第3話 勉強会をすると言ったな、あれは嘘だ

絵画。


彫刻。


なんか高そうな壺。


鎧。


斧。


なんか高そうですっぽんぽんな女性の象。


左右にこれでもかと飾られた美術品の数々に見つめられながら、俺たちは長い長い廊下を進む。


階段を上がってから数分は歩き続けてる気がする。これで別荘と言うのだから恐ろしい。


シェリーたんのご実家は一体どれほどのブルジョワだというのか。お父さん石油王だったりしない?


世界観違うか。


「こちらですわ」


もはや有酸素運動と呼んでもいいくらい歩き続けた末にようやくシェリーたんの部屋に到着。


この屋敷って生活上不便ではなかろうか?というツッコミは置いとくとして。


ガチャリ、とシェリーたんが風情溢れるドアノブの音を鳴らし、大きな扉を潜った先には、想像通りの優雅な空間が広がっていた。


俺の部屋の何倍はあろうかというスケール、大きなベッド、ゴージャスなカーテン、鮮やかな絨毯。


そんなセレブリティールームのド真ん中にぽつんと佇む、ごく普通の卓袱台ちゃぶだいに俺は哀れみの涙を隠せない。


場違いなんてもんじゃない。家具として、これ以上の恥辱は無いだろう。王様の城の豪華なパーティにホームレスが紛れ込むようなものだ。


「どうです?今日の勉強会の為に素敵なテーブルをこしらえましたの♪」


なるほど、これが価値観の違いというやつか。カップ麺とかプレゼントしたら跳んで喜びそうだな、このお嬢様。


ゆかりん達も不思議そうな顔をしている。「えっ……これってただの卓袱台じゃ……?いや、ひょっとしたら超高級な木を使ってるのかも……」なんて心の声が聞こえてきそうだ。


騙されるでない。その辺のホームセンターで買える普通の卓袱台だぞ。


「まず何から始めましょうか?」


「うーん……英語はヨシツネが戻ってからでいいっしょ。私は数学に一票」


カレーパンの提案で教科も決まり、俺達はお嬢様の部屋で卓袱台を囲むという大層シュールな状況のまま勉強を開始した。


なんだろう……すごく勿体ないことをしてる気がする。パソコンを買う為にわざわざ都心の大型家電量販店まで来たのに、結局単三電池だけ買って帰るかのような気分だ。

 

「ねぇ紫子、ここの公式の変形ってどうやるんだっけ?」


「sinx+cosxを別の変数に置き換えてまとめておくの。それでこっちは2乗したもの同士を足すと1になるから、こうやって――」


「あー、なるほど」


勉強会といっても、見る限りゆかりんとシェリーたんは参加しなくて良いくらいの学力だ。普段から真面目に勉強してるのがよく分かる。


カレーパンはまぁ、悪い方じゃないけど得意という程でもないといった具合。


そしてもちろん俺は楽勝なので、問題集をすらすら解きながらも意識はシェリーたんの部屋のチェックに向けている。


ふむ……とりあえずエッティな本は見当たらないな。まだまだ調べるポイントはあるが、角度的にここからじゃ見えん。


よし、ここは一つアクティブに攻めてみるか。


「おぉっと手が滑った故に消しゴムが飛んでいったわよぉー!」


と、消しゴムをベッドの下目掛けて弾く。我ながら素晴らしい演技だ。


これで消しゴムを取りに行けば、そのついでにベッド下の空間を調査することが出来る。


……が、


「もう、うっかり屋さんですわね」


弾いた瞬間にシェリーたんが反応し、人間的におかしな速度で軽々と消しゴムをキャッチしなさった。


あぁもう、所々で超人クオリティを発揮するのはやめようず。


「どうぞ」


「どうも……」


優しげな笑顔が眩しくて直視できん。あれは俺のやましい思惑に全く気付いていない純粋な目だ。俺は視線を逸らしたまま消しゴムを受け取るしかない。


消しゴム作戦は失敗か……次なる手を考えねば。

 

調査の機会を伺う為、仕方なく俺はシャーペンを持ち直して勉強に戻る。


さて、どうするか。流石に二度も物を飛ばすのは不自然過ぎるし、見える位置にまで自分のポジションを移動しても不審がられるだろう。


疲れを装って横になってみるか?いや、まだ勉強会始まったばかりだからおかしいな。


というか、そもそもなんで俺はここまでエルォ本探しに躍起になっているんだろう。好奇心のままに実行してみたものの、冷静になって考えれば別にする必要のないことだ。


そう、今は勉強の時間。学生に課された大切な儀式と言ってもいい。真面目な俺はしっかり勉強しないといけないのだ。


何事も学ぶは善きかな。人間は学ぶのをやめた瞬間に進化が止まる。


「不洞さん、どうしたの?」


「大丈夫。ただの賢者タイムだから」


「ううん、そうじゃなくて……ノートが」


ゆかりんに言われて見てみると、俺のノートには端から端までぎっしり“ベッドの下”と書き込まれているではないか。


何これ、新手のスタンド攻撃?


「ゆかりん。この部屋は何者かに狙われている」


「落ち着いて不洞さん。それ、不洞さんが自分で書いてたのよ」


なんとまぁ。俺の本能よ、ちょっとは自重というものを知りなさい。無意識にまで干渉してくるとかどんだけ気になってんだ。


「ベッドの下……ですか。なるほど、やはり貴女の目は欺けませんわね」


「……ゑ?」


やれやれ、といった風にシェリーたんが溜め息をついた。


ちょっと待て。まさか本当にR-元服な本が隠されてるんスか?

 

「勉強には関係の無い物ですし、余計な刺激にならないように仕舞っておきましたの。一応わたくしの取って置きなので認知阻害の術符も貼っていたのですが」


そこまで凄い代物なのか。シェリーたんの性癖が非常に気になるところだ。


しかし驚くべきは彼女の潔さ。ちょっとくらい誤魔化したり恥ずかしがったりしてもいいだろうに、何の躊躇いもなくベッドの下に手を伸ばしていった。


むしろ最初から見せるつもりだった、という気概すら感じさせる。


本日の催しが実は保険体育の勉強会だったとは思わなんだ。


「不洞さんも目聡めざとくいらっしゃいますわね。まぁ、いずれ御披露目するつもりでしたから……今でも特に問題はありませんわ」


フフッ、と笑うシェリーの目はとても生き生きとしている。エチ本見せるのそんなに楽しみだったの?


俺が抱いていたシェリーたんのイメージが崩壊しそうだ。いや委員長という堅苦しい役職をしているからこそ、そういう欲求が溜まるのかもしれない。


「これですわ」


シェリーたんがベッド下から取り出したのは、白銀のアタッシュケース。1メートル以上はあろうかという、アタッシュケースにしては異常な長さだ。


保管方法が厳重すぎてもはや一種のネタにしか見えない。


中身が一体どのような本なのか……ゆかりんとカレーパンは本であることすら想像がついていないようで、二人からは純粋な注目が注がれている。


いざという時はゆかりんの目を隠してあげる準備をしておかないとな。ピュアなこの娘さんには刺激が強すぎるかもしれない。


カレーパンは知らん。たぶん大丈夫だろう。

 

大仰なロックを外し、術符とやらも剥がしたシェリーたんがケースの窪みに手を掛ける。


「とくと御覧なさい……これがわたくしの秘密兵器ですわ!」


勢いよくケースを開け放つシェリーたん。その中から姿を現したのは、俺の想像とは全く関係の無い物だった。


簡潔に言えば、剣。細長く綺麗な両刃の西洋剣が、緩衝用スポンジの上で見事な光を反射させている。


正直エロ本とか考えてた自分が恥ずかしい。


「流石は不洞さんですわね。隠蔽していたというのにこれの放つオーラに気付くとは」


「いや、まぁ……固有結界付いてますから」


やめてシェリーたん。そんなキラキラした目で見ないで。尊敬と拷問って割と紙一重なのよ。


「オーラ……ってことは、只の剣じゃないってこと?いつもシェリーが使ってるやつとは違うわよね?」


「ええ。祖国の職人に依頼して仕上げて頂いた霊剣ですの。新たにわたくしの愛剣となる最高の一振りですわ」


なんたるカルチャーショック。愛犬はよく聞くけど愛剣ってのは流石に初めてだ。


超人の業界は本当に奥が深い。


「すっごく綺麗な剣……名前は何ていうの?」


ゆかりんの言う通りとても綺麗な剣だ。武器というより芸術品と称した方がしっくりくる。


俺のマサル・パンツァーと交換してって言ったら怒るかな?


愚問でしたね。


「本来、剣の名は打ち手が決めるものですが、これはまだ命名されていないのです。わたくしも悩んでおりまして」


何か素敵な名前はないものでしょうか、とシェリーたんは悩ましげに溜め息をついた。


とりあえずエクスカリバーとでも名付けておけば不足は無いと思うけれども。

 

「……そうですわ!折角皆さんもいらっしゃるのですから、ご一緒に考えて頂けませんか?」


俺達は顔を見合わせる。


「いいの?その剣ってシェリーたんの大事な物なんじゃ……」


「構いませんわ。それに霊剣ともなれば、その名前だけで性能や性質が左右される場合もあります。わたくし一人で決めてしまうよりも、皆さんの御力を借りた方がきっと良い剣になりますわ♪」


それってつまり俺達の責任が余計に重くなるってことですよね?まったく、とんだ委員長さんだぜ。


「だったら尚更カッコイイ名前を付けてあげなきゃね。私こういうの燃えるんだよなぁー!」


「格好良い名前もいいと思うけど、私はロマンチックな名前がいいかな。ベロニカさんのイメージに合いそうだもの」


どうやらプレッシャーを感じているのは俺だけらしく、他のお二方は非常にやる気モード。その神経の図太さは見習うところがある。


ぬぅ……こうなったら俺も負けていられんな。完全聖遺物並のハイスペックな名前を考えてやろうじゃないか。


「ただ名前を相談し合うだけでは冗長になってしまいますわね……では、各自思い付いた名前をノートにどんどん書いていってください。後ほど良さそうなものを幾つか抜粋して、そこから一番良いものを使わせて頂きましょう」


流石に委員長を努めているだけあって、進行役は手慣れたもんだな。


よっしゃ任せろ。剣の名前なんぞ俺のデータベースにゃ腐る程あるから楽勝だぜ。

 

「中学の時は弟がゲームしてるのをよく横から見てたからねー。そーゆー系の名前は割と詳しい方だと思うよ」


フン、笑止。たかが厨坊ゲーマー程度の知識で俺に敵うと思うなよ。


っていうかカレーパンに弟がいたとはな。ドーナツパン辺りか?


まさに揚げ物姉弟。誰ウマ。


「私はゲームとかさっぱりだから、ちょっと自信無いかも」


まぁ普通の女子はそんなもんだろう。むしろゆかりんがゲーマーだったら私泣いちゃうゾ☆


……いかんいかん、なんか最近俺のテンションがおかしくなってきた。


「わたくしもテレビゲームというものは嗜みませんわね。ですが武装の名前でしたら、わたくしの祖国や周辺にも伝承が多々ありますわ」


なるほど、ギリシャといえばヨーロッパ。神話には事欠かないからな。


でも結局ゲームの武器の名前ってその神話からきてるやつも多いんですよね。どっちにしろ変わらないっていう。


「新菜はそういうの得意な派?」


「甘く見てもらっちゃ困るね。こう見えても私、今まで色んな聖剣や魔剣と出会ってきたから。名前どころか性能や特殊能力までバッチリ網羅してるよ」


おぉー、と上がる歓声に俺は内心冷や汗。みんな勘違いしてるようだが、出会ったのはあくまで二次元の中だけだ。


あんたらが想像してるようなリアル冒険なんて一度も経験しとらんからな。




……とまぁそんな感じで、二十分が過ぎる頃には全員が発表の準備を完成させていた。

 

「皆さん、準備はよろしいですわね?“せーの”で開帳しますわよ」


全員が頷き合う。


こう言っちゃ何だが、俺らって勉強会しに来たんだよな?これがよくある“勉強する為に部屋を掃除してたら面白い物が出てきて夢中になっていたらいつの間にか時間が過ぎていた”現象の一種なのだろうか。


まぁ楽しいから良いんだけど。


「せぇ……のッ!!」


シェリーたんの合図で、全員が一斉にノートを開いた。


まず目に入ったのはカレーパンのノート。10個くらい並んだ名前にはとても覚えがある。


「ふふん、どうよ?」


草薙の剣、クレイモア、エクスカリバー、マスターソード、M92F、等々……。


ハンドガンの名前があるのはどうかと思うが、確かにどれもゲームで見る武器の名前だ。


そしてやはりあったカリバさん。被ると予想して書かなかった俺の推理力よ。


「このマスターソードというのは素晴らしい響きですわね」


そりゃ時の剣ですから。ハイラルの盾とセットでどうぞ。


「で、紫子のはどんな感じよ?」


ゆかりんも結構な数を書いて…………ゑ?


「スーパー……マロン?」


日本語を確かめるように、シェリーたんが一つを読んだ。


スーパーマロン。


ホイップスター。


いちごマーチ。


スプラッシュキュート。


ドリームプリ……ダメだ、これ以上はとても読めたもんじゃない。


「えへへ……ちょっと恥ずかしいね」


恥ずかしいのはこっちだ。何だ、この読んでるだけでうなじの辺りがむず痒くなるような名前のオンパレードは。


まさかこんなところに思わぬ伏兵がいたとは心底驚きだお。

 

「てぃ、ティンクルバナナって……さ、流石にそれは無……くひひひ……」


どうやらカレーパンがツボったらしい。卓袱台に突っ伏して肩を震わせている。


無理もない、俺だって油断したら今にも吹き出してしまいそうだ。


「に、日本語というのはまこと不思議なものですわね……」


シェリーたんは苦笑い。残念ながらゆかりんの感性は共感し難いもののようですな。


「そんなに変かなぁ……」


自分のノートを見つめ直し、ゆかりんはがっかりした風に肩を落とす。


「ねぇ、不洞さんは……どう思う?」


と、捨てられた子犬のような目でゆかりんが俺に話を振ってきた。


こんなにコメントし辛い質問は生れて初めてだ。正直なところ俺も笑いを隠すのに必死だが、ここでゆかりんを傷つける訳にはいかない。


紳士の底力を見せてやろうじゃないか。


「ゆかりん、今日から君の名前はキュアエスパーだ」


「き、キュアエスパー!?」


是非とも日曜日の朝は子供や大友たちの為に頑張ってくれたまえ。ファンシー脳な君にはピッタリの仕事だ。


武器はティンクルバナナ。必殺技はスプラッシュキュート。これで決まりだな。


色んな意味で録画が欠かせない。


「まぁ冗談は置いといて、可愛らしい名前ってのも私はアリだと思うよ。ただ、ゆかりんのはちょっと可愛すぎかもしれないけどね」


何事も過ぎたるは及ばざるが如し。そう言ってあげると、ゆかりんは少し安心したような笑みを浮かべた。


嘘もたまには人を救うのデス。

 

次はシェリーたんのネーミングだ。ノートには幾つか達筆な筆記体の英語が書かれていて、その隣にしっかりした字体で日本語の読みが振ってある。


さすがシェリーたん、たかが構想でも妥協を許さない丁寧さだ。


「アスカロン、デュランダル、アロンダイト、レーヴァティン等は有名どころですわね。アルマッスも知名度は低いですが神話としての格は高いかと。アイギスやイージスというのは盾の名ですが、守護騎士という意味では意外にしっくりくるかと思いましたの」


ほぉ~、と完璧に理解出来ないまま話を聞くだけの俺達。


しかし凄いな。神話の武器名検索といえば厨二病患者なら誰もが通る道だが、シェリーたんはマニアや厨二精神ではなく普通の知識として記憶している。


きっとネットには載ってないようなマイナーな物についてもよく知っているんだろう。


「わたくしのはこんな感じですわね。それで、不洞さんのはどのように?」


「え?私?」


みんなが期待を込めた目でノートを覗いてくる。


やだなぁ、そんなに期待する程のもんでもないよ。剣じゃないのも混じってるし、しかも適当にぱっと書いただけだし。


ま、とりあえずこんな感じだ。








アルテマウェポン、エターナルソード、天羽々斬、バルディッシュ=ザンバー、スピリット・オブ・ソード、毘沙門剣、ディムロス、ソウルキャリバー、七天七刀、鉄砕牙、ゴルディオンハンマー、ハマノツルギ、ブーステッド・ギア、ロストヴェイン、デルフリンガー、心渡、ギー太、贄殿遮那、エスカリボルグ、ジアース、ミストルティン先生、玖吼理、シェルブリット、白楼剣、IS、靖王伝家、グレイソード、アーバレスト、ドラゴン殺し、股宗、テン・コマンドメンツ、ハーディス、ちゅんちゅん丸、天鎖斬月、ガチモーニングスター、アーチ、閻魔刀、リベリオン、ハイパーベロシティ、スタープラチナ、ヤマト、三千大千世界無双刀、etc...








久しぶりに良い汗をかいた。そんな気がした。








「凄っ……なにこれ、全部魔剣の部類!?」


驚いたかカレーパン。これが只のゲーマーとニート予備軍との差だ。超えられない壁がそこにはあるのだよ。


「聞いたことのない名前ですわね。どれも強そうなものばかりですわ」


そりゃ最強クラスの武器ばかり揃えましたから。一部を除き。


特に俺のおすすめはエスカリボルグ。どれだけスプラッタに虐殺しても「それが愛なら仕方ない」という理屈で済ませられる社会的な意味でのチート武器だ。


ちゃんと呪文で生き返るかは知らんがそこは自己責任で。


「これだけあると目移りしちゃうね」


と、ゆかりんは歴戦の武器たちに興味津々のご様子。しかし彼女の注目がジアースに向けられていることに俺は陰ながら戦慄する。


早まるな。それ使ったら死ぬぞ。


「さて、こんだけあったら充分でしょ。シェリーたんの気に入るやつはあった?」


「そうですわね……正直、少し困惑していますわ。わたくしの知らない武装がこれほど世界に溢れていたなんて」


本当は全部日本に集中してるんだけどな。


「……駄目ですわ、これだけ数があると決め兼ねます。不洞さん、幾つか良いものを見繕ってくださいまし」


「そうだね……じゃあ、これとこれとこれなんかが良さそうかな」


俺は剣の名前として無難なものを三つほど選んであげる。


同じようにゆかりん達も自分のリストから三つずつ候補を出し、計十二の中から一つ採用する運びとなった。

 

手の平サイズの紙を十二枚用意し、一枚一枚に名前を書いていく。


中身が見えないように何度か折り畳んで、それらを卓袱台の上に並べた。


うん、見るからにくじ引き形式だ。大事なことなのに、こんないい加減な方法で決めて良いのか不安です。


そう聞いてみると、


「これらは皆さんが一所懸命考えてくださった名前でしょう?ならばたとえどれになろうとも、きっと素晴らしい剣になりますわ」


本当にこのお嬢様は人を信じて疑わないな。もっと良い名前を考えておけばよかった、なんて後悔してしまいそうになる。


それから紙をランダムに掻き混ぜ、完全に中身が分からなくなった状態でシェリーたんが中から一枚を選ぶことに。


「いいのシェリー?後で後悔しても知らないわよ?」


「無論ですわ。わたくしとて騎士の端くれ、一度引き当てたものを後で変更するなどという軟弱なことは断じて致しません」


ウホッ、こやつ漢だわ。俺が女だったら濡れて……いや今は本当に女なのか。いかんいかん、洒落にならねぇ。


股間が湿り気を帯びていないことを確認し、俺はシェリーたんのベストチョイスを刮目して待つ。


「……これに決めます!」


悩むこと数分。何かビビッと感じたらしく、端にある一枚をシェリーたんは意気揚々と掴み取った。


「あとはここに記されている名を剣の霊格に刻むだけ……しかし存外、緊張するものですわね」


不敵に笑い、同時に一筋の汗を流しながら、ゆっくりと紙を開くシェリーたん。


全員が息を呑む。


果たして、そこに書かれていた名前は――――、








『スプラッシュキュート』








霊剣オワタ。



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