第4話 放火後ティータイム
名前っていうのはとても大事なものだ。
対象の特徴を表すのはもちろん、こう在ってほしいという願いや希望、身分や階級としての線引きなどなど。
名前には色んな意味が込められている。
俺だって
ごめん嘘です。未だにおかんのネーミングセンスに疑問を抱いています。
「…………」
「…………」
「…………」
俺もカレーパンもシェリーたんも、最悪の事態に全く言葉が出ない。
唯一嬉しそうなのはゆかりんで、引き当てられた自分の紙を見て
無邪気って恐ろしい。
「……ねぇシェリー、考え直さない?」
カレーパンがそっと耳打ち。
俺も同意見だ。せっかく職人に鍛えてもらったのに、こんな幼女向けのファンシーな名前を付けられたんじゃこの剣も堪らんだろう。
「……いいえ、騎士に二言はありませんわ」
しかしシェリーたんは断固として首を横に振った。
もはや騎士道精神っていうよりただの意地にしか見えない。
「ちょっ……本気?普通こういうのって、一回刻んだらやり直せないんじゃないの?」
「一度決めた名を撤回する方がかえって失礼というものですわ。それに、姫野さんに付けて頂いた名ならこの剣もきっと喜びます」
若干暴走気味な勢いで、シェリーたんは剣の柄を握って目を閉じた。
瞑想すること数秒。
やがて刀身が青白く発光を始めると、人差し指と中指で刃を挟み、形をなぞるように動かしていく。
「わたくし、シェリー・ティネ・ラ・ベロニカがここに刻みます。我が剣よ、あなたの名は――――」
そして宙に走る光の文字。実に幻想的な光景だが、
「……スプラッシュキュート」
「ぶふっ!」
耐え切れなくなったのか、とうとうカレーパンが吹き出した。
シェリーたんも眉をピクッと反応させるが、咳ばらいで何とかこれを乗り切る。
光は直ぐに収まり、刀身に沿うような形で樋に『Splash Cute』の文字が刻まれていた。
達筆なのが余計に哀れで泣けてくる。
プラスチックで小さめに模造すれば女児向けの
ボタン押したら光るんだよな、あれ。びかぴかって。
「や、やりましたわ……」
ただ名前をつけるだけだというのに、シェリーたんはまるで偉業を成し遂げたかのような顔をしている。
そんなに勇気使ったなら名前変えときゃ良かったのにさ。頑固なのも考えものですな。
スプラッシュキュートを鞘に納め、それをアタッシュケースに仕舞うシェリーたん。
ワロスの一言に尽きる。
最初は俺のマサル・パンツァーと交換してほしかったが、今となってはどうでもいい。むしろ御免被るわ。
「……名付けも終わったことですし、勉強会を再開しましょうか」
シェリーたんは半ば強引に話題を変える。俺とカレーパンは互いに無言で頷き合い、これ以上傷を広げないよう話に乗ってやることにした。
シェリーたん、女の子は泣いてもいい生き物なんだぜ?
それからしばらくして……といってもほんの数分くらい後だが、問題集がキリの良いところまで終わったので俺達は皆ペンを休めていた。
もともとヨシツネの為に企画されたのだから、当人抜きの今はガチでやる必要も無い。
となれば当然(かどうかは知らんけど)、女子の女子による女子の為のガールズトークが幕を開けることになる。
「そういえばさ、みんな知ってる?E組の増地って、最近同じクラスのイビョンさんと付き合ってるんだって!」
「本当!?でも考えてみれば、確かにお似合いの二人だもんね」
「なるほど……道理で生徒会会議でもよく視線を合わせている訳ですわ」
男子禁制のキャッキャウフフな空間。“リアルJKとの絡み”というのが本日の意気込みだったのだが、いざこうして突入すると非常に居た堪れない。
何それ、笑いどころ?って感じの話題ばかりでリアクションに困る。
見てる分には問題無いんだけどなぁ。楽しそうに笑う女子三人の姿は眺めているだけでグッとくるものがある。
ただ自分が参加するとなれば話は別だ。昔、リア充だらけのクラスで一人孤立していた歴史を思い出してしまう。
会話の質が俺みたいな非リアとは掛け離れているから、どう対応していいのか分からん。
「で、新菜はどう思う?うちの担任」
そして話題が変わるのも早いので、聞き取るだけで一苦労だ。確か今は田中先生の話だったか。
「けしからんスカートだと思うね。あの短さは危うい」
「あ、いや物理の河村とデキてるんじゃないかって話なんだけど……」
おっと失礼。俺としたことが少しばかり物思いに耽っていたらしい。
上手く誤魔化さないと。
「違う違う、河村先生っていつも田中先生のスカートばかり見てるでしょ?食い入るように。特に階段とかで」
「ま、マジで!?変態じゃん!」
「破廉恥ですわ!」
まだ数回しか見たことない河村先生よスマン。貴方は現時点を以って変態の称号を与えられてしまいました。
河村は犠牲となったのだ……。
そんな具合で会話は弾み、俺もなんとか流れに慣れ始めてきた。
転校してきたばかりで内情については殆ど知らない為、テキトーなことを並べるだけだったけど。
「笑ったら少し喉が渇いてきましたわね。この辺りで少しお茶にしませんか?」
来た時も紅茶を飲んだけど、言われてみれば少し喉が物足りない。
というワケで、俺達はシェリーたんの誘いに乗ることに。
「お待たせしました、お嬢様」
そしてマエダさんが温かい紅茶を運んできてくれた。
呼んでから直ぐに持ってきたところを見ると、どうやら予めシェリーたんの喉の乾きを予想して準備していたらしい。
三千院家の執事とタメ張れるスペックですな。
「マエダさんは一緒に飲まないんですか?」
「申し訳ありませんが、私は一介の使用人ですのでそのようには出来ません。屋敷の外ででしたら、また機会があれば」
カレーパンの誘いを丁寧に断り、マエダさんは一礼して部屋を出ていった。
フラれてやんの。ざまぁ。
「屋敷の外で……だってさ!えへへへへへへ♪」
しかしカレーパンはうっとりとした様子でにやけている。
なんというポジティブさ。いや楽観的というべきだろうか。
ラブレターの件もそうだったが、こいつ勘違いしやすい性格なんだな。悪い男には引っ掛かるなよ。
「美味しい……今度はミルクティーなのね」
俺的にはちょっと砂糖が多めな気もする。ゆかりんは甘党なのかね?
「勉強には適度な糖分が必要ですわ。マエダもなかなか気が利きますわね」
シェリーたんは優雅にカップを口元へと運ぶ。その仕種を見てるだけでこっちも飲みたくなるから不思議だ。
どれ、俺ももう一口…………、
「うにゃあああああああああああああああああッ!!誰か助けてくんろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
バン!といきなり部屋の扉が開け放たれた。
中に飛び込んできたのは、なにやら尋常ではない様子のヨシツネ。
うるさいだとか、迷惑だとか、そういうのは今はどうでもいい。
何故なら、ヨシツネは上から下まで何も着ていないすっぽんぽんの状態だったのだから。
「ぶふぅーーーーッ!?」
あれだけ優雅だったシェリーたんが、驚きのあまり口からミルクティーを噴射。
そして目の前に座っていた俺の眼球に容赦なくヒット。
「目が!?目がぁああああああああああああああああッ!?」
「不洞さん!?大丈夫!?」
「な、なんで貴女は何も着ていないんですの!?ははは、破廉恥ですわ!!」
「シェリー落ち着いて!とりあえずタオルか何か!」
「揉まれるのはもうイヤなのじゃああああああああああああッ!!」
リッチなティータイムから一転し、部屋の中は阿鼻叫喚の渦へ。
目潰しのせいでほんの一瞬しか見えなかったが、綺麗なさくらんぼを拝めただけでもこの勉強会に来た甲斐があった。
……じゃなくて!
「な、何事ぉ!?」
涙と鼻血を同時に拭いながら、俺はようやく視界を確保する。
全裸でシェリーたんの背後に隠れているのはヨシツネ。何かから逃げてきたようで、その表情からはものっそい焦りが伺えた。
「一体何なんですの!?人を盾にするのはお止めなさいな!」
「や、奴を何とかしとくれ委員長!ウチぁもう限界なのじゃ!」
後ろから両肩を掴まれ、ゆっさゆっさと銀髪巨大縦ロールが揺れる。
なんだろう。ヨシツネがここまで怯える相手とは一体……?
まぁ大体の予想はつくんですけど。
「ほっほーい小猫ちゃん、もう逃げられませんぜー。大人しくこの冒涜的なチチ半出しミニスカメイド服を着用するのですよー。それともう一回だけおっぱい揉ませて」
続けて廊下から現れたのは、露出度的にちょっとアレなメイド服を手にしたシンディさん。
やはり貴女か。
「シンディ!これは何事ですか!?」
「あ、お嬢様。これはですねー、洗濯して着る服を失った可哀相な小猫ちゃんに予備のメイド服を提供しているのですよー」
「嘘をおっしゃい!そんなにいかがわしい服がありますか!」
「え……ひょっとしてご存知でない?私たちベロニカ家のメイドは皆、この服を来て修業時代を過ごすんですよ。えぇ、それはもう大変な修業でしたねー」
「あれ?そ、そうなんですの……?」
騙されんなシェリーたん。どう考えても嘘だろふうが。
「嫌じゃ!あんなヘンテコなもんウチぁ着とうないわ!」
「いやいやー、そう思うのは最初だけだから大丈夫ですよー。むしろ着ているうちにそれが一種の快感へと変わっていくからまぁ試しに一発!」
さもなくば素っ裸のままですぜ~いやそれも悪くないけどうへへへへ、とシンディさんは下品に笑う。
いいぞもっとやれ。
「いい加減になさいな!その服が修業装束であれ何であれ、卑猥なことに変わりはありませんわ!シンディ、貴女の部屋から一番露出の少ない服を持ってきなさい!」
「ちぇー、せっかくのネコミミっ娘なのに」
「口答えしない!」
「アイサー。じゃあちょいーっと待っててくださーい」
残念そうに走っていくシンディさん。かと思えばすぐに戻ってきて、その手には幾つかの服が握られていた。
「これなんてどうですかー?露出少なめ!卑猥度ゼロ!ネコミミには合わないかもだけどきっと似合いますよー」
そう言ってシンディさんが差し出した服に俺はとても見覚えがあった。
確かに露出は少ないが、ぴっちりと肌にフィットするそれは、着る者のボディラインを艶めかしく強調する有名な一着。
どう見てもプラグスーツです、本当にありがとうございました。
「却下ですわ。そんなに暑苦しそうな服では勉強に支障が出ます」
シェリーたん、ツッコミ所が違う。
「む~、ならばこれなんてどうですー?ちょいとスカートが大きめですが白くて清潔で、何より赤いリボンがチャームポイントとなっておりますえー」
「まぁ、なかなか素晴らしいですわね」
とシェリーたんは納得しているようだが、俺の知識によればあれは管理局の白い悪魔コス。勉強会どころか色んな場面に相応しくないと思う。
なるほどな……シェリーたんは普段からこんな感じでシンディさんに仕込まれてるのか。あの伊達メガネはまだ序の口だった、と。
「可愛い……♪」
あっ!ゆかりんがなのはコスに見取れておられる。
悪いことは言わん、引き返せ。今ならまだ間に合うから。
「嫌じゃ!あんなフリフリした服着とぅないわ!」
「うーん、じゃあこんなのはどうです?」
次々とシンディさんが服を出していくが、どれもこれも立派なコスプレばかり。
その度にシェリーたんが悩ましげに唸り、ヨシツネが嫌そうに首を横に振る。
「オーケー分かりました、ならばこちらの風見学園中等部の制服なら……」
「スカートが短すぎますわ!もっとこう……シンプルなものはありませんの?」
「え~……これ以上シンプルなコスは持ってませんよー」
あ、こいつ今言った。コスって言った。
「普段着でいいのです、普段着で。貴女が普段から自室で着ているものを持ってきなさい」
「あーはいはい。うぁーかりましたよーだ」
とても召し使いとは思えない雑な態度で、渋々シンディさんは新たな一着を持ってきた。
よくこれでクビにならないな。
「お休みの日に着てる服といえばこれくらいですかねー」
ようやくまともな服が現れた。いや、まとも……と言うのかどうかは微妙だけど。
薄手の生地で、全体的に真っ白な普通の長袖シャツ。唯一他と違うのは、胸元に大きく付けられた“ちぇけら”の文字だ。
たまに見るユニークTシャツというやつだろう。このメイドさん、普段はこんな服を着てんのか。シュール過ぎるわ。
「ふむ……悪くありませんわね。平仮名がなかなかクールですわ」
クールというより滑稽の部類に入ると思うが。
「ヨシツネさん、これで良いですわね?」
「ん、それなら大丈夫じゃ。早くこっちに寄越しとくれ」
自分から受け取りに行かない辺り、どれだけシンディさんを警戒しているかが分かる。
不満そうにシャツと半ズボンを投げ渡し、シンディさんという嵐は去っていった。
サイズは丁度良かったようで、袖を通しながらヨシツネは深い溜め息を吐き出す。
「やれやれ……酷い目に遭ったのじゃ」
ようやく魔の手から逃れて安心しているのだろう。
だが残念だったな、地獄の始まりはこれからだ。
「ようやく主賓が登場したワケだし、続きといこうか」
なんだかんだでティータイムが続行されそうな雰囲気だったので、俺はそう提案してやった。
「そうね。紅茶くらい飲みながらでも大丈夫だもんね」
「――――ッ!!」
ゆかりんが鞄から英語の教科書を取り出す。ヨシツネも何が始まるのかを察知したようで、反射的に部屋のドアへと駆け出した。
「新菜!」
「マッカセナサーイ」
だがそんなことは俺が許さない。ヨシツネよりも先に扉の前へ回り込んで逃げ道を塞ぐ。
「ぐぬぅ!」
「逃がしませんわよ!」
「は、離すのじゃ委員長!」
そしてシェリーたんが羽交い締めにすることにより捕獲完了。なんとも鮮やかな連携プレーだ。
「嫌じゃあ!勉強は嫌じゃあ!」
「あんたは今朝からそればっかじゃない。いい加減諦めなさいよ」
カレーパンも加勢し、二人掛かりでヨシツネを卓袱台の前に固定する。
嫌がる女子高生を無理矢理拘束。いやはや、少し見方を変えたらなかなかにヤラシイ絵面ですなぁ。
写メっとけば高値で売れるかもしれん。黒若あたりに。
「もう逃げられませんわよ。観念して勉強なさい」
「そ、そんな殺生にゃあ……」
諦めなヨシツネ。
お前に逃げ場など無いのだから。
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