第3話 ニート、異世界に立つ!

でもって、翌朝。


中身の詰まったキャリーバッグを引きながら、俺は学園までの道のりを歩いている。


「いい天気だね。向こうの世界も晴れだったらいいな」


「ウェヒヒヒ、これぞまさにハレ晴れユカイ」


「ふ、不洞さん?」


「ごめん何でもない。忘れて」


ウルトラハッピーなことに、なんと今朝はゆかりんが家まで迎えに来てくれたのだ。


これはフラグが立ったかもしれん。


「でもごめんね、私の荷物まで持ってもらって」 


「なんのこれしき、軽いから大丈夫」


「本当?結構詰め込んだと思うんだけど……」


そう、俺は片手でキャリーバッグを引きながらも、背中に旅行用のリュックを背負った状態にある。


女子の荷物は多い……とはよく聞くが、噂に違わずゆかりんの荷物はかなり多い。大きなリュックがパンパンに張っちょる。


俺の荷物と比べるとその量は歴然だ。女子女子してるカレーパンあたりは多分もっと凄いんだろうな。


まぁこのボインボインボディにとっちゃ軽いので構わないんですが。

 

しかしこのリュックの中にゆかりんの着用物、特に下着が入っているのかと思うと、嫌な合宿にも非常にやる気が出てくるというもの。


これで宿泊の部屋が同じになったら、俺はもう正気を保っていられる自信が無い。


少なくとも興奮で寝不足になるのは確実だろう。


「そういや、部屋割とかってどうなってるんだろうね。先生から何も聞いてないし……ゆかりん知ってる?」


「ううん、私も知らないの。でも言われてみれば確かに不思議よね。というより、どこに泊まるのかも説明が無かったような……」


ほんとあの先生は説明が足りんな。グラマラスだからって全てが許されるワケじゃないんだぞ。


でもあの巨パーイの前だと大抵のことは許してしまうやもしれん。


罪な女め。


「同じ部屋になれるといいね」


「ぶふぉっ!?ゆ、ゆかりんまさか貴殿から誘いがくるとは思わなんだ!」


「……不洞さんって、時々とってもおかしな話し方になるよね」


すいません、それが仕様です。


口調はさておき、これはますます期待が高まってきた。


それによく考えてみれば、不洞と姫野は同じ“は行”の苗字なのだから、同じ部屋になる可能性は高いんじゃないだろうか。


俺は転校生だから出席番号は最後だが、番号でなく名前順で割り当てられることを切に願おう。






「ふふふふ……大丈夫、お部屋ならおねーちゃんが一緒になってあげるんだからね……」






「――――ッ!?」


突然、俺の背筋に凄まじい悪寒が走った。


咄嗟に後ろを振り向くも、そこには誰の姿も無い。


「どうしたの?」


「あ、いや何でも……」


念の為にもう一度確認してみたが、どこにも人の居るような気配は無い。


……気のせいか?

 

まぁ何も無いなら良しとしておこう。ゆかりんを待たせる訳にもいかない。








妙な胸騒ぎを抱えたまま俺達は歩き続け、しばらくして校門に到着した。


腕時計を見れば、時刻は9時半過ぎ。集合時刻まで20分くらいは余裕がある。


「あら不洞さんに姫野さん。おはよう」


田中先生を始めとして、校門では学年担任の先生らが生徒たちを出迎えていた。


普段と違う合宿当日とあってか、時間に余裕があっても生徒は既にかなりの数が集まっている。


我等が2年B組も例外ではなく、クラスの8割くらいが登校済み。


俺もゆかりんも早目に家を出たつもりだったが……まぁ、こんなもんか。


そして予想通りというべきか、ヨシツネの姿は見当たらない。カレーパンも居ないのを見ると、どうやら今朝も遅刻常習猫の面倒を見ているんだろう。


「そこの男子!携帯電話の持ち込みは禁止ですわよ!」


委員長のシェリーたんは規則違反や風紀のチェックに忙しいご様子。他クラスの連中にまで目を光らせるとはご苦労なことで。


「……ん?」


ふと、俺はあることが気になった。


バスが一台も見当たらない。


合宿というからには何かしらの移動手段が必要なはずだ。普通ならバスとかその類だろう。


まさか例の装甲車で行く訳でもあるまいし。


俺以外の生徒は誰も気にかけていないようで、今さら誰かに聞くのも恥ずかしい。


聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。そんなことわざなんぞクソ喰らえでございます。


「ゆかりん、鞄ここに置いとくよ?」


「うん、ありがとう」


鞄を近くに置き、出発までの間俺達はクラスメイトとの雑談で時間を潰した。


といっても、クラスからもそれ以外からも大勢の男子が絡んできて鬱陶しかったが。


下心が丸見えなんだよ阿呆ども。ちょっとはきれいなジャイアンを見習え。


そうして野郎共を適当にあしらっている内に集合時間を過ぎていたらしい。先生らが何らかの準備を始めていて、生徒全員がグラウンドに整列させられた。


ギリギリでやってきたカレーパンとヨシツネが端で怒られていることを除けば、至って普通の行事の光景だ。


「さて、それでは出発しますが……最後にもう一度注意事項があります。よく聞いてください。道中は他人の迷惑にならないようにして――」


などと、よくある言葉を並べていくのは学年主任のおばさん先生。分かりきった説明に飽き飽きした周りの奴らも、こっそり雑談に華を咲かせていたり。


「……なぁ、知ってるか?噂じゃ合宿先の風呂は秘密の覗きスポットがあるらしいぜ」


「マジで?やばいテンション上がってきた」


「うっわサイテー……男子は部屋の風呂に入ってなさいよ」


「じょ、冗談に決まってんだろ」


「にーちゃんの裸を覗き放題…………じゅるり」


「さてどうだか?とにかく覗いてきたりしたら脳天にポイズンバレットぶちかましてやるから覚悟ね」


「それ洒落になんねぇからな!?」


「うーん……こりゃ作戦を練る必要があるねぇ」


「貴方たち、私語は慎みなさいな!!」


「「「へーい」」」


…………うん、アレだな。




この中に一人、怪物がいる!



 

やはりさっき感じた悪寒は気のせいなんかじゃなかった。


そもそも、幼い頃から“アレ”の放つ妖気に曝されてきた俺が、その気配を全く感じない筈がない。


迂闊だった……道理で朝食のときは襲撃が無かったのか。


早急に何とかせねばなるまい。この学園は今、邪神級かそれ以上の化け物を腹の中に抱えているのだから。


「はい、それでは出発しますよ。ゲートが開いている間は決して陣から出ないでくださいね」


「ダニィ!?」


いつの間にか学年主任の話も終わっていて、すぐにでも出発する運びになっていた。


しかし依然としてバスが見当たらない……と思っていたが、異変が現れたのは俺達の足元からだった。


今まで何の変哲も無い地面だったそこには、この場にいる全員を囲むほどの、巨大な円形の魔法陣らしき図形が浮かび上がっている。


そして魔法陣は青白く発光を始め、流石の俺も何となく流れが掴めてきた。


「ねぇ、これってもしかしてワープ?次元転送?」


後ろにいた本田とかいう女子に尋ねてみると、案の定、俺の予想を肯定する答えが返ってきた。


まずい。非常にまずい。


このままでは邪神まで一緒に転送されてしまう。ある意味、アーナト・ファミリーに付き纏われるよりも恐ろしい展開だ。


だが時間は刻一刻と過ぎていく。魔法陣の発光もだんだん眩しくなり、転送までもう時間が無いことを告げていた。

 

探している時間はない。


どうせあの変態のことだ。俺に見つからないような場所に隠れているに違いない。


ならばどうする?


「……よし!」


そうだ。見つけられないのなら、向こうから出てきてもらえばいい。


圧倒的……圧倒的閃き……ッ!


少々、いやかなり危険な技だが、あいつを追い払える可能性は高い。


思いっきり息を吸い込んで、俺は叫んだ。






「親方!空から女の子が!」






「「「 え? 」」」


俺の一声で、全員が空を見上げる。


俺はこの隙に素早く自分のパンツを脱ぎ、小さく丸めて魔法陣の外まで放り投げた。


この間、僅か数秒。


「ひゃっほぉおおおおおう!にーちゃんパンツ(脱ぎたて)頂きまぁああああああああす!!」


そして狙い通り、生徒の中から怪物が飛び出して俺のパンツをキャッチしやがった。しかも口で。


猟奇的な声と行動に皆の注意が傾いている中、俺は鞄からこっそり代えのパンツを取り出して着用する。


これぞ不洞式早着替えの術なり。


「な、なんだあの人……?」


「口にくわえてるのって……下着?なんで?」


皆の疑問は尤もだが、そんなことより今は転送が先だ。はよ、ワープはよ。


そして俺の祈りは通じたらしく、魔法陣の輝きが最高潮に達した。


光は空に向かって伸び続け、陣の外は光の壁に遮られ視界が完全にシャットアウトされている。


あいつの姿も見えない。どうやら作成は上手くいったらしい。


我がパンツは犠牲となったのだ。


「…………」


さて、肩の荷が下りたところでようやく周囲を観察する余裕がでてきた。


四方を光の壁に囲まれた俺達だが、別段、それ以外に何かが変わったような様子はない。


なにこれほんとにワープしてんの?と思う俺を余所に、皆の間ではこっそりと雑談が広がっていた。


話題はもちろん、先程のクリーチャーについて。


俺に話が回ってきたときは「誰かが悪戯でグールでも召喚したんだろう」と知らぬフリを決めこんだが、我ながらよくボロが出なかったと思う。


「はいはい、お喋りは終わりにしなさい。そろそろ着きますよ」


学年主任がパンパンと手を打ち鳴らす。


それと同時に光が弱まり始め、次第に外の景色が現れてくる。


「…………なんぞこれ?」


そこにあったのは学園のグラウンドなどではなく、いかにも“近未来”といった感じのSFチックな空間だった。


コンクリートや塗料なんかじゃ醸し出せないメカメカしい壁や天井。映画でよく見るUFOの内部のような、平べったい円筒形の部屋に俺達は立っている。


「皆さん注意事項はよく守ってくださいね。それじゃ、ポートの中に移動しますよ」


部屋の一角にある幅広な通路に向かい、先生やA組の奴らが歩いていく。俺置いてきぼり過ぎワロタ。


それはさておき、これが長年夢に見ていたワープ装置の実態だったのか。いざ体験してみると呆気なさすぎて何の感慨も湧かんわ。


そしてここが……世界と世界を結ぶ扉“エンターゲートポート”という場所なんだろう。


地球人がノーベル賞やら何やらで騒いでいるのがアホ臭くなるような技術力だ。こういう映画みたいな非現実が味わえるなら合宿も悪くはないな。


脱・自宅警備員。オラぁなんかワクワクしてくっぞ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「…………あれ?」


にーちゃん、どこ行ったんだろう?


なんだか地面から光が出てきて、にーちゃんがその中に閉じ込められて。


光が消えたら、にーちゃんは居なくなっていた。


「夢だったのかな……?」


でも、夢なんかじゃない。この手に握るパンツの温もりと匂いは間違いなくにーちゃんのものだから。


じゃあ何?どうなってるの?なんで居なくなったの?


……もしかして拉致!?不思議系拉致!?にーちゃんが攫われちゃった!?


どうしよう!?とにかく早く助けに行かないと!


「にぃいいいいいいいいいいいいいいいちゃぁあああああああああああああああああん!!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「不洞さん、どうしたの?」


「いや……なんか急に鳥肌立ってきてさ」


大丈夫……だよな?あのグロ生物は確かに撒いたはずだ。


いかんいかん、この考え方だとフラグが立ってしまう。もう忘れよう。


「もうそろそろB組の番ですよ。荷物を持ってください」


長い通路を歩き、俺達はいっそう広い空間に辿り着いていた。


まるで空港のような受付カウンターが並んでおり、どうやら窓口であることが伺える。


まぁ、そこはいい。


述べないといけないのは、カウンターの奥で笑顔を浮かべるお姉さん達のことだ。


遠くから見ると普通の人間に見えなくもないが、皆さん額から様々な形をした角が生えていらっしゃる。


肌色も心なしか赤黒いし、失礼ながら人間とは思えない。


あれか。亜人とか獣人とかいうやつか。


コスプレにしか見えない俺はきっと心が荒んでいるんだろう。

 

先頭のクラスメイトから順に受け付けを済ませていき、長らくして俺の番になった。


「お荷物と学生証を拝借してもよろしいでしょうか?」


「あ、はい。どうぞ」


言われた通りに渡すと、一本角のお姉さんは学生証をカードリーダーに通し、荷物を変な機械の中に押し込む。


「聖ポルナレフ学園2年B組31番、不洞新菜さんで間違いないですね?」


「はい」


「では、こちらの機械に手の平を乗せて下さい」


そう行ってお姉さんが出したのは、ドッジボールサイズの水晶っぽい球体。


似たようなやつで、触った瞬間に電気が流れる……みたいな玩具が昔あったな。


「えっと……なんですかこれ?」


「あなたの体組織や遺伝情報などを読み取る装置ですよ。地球風に言えばパスポートのようなものです」


お姉さんによると、触った者の体の情報を細かく解析し記録することで、以後の本人確認に使用する為の装置らしい。


要するに自分の体がパスポートになるという。最先端ですな。


「お体に害はありませんので安心してください」


逆にあったら怖ぇよ。


とりあえず俺のせいで後続が詰まってもアレなので、指示に従い右手を乗せてみる。


特にこれといった問題もなく、俺の情報は無事登録されたようだった。


「お荷物の方も問題はございませんでした。入場口を過ぎた左手の所でお受け取り下さい」


本当に空港みたいな流れだな。異世界に行くと聞いた時は色々と考えさせられたが、なんていうか拍子抜けだ。

 

1時間くらい経ってから全てのクラスが受け付けを終え、最初に来た通路と似たような通路を皆で並んで歩く。


そうして辿り着いた先には、やはり先程と同じ魔法陣の空間があった。


だんだんとゲートポートの形態が見えてきたな。こうして色んな世界への扉をワープという形で繋いでいるんだろう。


移動手段が飛行機からワープに変わっただけ。そう考えると急にしょぼくなるのは何故でしょうね。


「まずはA組から飛ぶぞー。ほい、さっさと並んだ並んだ」


いかにも体育系って感じなA組の担任が、魔法陣の中央に立って生徒たちを促す。


あれ?全クラス一斉にワープするんじゃないの?それだけのスペースは充分あるだろうに。


その疑問はA組の連中も同じだったようで、正直に担任に尋ねるが、「まぁ色々あってな」と誤魔化されていた。


毎度毎度思うが、どうしてこの学園の教師らは詳しい説明をしてくれんのかね。


腑に落ちない様子のままA組の姿は魔法陣から消え、そして俺達B組の番になる。


「はいはーい、早く並んで頂戴ね」


田中先生に言われるまま俺達も魔法陣の中に並び、来た時と同じように陣の周りが輝き出した。


光に囲まれゲートポートの景色が消え去り、しばらくしてから周りの景色がぼんやりと顕わになってくる。


最初に見えたのは木々の緑色。それと綺麗な青色の空。


どうやら俺達は街や村ではなく、自然の多い場所に転送されているらしい。


光と魔法陣が消滅し、暗い部屋から明るい場所へと飛び出たかのように、眩しくも徐々に視界がはっきりとしてきた。


握った拳に汗がにじんでいるのを感じ、そこでようやく自分が緊張していることに気付く。


なんだかんだと余裕ぶっこいてきたが、今から俺はとんでもない経験をしようとしているんだ。


これから出会うのは本物の異世界。漫画やアニメの中だけの存在と思っていた摩訶不思議で未知の世界。


果たして、どんな冒険が俺を待っているのだろう――――。



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