第3話 俺はスペシャルで!ニートで!模擬戦なんだよぉ!
訓練。
現代日本で普通に生きていれば、まず体験することは無いであろう科目。
日常的にこれをやるのは自衛隊や消防隊くらいのもんだろう。
もちろんオタクでニート予備軍な俺は人生初。この体になる前は運動も得意ではなかったし、体育の成績だって中の中程度だった。
正直不安です。
「まずはいつも通り二人組のペアを作って、模擬戦闘から始めるわ」
田中先生が手を鳴らしてクラスの皆を誘導する。
意外だ。訓練というくらいだから、てっきり筋トレや基礎から始めるもんだと思ってたけど。
ゆかりんに質問してみると、「田中先生は実践主義だから」と返ってきた。テキトー過ぎんだろ先生。
それはそれとして……ふーむ、誰とペアを組もうか。
運動をする以上は相手と組んず解れつな感じになるやもしれん。ラッキースケベだって起こるかもしれない。
ドゥフフフフフ。
ここはやっぱりゆかりんしかいないだろう。心優しい彼女なら多少のラッキースケベも容認してくれる筈。それに何より性別は女の子同士だし、怪しまれる心配も無い。
スーパークンカクンカタイムの始まりですよ。
なんて妄想を膨らませていると、
「不洞さん、わたくしと手合わせ願いますわ」
そう言って、シェリーたんが申し込んできた。
……うん、一応理由を聞いておこう。断る口実を作る為に。
だってこいつ目がガチなんだもん。
「何故に?」
「貴女が強いからに決まっているではありませんか。強くなるには強者と戦うのが一番。当然のことですわ」
「テンプレぇ!」
「テン……何ですの?」
おっと、つい口に出してしまった。危ない危ない。
しかし思った通り物騒な理由だ。ここはひとつ、ゆかりんを持ち出して断っておこう。
……としたが、いつの間にかゆかりんはカレーパンとペアを結成していらっしゃった。
カレーパンェ……。
周りを見ると、既にほとんどの生徒がペアを組み終わっている。
駄目だ、逃げ場が無い。どうやら俺の相手は掘削少女(髪型的な意味で)に決まってしまったらしい。
まぁ、まだ名前も覚えていない他の奴らと組むよりはやりやすいだろう。
シェリーたんは確かロングソード使い。対する俺の武器は日本刀のマサル・パンツァー。
となれば近接戦闘が主軸になりそうだな。
運が良ければパイタッチも不可能じゃない。
そんな風にラッキースケベ作戦を練っていると、そこにヨシツネが割り込んできた。
「待つのじゃ。そやつの相手はウチがやるのじゃ」
「だが断る」
即答したったったわ。
「ぬぅ、逃げる気か!」
「よく見てよ。もうシェリーたんと組んでるでしょ」
「ならウチと委員長が交代すれば良いのじゃ」
委員長?と首を傾げる俺に、シェリーたんが教えてくれた。なんでもシェリーたんは学級委員長を務めているらしい。
イメージぴったりだ。
「ヨシツネさん、先に申し込んだのはわたくしでしてよ。貴女は他の者と組んでらっしゃいな」
「無理な相談じゃ。ウチぁこいつに恨みがあるからの」
「恨み?」
これまた物騒なことを言いやがる。俺がいつお前から恨みを買うようなことをしたんだ。
「英語の宿題を10ページも増やされた恨み……晴らさで置くべきか!!」
それはチチ揉みで反則したお前が悪いんじゃね?
っていうか普段から勉強しとけよ。
俺としてもシェリーたんと同意見で、ヨシツネには是非他の誰かと組んでもらいたい。第一こいつが関わるとロクなことが起きない気がする。
誰か残っている奴は居ないか。探してみたところ、なんと既に全員がペアを作っていた。
そういえば俺が転校してきたことでこのクラスの人数は31人に増えたんだっけな。1人余るじゃんよ。
喜べヨシツネ、お前が余り物だ。
しかしヨシツネはどうしても俺と戦いたいらしく、必死に食い下がっている。
「あら、どうしたの?早くペアを組みなさい」
いつまで経っても決まらない俺達を見兼ねてか、先生が様子を覗きに来た。
「時間はたっぷりあるんだから、どっちでもいいじゃない。後で交代すれば同じことよ」
「だったらウチが先でもいいじゃろ」
「いや、だからねぇ……」
ヨシツネの我が儘に先生も渋い顔。そしてシェリーたんはシェリーたんで「わたくしが先ですわ」と頑固な意志を貫いている。
こいつら面倒臭ぇ。
「……あぁもう、なら二人同時に不洞さんと組みなさい。それで良いでしょ」
「ちょっ、マジキチ!」
先生から投下された爆弾発言。
2対1の超ハンディキャップだと?ふざけんなし!
「あ、だったら私が抜けます。シェリーたんとヨシツネが組めば人数的にも問題な――――」
「貴女が抜けたら意味がないでしょう!」
「逃げる気かえ!」
ほんと、厄介な奴らに目を付けられたもんですな。
結局俺の意見は全面的に却下され、2対1のハンデキャップが開催される運びとなった。
シェリーたんもヨシツネも不満そうにしていたが、一番不満なのは俺だと叫びたい今日この頃。
「みんな準備は出来たわね?セーフティロックをかけるから、武装持ちの子は出しておいて」
先生は武器を持っている生徒一人一人を回り、何かの作業を始めた。
俺は腕時計のボタンを押し、言われた通りにマサル・パンツァーを取り出した。
「それじゃ不洞さん、安全対策に同意して頂戴」
俺の番になり、やってきた先生が手に緑色の光を宿しながら言う。
「同意って、何をすればいいんですか?」
「口約で了承してくれるだけで良いのよ」
言うだけでオッケーってことか。
同意します、と俺は口にする。すると一瞬マサル・パンツァーが淡い光に包まれ、そして何事も無かったかのように消え去った。
「これで完了よ。この部屋の中限定だけど、武装の殺傷能力をゼロにしたわ」
見た目には何も変わっていない。が、先生が言うにはこの刀で人を斬っても怪我はしないとのこと。
「不安なら試してみましょうか」
「ゑっ……ぶるぁああああ!?」
先生は俺の手から刀を引ったくると、笑顔で斬りかかってきた。
危ねぇええええ!いきなり何しやがんだこのクソ教師!
でも見た目が可愛いから許……いや物事には限度ってモンがあると思う。
「あら、なんで避けるの?」
「危機!命の危機!デンジャラス!」
普通避けるわ、誰だって。
「だから大丈夫って言ってるのに、もう……」
呆れた風に肩をすくめ、先生は刀で自分自身の腕を軽く切り付ける。
チョココロネのスラッシュ○ックスですらバラバラに斬り砕いた鋭い刃は、しかし一滴の血すら流すことはなかった。
「ほら、ね?セーフティロックが掛かっている間は鉄の棒みたいなものよ」
だからっていきなり切り掛かってくるのはおかしいだろ。
先生に刀を返してもらい、恐る恐る刃面を指でなぞってみる。
常識で考えば切れてしまいそうだが、本当に何ともない。
これが超人の力か……改めてその凄さと異常さを実感する。普通に暮らしてたらこんな現象、絶対に拝めないだろう。
「さぁ、まずは前半組から始めましょ。他の人達は見学ね」
これだけ広大な空間でも半数しか使えないのか。確かに俺もチョココロネと戦った時はかなり動き回ってたな。
前半に8ペア、後半に7ペア。これを何度か繰り返すようで、俺達は前半組でやることになった。
他のペアから大分離れた場所まで移動し、俺は迷惑な二人娘を正面に見据える。
シェリーたんはやはりロングソードを携えている。そしてヨシツネは何も持たない素手で、どう見ても実用的でない変な構えをとっていた。
「宜しくお願いします不洞さん。今回は貴女の胸をお借りしますわ」
「え?いやん……欲しいの?」
「そういう意味ではありません!」
ごめん、ちょっとからかってみた。
冗談はさておき、いよいよ模擬戦の火蓋が切って落とされた。
模擬戦の火蓋、ってなんか迫力無ぇな。
だが相手二人の気迫は真剣そのもの。開幕と同時、シェリーたんの剣が光を放ち出す。
「まずは小手調べ……ですわ!」
あの技は確か、昨日シェリーたんがエイミー達に向けて放った厨二臭い攻撃だ。
振り下ろされた剣が三日月の軌道を描き、そのまま俺の方へと打ち出された。
もう一度昨日のことを思い出す。エイミーは光の剣を使ってこれを簡単に切り裂いてたな。
敵の攻撃を攻撃で切り捨てる。やだ、かっこいい……。
見習うべきは先人かな。きっと俺にも出来るはず。
「……出来るかッ!!」
散々意気込んでおきながら、寸前で恐怖が勝ってしまいますた。
直撃の数瞬前に慌てて横へ跳び、タッチの差で俺が元居た場所が爆ぜる。
何がセーフティロックだよ。武器以外の攻撃は洒落になんねぇ。
回避に成功した俺は体勢を立て直して前を向く。ヨシツネが走ってきているのは見えたが、シェリーたんの姿が無い。
待て、この感じはなんだか覚えがあるぞ。色んな漫画やアニメでよく見るが、攻撃で目晦ましをした後にやる行動といえば相場が決まっている。
すなわち……視界外からの確実な一撃!
「そこDA!」
半ば適当に上を向く。そこにはやはり、ロングソードを振りながら落下してくるシェリーたんが居た。
「……気付かれましたの!?」
シェリーたんは目を見開き、それでも尚攻撃に移るつもりらしい。
見上げた根性だ。ならこっちもそれなりの対応をしてやろうじゃないか。
後ろに跳べば簡単に避けられそうなところを、しかし俺は敢えて立ち向かうことにした。
素早く鞘からマサル・パンツァーを抜刀し、迫り来る剣に向けて正面から刃をぶつけてやる。
ガキン!と金属同士が打ち鳴らされ、甲高い音が響いた。
刃と刃を拮抗させながら、そこを支点としてシェリーたんは宙に浮いている形になる。物理学的に色々とおかしな光景だが、これもまた超人のなせる技なのだろう。
「――ッ、やりますわね!」
悔しさを隠すようにシェリーたんが笑い、更に重圧をかけてくる。
……おや、案外と軽いな。
刀を握る手に力を込め、俺は力任せに弾き飛ばした。
10メートルほど宙を飛び、シェリーたんは体を回転させて着地なさった。
「……なんて馬鹿力ですの!?」
いや、あんたが軽いだけやろ。
「宿題の恨みはッ!重いんじゃぞぉおおおおおおおおお!!」
ふっ飛ばされたシェリーたんと入れ代わるように、今度はヨシツネが殴り掛かってくる。
一瞬ただの打撃かと思ったが、その拳には実に熱そうな炎が渦巻いていた。
お巡りさんコイツが放火魔です。
馬鹿正直って言葉がこれ以上似合わないくらい、とても単純な軌道の右ストレート。
狙いは俺の右肩。難無く横に避けてやると、ヨシツネは直ぐさま左の腕で同じように俺を狙ってきた。
無茶苦茶な体術だ。格闘技っていうよりも、ただがむしゃらに拳を奮っているようにしか見えない。
子供がケンカで暴れている、その延長。そんな感じがした。
精神年齢に偽りナッシング。
続けて繰り出される拳や蹴りも余裕で躱していると、突然ヨシツネは攻める手を止めて俺から距離をとった。
「ぬぅ、さっきからひらりひらりと避けおって……」
腰溜めに構えた両手に、まばゆい炎の光が集まり始める。
薄っぺらな炎ではなく、中心に黒い核が存在する強烈な熱量。太陽とか隕石とか、そういった物のイメージが頭に浮かんだ。
「これならどうじゃ!猫又剛速球!!」
ドッジボールサイズに固定された火球を、豪快なフォームで投げ飛ばしてきたヨシツネ。
何が凄いかって、とにかく迫力がもう半端じゃない。周囲の光を屈折させるほどの高熱源体が自分に向けて飛んでくるってのは相当な恐怖です。
でも剛速球とか言う割に速さはそれ程でもない。。野球選手のフォークボールくらいの速度だ。
チートボディを持つ俺からしてみれば、被弾までに五手くらいは対処法が思い浮かぶ。
向こうが剛速球 (笑)でくるなら、返し手はもう一つしか無いだろう。
刀の握り方を少し変える。
刃で斬るのではなく、刀身の腹の部分を使って叩く。
「不洞式一本足打法、ver.ピッチャー返しィイイイイイイイイェアッ!!」
ヨシツネに負けず劣らずの豪快なスイングで、俺は火球を打ち返した。
我ながら見事なコントロール。火球はヨシツネの髪を掠めて通り過ぎ、その背後で大きな爆発を起こした。
焼け焦げた地面がやけに痛々しい。
「こ、殺す気かえ!!」
いや、お前が作った弾だろうが。
「下がっていなさいヨシツネさん。貴女では到底敵いませんわ」
「なんじゃと!?」
そしてまたシェリーたんが剣を振ってきた。
だが、やはり遅い。チョココロネと比較したらその違いがよく分かる。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」
全ての剣筋に太刀筋を合わせ、幾重にも重なる金属音と火花。
「委員長には負けられんのじゃ!」
反対側からは炎の拳を放つヨシツネ。こいつらにフェアプレイとかの精神は無いのか。
俺は右手だけで刀を握り、左手は厨二病の頃に独学でやっていた“なんちゃって八極拳”の構えをとった。
さぁ来い。身体能力の差が戦力の決定的な差だということを教えてやろう。
「隙ありですわ!」
「残像だ」
実際に残像が残ってるかは知らんが、隙を突いたらしいシェリーたんの攻撃を俺はひらりと避けた。
「――ッはぁ!」
続けて切り込んできたシェリーたんの剣を刀で受け止め、強引に押し返してやる。
足を縺れさせながらも、シェリーたんはなんとか踏み止まる。たゆんたゆんに揺れる大きな果実が実に堪らない。
「ウチが勝ったら、ウチの宿題は全部お前がやるのじゃ!」
「じゃあその逆もアリってことでおk?」
「き、聞こえんのう!」
などと理不尽な事を口走りながら、炎の回し蹴りを繰り出してくるヨシツネ。
色んな意味で懲りない奴だな、ほんと。
蹴りが直撃するよりも先に下から拳を当ててやると、体勢を崩したヨシツネは脚を宙に残したまま背中から盛大に転んだ。
その際に股間から例の布を覗こうとトライしたが、流石はブルマ。短パンと違って脚の付け根に隙間が無い。
なんという鉄壁の鎧だろうか。
「まだまだッ!」
「宿題ぃいいいいッ!!」
その後も休む間無く、二人は攻撃を仕掛けてくる。
元気だけは一級品ですな。
それは結構だが、付き合わされる俺の苦労もちょっとは考えてほしい。
将来なりたい職業第一位は自宅警備員。そんな俺がここまでアクティブに動き回ってるんだから、これはもう讃えられて然るべきだろう。
……そろそろ終わらせるか。
シェリーたんを弾き飛ばし、ヨシツネを投げ飛ばす。少し離れた場所で着地した二人は、やはり俺を挟む形で構え直した。
結構結構、挟まれた時用の技だってこっちはちゃんと心得ている。
オタクの技の知識ナメんなよ。
刀を一度鞘に納め、姿勢を低くして二人の攻撃に備える。
「京都神鳴流……」
俺の雰囲気が変わったことを察知したのか、シェリーたんが更に真剣な顔になった。
それでも攻撃してくる辺り、彼女の勇敢さが伺える。
だが覚えておけ。勇気と無謀は違うのだよ。
シェリーたんに合わせてヨシツネも突っ込んでくる。
二人が射程内に入った瞬間、俺は刀を抜いた。
「――百烈桜華斬ッ!!」
刃で円を描くように、高速で刀を振り回す。
周囲360度全方位に対して繰り出される多重斬撃。ただ刀を振り回してるように見えて非常にシンプルだが、しかし常人では出せない威力を誇る。
せっちゃんの技は伊達じゃないんや。
辺りに桜の花びらが舞う光景が、俺の脳内だけで再生された。今度から紙吹雪でも用意しとくか。
「きゃあッ!?」
「うべぇッ!?」
刃は確実に二人を捉え、数メートルほど吹っ飛ばした。
セーフティロックが無かったら大変なことになってましたね。
「はいはーい、そこまでっ」
二人が倒れたのを見計らって、先生が終わりの合図を飛ばした。
周りを見ると他の奴らは既に決着がついていて、俺達だけが最後まで戦っていたらしい。
「前半組と後半組は交代ね。いないとは思うけど、もし怪我をした子がいたら治療するからこっちに来てちょうだい」
続々と交代していくクラスメイト達。
それに続こうとした俺だったが、しかしシェリーたんが呼び止めてきた。
「お待ちなさい不洞さん……決着は、まだついていませんわ」
なんてことを言いなさる。なんという往生際の悪さだろうか。
「いやいやいや、私たちの番終わったじゃん?先生も交代って言ってるし」
「……逃げるんですの?」
「もちろんさぁ」
「却下ですわ」
まさに理不尽。
チョココロネといいシェリーたんといい、髪がロールした連中はどうしてこうも俺の意志を無視しやがるのだろうか。
人の話はちゃんと聞きましょう。そして相手の嫌がることは絶対しないこと。小学校の道徳の授業受け直してこいよ。
「こちらは二人……なら、模擬戦も二回分やるのが当然でしょう」
それってますます俺が不利になるだけだよね?
「ウチが勝つまでやるのじゃ!さぁ刀を取れい!」
もうホントいい加減にしろよ、お前ら。お願いだから。
「先生、この上無い不条理が私を捕らえて離さないんで何とかしてください」
「降り懸かる火の粉は自分で払いましょうね」
ファック。先生もそっち側の人間だったのか。
「スペースも一組分空いてるから大丈夫。思う存分やりなさい」
そんな感じで半強制的に試合再開。人権侵害で訴えたら勝てるかもしれない。
「はぁ……」
目指せリア充と意気込んでたけど、こりゃ引きこもりに戻ってしまう可能性も出てきたな。
「いきますわよ、不洞さん!」
「うりゃああああああッ!!」
……学校ってこんなデンジャラスな場所だったっけ?
で、それから1時間くらい経った後。
一回勝つ毎に「次こそは!」と襲い掛かってくる二人。結局何回やったかも分からない程に模擬戦は続き、気が付いた時には二人ともグロッキーなご様子だった。
ワロス。
「……く、屈辱ですわ……」
「うきゃあ……」
シェリーたんは地面に座り込み、ヨシツネに至っては目を回しながらばたんきゅ~。
「おかしいですわ!納得出来ませんわ!どうして貴女だけそんなに強いんですのーッ!?」
「いやまぁ、ちょこっとインテル入ってるからね」
実際に入ってるのはチートだけどな。
兎にも角にも、これで訓練の時間は小休止。
10分ある休み時間の後にはまた6時間目の訓練が始まる。また模擬戦をやる運びならトイレ (大)と偽って逃げ出す算段だ。
やってらんないッスよ、まったく。
室内の隅にある待機用のベンチに、クラス揃って腰掛ける。
俺の隣にはゆかりんがやってきて、「お疲れ様」と微笑んで心の疲れを癒してくれた。
ゆかりんは俺の嫁で決定だな。
「凄かったね。ベロニカさんは学年で上位に入る強さなのに、簡単に勝っちゃうなんて」
なんと、シェリーたんで学年上位なのか。労せず強くなった俺が言うのも酷いが、ちょっぴり拍子抜けだ。
「ちなみにヨシツネは?」
「ヨシツネちゃんは、まぁ……能力自体は強いんだけど……」
「いや、なんとなく分かった」
そりゃ、あんな子供じみた拳法じゃ勝てんわな。今度『なんちゃって八極拳』のDVDでも貸してやるか。
「ところで、不洞さんはどうやってそんなに強くなったの?私、ちょっと興味あるかも」
「“血胃吐”っていう稀少な力を体に取り込んでるからね。詳しくは企業秘密だけど、莫大な負担を代償にこの力を維持してるんだ」
「ち、血胃吐!?」
いわゆるチートでございます。
「……そんな力を使って平気なの?どこか痛くない?」
「この力とも随分な付き合いだから……もう慣れたかな」
そう言うと、ゆかりんは心配そうにしながらも納得してくれた。
この子、詐欺に引っ掛かりやすいタイプだな。悪い大人には気をつけなさいよ。
その後も会話は弾み、“俺の人生で女子と親密に会話した時間ランキング”堂々の一位となった。
というか二位以下が存在しないだけなんだけどね。
しかし美少女との楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもので、気付いた頃には次の訓練が始まる頃合い。
訓練の内容次第では逃げ出す準備も万全である。
「次は特定の状況を仮想的に再現するわ。その時の対策について――――」
そう田中先生が説明している最中、
「た、田中先生!大変です!」
突如部屋のドアが開かれ、別の先生が慌てた様子で入ってきた。
「あら、小松川先生。どうなさいました?」
「これを!」
小松川というらしい頭頂部が寂しい中年の先生は、震えた手つきで開封済みの白い封筒を取り出し田中先生に手渡す。
中に入っていたのは一枚の手紙。その文面に目を通した田中先生は「あらまぁ」と暢気に驚いていた。
「先生、何かございまして?」
「ちょっと面白いことになってきたわ。ベロニカさん、これクラスのみんなに回して頂戴」
「分かりま…………って、えぇ!?どういうことですのこれは!?」
手紙を読んだシェリーたんの叫び声で、クラスの面々がさらに騒ぎ出す。
リレー方式で手渡されていくそれに、どの生徒も驚きと戸惑いを隠せない様子だった。
「何があったの?」
不安げに手紙に目を通すゆかりんに、俺はそっと尋ねる。
「ふ、不洞さん。これ……」
そしてとうとう俺にも手紙が、何故か封筒とセットで回ってきた。
とりあえずまずは封筒をチェック。
宛先は“聖ポルナレフ学園2年B組様”。その隣には重要書類の判が押してあり、しっかりと切手も貼られている。
至って普通の郵便物。それが逆に気になって裏を見ると、なるほど。なんかアホらしい住所と差出人が書かれていた。
住所:パールス王国プレギナッツェ・プレギア市2丁目あとはヒ・ミ・ツ (はぁと)
差出人:アーナト・ファミリー
頭痛。頭痛。頭痛の嵐。
最近ホントもう俺の嫌な予感センサーが働きまくりじゃけぇ。
どうしよう。見たくない。ごみ箱にポイしたい。
だが皆の手前でそんなことも出来る訳がなく、俺は嫌々ながらに手紙を開いた。
―――― 聖ポルナレフ学園2年B組の奴らへ。
場所は追って通達する。
あ、逃げたら死刑ね。
アーナト・ファミリー
リーダーのエイミーより
P.S.
高町なのはを必ず連れて来ること。
手紙には、短くそう綴られていた。
ご指名された名前に俺は笑いを隠せない。
まぁ高町なのは云々は置いとくとして、どうしても突っ込まないといけない点が一つある。
本日の日付は6月12日。この果たし状的な郵便物が冗談じゃないとしたら、指定された日は明日ということだ。
なんて非常識な物言いだろうか。
受験でも何でも、申し込みは期日までに済ませるのが常識だろ。果たし状も例外じゃありません。
日本社会ナメんなよ。少しでも遅れたらオワタなんだぞ。
「やっべ、すぐ明日かよ。まだ術符の用意できてないってのに……」
「昨日の戦いで杖が壊れちゃったんだよねー。長谷川先生に特急で直してもらわなきゃ」
「俺なんて退魔剣の刃こぼれが大変なんだけど。一晩で修復できるレベルじゃないんですけど」
「色々補充しておかないと……ねぇ、45口径の儀式弾って購買で扱ってたっけ?」
周りの皆も、急すぎる果たし状に戸惑っているようだった。
抜き打ちテストが発生した月曜の朝を思い出す。「休みの間はしっかり勉強してきましたよねぇ?ほっほっほ」とか、前の学校ではフ○ーザ様みたいな顔の担任が意地悪してきたんだよな。
「ゆかりんは余裕そうだね?」
「私は特に準備するものが無いの。ほら、私って
そういえば、昨日の戦いでは瓦礫を浮かせて飛ばしたりしてたな。
俺の自己紹介の時にも「超能力者募集」の件で挙手なさったし。
流石ゆかりん、絶対可憐です。
「でも、昨日の件があったばかりなのに……また今日も予告が来るなんてちょっと変かも」
ゆかりんの呟きが気になった俺は先を話すよう促した。
彼女の話によると、こうして一つの犯人グループから予告が来るのは、数ヶ月に一度……早くても一月に一度らしい。
まぁ統計的なデータらしいから例外もたまにはあるんだろうけど。
で、アーナト・ファミリーから昨日の分の予告が来たのはおよそ二週間前。
今までちゃんと時間の猶予があっただけに、今回の連続予告は大変なようだ。
「あの人たちの担当クラスは私たちB組なの。他のクラスには他の相手が割り当てられてるから、代わってもらうのも難しいのよ」
「ちなみに、ゆかりんたちはアイツらと何回戦ったんだい?」
「昨日のを含めて2回。両方とも負けちゃったんだけどね」
2年生になった春から、6月の今にかけて2回か。結構な頻度だな。
「でも今は不洞さんが居るからすごく心強いの。一緒に頑張らろうね」
うはっ、照れる。笑顔が眩しすぎて直視できねぇわ。
こんなに期待されたら頑張らずにはいられない……んだけどさ。
だがしかし……、
「……それにしても、この“高町なのは”って誰のことなんだろうな。うちのクラスにそんな名前の奴いたっけ?」
「いや、俺は知らねぇな」
「あたしもー」
「ウチも知らんのじゃ」
周りで囁かれているこのワードが、俺の意気をやたらと削ってくるから恐ろしい。
そう、“高町なのは”は昨日俺が咄嗟に口にした偽名だ。わざわざ御指名を頂けるとは、余程俺に恨みを抱いていらっしゃるとみた。
嫌だよ、行きたくねぇ。こりゃ明日は休むに限りますな。
俺達がざわざわと騒いでいる間に先生達の方でも話し合いが進んでいたみたいで、残りの授業は中止。今日は解散という運びになった。
そして明日に向けて今から準備するようにとのこと。つまり俺がやるべきは、学校を休む為の口実について模索することだ。
『頭痛が痛いのでお休みします。てへぺろ』
……なんてノリで休んだら殴られそうだもんな。
「明日の1時間目を急遽変更して、対アーナト・ファミリーの作戦会議にします。みんな遅刻しないようにね」
念を押すように田中先生は言う。
大丈夫、遅刻はしない。欠席しますので。
みんな頑張ってきてね!
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