第4話 くじびきを発明した人は万死に値する


異世界。


古今東西、真面目な学者の研究から現代のオタクカルチャーに至るまで、人類が想像しつつもその存在の片鱗すら未だに確証出来ていない、幻の存在。


いわく、宇宙のどこかの星で地球と同じような文明が生まれているとか。


いわく、ブラックホールに吸い込まれた先が異空間に繋がっているとか何とか。


そんな夢物語のような世界に、今俺たちは立っている。


――――のだが。


「座標のズレも無し……うん、無事に到着ね」


辺りを見渡し、先生が満足そうに頷く。


しかし平然としているのは先生だけで、俺達は皆、何がどうなっているのか分からずに騒然としていた。


というのも、周りに何も無いのだ。


宿舎どころか建物の一つも見つからない。というか人工物と呼べるような物がどこにも存在しい。


どこまでも広がるジャングルを見渡せる、高い丘の上。そこに俺達は立っていた。


そして奇妙なことに、先に出発したはずのA組の姿も見当たらない。


「せ、先生。これは一体どういうことですの?」


「後でちゃんと説明するから、まぁとりあえず一人ずつこれを受け取ってね」


そう言って先生が皆に配り始めたのは、ハンドサイズの小さな袋。


受け取ったそれを開けてみると、中には数枚の紙とコインが入っていた。


紙の方は見たこともない紙幣と、折り畳んであった大きな地図が一枚。コインも奇妙な記号と絵が掘られている。


「この世界の地図とお金よ。5000モルァ入れておいたと思うけど、一応確認して頂戴ね」


いや、確認って言われましても、そもそも数字自体が読めないんですが……。


流石は異世界。言葉が違うとは聞いていたが、まさか数字の書き方まで違うとは。


というか通貨の単位が“モルァ”の時点でまともな文明は築かれていない気がする。


2ちゃん臭が酷いわ。


「地図の方にはちゃんと日本語で読み方が振ってあるけど、分からなくなったら恥ずかしがらずに現地の人に聞くといいわ。言語調整はもう済んであるし」


そんなもんいつ済んで……いや、そういえば心当たりがあった。


きっとパスポートを作る為に触った装置だ。あれに触れた時に、同時に調整とやらも施されていたんだろう。

 

読み書きが出来ない以上、何か情報が欲しい時はこの世界の人達に直接聞くしかない。


まぁそんなことは最初から分かっていたことだし、聞けば済むのだからさほど問題でもないだろう。


問題はコミュニケーションがどうとかの話じゃなく、何故今になってこんな物を配るかということだ。


「学年主任も言っていたけれど、念のためにもう一度注意しておくわ。この世界でも地球と同じように“異世界”の存在を知る人はごく少数に限られています。なので、その辺りの秘密事項はしっかり守るように」


地球との違いは文明のレベルと、魔法や超人的な力の浸透具合だけ。それも既に承知済みだ。


なので先を促すよう皆も表情を固め、それに気づいた先生が咳ばらいで空気を改めた。


「じゃあ、今の状況について詳しく説明するわね。自分達の荷物をこっちに集めて、みんなは向こうの木の下に並んで頂戴。あ、今渡した袋は説明に使うから持ったままでね」


言われた通りに俺達は荷物をまとめ、大木の下に並んで次の言葉を待つ。


「えー……では、これより合宿を始めたいと思います」


「「…………は?」」


全員がぽかんとしている中、先生は俺達の荷物の方を向いて指を鳴らす。


するとまたも魔法陣らしきものが現れ、光に包まれて全員の荷物がきれいさっぱり無くなってしまった。


「宿舎の方に転送しておいたわ。あんなに荷物が沢山あっても邪魔なだけでしょうし」


転送便利すぎワロタ。宅配業者も揃って涙目じゃねぇか。

 

しかしわざわざ転送するということは、宿舎の場所はこの付近ではないということだろうか。


よくあるよな、駅に着いてから宿舎まで歩く行事とか。超インドア星人の俺には非常に鬱なイベントだ。


「宿舎はどこにあるんですか?」


カレーパンの問いに先生は直接答えず、代わりに地図を広げるよう皆に促した。


「私たちが入ってきたのは、フェインモルグでも一番大きな国“パールス王国”よ。地図の真ん中にあるのが王都の“トゥリエウス”ね」


渡された地図は日本のそれとは違い、かなり抽象的に描かれている。


日本の地図なら都道府県があり、市町村があり、道路や鉄道があり、拡大すればさらに事細かく記されている。


だがこの国の地図はかなりざっくばらんで、各地に点在する街や村、大きな河川などを除いては、適当なスペースに“〇〇森”などと書かれているだけだった。


手抜きですね分かります。全力で伊能忠敬に謝れよ。


「王都から南西へ遠く離れた所に、小さな街があるのは分かる?この“コドル”という街に宿舎があるわ」


地図で見る限りは、それほど大きくない街みたいだ。首都と比べればその規模は歴然。


それはいいとして、ここで一つ疑問が出てくる。

 

「で、具体的に俺達は今どこに居るんスか?」


皆の心境を代弁した一人の男子の質問に、先生はにっこりと笑ってみせた。






「それは、教えられません」






…………ゑ?


「毎年恒例の聖ポルナレフ学園合宿名物、ドッキリ不意打ち訓練!今年の企画は“宿舎まで自力で辿り着こう”よ!」


「せ、先生!?それって一体……」


「クラス全体で動くと大変だから、三人ずつで班を組んで移動するように。あ、人数が余るから一班だけ四人で組んでね。班の決め方はみんなに任せるわ。道中、他の班やクラスの生徒と合流するかもしれないけど、合併は禁止。協力していいのは班の中だけです」


まくし立てるように早口で説明を進めていく先生。どうやらこれ以上の質問や抗議は一切受け付けないつもりらしい。


っていうか唐突すぎて俺も頭の回転が追い付かんぜよ。

 

「今言った事項と常識的なルールさえ守れば、どんな手段を選んでも構いません。期限は1週間。先着順にご褒美を用意してあるわ」


もちろん、と先生は付け加え、


「間に合わなかった人達にも、オーバーした時間に合わせてペナルティを用意してあります。それじゃみんな頑張ってね♪」


それだけ言い残し、先生は俺達に背を向けた。


途端、転送用の魔法陣が先生の足元にだけ現れ、そしてあっという間にその姿が掻き消える。


置き去りにされた俺達は唖然とした様子を隠せない。


「え、えっと、これって要するに……もう合宿は始まってるってこと?」


誰かがそう呟いた。


しんと静まり返っていた空気が、その言葉を起爆剤に一瞬で騒がしくなる。


「「えぇええええええええええええええええええええええ!!?」」


戸惑い、焦り、不安。そんな感情を撒き散らす皆であったが、


「静まりなさい!」


シェリーたんがこれを一喝。流石は委員長というべきか、その凄みに誰もが言葉を飲み込んだ。


シェリーたんマジぱねぇっすわ。


「先生の仰られたことが事実であるのなら、こんなところで動揺している場合ではありませんわ!」


こういうのを見てると、やっぱり組織や集団にはリーダーが必要なんだなって心底思う。


無論、リーダーやれと言われても俺は御免被りますが。


そもそもそんなカリスマも統率力もありませんが。


「まずは現状の把握と整理、そして為すべき行動の決定ですわ。異論のある方は申し出てくださいな」


手を挙げるような奴は一人もいない。こうして、とりあえずはシェリーたんを中心としての会議を開く運びとなった。

 

まずは現状を整理してみる。これは簡単だった。


パールス王国とやらの何処かに俺達は放置され、目的地まで自力で辿り着けばいい。涙が止まらなくなるくらいシンプルで鬼畜な状況だ。


これが日本なら何とでもなるのだろうが、生憎ここは異世界。黒若の資料や合宿のしおりにも書いてあった通り、この世界は文明というものがかなり遅れている。


当然ながら携帯やネットなんて無い。そもそも電力の存在すら怪しい。


言わずもがな、移動手段も“馬車”みたいな原始的手段が当たり前となるようなレベルだ。


「それだけではありませんわ。人里の外では賊者や魔物が徘徊している可能性もあります。迂闊に行動すると危険ですわ」


え?何それ初耳なんですけど……。


ま、まぁ異世界というくらいだしそういうファンタジー要素があっても構わんが、せめてしおりにくらい書いとけよあの教師ども。


「ねぇシェリー、ここの通貨ってどれくらいの価値があるの?」


「何とも言えませんわね……物価や市場の相場について情報が一切ありませんもの。とにかく、慎重に使うに越したことは無いでしょう」


一人につき5000モルァ。これがアメリカ・ドル的な数字なら大歓迎だが、ジンバブエ・ドルほどの価値しか無ければ本当にオワタなことになる。


「手元にあるのは地図とお金だけ……しかし一番ネックなのは現在地が不明なことですわね」


酷い無理ゲー臭がするが、簡単にまとめると大体こんなもんだろう。


あとは、これからどうするかだ。

 

課された制約は、三人一組で班を組まなければならないということ。そして、他の班とは行動を共にしてはいけないということ。


俺達のクラスは31人。内一組だけ4人で組むから、全部で十組の班ができることになる。


それで、肝心の決め方だが、


「やっぱり気の合う奴同士で好きに組めばいいんじゃないか?難しく考える必要なんか無いって」


という男子側の提案に対し、


「いや、それだと余った人同士の班が気まずくなるっしょ。平等にくじでいいじゃない」


という女子側の主張が対立している。


まぁ男子の連中は目当ての女子と組むことしか考えていないっぽいけど。


こっち見んな気持ち悪い。


で、我等が委員長様の意見はというと、


「わたくしは決め方など気にしませんわ。どのような環境になろうと、最善を尽くすことにこそ意義があるのです」


ただし、とシェリーたんはそこに付け加え、


「男子と女子は別々に組むこと。これは絶対条件ですわ」


その一言で男子らが揃って絶望。命の蝋燭を目の前で吹き消されたかのような、何とも言えない表情が哀れで仕方ない。


まさに愉悦。


「な、なんでだよ!?」


「別にいいじゃないか!そういうのを差別っていうんだぜ!」


「お黙りなさい。期限が1週間ということは当然、班のメンバーとはしばらく寝食を共にするということですわ。わたくし達はまだ学生の身、不祥事を起こす訳にはいきませんのよ」


「ダニィ!?」


「……不洞さん、どうかいたしまして?」


「ごめん何でもない」


思わず王子声を発してしまったが、そこは恒例のてへぺろで回避しておく。


いやしかし、俺としたことが全く考えてなかった。


言われてみればそうだ。目的地に着くまでは夜も一緒に過ごすことになるじゃないですか。


み な ぎ っ て ま い り ま し た 。

 

もとより女子とのお泊りを期待していた俺だが、まさかこんな形でそれが実現しようとは。


ゆかりんのパジャマ姿を想像しただけで心が躍……あ、そういや衣服は荷物ごと転送されたんだった。


非常に悔やまれるが、寝間着や代えの服はどこかで調達しないとな。どうせなら俺好みなやつをチョイスしちゃる。


……などというプランを頭の中で思い描いていると、男子らが必死の形相で遺憾の意を示してきやがった。


「ふざけるなぁああッ!!」


「俺達がそんなに信用できないのか!?」


「むしろ、か弱い女子を守るのが男子の役目ってもんじゃないか!」


「さぁ恥ずかしがらずに!」


「「俺達の手を取ってプリィイイイイイイイイイイズ!!」」


追い詰められた男子らが次第に本性を出してくる。女子らがドン引きしていることに何故気付かない。


「……決定ですわね。男子は男子だけで班を決めてくださいな。そちらは10人ですし、3、3、4で丁度良いですわ」


「待てよベロニカ!結論を出すにはまだ早計だぜ!」


「呆れて物も言えませんが……一応、そちら側の主張も聞いておきましょうか。なるべく論理的にお願いしますわ」


「俺達の遠い遠い先祖はな、何かを決めるにあたって非常に分かりやすい手段を選んできたんだ。子供でも分かる、実にシンプルかつ絶対的な手段だ」


「興味深い話ですわ」


「だろ?」


皮肉だ、バーロー。


「それで、その手段というのは?」


「簡単さ……古来より選択権ってのは強い人間にだけ与えられるもの!つまり男子と女子とで勝負して、勝った方が全てを決めることが出来る!どうだ、これ以上の名案は無ぇ筈だぜ!」


どう考えても迷案です、本当にありがとうございました。

 

救いようが無いとはまさにこのこと。


理屈が小学生レベルなのもさることながら、仮にその理屈が通るとしても、彼我の戦力差は明らかだろうに。


向こうは10人、こちらは俺を省いても倍の20人。ただの男子と女子ならともかく、全員が超人ならば一人一人の基本的な戦力も互角といったところか。


加えて、こちらには学年トップクラスのシェリーたんがいる。


しかも俺だって女子側だ。


どう見ても無理ゲーな件について。


「貴方達の敗北は火を見るよりも明らかですわ。それでもやると?」


「甘ぇ……甘ぇなベロニカさんよぉ!男ってのはなぁ、逆境に追い込まれてこそ真の力を発揮し――――」


「不洞さん、お願いしますわ」


「合点承知之助」


頼まれたのなら仕方ない。俺はマサル・パンツァーを取り出し、愚衆どもに向かって思いっきり振り回してやった。


「三十六煩悩鳳ポンドほう!!」


円を描くような刀の軌道で巻き起こされた圧力が、大砲の如き剣撃となって男子らのすぐ側を通り過ぎる。


そしてその背後にあった巨岩の真ん中に大きな風穴をぶち開け、そのまま遠くへと飛んでいった。


「「…………」」


「もう一度お聞きしましょうか。わたくし達と剣を交えるおつもりですの?」

 

「「すいませんっしたぁああああああああああああああッ!!」」


そして炸裂する男子全員でのエクストリーム土下座。


速い。速いよ。素晴らしく速い土下座だ。その速さを戦闘でも発揮しろよ。

 

邪魔者共が引き下がってくれたことで、俺達は男女別での班決めを始めることに。


ちなみに哀れな男子らは端の方に固まって小声で班を決めている。時たま聞こえてくる啜り泣きはきっと俺の幻聴だろう。


悪いな。ハーレムを堪能するのは俺一人で充分だ。


そんな野郎共は放っておくとして、こっちも班を決めないとな。


もちろん俺としてはゆかりんと組みたいところ。そしてもう一人は無難にカレーパン辺りだろう。


別に他の女子というのもそれはそれでアリなんですけどね。だがゆかりんだけは外せない。


「では班決めの方法についてですが、何か提案はありませんか?」


こういうのは早い者勝ちですよ。


「あ、私はゆかりんと組みた――――」


「くじでいいんじゃない?」


「だよねー。そっちの方が盛り上がるし」


「私もくじ引きに一票」


「好きに組んで戦力が偏ってもアレだもんねぇ。くじなら偏っちゃっても文句は無いし」


「うんうん、どうせみんな強い不洞さんと組みたがるっしょ?くじじゃないと話が纏まらないって」


ちょっ、お前ら鬼畜か!?


誰か一人が言い出したくじ引きが、あっという間に全員へと浸透していく。


「うん。私も、くじ引きがいいと思うな」


遂にはゆかりんでさえあちらサイドに引き込まれてしまい、結局、好きなもん同士案は俺だけになってしまった。


「そういえば不洞さん、さっき何か言いかけてなかった?」


「……あ、いえ。くじ引きでいいです。はい」


こんな空気で一人だけ異論を唱える訳にもいかず、くじ引きによる班分けという運びになってしまった。


仕方ない、こうなったら実力でゆかりんと同じくじを引き当てちゃる。

 

皆でその辺にあった似たような小石を人数分だけ集め、ヨシツネの火で1から7までの数字を三つずつ焼き込んでいく。


これで即席くじの完成だ。


「では、一人ずつ取ってくださいな」


そうして出来たくじを袋に詰め、シェリーたんが配って回る。


「次は不洞さんの番ですわ」


袋の中に手を突っ込み、慎重にくじを選ぶ。失敗は許されない。


チラリと横を見ると、先に引いたゆかりんの番号は1だった。つまり俺が引き当てるべきは同じ1番の小石。


どれだ……どれが1だ……?


周りを見れば、みんな期待と不安が入り混じったような目で俺の様子に注目していた。


不洞さんと組んだら安心だ、なんて心の声が聞こえてくる気がする。


いやいやいや、そんな風に期待されても困るんスよ。俺だってこの合宿に不安しか感じてないんだから。


「お早く」


「…………これだッ!」


ピンと来た感触のものを握り締め、引き抜く。


ゆっくりと手を開くと、そこには“1”と書かれた小石があった。


これぞ不洞式主人公補正の法則。


穫ったどぉおおおお!と叫び出したくなる衝動を抑え、俺は確認のためにシェリーたんに番号を見せる。


「ほい、1番だす」


「あら?おかしいですわね。1番はもう全て出た筈なのですが」


「……ホワッツ?」


どういうことだ?ここには確かに1という数字が刻まれているジャマイカ。


しかしゆかりんの方をよく見てみると、そこには既に三人の班が出来上がっていた。


あるぇ?


「ちょっと貸してくださいまし」


小石を渡すと、シェリーたんは眉をしかめ、そして何かを閃いた風に頷いた。


「よくご覧になってください。これ、1ではなく7ですわ」


…………ゑ?

 

1という数字の上の部分をよく見てみると、確かに出っ張りの横線が微妙にだが長かった。


つまりこれはただ字が汚いだけで、実際は1ではなく7。


「オワタ……」


この時点で俺の合宿に対するモチベーションは8割減。ほんとにもぉやってらんねぇわ。


「どうしましたの不洞さん?何やら顔色が優れない様ですが」


「皆様と同じ大地に生きてごめんなさい……」


「いきなりどうしましたの!?」


膝をついた俺をシェリーたんが必死に慰めてくれるが、いつまでも俺に構っていられないのもあり、またくじ配りを再開する。


嗚呼無常なり。






しばらくして全員にくじが行き渡り、それぞれの班に集まり出していた。


「不洞さん、なんだかよく分からないけど元気出して」


「Oh,yes...」


ゆかりんに言われちゃ元気を出さない訳にはいかないが、しかし傷付いた俺のハートを癒すには至らない。


「ほら、7班はあそこだよ」


手を引かれるまま連れていかれた先には、一人の女子がいた。


少しクセのかかった黒のロングヘアーに、姫ぱっつん方式の前髪。そして大きな丸眼鏡。


「え、えっと……よ、よろしくお願い……します」


そして見るからに気弱そうな性格。マニアの方には非常にウケそうな女の子ですな。


確か名前は……井ノ原とかいったっけ?下の名前は知らんけど。


同じクラスだし顔と名前くらいは覚えてるが、ちゃんと話をするのはこれが初めてだ。


「よろしく井ノ原たん……マイ・ネェム・イズ不洞ニート……」


「……え?」


「ごめん訂正。不洞新菜」


いかんいかん。鬱すぎて素が出かかっている。気をつけねば。


というか今更自己紹介する必要が無いだろ俺。


「えっと、ま、マイネームイズ、井ノ原いのはら……叶葉かなは、です」


律儀な君に不覚にも萌へた。

 

とりあえず真面目そうな子で助かった。


期限は一週間。もし最短でクリア出来ると仮定しても数日間は大変な旅が続くだろうから、いい加減な奴と組むよりは真面目な子の方がずっと良い。


これでもう一人がゆかりんだったら言うこと無しなんだけど。


「あ、あの。私、一生懸命……がんばりますから」


「そうだね、一緒に頑張ろう」


健気やねぇ……荒んだ心がちょっとだけ癒されたわ。


「それで、もう一人は?」


「あ、その……」


尋ねると、井ノ原さんは俺の背後を指差した。どうやらすぐ後ろにいるらしい。


振り向くと、そこには7番の小石を持った女子が居た。



少しばかり俺よりも身長が低く、



すごいアホ面をしていて、



臀部から伸びる2本の尻尾と、



頭に付いたネコミミが特徴なそいつは、



俺の顔を確認するなり、楽しそうな声を上げた。



「おおっ、新菜が一緒じゃったか!こりゃあ楽しくなりそうじゃのぅ!」





ファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアック!!





最悪だ!最悪の事態だ!よりによって一番組みたくない奴が来やがった!


ただでさえ先が不安だってのに、何が楽しくて最凶のトラブルメーカーと組まなきゃならんのか。


いつ爆発するか分からん爆弾を抱えて行動するようなものだ。


「何じゃ?ウチの顔に何か付いとるかえ?」


「うん、死神が憑いてる」


「に、にゃんじゃとぉ!?」


むしろ俺にとっちゃお前自身が死神だけどな。

 

これは何とかせねばなるまいて。


俺は遺憾の意を示すべく、4班で固まっているシェリーたんの下へ走った。


「シェリーたん」


「あら不洞さん、どうかしましたか?」


「再選を要求しますわ」


「却下ですわ」


親近感の出そうな口調で頼んでみたが、まぁ予想通り即答ですた。


だがこっちにも事情というものがあるんでね。そう易々とは引き下がれんのだよ。


「シェリーたん、あれ見てみ」


「あれって……ヨシツネさんがどうかしまして?」


「拙者、保育士の資格もブリーダーの資格も持ってないんでアレの面倒を見るのは不可能でごわす」


「落ち着きなさいな。言葉遣いがおかしなことになっていますわよ」


おっと、これは失礼。


「とりあえず私が言いたいのは、私にはヨシツネと一緒の班は荷が重いということなのデス」


「なるほど。こう言っては彼女に失礼ですが……その気持ち、正直分からなくもありませんわ。委員長としてもヨシツネさんにはよく手を焼かされますもの」


「ですよねー」


「でもそれとこれとは話が別ですわ」


オゥ、シット!


これが噂の“上げて落とす”戦法か。変な話術覚えてんじゃねぇよ畜生。


「起こり得る不平等を平等として済ませる為のくじ引きですわ。仕方が無い、としか言いようがありません」


「そんな殺生な……」


「それに、ヨシツネさんにだって良い部分が必ずある筈ですわ。そのようなことを的確に表した名言が日本にはある、とシンディも言っていました」


「ほほぅ……で、その名言とは?」


「“人を見た目と中身だけで判断してはいけない”ですわ」


それ以上の判断材料が無い件について。

 




結局俺の話はそれ以上取り合ってもらえず、再選も無しということに。


「うーい、こっちも決まったぜぇ……」


そして憂鬱そうに報告してくる男子達。残念だが貴様らにリア充はまだ早い。


「これで全員決まりましたわね。では、出発に関して話しがありきゃあっ!?」


シェリーたんが言いかけた途端、彼女の眼前に一筋の光が現れた。


いやシェリーたんだけじゃない。他の奴らの前にも次々と光が出現し始める。


だが俺やゆかりん、ヨシツネ等の前には何も現れない。


「これは……転送ですの?」


光が止むと同時、シェリーたんの前に姿を見せたのは豪華な鞘に納められた剣だった。あれには見覚えがある。


スプラッシュ・キュートだ。


カレーパンの前には2丁拳銃、他の奴らの前にも各々の武器や道具など、さっき転送された荷物の中から最低限必要な物だけが送り返されてるらしい。


なるほど。俺は腕時計の中に携帯してるし、ゆかりん達は元々武器を使わないから何も送られてこないのか。


シェリーたんは少しホッとしたように剣を背負うが、いつもの甲冑姿でなく制服なのが微妙に残念だ。


……あ、いやこれはこれでアリですな。






そうして全員分の転送が終わり、改めて出発ということに。


「皆さん、ご武運を祈りますわ。1週間後にまた会いましょう」


班同士の協力が禁止されているということは当然、出発時も皆別々の方向に進むことになる。


コンパスが無いので方角が分からない。それ以前にこの世界に東西南北の概念が存在するかも不明瞭。なのでまた適当にくじで進む方角を決めたワケだが。

 

一班、また一班と出発していき、ぼーっと見送っている間に気付けば俺達が最後になっていた。


「何やっとるんえ?早くウチらも出発するのじゃ」


「い、行きま……しょうか?」


ヨシツネは待ち切れないといった風に、井ノ原さんは不安げな様子で俺を見てくる。


まさか俺に仕切れと?


リーダーなんて嫌だと思った矢先にこれですよ。


まぁどう見てもヨシツネには無理だし、気弱そうな井ノ原さんでは人を引っ張るのは難しそうだ。


故に残ったのは俺だけ。


消去法なんて滅べばいいのに。


「……しゃーなしだな」


基本インドアなニート予備軍にどこまで出来るかは分からないが、あらゆる二次元的経験から得た俺のリーダーシップを見せてやろう。


リーダーバッジは持ってないけれども。


「まずは決めた方角に真っ直ぐ進み続けよう。ずっと歩いてたら道の一本くらい見つかるでしょ。それに沿って進めば、人気のある場所に着くかもしれないよ」


今考えられる方針はこんなもんだろう。おそらく他の班も似たような結論に至っている筈だ。


道中に人里があれば尚良し。何も無ければずっと進み続けるだけ。


運ゲー過ぎて困る。


「やるからにはウチらが一番になるのじゃ!ほーれ、急げ急げぃ!」


ヨシツネが駆け足で丘を下っていく。


しかしその先にあるのは、地平線まで広がる超広大なジャングル。富士の樹海も泣いて逃げ出すようなスケールに俺はそっと涙しちゃう。


「その……どうかしたんですか?」


「何でもないよ。ちょっとイギリス出身の子供教師の気持ちが分かっただけ」


「?」


嘆いていても仕方が無い。こうなったら意地でもクリアしちゃる。


そんでもって、あの美人クソ教師にはお詫びとしてケモ耳メイド姿でそこら中を走り回ってもらおう。


そう心に決めて、俺達はヨシツネの後を歩き出した。







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