ニートの旅立ち

第1話 食とは是即ち闘い


えー、皆さんこんにちは。


いきなりですが、私、不洞新菜こと不洞新斗はとても困惑しております。


本日は6月18日、月曜日。時刻は昼の12時を少し過ぎた頃。さっきから私のお腹も空腹の意を主張しています。


合宿前日ということで学校の授業も午前中に終わり、その帰りにゆかりん達と別れて一人なワケです。


つまり午後は予定が空いたのでございます。


そういう理由もあって、先日要請されていた黒若の呼び出しに仕方なく応じることになっております。


しかし奴が車で迎えに来るまで時間があり、今現在、近場の大手ハンバーガーショップで昼食を済ませようとしているところです。


季節限定のメガピクルスバーガーセットを注文して、お飲み物には無難にコーラをチョイスした次第であります。


昼時とはいえ都会でもないので、店内は休日よりも少しお客さんが少ないです。レジの前もガラッガラです。サラリーマンやOLの方々はどうやら別の場所でお食事のようです。


「こちらでお召し上がりですか?それともお持ち帰りですか?」という質問に、前者だと答えます。


注文が終わったら、商品が用意されるまでレジの前に棒立ちです。


「…………」


「…………」


その間、私は微動だにせず前だけを見続けます。決して隣を向いたりはしないのです。おとこの鑑です。


レジ係のおばさんが苦笑い気味のスマイルをくれます。どうやら空気的に気まずいようです。でもこれが漢の道なので私も負けじと凝視を続けます。


「…………」


「…………」


決してよそ見をしてはいけないのです。隣のレジのことなど知ったこっちゃないのです。


体は女であろうとも心は漢。せめてもの矜持です。


つまりですね、何が言いたいのかと言いますと、


「…………」


「…………オレンジジュース。Sサイズ。至急」






何故お前がここにいる、チョココロネ。

 





 

これは一体全体どういう状況なのだろうか。


俺は普通に昼飯を食いに来ただけのはず。至って平穏な生活を過ごしていたというのに、俺のすぐ隣に居るのは先日巨大殺人アックスを振り回してきた金髪クロワッサン幼女。


駄目だ……横を向いてはいけない。気付かれる。


チョココロネはカウンター越しに看板メニューでも眺めているのだろうか、幸いにも俺に声をかけてくる気配は無い。


「オークランドバーガーひとつ、ソフトドリンクSサイズで計320円になります」


「…………あ」


チャリーン、と硬貨が地面に落ちた音がした。


それがうっかりによるものだということは簡単に想像できたが、拾ってやるほど俺はお人好しではない。


っていうか拾ったら俺の存在に気付かれる。


故に無視だ。はたから見たら冷めた人間に見えるかもしれんが、これも立派な防衛策なんです。俺の安全を確保する為の。


「……落とした」


そうチョココロネは呟き、しかし拾うような素振りを伺わせない。


「落とした」


そしてもう一度同じ言葉を呟いた。なんだろう、凄く嫌な予感がする。


「落とした」


三度目。俺は冷や汗が流れるのを感じた。


「落とした」


心なしか、声のベクトルが俺の方を向いた気がする。


大丈夫大丈夫、リアクションをとらなければ問題は無い。だから早く注文したやつ持ってこいよ店員。セットメニューひとつで何もたついてやがんだ。プラチナむかつく。


「落とした」


あー、聞こえない。何も聞こえない。こんなに耳が不自由なのは生まれて初めてだ。





「落とした。拾って。不洞新菜」


「そんくらい自分で拾えやこのクロワッサン幼女がぁあああああああああああああああッ!!」





とうとう俺の我慢が限界を超えた。


レジのおばさんが目を丸くして驚いていたが、細かいことは気にしていられない。


畜生、やっぱりこいつ最初から気付いてやがった。

 

「聞こえないフリは良くない」


やかましいわ。俺だって相手がお前じゃなかったら普通に反応してるよ。


「いいかチョココロネ。そこの小銭を自分で拾って即座に店を出るんだ。マッハで。そんでお仲間達のところに帰って仲良くハンバーガーでも食ってろ。おk?」


「無理。私も店内でお召し上がりコースだから」


「あ、すいません店員さん、俺やっぱりお持ち帰りでいいですか?」


「一度頼んだものを変更するとは、戦士としてあるまじき愚行」


うるせぇよ。飯ひとつ食うのになんで戦士とか出てくるんだ。


「も、申し訳ありませんお客様……もうこちらに用意が出来ましたので変更は出来ないんです。メガピクルスバーガーセットは、お持ち帰りかそうでないかで包み方が全く変わってしまいますので」


ちょっ、なんで俺の注文したやつに限ってそんな謎仕様になってんだよ。


これがご都合主義というやつか。


「店内で食べないと、本当の美味しさは味わえない」


なるほど確かにチョココロネの言う通りだ。お持ち帰りすると中身がグチャグチャになったり、熱が冷めたりして味が悪くなるからな。


だがな、そんなことよりお前と同じ店内で食べるってことの方がよっぽど重大な問題なんだよ。


お前みたいな化け物が近くに居たら怖くて水も飲めんわ。


品質か安全性(物理)かを選ぶとしたら、俺は間違いなく後者を取るね。


「お待たせしました、メガピクルスバーガーセットです」


「……しゃーなしだな」


ようやく揃ったセットをトレイに乗せ、俺は足早にその場から離れた。


とりあえずさっさと食おう。そして出ていこう。


食事ってこんなに切羽詰まる作業だったっけ?

 

見渡す限り席はかなり空いている。


俺はその中でも特に人気の無さそうな窓際の席に腰を下ろした。


さて、一人早食い大会の開幕だ。こんなに危険なランチタイムはさっさと済ませるに限る。


「……なかなかいい場所」


「まてやコラ」


一体何を企んでいるのか、何食わぬ顔でチョココロネが向かい側に座ってきやがった。


「?」


「首傾げんな。なんで付いて来るんだよ」


「ご飯を食べる為」


「じゃあ別んとこ逝け。わざわざこっちに来なくてもいいジャマイカ」


「あなたが一人で寂しそうだったから、なんだか哀れで」


「いやお前も一人だろうが」


「それに周りは満席状態」


「なん……だと……?」


どういうことだオイ……今さっきまですっからかんだった店内が、ほんの一瞬目を離した間に人で溢れ返ってるじゃねぇか。


「ねぇねぇ知ってる?最近あの子さ、事務の村上さんと――」


「あ、俺の分のヤックチキンも頼んどいて」


「え~マジ?なんかちょ~ムカつくんですけどぉ~」


「なぁ婆さんや、ここが噂のヤクドナルドじゃよ。胸が熱くなるのぅ」


「うはっ、ここのスレぱねぇっすわー。お嬢様の写真にどんだけ食いついてんすかー。ワロスワロス」


「ちょっ、頼子!?悪かった!俺が悪かったからそんなこと言わな……え?別れる?待ってくれ!俺の話を――」


「俺……この仕事が終わったら結婚するんだ……」


「HAHAHA、いやはや地球のジャンクフードは美味いですなぁ」


何故よりによってこのタイミングで店が繁盛するんだよ。誰か客寄せ現代魔法のコードでも組んだの?

 

「そういう訳なので、失礼」


俺の拒否など聞く耳持たず、相変わらず何を考えてるのか分からない顔でチョココロネはジュースにストローを刺した。


これはつまり、これ以上ごちゃごちゃ言ってるとテメェの頭にストローをぶち込むぞ、という無言の警告なのだろうか?


なんて恐ろしい幼女だ。


「……何か、とても失礼な勘違いをされている気がする」


「それこそ気のせいでございますチョココロネさん」


機嫌を損ねたらまた襲われ兼ねない。前回は俺が勝ったとはいえ、あんな膀胱ブレイカー集団の一角と戦うのはもう沢山だ。


それに今は周りに大勢の人がいる。こんな場所で暴れられたらリアルに死人が出るかもしれん。


世界平和と膀胱の為、俺は仕方なくチョココロネの同席については容認することにした。


だが座り方は少し浅くして、いつ何が起きても直ぐ逃げられるようにしておくのは忘れない。


「いただきます」


チョココロネはそう言って静かに両手を合わせた。確かこいつ異世界人らしいが、日本の作法を心得ているとはなかなか見上げた幼女だ。


……と思っていたのも束の間。


「…………」


「…………」


それ以降何のアクションを見せることもなく、チョココロネはずっと無言で俺のことを眺めている。


ジュースも飲まずハンバーガーも食べず、ずっと無言で無表情で。


「…………」


「あの……チョココロネさん?」


「何か?」


何か?じゃねぇよ。なんでさっきからジロジロと俺のことばかり見てきやがるんだ。


これが惚れているような熱っぽい視線なら俺も少しは嬉しいかもしれないが、しかしこいつの無表情はそういった感情を全く伺わせない。


向かい側に座られ、ただじっと食事の様子を眺められる。こんなに空気の死んだランチタイムは日本の何処を探しても見れんぞ。


もう帰りたいお。

 

バーガーを半分くらい食べ終えても、チョココロネは変わらず何も口にせず俺のことを見続けている。


こいつ目開けたまま寝てんじゃね?とも思ったが、たまに瞬きをするのでそういうワケでもないらしい。


とにかく、ジロジロ見られながら物を食べるのはなんだか気持ち悪い。


ここは一つハッキリ聞いてやろう。


「一体さっきから何なのだ貴様は。ネトゲのNPCみたいな目で俺の食事を眺めるとは無礼も甚だしいぞ」


あれって主観モードでずっと見てるとたまに切なくなるよね。最初のうちは興奮するんだけど。


「……ねとげ?NPC?」


「そこに反応するなし」


はよ、と俺はチョココロネの返事を促してやる。


「深い意味は無い。あなたの様子が気になるから、少し観察していただけ」


「ほほぅ……どういう意味かね?」


「あなたは強い。なのに魔力も気も念も心力も感じられない。種族が人間である以上、そういった要素無しでは強くなることなど不可能」


そりゃ厳密には人間じゃありませんから。どこぞの怪人によって作られた科学の結晶でございます。


まぁ腹は減るしトイレも行くし痛みだって感じるけど。


「つまり、普段の行いに特別な方法を施して肉体を強化していると考えられる。鍛練以外で一番可能性が高いのが、食事」


なるほど、だからずっと見てたのか。


だが残念ながら大ハズレだ。っていうか飯食うだけで強くなる人間とかいるの?

 

「でも違った」


「あぁ、見た通りだろ?俺はただ普通に飯食ってるだけだ。だからジロジロ見るなし」


「食事でないとしたら、何?」


「企業秘密じゃバカチン」


正直に話して言いふらされたら困るからな。主に黒若との契約面で。


「で、用件はそれだけか?済んだならもう帰るからな」


俺は急いで残りを口に含む。いやしかし、元の体より口のサイズが小さいから飲み込むのも一苦労だ。


「確かめたいことがもう一つ」


「ふぁふぁふぉほはふ(だが断る)」


「あなた達の集団が他世界に行くという噂を聞いた。それは本当?」


「むぐっ!?」


くそっ、噎せた。どっから聞いたんだよこいつ。


まずい。非常にまずい。この流れは追ってくるパターンだ。主人公を追っかけて執拗に付き纏ってくる悪役のキャラだ。


俺の被害妄想であってほしいと切に願うが、わざわざ確かめに来るくらいだから多分そういうことなんだろう。


「なるほど、事実……と」


「何勘違いしてるんだ……まだ俺の説明フェイズは終了していないぜ!」


「ほう」


「俺達が行くのは異世界じゃなくて伊勢海だ。静岡県の下にあるアレな」


「そんな名前の海域は無い。静岡県の下は駿河湾。ちなみに伊勢海じゃなく伊勢湾なら実在する。駿河湾のすぐ隣。常識」


異世界の幼女に日本の常識を諭されるとは、俺もそろそろ末期かもしれん。

 

「それで、本当は何処に?」


「教えるとでも思うてか。お前らの考えることなんて全部どこまでも清々しいくらいにマルッとお見通しじゃ」


「挑戦から逃げるのは戦士の恥」


「無闇な戦いをしないことこそ戦士の誇りだろ常考」


「…………論破された」


え?早くね?お前論争力無さすぎ。


まぁ見た目小学生だし、それが普通なのか。何にせよ諦めてくれるならそれでいいっすわ。


「とりあえずそういうことだ。もう付いて来ようとか考えるなよ」


鞄を肩に掛け、トレイにゴミを乗せて俺は席を立った。奴の気が変わる前に早く立ち去らねば。


なんか随分疲れたな。しかもこれから黒若に会わなきゃいけないとか憂鬱にも程が――、


「フェインモルグ……なるほど、第8世界」


「ダニィ!?」


確信した風に、チョココロネが小さく頷く。


いや、ちょっ、何故バレたし?


狼狽する俺の様子を察してか、とある場所を指差してくるチョココロネ。


その指の先にあったのは俺の鞄。サイドポケットから何か紙のような物がはみ出している。


「あ」


果たしてそれは、今朝田中先生から渡された合宿のしおりだった。


『みんなで行こう、フェインモルグ!』という幼稚なタイトルが今は心底恨めしい。


「フッ……チョココロネよ。これはだな、さっき商店街の福引きで当たった1等の旅行ツアーのパンフレットだ。断じてお前が妄想しているようなもんじゃない」


「商店街の福引きでそんな物が当たる筈ない」


正論なんだけど、異世界人に言われると負けた気分になるのは何故だろうか。


いやそんなことはともかく、これはやっちまったかもしれない。


どないしましょ。


「か、勘違いしないでよね!別にこの世界に行くってワケじゃないんだから!」


どうしようもなかったので、俺はそんな捨て台詞を残してダッシュで店を後にした。


どないしましょ。大事なことなので二回呟きました。


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