、そういうことだったのか。追われる理由はここにあったのか。


これはアレだ。紳士として応えてやらねばなるまいて。


俺は女の子の腕から手を離し、変態騎士らに向かって大声で指差してやった。


「このロリコン共め!!」


「ろ、ろりこん……?」


騎士共は訳が分からないといった風に顔を見合わせる。


ふむ、この世界には無い言葉だったか。


「何だ、その“ろりこん”というのは?」


「分かりやすく言えば幼女性愛者です。ロリコンは死ねばいいと思います」


「なにぃ!?い、いや我々は断じてそのような趣味は無い!そのお方を追っているのはちゃんとした理由があってだな!」


「黙らっしゃい。性犯罪者は皆そうやって同じことを言うんです。騙されると思うてか」


寄ってたかってこの子に悪戯するつもりなんでしょう?エロ同人みたいに!


「くっ……聞く耳持たないか。いや待てよ……さてはこいつ、賊の者か!?」


騎士の一人が腰から剣を抜いた。しかし刃の部分は丸くなっていて、殺傷用の物ではないことが伺える。


本物は腰に挿しているもう一本の方だろう。


「ふっ……言い逃れも出来ず逆に私達の方を犯罪者扱いするか、このロリコンめが。よろしい、ならば戦争だ」


半身になって腕を構え、浅く腰を落とす。こんなロリコンを相手に武器なんぞ必要無い。


今こそ不洞式拳法をお見せしようじゃないか。

 

俺から反抗心を感じとった他の騎士らも、全員模造剣を抜いて構えてきた。


牽制や威嚇の意味もあるんだろうけど、全然迫力が感じられない。


「ふ、不洞さん……本当にやるんですか?」


「大丈夫大丈夫、こんな変態なんかには負けないって」


「いえ、そうじゃなくて……」


井ノ原が何を言ってるのかはよく分からんが、性犯罪は未然に防がなければならないんです。


躊躇してはいかんのよ。


「え?……えっ!?あ、あの人が戦うんですか!?丸腰ですよ!?」


すっかり井ノ原さん頼みだったらしい女の子は、俺が戦うと分かるや驚き慌てふためいていた。


まぁ見てなって。


「あくまで邪魔立てするか……やはり貴様は賊者だな。女子供だからといって容赦はしないぞ」


「やかましいわロリコン騎士A。愛と正義の美少女戦士、不洞新菜が児ポ法に代わってお仕置きしちゃる」


「ならば……覚悟ッ!」


気合いの入った掛け声と共に、騎士Aが特攻を仕掛けてくる。





…………あれ?





「ふんっ!!」


「いやいやいやいやいやいや何やってんスか」


上から振り下ろされた模造剣を、俺は軽く横にステップして避けた。


いや、今のは“避けた”内に入るんだろうか?


例えばの話。その辺の広場で小さな子供がボール遊びをしていて、取りこぼしたボールが自分の方に転がってきたとしよう。


二足歩行の出来ない赤ん坊でもない限り、そんなボールくらいは誰でも軽く避けられると思う。


今の、そんな感じだったんですが。


「ほぅ……少しはできるみたいだな」


などと、盛大に空振りした騎士Aさんがカッコつけて呟いておられる。


滑稽すぎて言葉も出ない。

 

「ならばこれはどうだ?」


騎士Aが模造剣を横薙ぎに振り回してくる。


「This is it!」


遅すぎるそれを華麗なムーンウォークで避ける。


そのままクルクルと回転。最後に下を向きつつ両足をクロス、そして両手を広げるあの決めポーズは忘れない。


「……面妖な体術を使う女だ」


すると今度は背後から、別の騎士Bが模造剣で斬りかかってきた。


面妖とは失礼な。謝れ。世界中のマイケルファンに謝れ。


「残念、ここでなんちゃって八卦掌ですよ」


「……なッ!?」


振り向き様に手の平を刀身に添わせ、そっと軌道を変えて受け流す。


通信教育万歳。まさかあんな詐欺DVDの成果を披露する日が来るとは。


全国の厨二病諸君、二次元に影響されて始める格闘技って意外と役に立つでよ。


「小娘だからと油断していれば!」


「痛い目を見なければ分からんようだな!」


続けて襲ってくる騎士C&Dの頭上を跳び越え、背後から軽く押してやると思いっきり転びなさった。


これはこれで楽しいな。


たまには舐めプもいいかもしれん。




その後も四方八方からのあらゆる攻撃を難無く捌き続け、ロリコン騎士らも相当疲れてきたご様子。


「くっ……小娘風情がぁ!」


「ふん、意気込みは良し。だが相手がヒヨッコではな」


今までチョココロネやらエイミーやらで感覚が狂っていたが、一般人が相手だとここまでチート性能になるんだな俺の体。


「さぁ諦めてとっとと帰りなさい。早くしないとアグネスが飛んでくるぞ」


「ほざけ……我々とて騎士の端くれ、己の使命を果たすまでは絶対に諦めん!」


どんだけ執念深いロリコンなんだ、あんたらは。その情熱をもっと別の方に向けろよ。

 

しかし困ったな。諦めてくれない以上、こっちとしても放っておく訳にはいかない。


かといって気絶させようにも、俺の力だとやり過ぎてしまう可能性がある。出来れば無用な怪我は負わせたくないし。


ほんとロリコンは厄介だ。


「そうだ、井ノ原さんトドメやっちゃってよ。私じゃ加減が効きそうになくてさ。ほら、その杖でガツンと一発」


「い、いやでも、無抵抗の人を傷付けるのはちょっと……」


無意識なんだろうけど、今この子さらっと酷いこと言ったな。


仮にも騎士である彼らのことを、ぱっと見普通の内気な少女が“無抵抗”と言い放つ。いやはや、なかなかプライドを抉る一撃だ。


「ぐっ……言って、くれるな……」


「こ、ここで引き下がっては……末代までの恥だ……ッ!」


そしてそれは騎士達にも伝わったようで、疲労により地面に伏していた甲冑が次々と立ち上がる。


火に油注いでどうすんのさ。


「相手を気絶させる魔法とか無いの?もしくは睡眠とか麻痺とか」


「衝撃系のものなら幾つかありますけど、結構強いので上手く気絶だけしてもらえるかどうかは……睡眠や麻痺系のは、まだその、勉強中で……」


面目無いです、と恥ずかしそうに俯く井ノ原さん。充分立派だと思うけどね。


俺なんて魔法のマの字も使えないんだし。


打つ手無し……仕方ない、ここは逃げるとしますか。後で警察的な所にでも通報しに行くとしよう。


「戦略的撤退!」


「あ、はい!」


ロリコン共と反対方向に走り出す俺達。


だが、その行く先には既に別の騎士らが応援として駆け付けていた。


「そいつらを逃がすな!連れ去られる前に捕まえるんだ!」


「絶対に通すんじゃないぞ!」


「何としても確保しろぉ!!」


ちょい待て。なんで俺達が連れ去る側になってんだよ。


この子を拉致しようとしてるのはお前らだろうが。

 

なんという冤罪。これがいわゆる濡れ衣というやつか。


汚いな流石ロリコン汚い。


「キラノ隊は左から回り込め!マーリゲル隊は右後方だ!」


「「了解!!」」


どうしようか悩んでいる間にも、大勢の騎士らが俺達のことを包囲し始める。


たかだか女子高生三人相手に大袈裟過ぎね?別に負ける気はしないけど。


「ど、どうしましょう……?」


「落ち着いて井ノ原さん。最悪の場合、全員まとめてノックアウトすればいいだけの話だから」


「えっと……そ、それこそ犯罪者になっちゃうような気が……」


正当防衛だ、問題無い。


しかし気の弱い井ノ原さんにこれ以上の負担を掛けるのも可哀相だ。


仕方ない、ここはアカデミー賞顔負けな俺の演技で何とかしてみせよう。


「全員そこを動くなッ!!」


「――――ッ!?」


俺の一言で、騒がしかった騎士共の動きがピタリと止まる。


よし、出だしは順調だな。


「貴様ら、この御方をどなたと心得る!?かような狼藉が許されるとでも思うてか!!」


そう凄みながら叫んでみると、意外なことに騎士共はたじろぐように「ぐっ……!」などと顔を歪ませて睨んできた。


あれ?こんな脈絡の無い演技が効くの?


まぁそれならそれで続けるまでだ。


「こちらにおわす御方は、龍も泣いて逃げ出す偉大な猫神様であるぞ!頭が高い、控えぃ!!」


絶賛硬直中のヨシツネを指差し、これでもかというくらいにその存在を誇示してやる。


すると、騎士共の表情が呆然としたものに変わり、


「……え?」


「……は?」


「……ん?」


「猫神様?」


皆が皆、訳が分からないといった風に顔を見合わせていた。


緊迫した空気が一転、可哀相な人を見る目が胸に痛い。


まるで厨二病患者を見るような目だ。


「いや、あの、つまりですね、猫神様っていうのは……」


「お前は何を言っているんだ?」


まさかこんな異世界に来てまでミルコ・クロコップの名台詞を聞くことになるとは思わなかった。

 

屈辱。こんなロリコン共に馬鹿にされていてはニート予備軍の名が廃る。


見てろよ、その残念そうな顔をギャフンと言わせてやるからな。


俺は空気が静まり返っている内に、こっそりとヨシツネに耳打ちしてやった。


「さてここで問題です。どうしてアナタの前からグラタンが消えたのでしょうか?」


「………………」


「答えは簡単、あのオッサンらが踏み潰したからです」


「…………何じゃと?」


おっ、反応アリ。これはもう一押しだ。


「ジューシーで濃厚なポポム肉をふんだんに使ったデリシャスなグラタンは、あそこのロリコン騎士共が楽しそうに踏み潰しやがったのです」


相手は性教育の敵。これくらい捏造しても問題はあるまい。


「行きなさい、ヨシツネさん。グラタンの仇をトルノデス」


「う……ウチの……ウチのグラタンを……」


起爆剤のセット完了しました。サー。




「ウチのグラタンをォ……返せぇええええええええええええええええええええええええええええッ!!」




ヨシツネの絶叫が町に響く。


瞬間、その怒りを体現するかのように辺りから激しい炎が巻き起こった。


凄まじいな。今まで俺が見た中で最大の火力だ。


食い物の怨み怖すぎワロタ。


「な、なんだ!?何がどうなっている!?」


「まさかあの小娘、ウィッチか!?」


「馬鹿な!?これは大導術師クラスの規模だぞ!」


「こ、これでは近付けん!」


「何とかするんだ!早く水を持って来い!」


無駄だ、ちょっとやそっとの水で鎮火できる規模じゃない。


っていうか消防車でも無理だと思います。


そしてけしかけた俺が言うのも何だが、周りの家に火が移らないか非常に心配だ。そろそろやめさせた方が良いかもしれない。

 

騎士だけでなく、女の子もまた突如現れた炎に驚いている様子。


「ちょっ、ちょっと何ですか!?何なんですかこれ!?貴女たち一体何者なんですか!?ぁ熱ッ!」


「詳しくは話せないんだけど、とりあえず今は逃げるのを優先するべ」


炎の壁が奴らを防いでいる内にね。


道の前後は奴らに封鎖されている。強行突破も可能だが、それだとやっぱり怪我をさせてしまうことになり兼ねない。


しかし俺達は超人。道は一つだけじゃない。


「井ノ原さん、跳べる?」


「あ、はい。少しくらいなら」


「オッケー。んじゃ、ちょいと失礼して……っと」


「え……きゃあ!?な、何するんですか!?」


女の子を抱き上げて右肩に担ぎ、俺は足に力を込めた。


「喰らえグラタンの怨み!必殺、猫又剛速っ――」


「アホ、やり過ぎだ」


「ぐぇっ!?」


もう片方の手でヨシツネの襟首を掴み、空高くジャンプする。


「きゃああああああああッ!?」


担いだ女の子がとてもやかましい。いやまぁ、普通の女の子だし急に跳ばれてビックリするのは無理もないか。


しかしその割にはよく飛び降りれたな。テーブルが無かったら多分怪我してたぞ。


「これなら奴らもしばらく追って来れないっしょ」

 

俺達はそのまま建物の屋根に着地し、屋根伝いに移動を続けて騎士共を撒くことに成功した。


「逃げたぞ……って何だあの跳躍力!?」


「驚くのは後だ!早く手配を回せ!」


「主犯は桃色の髪の女だ!絶対に逃がすな!」


いつの間にか主犯扱いされているこの理不尽さを俺はどう受け止めればいいのだろうか。


もうロリコンやだ……。



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