第5話 女子の花園を覗き見るとは太ぇ野郎だ
壁掛け時計の針がチクタクと、厳かで規則的な音を部屋に響かせている。
ちらりとその方を見てみる。
時間は3時半を過ぎたってところか。勉強会を再開してから結構経つな。
流石にヨシツネも逃走は諦めたようで、今はゆかりん指導のもと、英語の長文訳と戦っていた。
「ここの分詞形が目的語の修飾になってるの。だから簡単に前半部分を訳すと――」
「う、うぬぅ……?」
「ねぇ紫子、このパラグラフはまだヨシツネには難しいんじゃない?」
「ううん、大丈夫。一つずつちゃんと覚えていけば構成も分かりやすくなるから」
「むむむ……銀河の、果てまで……開催する?」
「ここのholdは“開催する”じゃなくて“抱きしめて”って意味よ」
毎度毎度思うけどこの教科書作ったヤツ出てこいよ。どう考えてもNGだろうが。
教育委員会仕事しろ。
とりあえずヨシツネの面倒はゆかりんとカレーパンに任せておき、俺とシェリーたんは科学の勉強を進めている。
しかし今更ながら思ったんだが、シェリーたんが英語教えてやった方が良いんじゃないだろうか?なにせ外国人だし。
という率直な疑問を申してみると、シェリーたんは首を横に振った。
「勘違いする日本の方も時々いらっしゃるようですが、ギリシャの公用語は英語ではなくギリシャ語ですわ。確かに英語も少し話しますけれど、日常会話ではあまり聞きませんわね」
「あれ?でもシェリーってなんか英語っぽい感じの名前だよね?」
「父はギリシャ人ですが母がフランス人なので、そちらから名前を付けてくださったそうですの。シェリーとは元々英語圏ではなくフランス系の名前でしてよ」
おっほ、1聞いたら10返ってくるような博識っぷりだ。こりゃ迂闊にアホな質問はできませんな。
「とか何とか言っときながら、シェリーってば前の英検でも満点取ってたじゃない。そんじょそこらの人よりよっぽど英語得意でしょ」
と、カレーパンが頬杖をつきながら言う。
ちょっと待てよ?祖国がギリシャ語圏で母親はフランス人。その上、英語が出来て日本語も完璧……つまり少なくとも3ヶ国語。多ければ4ヶ国語かそれ以上。
しかも語学に限らず勉強は全てお手の物で、クラス委員長を務める一方、戦闘力は学年トップクラスときた。
こやつ……何でも超人か?いや本当に超人なんだけど。
「わたくしは皆さんよりも英語に触れる機会が少し多いだけのこと。第一、わたくし達の業界において言語などあまり意味を成しませんわ」
「まぁぶっちゃけその通りなんだけどねー。異世界に行ったら言語系がまるっと変わる訳だし」
え?そうなの?
「じゃあ異世界の人達とはどうやって会話するのさ?」
「あれ、新菜知らないの?」
なんか意外そうな顔をされた。ひょっとして基礎知識なのだろうか。
仕方ないだろ。こちとら超人になってまだ一週間も経ってないんだし、知らないことだらけなんだよ。
そういう情報はペディアさん辺りに載せといてください。
「各世界間にあるエンターゲートポートで言語調整を受けるのよ。読み書きはしっかり勉強しないとダメだけど、お話するだけならそれで出来るようになるの」
「ゆかりんの説明に百ポイント」
「え?あ、ありがとう」
ふむ……つまり時空管○局がご都合主義な意思疎通法を用意してくれるということか。そういや以前に黒若がそういう組織の話をしてたっけな。
流石超人の世界、何でもアリだ。
「ですが勿論、現地の言語を予習しておくに越したことはありませんわ。その辺り、不洞さんは大丈夫ですの?」
「ゑ?それってどういう……」
なんだよその言い方。それじゃまるで――――、
「に゙ゃああああああああああああああああああッ!もう無理!もう無理なのじゃ!ややこし過ぎて頭が既に頭痛ぱらだいすなのじゃあ!皆の者戦じゃああああああああああああ!!」
俺の言葉を遮るジャストタイミングで、ヨシツネが突然発狂し出した。どうやらSAN値がゼロになったらしい。
まぁ1時間くらい勉強してたからな。やや大袈裟だがこいつも限界なんだろう。
「落ち着いてヨシツネちゃん。まだ最後の一文が残ってるわ」
「知らんわぁ!もう知らんわぁ!っていうか大体、もうすぐ合宿なのにこんな勉強会なんてしてる暇無いのじゃ!」
うん、アレですね。今さらりと聞き捨てならないこと言いやがったよこの猫。
合宿……だと?一体どういうことだ。
なんかめっさ嫌な予感がするんですが。
「先生、質問があります!」
「何ですの?あと、わたくしは教師ではありませんわ」
マジレスはこの際置いておこう。
「合宿って何?」
「……貴女、もしかして何も聞いていませんの?」
シェリーたんがジト目で尋ねてきた。あれは心底呆れているような目だ。
コミケ初参加のサークルを眺めながら「せっかく参加したのに新刊落としたのね。アホらし」と軽蔑するような目だ。
被害妄想スマソ。
「来週から始まる異世界への研修合宿ですわ。実際に悪人の蔓延る場所に赴いて本格的な戦闘を経験しますの。期間は二週間。場所は第8世界フェインモルグと聞いていますわね」
「ダニィ!?」
んなもん転校してから一回も聞いたことないぞ。うちの担任は何やってんだよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……あら、いけない!」
「どうしました、田中先生?」
「不洞さんに合宿のことを伝え忘れてました。後でお宅に電話しておかないと」
「田中先生は相変わらずおっちょこちょいですなぁ。はっはっはっは!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なんだろう……今ちょっとだけ何処かの誰かさんに殺意が湧いた気がする。
カルシウム不足かもしれん。ちゃんと牛乳飲まないと。
「用意は早くしといた方がいいよー。特に生理用品は忘れたら面倒なことになるし。あ、ちなみに化粧は校則違反だから」
いやいやカレーパンよ、問題はそこじゃないだろう。生理とか化粧とか以前に色々必要なもんがあるだろうが。
……っていうか、そもそもこの体って生理来るの?
まぁそれはまた後で黒若に聞いておくとして。
合宿というくらいなのだから食事は出るだろうし、同じ理由で寝床についても心配する必要は無いだろう。
加えて戦闘もすることになるらしいが、俺にとって大事なのはそこじゃない。敵との戦いは皆に任せて逃げ回ってりゃ何とかするつもりだ。
最も危惧すべき問題……それは二週間もの期間と、異世界という合宿の場所にある。
早い話が「二週間もネット使えないの?」ということだ。
一般人ならともかく、オタクにとってこれは致命的。酸素と水の次に大切なエネルギーを摂取出来ないのはかなり辛い。
深夜アニメが見れないと流行りの話題(ネット的)に乗り遅れてしまうし、画像サイトのイラストも二週間あれば目茶苦茶溜まる。後で全部見るのが大変だ。
というかそれ以前に、合宿中に禁断症状が出て発狂するやもしれん。
「なぁゆかりんや。向こうの世界って携帯電話使える?」
もしやと思って間接的な質問をしてみたが、ゆかりんは平然とした顔で首を横に振った。
電波が届かないのならノートパソコンも不可だろう。最悪の環境じゃないか。
「文明は現在の地球に比べて大きく劣ると聞きますわ。おそらくは中世ような世界なのでしょう」
「それはちょいと古い情報じゃない?実は私この間こっそり先生に聞いたんだけどさ、一部の地域ではヤックみたいなお店とかもあるらしいよ」
「まぁ、それは初耳ですわ。他世界から進出してきたのでしょうか?」
ヤック……つまりヤクドナルド。世界的に有名なハンバーガーのファーストフード店だ。
しかし俺からすればヤックがあろうが無かろうがどうでもいい。PC使えない時点で終わってんじゃねぇか。
鬱だ。激しく鬱だ。今なら危険なジャングルを一人で彷徨っていた長谷川さんの気持ちもよく分かる。
畜生、なんとかネットに接続する方法は無いものだろうか?
……駄目だ。電波が届かないという時点で何も打つ手が無い。どれだけ高性能なアンテナを持ち込もうが、どれだけ処理の早い機器を持ち込もうが無意味だ。
となれば、俺が居ない間のネット収集を他の誰かに頼むしかない。
まずどう考えても母さんは無理。収集どころかネットそのものを使えるかどうか怪しい。姉ちゃんに頼むと何をしでかすか分かったもんじゃないので却下。
男時代には友達が一人も居ないし、今現在の友達は一緒に合宿に行く訳だから不可能。それ以前に頼んだら俺の趣味がバレる。
くっ……他に誰かいないのか?
「――――ッ!」
諦めかけていた俺の視界に、ふと黒若の顔が飛び込んできた。
そうだ、黒若だ!同じ趣味を持つあいつなら収集を頼んでも問題無いだろう。非常に不本意だけど。
よし、そうと決まれば早速あそこにいる黒若に頼んでみよう。
ん……?
あそこにいる?
「どうしたの、不洞さん?」
「ゆかりん、私はもう末期かもしれない。とうとう幻覚が見え始めたよ」
「げ、幻覚!?」
いやいやまさか。これを幻覚と言わずして何と言うのか。
何度も目を擦る。他の場所もよく見て、自分の目がイカれていないことを確認。
そうしてもう一度視線を前に戻すと、やっぱりまだ幻覚が見えた。
窓の外に張り付いてこの部屋を覗き込んでいる、黒若という名の変態紳士が。
黒若ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?
「げふっ、げほっ!?」
「ちょっ……新菜!?いきなりどうしたのよ!?」
叫び声を無理矢理飲み込んだもんだからつい噎せてしまった。
黒若の姿はちょうど皆の死角にあるらしく、誰もその存在に気付こうとはしない。
あいつ気配遮断:EXのスキルでも付いてんのか?
向こうも俺の視線に気付いたらしく「やぁ」と言わんばかりの爽やかな笑顔を返してきやがった。
イケメソなら何でも許されると思うなよ。この変態め。
っていうか大体、なんでこの場所が分かった?
――はっ!?まさかこの腕時計に探知機でも付いてやがんのか!?
しかし腕時計を一瞥する俺を見た黒若は、俺の心境を理解したらしく首を横に振った。
口パクで「探知機は付けてないよ」的なことを言ってるっぽい雰囲気だ。
じゃあなんでここまで来れたんだよという話だが、それはまた後で聞いてやるとしよう。
今は奴をどうするかが大事だ。このままではゆかりん達が変態の脅威に晒されてしまう。
とりあえず黒若の言い分を聞くため、こっちも口パクで応答することに。
(ナゼ、キサマガココニイル?)
(ソコ二ジョシコウセイガイルカラダヨ)
ふむふむ成る程、ともかくロクな理由でないことは分かった。まぁ最初から分かってたんだけど。
(イマスグカエレ。ミナカッタコトニシテヤルカラ)
(デキナイソウダンダネ。オンナノコヲシャシンニオサメルマデハ)
黒若が白衣のポケットから取り出したのは小型のデジタルカメラ。ぺろりと舌を出しながら、今まさにそのシャッターに指をかけようとしている。
「シェリーたん窓の外に不審者が!!」
「曲者ッ!?」
シェリーたんは背後を振り返るや否や、近くにあった椅子をものっそい勢いで窓に投げ飛ばす。
喧しい音を立てながら派手に割れるガラス。当然その裏にいた変態医師にも直撃し、「ア゙ーーーーーーーッ!」と断末魔を叫びながら落下していった。
「乙女の部屋を覗き見ようとは太い輩ですわ。シンディ、すみませんが後始末を」
「はいよー。了解しやしたぜー」
どこに隠れていたのか、いきなりシンディさんが現れて窓から飛び降りていく。
さらば黒若。円環の理に導かれて逝っちまえ。
「いや変態って本当にいるもんなのね。怖いわー」
と言いつつ全然怖がっていそうな顔ではないカレーパン&他三人。まぁ、あんたらの手にかかりゃ変態の一人や二人くらいフルボッコだもんな。
それにしても黒若も馬鹿だな。こんな超人の巣窟に乗り込んでくるなんて。
「お嬢様ー、後片付け終わりましたー」
しばらくして、ひょこっとシンディさんが窓から戻ってきた。よく考えれば異様な光景だが慣れてしまった自分が怖い。
「あら、随分と早かったですわね」
「ひじょーに申し訳ありませんが逃げられてしまいましてー。仕方が無いからガラスだけ処理しときました。まったく、逃げ足の速い奴でしたよー」
さすが黒若。生存力だけはG並だな。2階から落ちてもまだ動けたとは。
いや、黒若のことだからまた変な発明品を使ったのかもしれない。本当に医者かあいつ?
「じゃ、私は仕事が残ってるので失礼しまーす」
一礼し、シンディさんは何食わぬ顔で部屋から出ていこうとする。
「…………?」
だが俺は見逃さなかった。メイド服のポケットがさっきよりも妙に膨らんでいることを。
「シンディさんストップ」
「あい?どうかしましたかー?」
「そのポケットの中、何が入ってるの?」
「――――ッ!」
シンディさんが固まった。これは怪しいな。
「あ、あははははは。いやあのですねー、これは私のパンツです。さっき下で大量に漏らしたから丸めて中にインしてあるんです」
絶対嘘だろ。小学生でも分かるわ。
「……貴女がそういう態度をとる時は、必ず何かしら良からぬものを隠していますわよね」
「いやいやいやいやお嬢様何をおっしゃいますかー。これはただの聖水付きパンティですってば」
「では何か?貴女はわたくしの使用人であるにも関わらず屋敷の庭で粗相をしでかしたと?」
「あー、えっと、そのですねー……ちゃんとバケツで受け止めたから周りは汚れていないといいますかー……」
「命令ですわ。中身を見せなさい」
「…………ちっ」
こっそりと舌打ちし、シンディさんは渋々ポケットから何かを取り出した。
ほんと忠誠心の欠片も無ぇな。
「これ……お人形さん?」
ゆかりん達が珍しいそうに見ているそれに、俺はとても見覚えがあった。
あれは“ねんどろいど”と呼ばれる、アニメやゲームのキャラクターをより可愛らしくデフォルメした小型のフィギュアだ。
要するにヲタグッズ。
しかもあのキャラは通常販売していない限定品。レア中のレア物だ。何故シンディさんはこんなものを隠していたのだろうか?
そりゃ誰にも取られたくないって気持ちは分かるけど、少なくともこの面子の中で欲しがる奴はいないと思う。俺以外。
「その人形、どうしましたの?正直に答えなさい」
「…………さっき下にいた白衣の人に“これで見逃してほしい”って渡されました。たはーっ♪」
「シンディ!!」
「三十六計逃げるにしかず!!」
扉を蹴飛ばし、脱兎の勢いでシンディさんは逃げ去って行った。
あの駄メイド……本当にクビにした方が良いんじゃないだろうか?
「申し訳ありませんわ。シンディには後でしっかり言い付けておきます」
叱った程度で直るとも思わんけどね、あれは。
「あの性格さえ無ければ優秀なメイドなのですが……本当に困ったものですわ」
「面白いメイドさんじゃん。堅苦しいよりは良いと思うけどね、私は」
「そうじゃそうじゃ、満子の言う通りなのじゃ。真面目すぎると逆に嫌われるえ」
ここぞとばかりにヨシツネが割り込んでくる。その魂胆はもう見え見えだ。
「というワケでじゃな、勉強もやり過ぎは良くないという――」
「それとこれとは話が違いますわ」
「お前さんは鬼か!」
お前がアホ過ぎるだけだ。まだ1時間しか勉強してないだろうが。
もしこいつが受験生になったら大変だな。入試前は苦痛で自殺するかもしれん。
いや……そもそも大学に行く必要が無いのか?正義の味方に就職ですね、分かります。
「さぁ、次は世界史の勉強だよヨシツネちゃん。頑張っておバカさんから脱出しようね」
「今日ばかりは紫子が悪魔に見えるのじゃあああああああッ!」
あ、それ分かる。ゆかりんってたまに天然の黒さを発揮するよな。まぁ頑張れ。
そんな感じで、俺達の勉強会&拷問会は夕日が沈むまで続いた。
最後あたりはヨシツネの目から光が消え失せていたが、まぁ俺は楽しめたので良しとしておく。
でもって、帰宅。
我が家の使徒による襲撃に備えていた俺だが、意外なことに、今日は襲われる気配が無かった。
いやそれが普通なんだろうけど。
どこかに出掛けてるのか……と思ったが、リビングの方から「おかえり、にーちゃん!」と使徒の声が聞こえてきたので、そういうことではないらしい。
ようやく姉ちゃんも常識というものを弁えてくれたか。この調子で次は虚勢まで事を運ばせたいところだ。
「あら新斗、おかえり。さっきあんたの担任の先生から電話があったわよ」
リビングに入ると、台所で夕食を作っていたらしい母さんが近付いてきた。
田中先生から電話か……間違いなくアレに関しての話だな。
「あんた来週から修学旅行だってね。しっかり楽しんできなさいよ」
「母さんそれ違う。旅行じゃない。正しくはドキッ☆超人だらけのハチャメチャ合宿大会だ。ポロリもあるかもしれない(臓器的な意味で)」
「ま~だそんなこと言ってんの?超人だか何だか知らないけど、そういうのはゲームの中だけにしときなさい」
やっぱり駄目だ。俺が何を言っても母さんは信じようとしない。黒若は説明をしとらんのかね?
「行き先は伊勢海……だっけ?何県にあるのかしら?まぁとにかく、お金は渡しとくからちゃんとお土産買ってきて頂戴ね」
色んな意味ですごい誤解だな。本当にありそうな名前だから困る。
ちなみに正しくは伊勢海じゃなく伊勢湾な。
「伊勢海じゃねぇよ、異世界だよ。発音まで同じだから危うく頷きそうになったじゃねぇか」
「何言ってるのかさっぱりだけど、とりあえず準備はしっかりしておきなさいね。出発は来週の火曜日でしょ?すぐ明々後日じゃないの」
もうこのオバハンには期待するだけ無駄か……息子が大変な合宿に参加するっつーのに。
「旅行鞄はさっき真美が出しといてくれたから。代えのパジャマとかも貸してくれるって」
リビングの端では、大きなキャリーバッグの傍に姉ちゃんが座っていた。
なるほど、だから今日は襲ってこなかったのね。
「にーちゃんの為に大きいやつ出しといたよ!褒めて褒めて!叩いて!貶して!踏んで!」
変態も程々にしろとツッコむのはとりあえず置いといて、俺が気になるのは何故鞄が2つも用意されているかということだ。
どちらか使いやすい方を選んでと言うのなら分かるが、片方は既に荷物が一杯に詰められている。
「そっちの鞄は?」
「これは私のだよ」
「ふぅん……姉ちゃんもどっか行くのか?」
「え?」
「は?」
きょとんとした顔で首を傾げる姉ちゃん。
こいつ……まさか付いてくる気か!?
「一応言っておくが、生徒以外は合宿に行けないからな?」
そういう決まりがあるかは知らんが、普通はそうだろう。姉同伴とか聞いたこともない。
「えぇえええええええ!?なんでぇ!?どうしてぇ!?」
「常識的に考えろヴォケ。っていうかもし仮にオーケーだとしてもあんたと一緒に行くとかありえないんですけど」
「にーちゃん、恥ずかしがらなくてもいいんだよぅ!」
「えらく都合のいい解釈だなおい!恥ずかしいがってんじゃなくて俺の安全面的に無理なんだよ!」
「やだやだーっ!!にーちゃんと二週間も離れ離れなんておねーちゃん死んじゃうよ!!」
「はっはっは、いとワロス」
メシウマとはこんな時の為にある言葉なんですね。
PCが使えなくなるのは頗るファックだが、この変態姉から二週間離れられるのなら救いも少しはあるというもの。
これで夜は安心して寝れる。
「あ、いいこと思い付いた!私がにーちゃんの鞄に荷物としてこっそり入り込めばいいんだ♪」
「本人の前で宣言するその勇気には感服せざるを得ない。却下だバーロー」
「えー……じゃあ、亀甲縛りでなら入ってても良いよね?」
「分からん。お前の感性が心底分からん。譲歩しているように見せかけて実際はもっとハードな事態になってんじゃねぇか」
もし紛れ込んでやがったら鞄ごとその辺のゴミ置き場に捨ててやるからな。覚悟しとけよ。
「そ・う・と決まれば~♪縄っと紐っの用意だよ~♪」
非常に身の毛がよだつ歌を口ずさみながら、姉ちゃんは2階へ上がっていった。
頼むからセルフ緊縛は自分の部屋の中だけでやってくれ。
「あ、にーちゃん。後でガムテープ貸してー」
「誰が貸すか!邪な用途がバレバレなんだよ!変態!変態!変態!!」
……ちょっとネタがマニアック過ぎるか?
「新斗……実の姉を変態呼ばわりするのはどうかと思うけど……」
「そして何故そこで引くマイマザー!?いつ誰がどう見てもアレは正真正銘のHENTAIだろうが!」
「ガムテープひとつでそこまで妄想が膨らむあんたの頭の方がずっと変態じゃない。うっわ、気持ち悪……」
「文脈的にそれしか考えられんだろうが畜生めぇええええええええッ!!」
もうやだ、この家族…………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます