第5話 ブリブリブリーフィング

6月13日、午前7時ジャスト。


頭まで被った布団越しに、何やら鬱陶しい声が聞こえてきた。


「こら新斗、いつまで寝てんの!早く起きて支度しなさい!今日は大事なテストなんでしょ!」


いつもは起こしに来ない母さんが、今日に限って気合いの入った目覚ましを俺にぶつけてくる。


「う~ん……今日は頭痛と腹痛とアルツハイマーが併発してるから……故に休む」


「馬鹿言ってないでさっさと起きろやアホ息子!もといアホ娘!」


がばっ!と勢い良く布団を引きはがされる俺。


いやん。


「ほら、さっさと着替える!シャキッとしなさいシャキッと!」


母さんの手にはブレザーとスカート。


いや別にだらけてる訳じゃないんだよ。行けば命に関わるから休むんだよ。


まさに今あんたは息子をリアル戦場に投げ込もうとしてるんだよ。分かる?


という旨を伝えたのだが、オカンは「はんっ、そんなことあるワケないでしょ。馬鹿なの?死ぬの?っていうか先輩早く2万円返してくださいよ」的な呆れ顔を浮かべやがった。


くっそ、なんかムカつく。ミサワ顔だから更にムカつく。


「引き込もるんなら小遣い無しにするわよ?」


「何を言っても無駄だ母さん。小遣いと命なんて天秤にかけるまでもない。たとえ二次元行きの切符を引き合いに出されたとしても俺は学校を休む。登校してほしかったらマリカのスター (永続式)でも持ってこい」


「まだそんなこと言ってんの、アンタは……」

 

結局それらしい言い訳も思い付かないまま迎えた今日つまり決戦の日。


とにかく俺は断固引きこもることに決めた。たとえ何と言われようが引きこもり続ける所存だ。


大事なのは続ける根性。勉強然り、スポーツ然り、引きこもり然り。


継続は力でございます。


「学校をズル休みするようなニートは晩ご飯抜きよ?」


「外で食べれば無問題だし」


「じゃあその分の食費は誰に出してもらうつもり?」


「俺の貯金スキルを舐めるなよ。晩飯程度の出費など痛くも痒くもないわ」


「そんだけ元気なら学校行けよ、この引きこもりが」


蔑むような目線も今は苦にならない。


なぜなら、今回ばかりは俺の行動の方が正しいからだ。


間違っているのは息子の言うことを信じないこの母親。そんな輩に俺を動かせるものか。


「敢えてもう一度言おう。俺は今日……学校を休む!」






「そうだよお母さん。にーちゃん今日は学校を休んで私とねっとりぬっちょりする予定なの。だから邪魔しないで」






……もうなんかね、はい。


ベッドで横になってる俺の隣で、いつの間にか地球外生命体が添い寝していやがるんですが。しかもやたら鼻息が荒いし。


「…………いつから居た?」


「にーちゃんが目を覚ます30分くらい前からかな?」


「ちょっ、おまっ、何もしてないだろうな!?」


気配消すの上手すぎだろ。


「う、ううん、えっちな事は何もしてないよ?何も。初めてはやっぱり同意の上じゃないと」


そういう問題じゃねぇんだよ。


っていうか姉ちゃんの挙動が明らかに変わったな。露骨に怪しいぞ。


「本当に何もしてないんだろうな?」


「うぅ……そのね、えっちな事はしてないんだけど、実は……」


「実は?」


「にーちゃんの髪を舐めていた」


「変態だァ――――――――――――――――――――ッ!!」


マジで変態だった。いや最初から変態だったけど。

 

せめて匂うだけにするとかさ、もっと常識の範囲内に収めようよ。


うわっ……本当に髪の毛にヨダレが付着してやがる。ばっちぃ。


「そんなワケで、今日は一日中ずっとにーちゃんとベッドインしてるから。お母さんは早く海外旅行にでも行ってきて。三週間くらい」


「勝手に決めんなファッキンシスター。誰が貴様なんぞとイチャイチャするか。寝言は永眠してから言え」


「え?」


え?じゃねぇよ。俺の方から誘ったのに的な表情浮かべんな。


「でも学校休むんでしょ?」


「理由が違うんだよ、理由が」


「そんな釣れないこと言わないでよぉ……ね?」


そう囁きながら俺の体に脚を絡めてくるクソ姉貴。全く以って気色が悪い。


しかしこのままでは危険だ。学校は休みたいところだが、家に居ると姉ちゃんに襲われかねない。っていうか現在進行形で襲われてる。


くっ……どうすれば……。


「ふぅっ」


「――ッ!?」


その時、俺の全身に強烈な悪寒が走った。


耳の中に吐息を吹き込まれたらしい。


駄目だ、迷っている暇が無い。1秒でも早くこの家から脱出しなければ。


「学校行ってきます!!」


「あいよ」


全力でダッシュ。母さんと擦れ違った瞬間、何故か俺の衣服はパジャマから制服へと着替えさせられていた。しかも手には鞄まで。


そして母さんの手には、俺が今さっきまで着ていたパジャマが。


早業すぎワロタ。


「……って感心してる場合じゃねぇ!」


そのまま玄関の扉を開け放ち、俺は我が家という名の冥界から脱出することに成功する。

 

しかしやられたな、つい反射的に家から飛び出してしまった。こんなことでは引きこもりの名が廃る。


仕方ない。家は諦めよう。命は惜しいが貞操も大事だ。


こうなったら決闘が終わるまで外で時間を潰すしかない。


学校から母さんに確認の電話がいくかもしれないが、そこは後で何とでもなる。大事なのは生きることなの。


そうだな……やはりここはネカフェに行くべきだろう。家以外の拠点としてネカフェ以上の場所は考えられない。


副案としてはファミレスや喫茶店とかも考えられるが、こんな朝っぱらから開店してる店なんてそうそう見つかりっこないし。


そうと決まれば急げよ急げ。柔らかいソファとこの世の神器PCが俺を待っ……、


「あれ?不洞さん?」


走り出そうとした俺の背後から聞こえてきたのは、とても聞き覚えのある超癒し系ボイス。


嗚呼、なんと麗しい声色だろう。でも今だけは一番聞きたくなかった。


ここで後ろを振り向く訳にはいかんのよ。


「……ヒトチガイデス」


「えぇッ!?でもその綺麗な髪とか可愛い声とか、どう考えても不洞さんじゃ……」


「ヨノナカニハ、ヨクニタヒトガサンニンイルノデス。カミノケ、コエ、カオモソックリソックリヨ」


「うちの学園の制服を着てる生徒に不洞さん似の子はいないと思うよ……本人以外は」


うぬぅ、流石に誤魔化しきれんか。

 

普通の奴が相手なら無視して逃げ出すところだが、彼女を相手に無視なんて酷い真似は出来ない。


命も大事だし貞操も大事。でも同じくらい、美少女という存在は大事なのだから。


他に有用な策も思い付かず、俺は観念して後ろを振り返った。


「おはよう、ゆかりん。私の正体をこうも簡単に見抜くとは、流石はエスパーといったところかな?」


「え?いや、別に超能力は使ってないけど……」


可愛らしく首を傾げる少女の名はゆかりんこと姫野紫子さん。


ネトゲ三徹の疲労が溜まっていたとしても、そのキュートな顔を見ているだけで疲れなんて軽く吹き飛んでしまうだろう。


こんな朝から出会えたのは最高に幸運だ。


しかし今日だけは、とてつもなく不幸だ。


見つかったら学校に行かざるを得ないジャマイカ!


しかし考えてみれば今ここで逃げたとしても……ゆかりんに目撃されている以上、俺が決闘から逃げ出したことがクラスの皆にバレてしまう。病欠等の言い訳も通用しない。


嗚呼オワタ。


というか、そもそもなんでこんな時間にゆかりんがここに居るんだ?しかも制服姿で。


時刻はまだ7時を過ぎたばかり。よほど通学に時間が掛かるとかでもない限り、普通ならまだ家で準備でもしている時間だ。


「ねぇ、ゆかりんの家ってここから遠いの?」


「ううん、すぐ近くだよ。向こうにある本屋さんの隣なの」


ちょっ、めちゃくちゃ近くじゃねぇか。俺んちから5分も離れとらんぞ。なんで今までこんな美少女が居ることに気付かなかったし俺。


「まさかご近所さんだったとは」


「うん、私もびっくり。不洞さんの家ってこんな所にあったんだね」


あれ?でも近所ってことは学校も近いよな。何故こんな早くから登校してるんだろう。


まさかゆかりんも俺と同じように貞操の危機だったとか?


…………無ぇな、うん。

 

「しかしゆかりんは朝早いんだね。私は今日たまたまだけど」


話題提起のフリでさりげなく聞いてみる。


「いつもはこんなに早くないよ。でも昨夜は緊張して眠れなくて……普段よりずっと早く起きちゃったの」


睡魔仕事しろ。


こんな美少女を寝不足にするとか万死に値するだろ常考。そして俺も見つかることなく済んだのに。


「ちょっと眠いけど仕方ないよね。それじゃあ行こっか」


突然ゆかりんが歩き始める。


「うぇ?どこに?」


「どこに、って……学校だよ?」


はぁ……やっぱり避けられんか。今なら某上条さんの不幸さが少しは分かる気がする。


ゆかりんと一緒に登校。普段なら飛び上がってピギャるくらいのシチュエーションが、まさかこれほど憂鬱なものになろうとは。


下半身版大リーガー養成ギプスを着用したような重い足取りで、俺はゆかりんの隣を歩く。


「ふふっ。こうして不洞さんと一緒に登校するのも、なんだか新鮮で楽しいかも」


「そうだね、プロテインだね」


「え?」


おっといけない、テンション下がり過ぎてつい意味不明な言葉が出てしまった。


「てへっ♪」


「?……変な不洞さん」


適当な愛想笑いで誤魔化せたのは流石俺といったところです。

 

「そういえば、今日はポニーテールにしてないんだね。ストレートも似合っててすごく可愛い。長くて綺麗な髪って羨ましいなぁ……」


言われて、髪型を整えていないことに気付く。さっきはそんな暇も無かったからな。

 

「今日はワケあってポニテにする暇が無かったんだ」


確かに俺的にはストレートヘアも好みだ。特に黒髪ぱっつんのロングお姫様カットは他の追随を許さない魅力を誇ると思う。ちなみにぱっつんなら金髪銀髪でも可。


でもやっぱり風が吹いたら邪魔になるな。髪が顔面に直撃したら前も見えん。


まぁ急いでたからリボンも家に忘れたままだし、少し鬱陶しいが今日はこのままにしておくしかないだろう。


なんて軽く諦めていると、


「あ、なら私の髪留め使ってみない?」


そう言ってゆかりんが鞄の中から取り出したのは、ピンク色をした実に可愛らしいリボン。ファンシーショップとかに売っていそうなデザインだ。


正直、元男の俺としては若干の抵抗があったり無かったり。


「ゆかりんも髪結ぶんだ?」


「長かった頃は結んだりもしてたんだけど、今は結べるほど長くないから……ちょっとした記念に持ち歩いてるの。ほら、今みたいな時にも役に立つよ。ね?」


天使のような笑みに吐血しそうになった俺は、抗えずに首を縦に振る。


それに気分を良くしたのか、ゆかりんは俺の背後に回ると楽しそうに俺の髪を弄り始めた。


「うっわぁ、手触りも素敵!不洞さんってなんで体中がこんなに綺麗なの?毎日お手入れとか大変じゃない?」


「いや、特には……」


ボサボサなオカンと同じシャンプーを使ってますが何か?


「はぁ……すごいサラサラ……こんな感触初めて。まるで夢でも見てるみたい」


ところがどっこい、夢じゃありません!現実です!


これが現実……ッ!

 

アホなことを考えているうちに、ゆかりんはあっさりとポニテを完成させてしまった。


今まで女の子に髪型を弄ってもらうという経験が無かったため(勿論母さんはノーカン)、なんだかこそばゆい感覚がしました。


「不洞さんが昨日してた結び方をちょっと私なりにアレンジして、髪がふわってなる感じにしてみたの。どう?」


ゆかりんが手鏡を見せてくれる。正体を隠す為にも、こういう化粧道具はそのうち鞄に入れておかないとな。


それにしても見事な仕上がりだ。髪がただ結び目から垂れ下がるのではなく、なんというか全体的にふんわりしている。もふもふって表現した方が合っているかもしれない。


まるでアニメのようなポニーテール。俺の後頭部だけ重力が仕事をサボってやがる。


「良いセンスだ」


「本当?嬉しいな♪」


ゆかりんが嬉しそうで何よりです。


「ねぇ、今度からゆかりんに頼んでも良いかな?この髪型すごい気に入ったんだけど」


これは本音だ。別に女の子らしくなりたいんじゃなくて、本当に髪型が好みだというだけ。


例えばオタクがゲームで操作キャラを作る時、可愛い女の子になるようデザインする人が割とたくさん居る。これは美少女フィギュアやポスター等のグッズを自室にコレクションし、身の回りを美しくするのと同じような心理だろう。


俺のこれも同じこと。あくまで髪型の可愛さを追求しただけであって、断じて心まで女になったワケじゃない。


「私でよかったら毎日セットしてあげる。それに不洞さんの髪って、触ってるだけでとっても気持ち良いし」


二つ返事でゆかりんは頷いてくれた。


ウホッ、いい笑顔。






そんなやり取りをしながら俺たちは並んで歩き続け、10分もする頃には学園に辿り着いた。


校門をくぐれば最後、アーナト・ファミリーとの決闘に参加させられてしまう。


うわぁ、マジで入りたくない。ハッテン場と同じくらい入りたくな……いや、やっぱりハッテン場の方がレベルが高いです。

 

しかし今日ばかりはこの校門も地獄へのゲートに見えるから不思議だ。引きずり込まれ体の一部を持っていかれそうで怖い。


「どうしたの?早く行こう」


立ちすくむ俺の手を握るゆかりん。一瞬にやけたせいもあってか、俺は釣られて一歩を踏み入れてしまった。


畜生、もう覚悟を決めるしかないらしい……。


「はぁ……」


まだ誰も居ない校舎の中を歩き、教室に着いた俺は席に座るや否や机に上半身を預けた。


むにゅっ、と胸に妙な感触。俺の柔らかグランドキャニオンが机と体の狭間でその存在を主張していらっしゃる。


ふむ。やはり胸がデカいと邪魔で仕方ないな。超筋力のおかげで肩は凝らないが、空間的な問題も少なくない。


「な……何を食べたらそんなに大きくなるの?」


と、なにやら真剣な様子でゆかりんが尋ねてきた。そんなに羨ましがられても困るよ割と。


まぁそれっぽいことをテキトーに教えてあげよう。


「ゴーヤチャンプルー。これに限る」


「ご、ゴーヤ?そんな効果聞いたことないけど……今度試してみようかな」


やめとけ、苦い味がするだけだぞ。俺は大好きだけど。


世間一般でもあまりゴーヤは好かれていない。なんで誰もあの苦みの良さが理解できんのかね?


とまぁゴーヤ云々は置いといて、時計を見ると7時半くらい。正直めっさ早い。暇だ。


教室の中にも、俺とゆかりん以外には一人も生徒が居ない。他の奴らが登校してくるまでもう少し時間が掛かるだろう。


気まずいなぁ……通学の時はまだ大丈夫だったけど、こうして話せる時間が沢山あると逆に話題に困る。


少し前までニート系浪人生だった俺がいきなり二歳下の美少女JKと二人っきり。ちょっとハードル高すぎではなかろうか?


転校三日目にして難易度高ぇイベントだなオイ。何事にも順序ってもんがあるだろうよ。


俺の中のイメージでは、女の子の会話はスウィーティなものがメインな気がする。例えば近所のクレープ屋とかケーキバイキングとか、いかにも普通の男には縁の無さそうなジャンルだ。


勿論そんなジャンルに俺が精通している筈もなく、せいぜい牛丼屋についての論議が関の山。


というワケで女の子チックな話題は自己却下。他に大丈夫そうな話題といえば学生生活関連だな。


そうだ!俺は転校してきたばかりだし、超人の業界についても黒若から聞いた僅かな情報しか知らない。今のうちに色々と聞いておいた方が良いかもしれん。


そうと決まればゆかりんにレッツアタック。


「ねぇゆかりん、ちょいと聞きたいことが――」






でもって30分後。


俺達以外の奴らも段々と揃い始め、俺の緊張も解れていた。


さて、ゆかりんに聞いたのは至極単純なこと。


『クラス総出で敵わないような敵が相手なら、上級生も呼んで大人数でフルボッコにすれば良いんじゃね?』


要するに数の暴力ですよ。


戦力は数。これ基本。


それに上級生である3年生なら俺達2年生より強い筈だし、戦闘もぐっと楽になる……というのが俺の考え。


……だったのだが、ゆかりんの話によれば今は3年生全員が“この世界”には居ないらしい。

 

3年生になると、異世界への研修合宿という行事が数回あるという。


その期間は2ヶ月間。そして次の1ヶ月間は学園に戻ってきて、また次の2ヶ月間はゴートゥ異世界。以降繰り返し。


考えるだけで鬱になりそうなスケジュールだ。1年に何ヶ月もPC使えないとか気が狂ってもおかしくないぞ。俺なら2週間で発狂する自信がある。


とにかくこんな具合で、3年生の連中は不在。助っ人を頼むに頼めない状況だ。


同じ2年生に頼もうとも考えたが、他のクラスにもそれぞれ別に割り当てられた悪人が存在するらしく、たとえ戦う日が重ならなくとも協力してもらうのは難しい。


そして1年生はなんとなく戦力になりそうにない。


結局俺達だけで戦わないといけないのか。もぉ本当シット。


「あ~萎えるわぁ……」


そんな風に溜め息を零していると、


「決戦の日だというのに、随分と覇気の無い顔をしてらっしゃいますのね。そんなことでは勝てる戦いも勝てなくなってしまいますわよ」


今さっき登校してきたシェリーたんが、俺の様子を見てそう言った。


こう言っちゃ悪いがシェリーたんよ、そもそも勝てる見込みはあるのか?実際に戦った俺の感覚だと、幼女チョココロネの方がお主よりずっと強かったぞい。


怒らせたくないから言わんけど。


「流石シェリーたん、自信たっぷりな様子だね。堂々としててかっこいいな」


「その“たん”というのは一体何なんですの?……まぁそれは良いとして、わたくしはこのクラスを預かる委員長です。常に毅然としていなければ委員長は務まりませんわ」


その意気や良し。だが本当にそれだけで勝てるような敵じゃないと思う。


シェリーたんは学年でトップクラスの実力らしいから、おそらくはクラスの主力なのだろう。


そんなシェリーたんを軽く凌駕する化け物が4人も相手。正直勝てる気がしない。


まぁこれは他の3人がチョココロネと同等以上の力を持っていれば、の話なんだけど。


十中八九、全員がチョココロネぐらいの実力者と見て然るべきだろう。実際このクラスの奴らが全員で掛かってもフルボッコにされてたし。


で、そんな化け物共に狙われてるのは何故か俺。これじゃ戦う気力なんて出てこねぇよ。


本気で鬱になるわ阿呆。






シェリーたんの小言を聞き流しながら時間を潰しているうちに、疎らだったクラスメイトも今は全員揃っていた。


時計の針は8時半を指し、ホームルームの為に田中先生が教室に入ってくる。


「おはようございます。みんな、昨日はよく眠れたかしら?」


ホームルームの議題は言わずもがな、今日の決戦について。


心構えとか激励とか決戦前にはトイレを済ませておくようにとか、そんな感じの注意事項が幾つか。


でも俺の耳には入ってこない。


大事なのは1時間目の作戦会議よ。確か昨日、1時間目の科目を変更して作戦を練るとか言ってたもんな。


戦わなければならない以上、作戦は非常に重要なものになってくる。ただでさえ戦力に差があるのだから、それを作戦で覆そうとするのは当然のことだ。


一番望ましいのは、敵の虚を突いて反撃させずに一気に片付ける……いわゆる電撃作戦のようなもの。実際の戦争でもよく使われ大きな戦果を上げたと聞く。


こっちは理不尽な因縁をつけられてる訳だし、アホな果たし状に応える義務も無い。別にわざわざ真正面から戦わなくても構わんだろう。


決闘?何それ美味しいの?

 

加えて、ここは超人を養成する専門の機関。俺みたいな素人とは違って作戦も高度なものを練ってくれる筈だ。


一体どんな戦法を取るのか……俺の中で期待と不安が入り混じる。


ホームルームの時間もあっという間に終わり、ついに1時間目を知らせるチャイムが鳴った。引き続き田中先生が担当するらしく、教壇に立ったまま皆からの視線をその身に集めている。


周りを見れば、他の奴らも作戦の内容に興味を抱いていそうな顔だった。或いは自分たちで何か案を用意してきたのかもしれない。


作戦“会議”だからな。考えるのは先生だけじゃなくクラス全員で、だ。意見は多い方が良いだろう。


「……コホン」


咳ばらいで、先生は教室内の空気を改めた。


場の緊張が高まる。心なしか俺も心拍数が高くなって……、


「さて、それじゃあ行きましょうか。みんな急いで用意して頂戴ね」


先生はそれだけ告げると、男子に教室から出るよう促し始める。


だが勿論、誰一人として動こうとはしない。俺を含めて全員が状況を飲み込めていなかった。


「せ、先生……どういうことですか?」


手を上げて皆の心境を代弁したのはゆかりん。


「えっと、これは本当についさっきのことなんだけど」


先生も先生で少し気まずそうだ。


「アーナト・ファミリーさんから電話があってね。“今から30分以内に指定した場所に来い”って言われたのよ。時間内に来なかったら悪い事をいっぱいする、って」


しんと静まり返る教室。



うん。



まぁ。



ねぇ。



「「はぁあああああああああああああああああああああッ!?」」


クラス全員の魂が一つになったよ。すっげぇくだらない形で。

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