ボインボインは最強の証

第1話 美少女だと思った?残念!社会のゴミです!!

激動の編入初日から一夜明け、翌朝。


いつものように寝込みを襲ってきた我が家の変態を命 (貞操)からがら回避し、用意を済ませて迅速に登校コースへと突入する。


この俊敏さたるや、もはや自衛隊級。


黒若から貰った変なボタンだらけの腕時計に目を移すと、時刻はまだ7時半。学園までは20分あれば余裕で着くし、ホームルームが始まるまでかなり時間がある。


なんという模範的な朝だろうか。全日本国民よ俺を見習いたまへ。


未だに慣れないスカートの感覚に悩みながら、そして昨日の深夜アニメの内容に想いを馳せながら歩いている内に校門に到着した。


時間も早いせいか門を潜った後も生徒の姿はさほど多くない。運動部の連中が異常な速度で走り込んでいるのを除けは静かな景色だ。


しかしそれにしても、相変わらず校門から玄関までの道のりがやたらと長いな。この学園設計したヤツは頭が悪いんじゃなかろうか。


「「不洞さぁああああああん、おはようございます!!」」


その時、突然聞こえてきた沢山の野太い声。


声の方を見てみると、全く面識の無い、たぶん野球部っぽい男子達が俺に向かって一斉に頭を下げていた。


転校という話題性。そして自分でもビックリするくらいの美貌もあってか、この学園での俺の知名度はなかなか高いらしい。


おう苦しゅうないぞ……なんて偉ぶってると評判の低下にも繋がりかねないので、ちょっと嫌だが爽やかスマイルで返事をしてやった。

 

「見た!?見た!?今俺に微笑みかけてくれたべ!」


「馬鹿野郎、何言ってんだ!あの笑顔は俺に向けられたもんだよ!」


「あーあー醜いねぇ。お前らみたいな汗臭い脳筋どもを不洞さんが視界に入れるはずないだろう。目線はずっと僕だけに注がれていたというのに」


「はっ、てめぇこそ妄想してんじゃねぇよ!」


……なにやら背後で気色の悪い戦いが繰り広げられているみたいだったが、無かったことにして俺は校舎の中に入る。


靴箱が鎮座している玄関はしんと静まり返っており、廊下の彼方から時々誰かの声が響いてくる程度だ。


本当に人口密度低いな。


そうして自分の名前のプレートが挿された小さな扉を何気なく開く。


と、





ドババババババババ!!





「…………なんぞ?」


靴箱を開けた瞬間、雪崩のように大量の何かが流れ出してきた。


地面に散らばったそれらは、色んな種類やデザインの封筒ばかり。おそらくは手紙だろうけど、数十通もの量が広がる様はなかなかに異様な光景だ。


俺の靴箱は郵便ポストじゃないんですけど。


と冗談はさておき、靴箱に手紙といったらアレしかないだろう。


則ちラブレター。可能性としては果たし状という線も考えられなくはないが、そういうのは恋愛ギャグ漫画の世界の中だけでしか起こり得ない話だ。


それにしても、ラブレターがこんなに沢山詰め込まれていたとは。


フラグ乱立しすぎワロタ。

 

爆発寸前な胸のトキメキ。かつて“不働のニート”などと馬鹿にされたこの俺にもとうとう春が訪れましたよ。


しかも好意を寄せられてるのは一人や二人なんてもんじゃない。まさにハーレム状態じゃないか。


エロゲのやり過ぎで妄想でも見るようになったのかとも考えたが、手紙という確かな形の物体がそれを否定する。


とにかく、まずは周囲を見渡す。誰も邪魔が居ないことを確認してから、俺は一通を拾い上げて封を開けた。






――大好きな貴女へ


貴女が転校してきて、その姿を目にした瞬間に心を奪われてしまいました。


いきなりですいません。でもこの想い、もう止められません。


直接伝えたいので、今日の放課後に体育用具倉庫の裏に来てください。


待っています。



2年A組


稲川 幸平






「ファッキュー……」


読んでて鳥肌が立ちますた。


一番大事なことを失念していた。俺の体は美少女仕様なのだから、寄ってくるのも当然男子しかいないワケで。


恐る恐る他の手紙も開いてみたが、案の定、全部男子が書いた手紙だった。


力強い筆跡や爽やかな文面、ちょっと回りくどい言い回しやキザたったらしい文もある。


だけど、反吐が出ちゃう!だって……男の子だもん!

 

うーん、この大量の手紙をどうやって処理しようか。


一番望ましいのは燃やすなりシュレッダーに入れるなりして原形を無くすことだ。捨てるのはあまり得策じゃない。


捨てられた手紙が誰かに発見された場合、それが差出人まで伝わる可能性だってあるからな。俺のイメージダウンにも繋がりかねない。


しかし当たり前だが手元にシュレッダーなんて無いし、そもそも転校してきたばかりの俺に焼却炉の場所なんて分からない。というかこの学園に焼却炉なんてあるのだろうか。


「いや、待てよ……」


問題がそれだけじゃないことに気付く。


手紙の中には、俺を呼び出す内容のものも幾つかあった。


無事に手紙を処理出来たとしても、呼び出しを無視したらやっぱり俺のイメージは下がってしまうだろう。


かといって野郎共からのガチな告白も御免被る。


やだよ、気色悪い。


「面倒臭ぇな……」


そんな感じで頭を悩ませていた俺に、しばらくして名案が舞い降りた。


注目すべきは、どの手紙も「大好きな貴女へ」的な言い回しで書かれているということ。


なるほど……!これなら問題を全部回避できる。まさに神回避だ。






肩の荷が下りた俺は、鼻歌でアニソンを流しながら廊下を歩いていた。


俺がとった手段は至ってシンプル。手紙を無かったことにして、なおかつ野郎共からの呼び出しも回避する画期的な対策だ。


要は、あの手紙が俺に届いていないことにすれば大丈夫なワケで。


手紙は全部カレーパンの靴箱にぶち込んでおきました。


良かったなカレーパン、モテモテじゃないか。




 

教室の扉を開くと、まだこんな時間だというのに先客が何人か居た。


その中でも俺が知るのはゆかりんとシェリーたん。他の数人の名前はまだ覚えていないが、それはこれからで良いだろう。


「おはよう、不洞さん。朝早いんだね」


引き込まれそうになるほど愛らしい笑みを浮かべて、ゆかりんは挨拶をくれた。


感激だ。この世に生を受けて18年……数えるくらいしかリアル女子と会話したことのない俺が(しかも小学生の時)、こんな美少女から話し掛けられるとは。


嬉しすぎてだらし無い顔になってると自分でも思う。そんな阿呆じみた様子を努めて隠しながら、俺も挨拶を返した。


「おふぁっ、おはようゆかりん。今日もいい天気でした」


若干裏声になったかもしれん。っていうか何故過去形にしたし。


「ふふっ……変な不洞さん」


あぁ……癒されるわ。朝からむさ苦しいラブレターでテンションを落とされたが、この笑顔を見れた今となってはどうでもいいです。


ゆかりんマジゆかりん。


「おはようございます、不洞さん。本日もご機嫌麗しゅう」


そして丁寧な挨拶をしてきたシェリーたん。気品な物腰はまるで中世の貴族を彷彿とさせる。


まぁアテネの守護者とか言ってたし。実際、貴族的な家系なんだろうか。

 

ゆかりんの斜め後ろ、そしてシェリーたんから二つ左隣にある自分の席に腰を下ろした俺は、どうやって時間を潰そうかと頭を捻る。


万が一の事態を考えてラノベの持参は自重しているし、携帯ゲーム機もまた然りだ。


前の高校じゃそればっかに没頭してて一人も友達居なかったからな。流石に俺だって反省するさ。


ホームルームまでは約30分。今さらながら早過ぎる。まったく、あのクソ姉のせいで生活のペースが無茶苦茶だ。


他の奴らはどうしているのだろうか、とこっそり覗いてみることにした。


「「………………」」


やはり朝早く登校してくるだけあって、大半が真面目に勉強していた。まぁ俺を省いて数人しか居ないけど。


みんな世界史の教科書を開いて暗記に耽っている。そういえば明日に小テストがあるとか教師が言ってたな。マメな奴らめ。


ちなみに俺はセンター試験対策で高校の範囲は完全に頭に叩き込んでるから無問題。まさに無双状態よ。


それにしても……こうして見てみると、みんな普通の高校生と何ら変わらない。昨日の激しい戦いがまるで嘘のように思えてくるから不思議だった。


しかしこいつら全員、いやこの学園に通う生徒全員が人間離れした超人の集団というから驚きだ。


俺もそんな中の一人だと思うと本当に不思議な気分になる。

 

この世界、そして次元を超えて存在するらしい異世界。正義と悪の超人たちが繰り広げてきた長い戦い。


説明の内容は大まかながら把握できたし情報としても理解できるが、実感は全く無い。


そもそも俺はまだ知らないことが多過ぎる。


黒若は必要以上のことを語らないからな。


「ふぁ……」


思わず欠伸が出てしまった。


危ない危ない。あんまりガサツな行動をとってたら変に思われかねん。とりあえずそっと口元に手を添えて、もう一度上品に欠伸しておいた。


まぁ、誰も見てないとは思うけど、こういうのは普段から心掛けておかないと――――




「……っしゃ、不洞さんの……サービス写メ入手……」


「……おい、後で俺にも送っとけよ……」


「……欠伸一つとっても最高だな……女神って本当にいたんだ……」


「……あの仕種だけでメシ三杯はいけるわ俺……」


「……ハァ、ハァ……」




えーっと……。


妙な視線を感じるかと思えば、なんだか10人以上もの男子が廊下からこっそりと覗いてきてるんだが。


正直キモい。同性だからという理由だけじゃない。普通にキモい。女子から見てもアレは相当キモいだろう。


1人2人ならともかくその、その人数で隠れるのは無理があんだろ。バレてないとでも思ってんの?馬鹿なの?死ぬの?


っていうか廊下を通る他の生徒がめちゃくちゃ迷惑がってんじゃねぇか。気弱そうな女子が泣きそうになってんぞ。


俺は確信した。こいつら全員、さっきのラブレターを寄越した連中だと。


その熱気だけで判断材料には充分。


おおかた、ラブレターを出したことによる俺の反応を伺いにでも来たのだろう。そう考えるとあれの処理現場を見られなかったのは幸運だった。


しかし困った。どうリアクションをとれば良いのか分からん。一応俺は受け取っていないという設定になってるし。


そんな風に俺が頭を悩ませていると、


「おっはよー!いやぁ、今日もいい天気でしたねぇ!」


なんか異常にテンションの高いカレーパンが、どこかで聞いたフレーズを叫びながら教室に入ってきた。


何だよ、いい天気でしたって。


しかし心優しいゆかりんはそんなカレーパンにもちゃんと対応する。


「おはよう満子。何か良いことでもあったの?」


「ふっふっふ……見てよ紫子!この大量の手紙を!」


そう言ってゆかりんの机の上に手紙を広げるカレーパンが哀れで仕方ない。


「凄いでしょ?これ全部ラブレターなのよ!私宛ての!」


それを聞いた廊下の男子共が「えっ?」と口を開いている光景があまりにも滑稽で、俺は笑いを堪えるのに必死。

 

「な、なんで神楽坂に届いてんだよ?」


「え?あれ?ちゃんと不洞さんの靴箱に入れたはずなんだけどな……」


「何がどうなってるんだ……?」


「はッ!まさか、他の不洞さんファンが妨害してきたのでは!?」


「なにぃ!?」


「死刑だ!そいつを捜し出して首を撥ねろ!」


「「斬首!斬首!斬首!斬首!」」


妙な結束を固めたあいつらは、まるで某FFF団のようにぞろぞろと去っていった。超人のこいつらが言うと本当に執行されかねないから怖い。


まぁ女体の俺には被害が出ないから構わんけどね。


「ほらほら!この手紙なんて『貴女の美貌に一目惚れしました』なんて書いてあるのよ!やっぱり分かる男は分かるんだって!」


「よ、よかったね……」


そしてカレーパンはカレーパンで、まだゆかりんを困らせている。


ちょっとは自重しようず。


と、そこで俺とカレーパンの目が合ってしまった。


「おはよう新菜!」


「あぁ、おは……新菜?」


首を傾げ、そこで気付く。そういえば学園じゃ俺の名前は新斗じゃないんだった。


にしても、いきなり呼び捨てにしてくるとはフレンドリーな奴め。


「私たちもう友達っしょ?下の名前で呼んだっていいじゃない」


なん……だと……?


カレーパンとはいえ、女子の口から聞いた初めての友達宣言。


やばい、本気で嬉しいんだが。


「そんなことより見てよ!このラブレターの数々を!」


……前言撤回。素直に喜んだ俺がバカだったよ。


結局そこか。

 

どうしても自慢したいらしく、カレーパンは手紙の一つを開いて俺に見せてきた。もう内容知ってるけどな。


「これなんて超やばい!D組の羽崎っていえば超イケメンよ!超ありえない!でも超嬉しい!」


超超超超うるせぇな。


「モテ期きた!私今一番輝いてる!新菜もそう思わない?」


この超うざい超テンションをどうにかするには、俺も超何か言わないといけないらしい。


超仕方ないな。


「カレーパン、お前がナンバーワンだ」


「だからカレーパンはやめてってば!」


今さら呼び方を変えろと?ごめん無理。もう俺の中じゃお前のイメージはカレーパンで埋め尽くされてるから。


ゲップでカレーの臭いがしそうだ。


「どうせ今日の昼もカレーパンなんでしょ?」


「うぐっ……」


まさかの図星。こりゃもうカレーパンしかないだろう。むしろそっちを本名にしても良いくらいだと俺は思う。


そして付き合い二日目にして昼食を見抜く俺の観察眼ぱねぇ。


「まぁ名前の方は置いといて」


「いや置いとかないでよ。名前くらいちゃんと呼んでよ」


「良かったね。こんだけ告白されたらより取り見取りじゃないの」


はぁ……女子の喋り方ってなんか疲れる。


「そうなのよねー♪あぁもう、誰にしようか迷っちゃう」


本当に単純な奴。真相を知れば一体どうなることやら。


面白そうなので教えませんけどね。

 

その後もカレーパンの痛々しいラブレター自慢は続き、気が付けばホームルームの時間が迫っていた。


女子って基本的に喋るのが好きなんだな、と俺は新しい認識を得る。


席もほぼ全部埋まり、チャイムまであと1分というところで美人女教師の田中先生が入ってきた。


童顔とグラマラスなボディとの組み合わせがとても堪らん。


ふつくしい……。


先生が教壇に着いて書類を整理していると、そこでチャイムが鳴り終わった。


「みんな、おはようございます。今日は特別な連絡事項も無いし、いつも通り元気に……」


「ちょっと待つのじゃぁあああああああああああああああああああああああああああッ!!」


バン!と先生の挨拶を遮るように教室のドアが強く開かれた。


全員の視線がそこに集まる。


「……ふぅ、流石はウチ。遅刻ギリギリでのだいなみっくな登校劇じゃ」


「遅刻です」


「あでっ!?」


先生から名簿の角で一撃を貰ったのは例の迷惑なネコミミ。確か名前はヨシツネとかいったっけな。


「まぁチャイムが鳴ってから少ししか経っていないし、今回は大目に見てあげるわ。次からはもっと余裕を持って登校するように」


「ひゃい……」


痛む額を手で摩りながらネコミミは自分の席に腰を下ろした。相変わらず騒がしい奴だ。


そしてホームルームもあっという間に終わり、そのまま授業に突入。


1時間目が数学、2時間目が古典。そんな分かりきった内容の講義をBGMに、俺は別のことを改めて考えていた。




俺がこの学園に来た理由は三つ。一つはまぁ、大学受験に失敗した人生を高校からやり直せるという奇跡が起きたから。


二つ目は、黒若からの脅迫により。


だが大事なのは三つ目だ。それはこの学園に在籍する生徒の7割が女子、しかも美少女揃いという最高の環境に誘われたからである。


すなわち、灰色どころか真っ黒だった人生からの脱却。目指せリア充。


その為には美少女達と仲良くなる必要がある。具体的には、性別の壁を乗り越えられるくらいまで。


そして幸いなことに、今現在における周囲からの俺のイメージはなかなか悪くない (と思う)。


イメージについては現状を維持していくとして、次のステップは女子との会話に慣れること。


ニート予備軍なめんなよ。今まで普通に会話できてたこと事態が既に奇跡なんだよ。ちょっと気を緩めたらすぐに地が出そうだし。


で、その肝心の美少女についてだが、このクラスだけでも相当なレベルの女の子が揃っているからウハウハだ。


そんな中でも、俺の中で顔と名前が一致するのは今のところ4人いる。

 



まず一人目はシェリーたん。本名はシェリー・ティネ・ラ・ベロニカ。今にも動き出しそうな巨大ドリル……もとい、銀髪巨大縦ロールが今日も綺麗に整えられている。


髪だけで体重が3キロは増えていそうなボリュームだ。


二人目は精神年齢8歳 (推定)のネコミミ娘。名をヨシツネという。


見た目だけは可愛らしいが、俺の中では既に危険指定生物に登録されている。


シェリーたんとヨシツネ。この二人はクラスの中でも特にキャラが濃い。


三人目は普通の黒いロングヘアーをした普通の神楽坂満子。本名はカレーパン。


あ、逆か。


そして最後に我等が女神、ゆかりんこと姫野紫子。肩まで伸びて少しクセのある茶髪が非常に萌える。


物静かでいて心優しいその様も、まさに大和撫子。




これでクラスの女子の四半分を覚えたことになる。他にも可愛い子が沢山いるから、余すこと無くしっかり覚えていかないとな。


気分はまるでギャルゲの主人公。


俺はこれからの学園生活に、高まる興奮を隠せずにはいられないのであった。

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