第2話 おっぱいを揺らす前はしっかり準備運動しましょう
午前の授業が全て終わり、昼食も済ませた俺達はある場所へと向かっていた。
俺達のクラスも含め、二年の生徒全員がぞろぞろと長い廊下を歩いていく。
といっても俺はどこに行くのか分からないため、自然と皆の後に着いて行く形になる。
確か今日の午後の時間割にも“訓練”と書かれていた。
昨日みたいに予告が出たりした時は悪の超人と戦うらしいが、今日は正義の超人として普通の訓練をするのだろうか。
普通の訓練、ってのも変な話だけど。
それにしても、一学年全員が参加するとはまた大層な授業だ。体育館じゃ狭すぎるだろ。
となれば、場所は運動場か。
「どうしたの不洞さん?こっちだよ」
「え?」
廊下の窓から運動場を眺めていると、ゆかりんが声をかけてきた。
ゆかりんに誘導された先は、運動場とは反対側の中庭。
この学年は上空から見れば正五角形を描くように校舎が建てられているらしく、俺達が今居る中庭はその五角形の中心にある。
学園自体の敷地が広大なだけあって中庭もかなり広い。
だが、とても訓練が出来るような場所には見えかった。やたらデカい噴水とかあるし、花壇には色鮮やかな花が大量に植えられてるし。
「はーい、みんな揃いましたね」
群がる生徒達の中心で、何人かの教師が手を鳴らしながら声を上げる。
人数の確認が済むと、
「それじゃ、いくわよ」
田中先生が、噴水の脇にある奇妙なパネルを操作した。
途端、
「うぉっ!?」
素っ頓狂に驚いてしまう。
地面が揺れたかと思えば、中庭全体が段々と地下に向かって沈み始めたのだ。
どんどん中庭ごと地面に沈み込んでいく俺たち。
これもまた超常的な自然現象か、と思ったが違った。これは巨大なエレベーターだ。
周りの断面はしばらく地層が続き、そしてその下からメカニカルな金属の壁が顔を見せる。
まるでSF映画の秘密基地。そんな表現が一番しっくりくる。
そうして降りていくこと数分。
ゴゥウウウン、と重く鈍い音が周囲に広く響き渡り、エレベーターが停止した。
四方八方を金属の壁で覆われた円筒形の空間。その一部が横に大きくスライドして扉が開き、長く広い通路が奥へと続いている。
あんぐりと開いた口が塞がらない。
「はい、それじゃあクラス毎に分かれて教室に入ってくださいね」
最初にA組の連中が進んでいき、枝分かれした通路を曲がって姿を消した。
次に動き出したのは俺たちB組と田中先生。俺は努めて平静を保ちながら皆の後に続く。
変にキョドってたら舐められかねんからな。
意地乙。
A組とは違う分岐を曲がって進み続けると、『第2教室』とプレートが付いた扉の前に辿り着いた。
カードリーダー式のロックが解除され、扉が左右に割れる。
それにしても、よく学園の地下にこんな施設を作ったな。
気を抜いたら漏らしそうなくらい凄まじい科学力だ。シュトロハイムも裸足で逃げ出すわ。
日本の科学は世界一ィイイイイイイイイイイイイッ!!
「不洞さんは初めてよね。凄いわよ、うちの設備は」
先生がにやりと笑う。そんな貴女の顔も素敵です。
なんて考えていた俺の頭が、驚愕で真っ白になった。
扉を抜けた先にあった空間は広大で、サッカースタジアム何個分あるんだよとツッコミたくなる程の広さだった。
が、驚く点はそこだけじゃない。
空があるのだ。地面と壁は今までと同じ金属製だが、天井があるべき部分には清々しいくらいの青空が広がっている。
晴天の下に置かれた巨大な箱、と言えばいいだろうか。
なんで地下なのに空が見えるのか。そんな俺の疑問を察してか、先生が説明の為に口を開いた。
「この空は本物じゃないの。実際はただの天井なんだけど、ホログラムを利用して室内に擬似的な空を再現しているのよ」
だってその方が気持ちよく訓練できるじゃない、と先生はチャーミングにウインクしてきた。
全く以って同感でございます。ウェヒヒヒヒ。
なるほど、この広さと青空があれば単純な戦闘の訓練には困らないだろう。
端から端までめちゃくちゃ遠いし。何あれ?反対側にある扉が豆粒みたいに見えるんですけど。
ほんと、学園の下にこんなものを作るなんて驚きだ。
……いや待て。そもそも地下にこんな規模の空間なんて作っていいのか?
見たところ支えとなるような柱もない。施設の外壁だけで地盤を支えていることになる。
しかも俺達のクラスだけでこの一室が宛がわれている。他にもクラスが沢山あるのだから、使用している空間体積はかなりの規模になるだろう。
天井も高い所にあるし、いつ崩れるかと俺は心配でならない。
よし、いっちょ問いただしてみるか。
「そんな地盤で大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、問題無いわ」
元ネタ知ってんじゃねぇかというくらい阿吽の呼吸で先生が即答。
先生の話によると、特殊な力場を施して強度を格段に上げているらしい。
そのおかげで、超人同士でぶつかり合っても壁や地面などの破損が少なくて済むとか。
結局最後は超常現象ですよ。
「さぁ授業を始めるわよ。まずはランニング2周してから準備体操ね」
「……ホワッツ?」
「あら不洞さん、どうかしたのかしら?」
「いやいやいや、この部屋を2周って。ちょっと長すぎやしませんかね?」
ちょっとどころか相当長い。普通にマラソンの授業じゃねぇか。っていうかそれよりしんどいかもしれん。
「そうね、貴女にしてみれば準備運動の時間さえも無駄かもしれないわ。すぐに訓練に入りたいという意気込みも分かる。でも、こういうことはしっかりやっておかないと、いきなり動いたら体を壊してしまうことだってあるのよ」
俺の疑問はかなり曲解され、逆に変な申し訳無さが込み上げてきた。
何故だ。普通にしんどいって言っただけなのに。
「というわけで不洞さんも行きなさい。ほら、みんなはもう着替えに行ったわよ」
「え?」
いつの間にか全員更衣室の方へ向かっていた。ヨシツネなんかは既に体操服に着替えを済ませてランニングを始めている。
「体操服は更衣室に訓練専用のものが置いてあるから、好きに使ってちょうだい」
「はぁ……」
「ちなみにこのクラスでは、ランニングで最下位になった生徒が上位3人にジュースを奢るという決まりがあるの。急いだ方が良いと思うわよ?」
「ちょっ、それを先に言ってください!」
まずい、完全に出遅れた。
俺は慌てて部屋の隅にある更衣室の扉を開き、
「うおっ、不洞!?」
「なんで女子がこっちに!?」
……間違って男子の方に入ってしまった。
てへぺろ間違えますた、とテキトーに誤魔化しておき、急いで女子更衣室に突入。
「ぶふぉっ!?」
その瞬間、夥しい数のメロン軍団に鼻血を吹いた。中にはレモンもいたが。
畜生、安心できる場所が無ぇ。
「だ、大丈夫ですの!?」
着替えを終えたシェリーたんが俺の様子を覗き込んでくる。
おぉう、そのデカブツを揺らすでない。余計に出血量が増えるだろうが。
さすが西欧人。発育が良いな。
「私なら大丈夫……だから、お主は先に行くでおじゃる」
「……全然大丈夫そうには聞こえませんが、まぁ貴女がそう仰るのならお先に失礼しますわ」
シェリーたんに続き、続々と女子らは着替えを終えて飛び出していく。
最後まで俺を気遣って残ってくれたゆかりんには本当に萌えたが、そんな心優しい彼女にジュース奢りのリスクを負わせるのは忍びないので先に行ってもらった。
にわかに静まり返った更衣室の中で、一人残った俺は鼻血を拭き、至急着替えに取り掛かった。
女子更衣室に一人……というとイヤラシイ考えが浮かんできてしまうが、残念なことにゆっくり堪能してはいられない。
あ、でもなんか良い匂いがする。
並んだ棚のうち空いてる場所を見つけ、俺は置いてあった体操服を手に取った。
半袖の上着はともかく、ブルマという絶滅危惧種に俺は用意してくれた人の意気込みを感じる。
まさか自分が履くことになるとは思いもしなかったけどさ。
……っと、呑気に着替えてる余裕は無いんだった。
脱いだ制服を乱暴に放り込んで、俺も皆の後を追いかけた。
俺がスタートした頃には、皆随分と遠くを走っていた。
速い。速すぎる。オリンピックの短距離走選手が全力疾走するくらいの速さでこの長距離を走ってんだけど。
しかも余裕そうな表情で。流石は超人の集団だ。
そして意外なことに、一見して運動が苦手そうなゆかりんは真ん中くらいの順位で走っていた。これならジュースを奢らなくて済むだろう。
そんな中で、取り分け速いのはネコミミを風に靡かせるヨシツネ。2位との差を大きく開けて、凄まじい速さで突き進んでいく。
まぁ、あいつスタートすんのも早かったけど。
ヨシツネは既に一周目の7割を走り終えたところ。最後尾の女子ですら、半周に近いポイントまで迫っている。
このままではまずい。俺の財布は愛しの嫁たち(二次元)に会う為のものであって、決してネコミミ風情にジュースを献上する為にある訳じゃないのだ。
せめて最下位の奴だけでも追い抜く。そう意気込んで地面を強く蹴ると、
重圧が掛かった地面が少し陥没し、その反作用で俺の体が高速で打ち出された。
「んごぁっ!?」
相対的に発生した風が髪を激しく揺らす。
そして二歩目の為に反対側の足が地面に着いた。
この間、ゼロコンマ数秒。対して進んだ距離は10メートル以上。
突然かつ強烈な加速度に一瞬どうすればいいのか分からなくなる。が、不思議と体はバランスを崩さずに安定していた。
そうか、俺も奴らに負けず劣らずの超人なんだった。ラブレターとか色々ありすぎて忘れてたな。
二歩目を蹴る。
今度は飛距離を5メートル程度に抑え、そして素早く三歩目に移った。
もうランニングっていう次元の走りじゃないと思うが、俺にとっては全力疾走でもない。まだまだ余裕がある。
ほんと、よく黒若はこんな化け物じみた体を作ったよな。
「――――えっ!?」
俺の足音に気付いたのか、最後尾の女子が後ろを振り向いて驚愕に目を見開いた。
あっという間に追い付きましたよ。
出遅れた俺が最下位になるとでも油断していたのだろうか、その女子は必死の形相でペースを上げた。
俺は敢えて抜かさずに、徐々に近付いていく。
軽いペースで走っているつもりだったが、実はこの時点で国道のド真ん中を車と一緒に走れるくらいの速度が出ていたりする。
ウサイン・ボルトもびっくり。そう考えるとこの女子も凄いな。
「はぁっ、はぁっ……!」
何度も何度もこっちを振り向いては、汗を振り撒きながら全力疾走。そりゃ誰だってジュース奢りたくないもんね。
やべぇ、これ楽しいわ。
まぁ俺もそこまでSじゃないので、必死なところ悪いがあっさりと抜かさせていただいた。
その後も次々とクラスメイトを抜き去り、今現在の俺の順位は20位くらい。クラスの3分の1を抜き去ったのだから、もうジュース奢りの心配も無いだろう。
あとはテキトーに完走すれば……、
『はいはーい、いきなりだけど先生からお知らせがあります』
拡声器でも使っているのか、少しノイズが混じった先生の声が遠くから聞こえてきた。
『怒涛の勢いで順位を上げている不洞さんを見習って、ここで新ルールを追加することにしました』
新ルール?もうジュース奢るってだけで良いじゃん。それに俺を見習うとはどういう意味だろうか。
『やっぱりランニングひとつでも気合いは入れないとね。なので、今から不洞さんに抜かれた人は今日の英語の宿題を5ページ分増やすことにします』
ほほぅ……それは良いことを聞いた。
前方を走ってるヤツらは皆こっちを振り向いて「げっ」と顔を青くしている。
美人な先生がこんなに期待してくれてるんだ。こりゃ応えないと薄情ってもんだろう。
うん、これは決してイジメではない。歴とした授業の一環なんだ。
と、いうワケで。
「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」
心のブースターは全開。
皆まとめてフルボッコにしてやんよ!
今までの空気がガラッと変わり、種目はランニングから全力での競争へ。全員の走るペースが一気に上がった。
が、その表情を見てれば素人の俺でも分かる。こいつら絶対途中でバテるだろ。
もちろんそれを待つ気などありゃせん。
難無く数人をぶっちぎり、俺の前には息を荒げて走るゆかりんが。
うーん……このまま抜かしてしまいたいところだが、ゆかりんの宿題を増やすのは悪い気がするな。美少女は守られて然るべきだ。
そこで俺はゆかりんの背後から接近し、
「えっ……きゃあ!?」
彼女の体を後ろから抱き上げた。このままゴールすれば俺はゆかりんを抜かしたことにならないだろうし、負担も掛けなくて済む。
俺ってば孔明。
「おほぅ、良い匂い……」
匂いフェチの気でもあんのかな俺。ゆかりんの汗が全然臭く感じられない。
不洞新斗18歳、まさか美少女をお姫様だっこして走ることになるとは夢にも思いませんでした。
悔やむべきは、これが純愛エロゲのようにドラマチックなシーンじゃなくただのランニングというところか。
「嘘だろ……なんつー怪力だよ」
後ろの男子が唖然としている。
ゆかりんを抱き抱えていても俺のスピードは全く落ちない。新たに数人をごぼう抜きしてやった。
レースもそろそろ終盤。
ほぼ全員を抜き去り、俺の前を走るのはヨシツネだけとなった。
「あの、不洞さん?なんで私まで……」
心底訳が分からないといった様子で、ゆかりんが俺の瞳を覗き込んでくる。この体が男だったら間違いなく息子が反応してたな。
「だって、ゆかりんは転校したばっかの私に優しくしてくれたからね。そのお礼ってことで」
下心があるのはナイショ。それに嘘は言ってないし。
さて、そろそろあのネコミミ娘にお灸を据えてやるか。奴には日本刀を投げ付けられた借りもあるからな。
俺はスピードを上げ、ヨシツネの隣に並んだ。
クラス最速であろうコイツの脚力を以ってしても、俺の快進撃を阻止するのは不可能。
諦めな、今日から俺が最速だ。
「ぬぅ……こんの化け物め!」
恨めしげな目線を注いでくるが、今はメシウマ以外の何物でもない。
「やったなネコミミ。これで英語の成績が上がるんじゃない?」
「~~~~ッ!」
めっちゃ悔しそうだ。フヒヒ、サーセン。
ゴールは目の前。トドメといわんばかりに更にスピードを上げてやる。
「しゅ、宿題は……宿題はイヤなのじゃあああああああああああああああああああああああッ!!」
ぎゅっ!と上半身に負担を感じる。
ヨシツネが飛び付いてきて、背後から俺の上半身に掴み掛かってきたのだ。
器用に脇の隙間から腕を捩込んでくるコイツの両手は、なんと俺のオパーイをがっしりと鷲掴みにしていらっしゃる。
どうしてこうなった。
くそっ、まさかこんな形での逆ラッキースケベが発生するとは。今度俺も試してみようかな。
「くっ……HA☆NA☆SE!」
「嫌じゃあ!宿題は嫌じゃあ!」
腕の中にはゆかりん。胸にしがみつくのはヨシツネ。前代未聞の珍百景を振り撒きながらも俺は走る足を止めない。
走っている上に両手も塞がっている為、必然的に俺の武器は腰の振りによる上半身の振動オンリーになる。
だがどれだけ腰を振ってもヨシツネを振り払うことは出来ず、掴まれたオパーイがプルンプルンするだけだった。
く、悔しい……でも感じちゃう。
そうこうしている間に、俺の視界の端を先生の姿が通り過ぎる。
ゴールした俺が止まると、ヨシツネはやっと胸から手を離した。
「お疲れさま。やっぱり一着は不洞さんになったわね」
「しかし先生、ゆかりん……じゃなくて、姫野さんも同着ですよ」
先生は「う~ん……」と考え込んでから、仕方ないといった風にオーケーを出してくれた。
「う、ウチぁどうなるのじゃ?」
「あなたのはどう見ても反則でしょうが。罰として宿題をさらに5ページ分増やします」
「んに゙ゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
絶叫と共に倒れ込んだヨシツネは死んだ魚のような目をしている。計10ページ分の増量はやはり大ダメージのようだ。
とても草。
俺がゴールしてから数分後、ようやく全員がここまで辿り着いた。皆息が荒いッスね。
全力疾走を強いられた上に宿題まで増やされるとか、ほんと不憫だな。
ねぇどんな気持ち?今どんな気持ち?
「いやぁ~、まさか最下位になっちゃうとはねぇ。仕方ないわねぇ」
などと、最下位なのにヘラヘラ笑っているのはカレーパン。どうやらさっきの女子も最下位は免れたらしい。
ジュース奢り確定にも関わらず上機嫌なのは、きっと今朝のラブレター効果がまだ続いているからだろう。
呼び出し場所で呆然としているカレーパンの姿を思い浮かべるだけで腹筋が崩壊しそうだ。
と、そこでゆかりんが俺に声を掛けてきた。
「あの……ありがとう、不洞さん。私まで一着にしてくれて」
「いやいや、むしろお礼を言いたいのは私の方なんだ」
「え?」
ふんわり柔らかな感触と匂いをとっくり堪能させてもらったからな。
ゴチソウサマでした。
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