第6話 ドスケベ・レオタード

辛くも(?)魔物さん達を撃退し、更に1時間ほど経っただろうか。


根気よく歩き続けていた俺達は、ついにオアシスに辿り着いた。


「川じゃあああああああ!!」


ヨシツネが脇目も振らずに飛び込んでいく。


そう、俺達の目の前を流れているのはまさしく川。それも対岸まで20メートルはあろうかというかなり大きな川だ。


見たところ水質もかなり綺麗で、清涼感溢れる澄んだ水が疲れた心身を癒してくれる。


「にゃははははははは!冷たくて気持ちいいのじゃ!」


猫って水嫌いなんじゃね?という疑問はこの際置いておこう。


俺も少し涼みたい。


「あ、あのヨシツネさん、制服は濡らさないようにした方が……」


「井ノ原さん、もう遅い」


「あ……」


後で後悔するのは、制服のまま水中に全身ダイブしているアホ猫だ。


俺達には関係ありませんのよ。

 

川の水を掬い喉に流し込む。


「――ッ!?キンキンに冷えてやがるっ……!あ、ありがてぇ!!」


「ふ、不洞さん……?」


「……という宣伝文句のビールが美味しいって評判らしいよ」


「え?わ、私は未成年なので、お酒はちょっと……」


要はそれくらいハイな気分ということです。


生き返るとはまさにこのこと。ただの水がこんなに美味しいと感じたのは生まれて初めてだ。


後味がねちっこいジュースなんかよりずっと心地好い。


「ひとまずここで休憩していこうか。ここなら辺りも開けてるから襲われる前に気付けるし」


「そうですね。実は私も少し喉が渇いてたところです」


「うんうん、ここってとても空気が美味しいもの。ちょっとくらいゆっくりしても罰は当たらないわよねぇ~♪」


「そうそう、誰にだって休憩は必要だか……ら……」






はい確認します。人数確認します。


今俺の右隣に居るのが井ノ原さん。川の中でアホみたいにはしゃいでいるのがヨシツネ。


つまり俺自身を含めて3人。もちろん我等が7班の人数も最初から3人。


では俺の左側から声が聞こえてくるのは何故でしょう?


「答えは簡単、森の妖精が囁いているからです」


「あははは、新菜ちゃんってば面白いこと言うのね~」


「ふぉおおおおおおおッ!?」


俺は咄嗟にその場から跳び退いた。


「はろはろ~♪」


そこで手を振っているのはよく知る人物。いやよくは知らんが、顔と名前くらいは嫌でも覚えている。


「ムチムチのお姉さん!」


「それは褒め言葉なのかな~?」


失礼、アーナト・ファミリーのレオタードお姉さんことエリカさんでした。


いや名前なんて今はどうでもいい。この人が今ここにいるということ自体が大きな問題だ。

 

「何故この場所が分かったし」


俺は刀を取り出し、井ノ原さんも戸惑いながらに長杖を構える。


未だ気付かず川で遊んでいるアホ猫はまぁ、後で筋肉バスターの刑にでも処すとして。


「ん~とね、勘♪」


対するエリカさんは戦闘体勢をとる訳でもなく、ただそう笑ってみせた。


「……というのは半分ウソで、本当はこの近くに用事があったの。で、その帰りに偶然見知った姿を見付けたから、これはもしかしたらと思って♪」


「いやいやいや、この世界にいる時点で偶然じゃないスよね?」


「そこはねぇ~、エイミーちゃん達がとても楽しそうに言うんだから仕方ないわ。“逃がすもんですか!”って息巻いてたもの」


やっぱりあの貧乳リーダーはまだ俺のことを目の敵にしているらしい。いや今の言い回しだとチョココロネもご執心のようだ。


もっとマトモな形でモテたかったです。はい。


「でもでもぉ、今ここで私が貴女達に会ったのは本当に偶然よ?この広い世界でバッタリ会うなんて運命的ね~♪」


「だとしたら俺……じゃなかった、私は神様を呪わざるを得ない」


「もぅ、釣れないんだからぁ」


拗ねた風にエリカさんは頬を膨らませる。


萌えてまうやろーッ!


という本音は心の隅に仕舞っておこう。


「ま、偶然とはいえせっかく会えたんだし……」


その一言で、俺達は一層深く武器を構えた。


敵はアーナト・ファミリーの一人。実力は未知数。とりあえずリーダーであるエイミーよりは弱くあってほしいと願う。


使用する武器は新体操のリボンやそれに類する物。何故そんな物で戦えるのかは不思議だが、そこは超人だからだと強引に納得する。


……といった感じに分析していると、エリカさんは笑いながら手を振ってきた。


「あらあら、そんなに怖い顔しなくてもいいじゃない。私はエイミーちゃん達と違って、別に貴女と戦いたいなんて思ってないわ♪」

 

別に他人の観察が得意な訳じゃないが、エリカさんの言葉に嘘は感じられなかった。


強いて言うなら、エイミーと違って迫力というものが無い。マイペースというかおっとりしているというか。


少なくとも戦いに来た人の佇まいじゃないとは思う。


「不洞さん……」


「うん、本当みたいだね」


もちろん俺も戦いたくはないワケで、敵意が無いことを示すために刀を鞘に納めた。


しかし万が一を考えて時計の中には収めず、いつでも抜刀できる状態にしておく。


「せっかく会えたんだからお茶の一杯でもしない?って言おうとしたのに……」


「こんな場所でどうやってお茶するのさ。まさかの水筒持参系?」


「違うわよぉ。この川を下った先に小さな町があってね~。そこの“殺生”って喫茶店のお菓子がすっごく美味しいの♪」


店の名前からしてすっごく不味そうなんですけど。


いやもしかしたら、そこに誘い込んで文字通り俺達を殺生するつもりなのかもしれない。


なんて恐ろしいムチムチ姉さんだ。


「生憎だけど私達は先を急ぐんでね。お茶なんぞにかまけている暇は無いんどす」


「急いでるの?」


そう首を傾げるエリカさんの視線は、依然として川で遊んでいるヨシツネに向けられていた。


畜生、急いでないのがバレバレじゃねぇか。


あのクソ猫には筋肉バスターじゃ生温い。筋肉ドライバーでリングに沈めてやる。

 

「ふふん、あれが遊んでいるように見えるのならアンタの目は節穴と言わざるを得ない」


「そうなの?」


「一見して遊んでいても、実はその何気ない一挙一動に術的意味が秘められた高度な儀式なのさ。これぞ天草式十字凄教の極意――――」


「にゃはははははは!……おっ、変な魚発見なのじゃ!捕まえて塩焼きにしてやるえ!そぉい!……うぬぅ、逃げるなぁ!」


「やっかましぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」


「うにゃあ!?」


驚いて川の中に倒れ込むヨシツネ。ざまぁ。


「ふぅ……」


いかんいかん、俺としたことがつい熱くなってしまった。


クールにいこうぜ。


「……とまぁ儀式も終わったんで私達はもう行くでよ」


「そうね~。儀式が終わったなら仕方ないわね~」


くっそ、エリカさんの流し目がなんか胸に痛い。


「それじゃあ、私もそろそろ失礼しようかな~。用事が済んだって報告もしないといけないし」


是非ともお引き取りお願い致します。


などと余計な事を言ってまた面倒が起きるのも嫌なので、俺は無言で横に避けて道を譲った。


「まったね~。エイミーちゃん達にもヨロシク言っておいてあ・げ・る♪」


「いやもうホントすいませんそれだけは勘弁してくださいエリカお姉さま割とマジで」


それはつまり、今日ここで俺と会ったことがエイミーに知れるということだ。


執念深いアイツならすぐ追い掛けて来るに決まっている。

 

「ん~、それは出来ない相談ね~」


「貴様それでも人間か」


「ほらほら、私だって悪の幹部の一人だもの♪それくらいの仕事はしないとエイミーちゃんに怒られちゃう」


「YOU怒られちゃいなYO」


「残念ながらそういう訳にはいかないんですYO~。それじゃ、また会いましょうね~♪」


俺の誠意溢れる説得にも応じず、エリカさんはそのまま川の上流の方へと歩き去っていった。


ここまで人の心を踏みにじるとは、流石は悪の幹部だ。


今度から悪魔超人って読んでやろうかな。いや元ネタ知ってたらキレられそうだから止めておこう。


そんなことより、だ。


「いい情報が手に入ったね。この川を下った先に町があるってさ」


アテの無い行進だっただけにこの情報は有り難い。


町ということは人が居るはず。更なる情報収集が期待できるな。


「そうですね。まずは現在地を知ることが先決ですし」


「そしてご飯も食べるのじゃ!」


うっわ、びしょ濡れのまま寄ってくんなよアホ猫。水が飛び散ってくるだろうが。


そんな心境が顔に出てしまったのだろうか、俺を見たヨシツネは殴りたくなるくらいのドヤ顔をしてきやがった。


「心配ご無用、これくらい脱げばどうってことないのじゃ!」


「え?」


俺が理解に苦しんだ一瞬の内に、なんとヨシツネはいきなり制服をテイクオフ!


露わになる柔肌!


っていうかコイツまたブラ着けてねぇ!このさくらんぼ星人め!


「にゃははははは!スースーして気持ちいいのじゃ!」


「井ノ原さん、露出狂が!露出狂がいる!」


「お、落ち着いてください。ヨシツネさんも、そ、そんな格好ではしたないですよ」


「別に問題なかろうて。今は誰も見てないのじゃ」


俺が見てるんですけどね。

 

このままでは色々とアレなので、制服が乾くまで仕方なく俺の物を貸してやることに。


当の俺は時計から戦闘服を取り出し着用しているから一応は無問題だ。


「うぬぅ……胸の部分がぶかぶかじゃのぅ」


胸囲の格差社会とはまさにこのこと。


おっぱい体操しこたまやり込んでから出直してこいよ。






そうして歩き続けること更に1時間。


下流になるにつれてジャングルから平地へと移り変わり、人の手が掛けられたと思われる道も見えてきた。


人里が近い証拠ですな。


「あ、あそこ……何か見えます」


井ノ原さんが指差した先、地平線からひょっこりと頭を覗かせているのは建物らしき物体。


地平線までの距離はだいたい4~5kmだと聞いたことがある。もう少しだ。


超人である俺達なら尚更のこと。少し急げばあっという間に着く。


「行こう二人とも。あの町に向かって全速前進DA!」


「は、はい!」


「ご飯がウチを待ってるのじゃ!」


文明のある場所。ただそれだけのことが今は非常に待ち遠しい。


原始的な旅ともこれでおさらば。


これでネカフェとかあれば何も言うことは無いんだが、流石にそれは無理か。


白黒テレビすら存在しない世界らしいし、パソコンなんて夢のまた夢。


非常に残念だが諦めるしかない。気持ちを切り替えてファンタジーを満喫するつもりで行こう。


ほら、町の外観からしてもう既にファンタジーだ。


コンクリートなんて無骨なものは一片も無い、土と石で建てられた西洋感溢れる門。


その向こうに広がる石畳の道と煉瓦造りの家屋。


RPGで見たそのままの光景に、俺のテンションも陰ながら上がってしまう。


「さて、じゃあまずはギルドを探そっか。情報収集ならあそこが一番だし」


「ギルド……?」


はて?といった風に首を傾げる井ノ原さん。


おいおい知らんのかいな。ファンタジーで町ときたら、一番最初に探すのはギルドと相場が決まっとろうが。


まぁクエストを受けるつもりはないけど。


「ギルド……とかはよく分からないんですけど、情報なら普通に町の人に聞けばいいと思います」


「さては君、初心者だね。MMOはこれが初めて?」


「え?しょ、初心者?えむえむおー……?」


基本がなっちょらん井ノ原さんに色々と指導してあげながら、門を通過しようとした時、


「そこの娘達、ちょっと待ちなさい」


俺達の行く手を遮るように、重そうな甲冑を纏った二人の男が門の両脇から近付いてきた。


え?何これ門番イベント?


「見慣れない格好をしているな……この町に一体何の用だ?」


兜を被っているため顔色は伺えないが、あまり友好的な感じがしない。


そして台詞からすると、見た通りこの町の門番を勤めているんだろう。


面倒臭いイベントだな。


「え、えっとですね、わ、私たちはその……」


気圧されたのか元々気弱だからか、井ノ原さんは既にしどろもどろのパニック状態。


「ご飯を食べに来たのじゃ!」


アホ猫は論外。


仕方ない。ここは俺が一肌脱いでやろうジャマイカ。

 

「私たちは旅の者です。風のまま流れるまま、幕末の剣士さながらの流浪っぷりで彷徨っているうちにここまで辿り着いたのです」


「バクマツ?何だそれは?」


「ま、まさかご存知でない……!?嗚呼、そんなことだと天下の人斬り抜刀斎に八つ裂きにされちゃいますよ!?」


「ひ、人斬り!?」


「夜中に。背後からズバッと」


「な、なんだと!?」


明らかに声が上擦っている。このオッサンら意外と小心者だな。


「むむ……恐ろしいのだな、バクマツというものは」


「まぁそんな幕末とは違って私達は普通の旅人です。なのでここを通してもらえるとプラチナ嬉しいなぁ~……なんて」


オッサンらは顔を見合わせ、一言二言交わして俺達に向き直る。


「ふむ……バクマツとやらはともかく、どうやら君達の言葉に嘘は無いようだ。ここを通ってよろしい」


余裕すぎワロタ。もうちょっと突っ掛かってくると思ってたわ。


じゃあ最初から突っかかってくんなよと思う俺は間違いじゃないはず。


「それに君達のように可憐なお嬢さん方なら危険は無いだろう」


三人とも超人ですけどね。


「ただし、一つ留意してほしいことがある」


「と、言うと?」


俺が促すと、オッサンは少し言いにくそうな調子で後を続けた。


「いやなに、それほど重大なことでもないんだが……今この町では少し問題が起きていてな。訳あって内容は話せないんだが……我々のようにこうして各所で騎士隊が駐在している場所がある」


なんだか穏やかじゃないな。何が起きてるかは知らんが、面倒事には巻き込まれないようにしないと。


っていうかこのオッサンら騎士だったのか。迫力の欠片も無ぇな。


「そのせいで町中の空気が少しばかり緊張しているんだ。今は厄介者を町に入れられないのでね」


「はぁ……」

 

「君達なら心配は無いだろうが、くれぐれも町中で問題は起こさないでくれたまえよ」


気をつけろオッサン、その言い方だとフリにしか聞こえんぞ。


俺が理解ある常識人で助かったな。


「じゃ、失礼します」


一級フラグ建築士なオッサンらをやり過ごした俺達は、三人並んで広い中央道を進む。


擦れ違う度に町の人々がガン見してくるのは気のせいだと願いたい。


「な、なんだか見られてますね……」


周りを見ると、なるほど。ファンタジックな服装に身を包んだ人がほとんどだ。


流石に原始的とまではいかないが、現代的なものを着てる人は全く居ない。たまに無地のTシャツみたいなのを着た人がいるくらいだ。


対して俺達は日本の高校の制服。そしてハイカラなピンクの戦闘服。


簡単に言えば“浮いてる”というワケで。


まぁ俺の服装は日本でもコスプレ扱いですけどね。


「そんなことどうでもいいのじゃ。早くご飯にするえ」


お前はそればっかりか、と突っ込もうとした瞬間、




ぐぅうううううううう。




と腹の虫が抗議の音を上げた。


一応念を押しておくと俺じゃない。


しかし意外なことにヨシツネでもない。


「………………」


腹を鳴らした張本人は、リンゴみたいに顔を真っ赤に染めながら無言で俯いていた。


そうだな、うん。お腹が空くのはみんな同じ。だって人間だもの。


かく言う俺もちょうど腹が減ってきたところだし。


「なんというか、まぁ……先にご飯にしようか」


「…………すいません」


落ち込みなさんな。むしろ好感度がアップしたと言っても良い。


そういうキャラも嫌いじゃないでよ。

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