第9話 生死を分けるのは胸部装甲の厚み
「……だ……じょう……」
うぅん…………何か聞こえる。
「ふ……さん、だい……」
エコーが掛かったような、ぼんやりとした声が何度も耳に入ってくる。
「しっか……して、ふど……」
声は次第に鮮明さを帯びていく。それに連動してか、真っ暗な世界が少しずつ明るくなってきた。
「聞こ……る?目を覚ま……」
あぁ、なんだか安心する声だ。痛んだ心と体にとても心地好く響いてくれる。
だが癒される俺とは逆に、声の方にはだんだんと焦燥のような調子が混じってきた。
「お願い……目を開けて不洞さん!」
この声……ゆかりん?
大変だ、ゆかりんが心配していらっしゃる。
心配?何を?
あ、俺ですか?
と自意識過剰な思考でハァハァしているうちに、曖昧だった俺の意識がようやくハッキリしてきた。
重いまぶたを開く。僅かな隙間から俺の視界に飛び込んできたのは、今にも泣きそうなゆかりんの顔。
「不洞さん!不洞さん!!」
おいおい、可愛い顔が台無しじゃないか。
ここは一発、俺の言葉で安心させてやらないとな。
「ニートは滅びぬ……何度でも甦るさ……」
「不洞さん!?良かった!」
「ふごぉっ!?」
ぎゅっ!と、不意に何かが俺の頭部を圧迫し出した。
ゆかりんに抱きしめられたのだと気付いた時には、俺の顔面は既に聖女の谷間の中。
おぱっ、おぱぱっ、オパーイオブザユカリンもにゅもにゅハァークンカクンカぺろぺろハスハスくぁwせdrftgyふじこlp!?
不洞新斗、桃源郷にて快楽死。
いやこれマジで心停止しそうだよ。心地好すぎてヘブンに逝ったとしても不思議じゃない。
この感触は一生忘れずにいよう。
「大丈夫?怪我は無い?」
嗚呼、桃源郷が離れていく。こんなに何かを名残惜しいと思ったのは生まれて初めてだ。
感触を記録できる機械とかあればいいのに。
しかし今はゆかりんの手前、不審がられないようにしなければ。
「体中が痛むけど……怪我とかはあまり無いみたい」
実際、俺の体に目立った傷は見られなかった。あんな爆発に巻き込まれていながら、この頑丈さには今更ながら呆れるしかない。
「っていうか、ここは?」
「工場の敷地の隅っこだよ。不洞さん、こんな遠くまで飛ばされたんだね」
ゆかりんが指差した先、“さっきまで俺達が戦っていた場所”が遠くに見えた。
そう、あくまで“場所”。建物の屋根で戦っていた筈なのに、その建物自体が綺麗さっぱり無くなっているのだ。
代わりに出来上がったのは巨大なクレーター。半球状に抉られた傷跡が、爆発の激しさを生々しく物語っている。
爆撃機のミサイルでもこうはならんぞ。
「そういえば、他の皆は……」
ゆかりん以外に誰も見当たらない。まさか爆発に巻き込まれたのだろうか?
ちょっ……だとしたら一大事じゃねぇか!
誰か生き残っている奴はいないか。急いで周囲を見渡していると、
「ふん、やっと起きたのね!あんなので気絶するとか脆すぎるんじゃないの?だっさ」
爆発を起こした張本人が、俺達の方に向かってきていた。
……コバヤシにお姫様だっこをされた状態で。
エイミーの方も怪我こそ無いようだが、体中が煤だらけで服もボロボロ。はっきり言って俺と大差無い状態だ。
痩せ我慢お疲れ様です。
「その様子だとそっちも気絶してたんだね。だったらお互い様じゃない?」
ゆかりんの手前、素が出ないよう口調に気を付つつ俺は切り返す。
「はっ、何を言うかと思えば。あんたみたいな虚弱体質と一緒にしないでよね。あれしきの爆発で気絶するなんて――」
「お察しの通り、リーダーも今さっき目を覚ましたばかりだよ」
「ちょっ!?あ、あんたは黙ってなさいよコバヤシ!」
「おまけに動けないときたもんだから、我輩がこうして足代わりになっているという訳さ」
「うるさいうるさい!黙れ!今すぐ黙れ!リーダー命令!」
「ちなみに目覚めの第一声は“はにゃあ?お星さまが綺麗でとってもフランクフルト♪”だったがね。いやぁ、あれには流石に笑った」
「え゙ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
うっわ、そんなに面白いことになってたのかよ。最高画質で録画しといて欲しかったわ。
まるで楽しみにしていた深夜アニメを見逃したような気分だ。
「と、とにかく!私はあんたよりも目覚めるのが1分は早かったわ!こりゃもう勝ったも同然でしょ!」
そう言い放ちながらビシッと人差し指を向けてくるエイミー。コバヤシに抱かれたまま言われても全然説得力が無い。
「痛っ……まぁそっちがが満足するなら私はそれで良いけど」
ズキズキする体を摩りながら、ゆかりんの肩を借りて俺は立ち上がった。
別に勝ちだろうが負けだろうがどうでもいい。生き残れただけで俺はもう満足だ。
だが、俺はそこで重大なミスを犯してしまった。
ゆかりんの肩を借りたとはいえ、俺は“立って”しまったのだ。
口元に苦笑いを浮かべるコバヤシ。その腕の中では、口をあんぐりと開けたまま俺を見ているエイミー。
「あ……あ、あんた……」
「……?」
エイミーが口をパクパクさせ、そして次第に悔しそうな表情へと変わっていく。
「ははは、これではリーダーの勝ちという訳にはいかないねぇ」
面白がっているコバヤシの声。そこで俺もようやく気付いた。
俺もエイミーも巻き込まれたのは同じ爆発。二人とも爆心地に居た故、体に受けたダメージも同じはず。
そして吹っ飛ばされた俺達は二人揃って気絶し、先に目を覚ましたのはエイミー。それこそがエイミーの優位性となっていた。
だがエイミーはダメージのせいで動くことが出来ず、今こうしてコバヤシに抱っこされている。
対する俺は目覚めこそエイミーより遅かったものの、同じダメージを受けながら立ち上がることが出来た。
つまり耐久力に関しては“俺>エイミー”という式が成り立ってしまう。
「降ろしてコバヤシ!私だって……!」
言われるままにコバヤシはエイミーを降ろして隣に立たせる。
が、肩を貸した状態でもエイミーの足は内股でブルブル奮え、今にも倒れてしまいそうな状態だ。
何あれ、生まれたての小鹿?
「ふ……ふふん、どうよ!」
「つーん」
「きゃあ!?」
コバヤシがエイミーから離れ、その腕をちょんと突く。それだけでエイミーはバランスを失い、面白いように地面へ崩れ落ちた。
コバヤシ、あんた良い性格してるよ。
「な、何すんのよ!」
「いけないなリーダー、自分の負けているところは素直に認めないと」
「ぐぬぬ……」
哀れエイミー。まさかリアルで“ぐぬぬ”をやる奴がいるとは思わなかったけどさ。
実に悔しそうに歯噛みしながら、エイミーは俺の方に向き直った。
「き、今日のところは引き分けってことにしておいてあげるわ!」
「いや、だから私の負けでいいってば」
「次はけちょんけちょんにしてやるんだからね!覚悟しておきなさい!」
「その“次”を私は望んでないんだけど」
俺の意志はガン無視の方向で、エイミーは言うだけ言った後またコバヤシに抱き抱えられる。
「ではな、不洞君。君達の闘いが終わった以上、我輩らが今日ここにいる理由はもう無い。また次に会える時を楽しみにしているよ」
何度言えば分かるんだこいつら。次なんて要らねぇんだよ。これで最後にしてくれよ。
そう突っ込む前にコバヤシは高く跳び、建物の屋根と屋根を伝いながら去っていった。
前もそうだったけど、あの帰り方気に入ってんのかな?
「まぁ、とりあえず一安心か……」
「あはは……お疲れ様、不洞さん」
嗚呼ゆかりん、君のその笑顔を見るだけで俺の疲れも吹っ飛……いや、流石に今回は無理ッス。
今日は頗る疲れたよ。
「……って、呑気に安心してる場合じゃなかった!皆は!?」
「大丈夫よー。お友達はちゃ~んと別の場所に積んでおいたから♪」
「うぉいッ!?」
不意に耳元で囁かれる声。俺とゆかりんが慌てて後ろを振り向くと、レオタードボインなお姉さんがにっこりと微笑んでいた。
確か名前は……エリカとかいったっけ。
ゆかりんが少しだけ険しい顔付きになった。だがエリカさんからは敵意のようなものが全く感じられず、俺はそっとゆかりんを手で制する。
「あら、理解のある子はお姉さん大好きよ」
「さっきコバヤシって人が言ってたから。もう戦う理由は無いんでしょ?」
「ええ。エイミーちゃんも今日は満足したみだいだもの」
いや……満足したようには見えなかったけどな。むしろ不機嫌っていうか怒ってたような気がする。それにめっちゃ再戦する気満々だったし。
「あんなに楽しそうなエイミーちゃんは久しぶりに見たわぁ。また仲良く遊んであげてね♪」
あれのどこが仲良く楽しそうだと?眼科か脳外科に行ってこい。
良い医者紹介するでよ。人間性は生ゴミだけど。
「エリカ。そろそろ私達も」
と、何処から現れたのかチョココロネ氏。
「うーん、もうちょっとお話したかったんだけどなぁ……仕方ないわねー。行きましょうかコロネちゃん。あ、ちなみにお友達はみんなあっちの方でお寝んねしてるわよ。それじゃ、アデュ~♪」
重力を無視したような軽やかなステップで、エリカさんはコバヤシの通った道(?)を追い掛けていった。
去り際に見せた妖艶なレオタードの食い込みを僕は一生忘れない。
「…………」
それに続こうとするチョココロネ。しかし俺の前で立ち止まり、無表情だった顔に僅かな笑みを浮かべてくる。
「貴女を倒すのは私。それまで他の誰にも負けちゃ駄目。リーダーにもコバヤシにも。負けたら許さないから」
それだけ言い残して、金髪クロワッサン娘も去っていった。
チョココロネ……その台詞は典型的な噛ませ犬フラグだぞ。
敵四人がようやく消え、俺達は改めて安堵の溜め息をついた。
皆の安否も分かったし。
「そういえば、ゆかりんは無事だったんだね」
前回は全滅だったもんな。
「ううん、私は運が良かっただけ。それにコバヤシさんはなんだか手加減してたみたいだから」
自虐的に笑うゆかりん。心なしか、どこか悔しさを堪えているようにも見えた。
まぁ、どんな戦いだったのか想像はつくよ。
「ねぇ不洞さん……どうやったらそんなに強くなれるの?」
以前にも聞かれた質問。だが、今回ばかりは言葉の重みが違う。
困ったな……前みたいにふざけられる雰囲気じゃない。
かといって、本当のことを話すのも駄目だ。黒若との契約を破ることになる。
「ごめん、私の強さは他人にどうこう説明できるものじゃないんだ。それに説明出来たとしても同じように強くはなれないよ」
何の苦労もしないで強くなったから、俺の強さは他人に誇れるもんじゃない。たまたま……それこそ運が良かっただけの話だ。
一度死にかけて、脳移植で超人になるとか普通じゃ考えられないだろうし。
ゆかりんは少し残念そうに、それでいて「やっぱり」といった風に笑っていた。
「ごめんね、変なこと聞いて」
「いや、気にしてないから大丈夫。それより私達も早く皆の所に行こう」
「うん」
まぁ……これで良かったのかな?期待に応えられず申し訳ない。
とりあえず頑張れ、ゆかりん。
これから俺も色々と頑張るから。
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