第8話 NEET MEETS FANTASY
死に体だった俺の脳みそをこのボインボインボディに移植した頭のイってるやべぇ奴。
それがまさか、こんなところで声を聞くことになるとは。
【さて、今この時計を持っているのは不洞新菜君で間違い無いね?もし違ったら彼……じゃなくて彼女に渡して欲しい。2年B組に転校してきたピンクの髪の美少女だ】
「分かりました。それじゃ焼却炉に捨ててきます」
【ちゃんと届いたようで安心したよ。でもちょっと出るのが遅すぎやしないかい?】
うるさい、こっちも大変なんだよ。っていうかお前には言いたいことが山ほどあるんじゃ。
とりあえず全部纏めて、
「爆ぜろ。今すぐ」
【あははっ、どうやらこの時計の機能に驚いているみたいだね。無理もない。スマホも介さず腕時計だけで通話が出来るなんて誰も思わないだろうさ】
どうやら奴のスルースキルは健在らしい。憎たらしいことこの上ありませぬ。
「いや、時計とかどうでもいいから早く助けてくれ。マジで。俺の膀胱のライフはもうとっくに0よ」
【……なるほど、事の運びが思っていたより早いみたいだ】
依然として聞こえてくる戦闘の音は、マイクを通して黒若にも聞こえているようだ。
それでもうろたえない辺り、やはり黒若は俺が抱く疑問の答えを知っているに違いない。
【その様子からして、相当混乱しているみたいだね。僕もそっちの具体的な情報が知りたい。まずはどうなってるのか教えてくれないかな】
「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ……俺は奴らがコスプレイベントに出場するもんだと思ってたら、急に壮絶な戦いを始めやがった……な、何を言っているのか分からねーと思うが、おれも何が何なのか分からねぇ。頭がどうにかなりそうだった……CGだとか厨二だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」
【ポルナレフ乙】
我ながら見事な状況説明である。
しかし俺には確信があった。
あの黒若なら、これだけで必ず理解できると!
【日本語でおk?】
「月夜の晩ばかりだと思ふなよ……」
俺の期待を返せ。
【ははっ、冗談だよ。さっきの話だけでも大体の推測はつくさ】
黒若はそう笑って、
【そうだね……今君の周りで起きている出来事だけど、一言で説明するのはちょっと難しいかな。よし、少し歴史の話をしようか】
「無双シリーズをやり尽くした俺に死角は無い」
【いや、そういう歴史じゃないんだけど】
赤っ恥である。
【その前にまず、今君が見てるであろう魔法のような超常現状だけど……信じ難いかもしれないが本物だ】
「妄言乙」
【否定したい気持ちは分かる。でも、何より君自身がその目で見ているはずだ。それは紛れも無い『魔法』だよ】
黒若は現代科学の体現者とも言える職業、医者だ。そんな奴の口から出た『魔法』という言葉に思わず俺も戸惑う。
これがネットなら「ぷぎゃー」というコメントを顔文字付きで書き込みまくっているところだが、俺は実際に見てしまった。
剣から光が飛び出し、人が何メートルも跳ぶ。そんな現実離れした現象を。
【まぁ魔法だけじゃないんだけどね。少し原理が異なる魔術や宗教的な力の行使、他にも超能力なんてね。気とか使ってる人もいると思うよ】
「奇跡体験ッ!」
【アンヴィリーヴァヴォー!】
こいつ本当にノリ良すぎ。
【今すぐに信じろとは言わないさ。とりあえずそういったファンタジーが実在するとして、これからの話を聞いてほしい】
「構わん、続けろ」
【把握。さて、もしそんな力を人が手に入れたらどうすると思う?】
「二次元に入る」
【答えは簡単。誰だってその力を使いたくなるものなんだよ】
確かに黒若の言う通りだ。
人間ってのは何か特別なものを手に入れると、決まって他の誰かにそれを誇示したくなる。
それは知識や学問であったり、肉体的な力であったり、金であったり。
俺だって限定モノのフィギュアを入手したらマッハで写真撮ってSNSに載せるもん。
ゲットできなかった奴ざまぁ、とか書き込んだりしてさ。
【もちろん現代人に限らず、昔の人々もそうだった。でもそれだけなら別に良かったんだ】
「と、言うと?」
【問題なのは、その力を使って他の誰かを傷つける悪人が出てきたということさ】
「最低だな」
俺は相手の心しか傷つけないというのに。
【拳銃を持った人が強盗をするのと同じ。程度や規模の差こそあれ、そういった悪事が沢山起きたんだよ。しかも超人的な力を使っている分、普通の人では刃向かえないからタチが悪い】
「時空管○局は何をしていた?」
【昔は無かったんだよ】
「ちょっ、待て!じゃあ今は本当にあんのかよ!?」
【アニメとは全然違うけど、そんな感じの組織は実在するよ】
感動で漏らしそうになったのは生まれて初めてだ。
【管理局の話をしていると長くなるから今は割愛しよう。とにかく、人知を超えた力というのは世の中を乱すものなんだ】
「紅○の徒みたいな感じか?」
【なるほど……その例えはあながち間違いでもないね。まぁ人の存在は食べたりしないけど。その例えで言うなら、君の周りにいる生徒はさしずめフレ○ムヘイズってところかな】
この例えだと一昔前のオタクしか分からないから、普通の人でも理解できるように簡潔にまとめてみよう。
昔から超人的な力を持つ連中が悪さをしてきた。
もちろん放置プレイをしていると世の中が目茶苦茶になってしまうので、それに対抗すべく、同じように超人的な力を持つ正義の集団が現れた。
そして今の状況。クラスの皆が正義だとするなら、あの奇妙な4人組がその悪とやらに相当するのだろう。
【おそらく君も話を掴めてきただろうから、あとは簡単に締めようか。君が通うことになった聖ポルナレフ学園というのはただの高等学校じゃない。その正体は秘密裏に正義の味方を育成する為の施設なのさ】
「ナ、ナンダッテェ――ッ!?」
【君は期待を裏切らないね】
「無論だ」
俺を舐めてもらっては困る。
【……とまぁ、大まかな説明だとこんな感じかな。理解できたかい?】
「まぁ、なんとなく」
【それは良かった】
「……で?」
【え?】
「『え?』じゃねぇよ。なんで俺がそんなバケモンどもの巣窟に放り込まれなきゃいけないんだよ。馬鹿なの?死ぬの?そこんとこ詳しく」
一番大事なところを抜かすでない。
あぁそうだったね、と黒若は今更思い出したかのように笑う。
今度こいつのPCに保存してあるエロ画像全部消してやろうかな。
【その話もちょっと長くなるから、少しかい摘まんで説明するよ】
「よろしい、続けたまえ」
【正義の味方の養成機関……地球でのそれは今から5世紀くらい前に設立され始めたものでね。僕の家計は、代々そこに有能な人材を送り出してきた、言うなれば名家なのさ】
「黒若家とかカオスだらけじゃねぇか。家系全員が外道だったの?マジキチマジキチ」
【僕もその全容を知ってるわけじゃないけど、ベタな魔法使いから錬金術師まで、割とレパートリーには欠かなったみたいだね。たぶん他の色んな仲間と技術を交えたからだと思う。まぁそんな感じで昔から活躍していたんだ】
それと俺に何の関係があるのか。そんな俺の疑問を承知した上で黒若は話を続けた。
【代々受け継がれた伝統、ってやつだね。当然、僕もその一人になると思っていたさ。でも……】
「でも?」
【伝統というのは、当たり前だけど古いものから新しいものへと伝授される。でも僕の祖父の代になってからそれが途切れてしまったんだ】
「ワロス」
【なんでも、戦いを繰り返す一族が嫌になったらしい。それで超人的な技術もそれを記した書物も全部処分して、鉄道の線路に飛び込んで自殺してしまったんだ】
正義の味方してた割には最後迷惑すぎんだろ。ちょっとは考えようよ。
【もちろん父にも伝統は受け継がれなかった。今じゃただのサラリーマンさ。月給38万、仕事場の隅っこで書類と睨めっこする毎日らしいよ】
やめて。就職関係の話はやめて。ニート予備軍の俺には耐え難い苦痛なの。
【そんな経緯があって、僕も普通の人間として生きる道を選ぶしかなかった。君も悔しいと思うだろう?】
「ううん、微塵も思わんどす」
【正直な話、僕は自分の家系に誇りすら持っていたんだ。このままで終わりたくないって思った】
だから、と黒若は力強く言う。
【僕に出来る範囲で、正義に貢献することにしたのさ】
「分からん。全く以って分からん。結局それと俺に何の関係があるんだ?」
【まだ分からないかい?僕の確固たる信念は人工の肉体を作り出すまでに至った。そして君はその体で養成機関に通っている。あとはもう言うまでもないだろう】
「つまり、この体を持った俺に正義の味方を務めさせると?」
【そういうこと。それを可能にするだけのスペックは充分に備えてあるから心配は無用さ。君の周りで暴れている超人たちとも互角以上に渡り合えるはずだよ】
言われて、俺は自分の体をまじまじと観察してみる。
腕が細ければ脚も細い。そして筋肉らしい筋肉も目立たず、触ってみると全体的に柔らかかった。
とても黒若が言うような力を秘めているとは思えない。
となれば、考えられる戦術は魔法的な何かでのエネルギー攻撃。
ラス・テル・マ・スキル・マギステル。あれ一回でいいからやってみたかったんだよな。
もしくはリリカル・マジカルでも可。
ワクテカが止まらない。
「よし、じゃあ早速魔法の使い方を教えてくれ。チートぐらいの威力があるやつ」
【え?そんなもの無いよ?言ったじゃないか、魔法とかの技術は全部処分されたって】
Oh...
「じ、じゃあ何か武器とかあるんだろ?エヴァとか呼び出せたりするんだろ?」
【武器だったらもう送ってあるだろう?キレのいい一本が】
「なん……だと……!?」
まさか。
まさか。
まさか本当にこの日本刀だけで戦えと?
昔やったオワタ式の鬼畜ゲーを思い出すぜ。一撃喰らっただけで即死するやつ。
……はい、無理です。
「さぁ、お前の罪を数えろ黒若」
【劇場版は面白かったねぇ】
くそっ、コイツ全く悪びれた様子がない。
【何か勘違いしているようだからもう一度言おう。君の武器はその日本刀と、君の体そのものなんだよ】
「……?訳が分からん」
【分かりやすい形で説明しようか。君が死にかけることになった、あの事故を思い出してごらん】
そんなもの、思い出すまでもない。あの痛みと絶望感は半端じゃなかったからな。魂に深く刻み込まれたぐらいだ。
一生のトラウマになることは間違いない。
それを話に出してくるとは、黒若もなかなかえげつないヤツである。
……と思っていた時期が私にもありました。
【今の君なら、あのレベルの事故に巻き込まれたとしても生還できる。それもほぼ無傷でね。その体はそれくらい頑丈にできているんだ。しかも耐久性だけでなく馬力も抜群、10tトラックと押し合ったって負けやしな……】
「嘘だッッッ!!」
俺は叫んだ。ヤンデレも泣いて逃げ出すくらい思いっきり叫んだ。
というのも、そんなはずがないという確証があるからだ。
それは昨日と今朝の出来事。
家に帰って姉ちゃんと遭遇して抱き着かれた時、母さんが背後から羽交い締めにしてきた時。その両方とも、俺は拘束から逃れることができなかった。
さらに朝食の時。テーブルの下から襲ってきた姉ちゃんの顔面に全力で蹴りをぶち込んだというのに、姉ちゃんは痛がるどころかむしろ喜んでいた。
黒若の話が本当なら、頭がグロテスクに吹っ飛んでいてもおかしくはない。
その旨を黒若に伝えると、心底不思議そうな声が返ってきた。
【おかしいな……そんなはずはないよ。君の膂力は、一般人が相手なら簡単に殺せる次元のものなんだから】
「設計ミスじゃね?っていうかそんな物騒に作ったなら前もって教えとけよ。危うく人殺しになるところだったじゃねぇか」
【いや、絶対にミスなんかじゃない。僕たちは人間の脳と同じ電気信号でその体を動かす実験もしている。その時はちゃんと設計通りのスペックを発揮したんだ】
いつも余裕ぶっている黒若が、やけに強いトーンで反論してくる。その言葉に嘘は感じられなかった。
それだけ自分の制作物に絶対の自信を持っているのだろう。
研究肌なのは構わないが、俺は俺で、この体が持つ力の程度を実感している。
どちらかを信じろと言われれば迷わず自分を信じます。
【……まぁいいや。戦いになればハッキリすることだし】
「よくねぇよ。戦いなんてどうでもいいから自衛隊呼べ、自衛隊」
【そんな弱小な機関で解決できたら超人は要らないさ。だいたい、自衛隊なんかより君の方がずっと強いし】
「貴様、まだ言うか」
【まぁまぁ、騙されたと思って。本当に危険な時は他の皆に任せて遠くまで逃げればいいよ。ほら、それじゃこの時計に付いてる左下のボタンを押してごらん】
悔しいが、これ以上黒若と口論していても何も始まらない。俺は仕方なく、言われた通りにボタンを押してみた。
途端。
「のぁっ!?」
光のリボンみたいなものが俺を覆い、次の瞬間には着ていた制服が全く別のものに変わっていた。
黒とピンクが織り成すコントラスト。ぴっちりとしたレザーのような、ノースリーブの衣装が巨乳と細いウエストを美しく際立てる。
その一方で、窮屈感を全く感じさせない。まるでTシャツを一枚だけ着ているような軽やかさだ。
ふんわりとしたミニスカートとも実に相性が良い。
でも、これってどう見てもコスプレですよね。首にはチョーカーまで付けてあるし。
【それが君の戦闘服だ。普段は時計の中に粒子状にして収納してある。着ていた服は入れ代わりで収納される仕組みさ】
「ホイポイカプセルですね、分かります」
【そして、その刀もただの日本刀じゃない】
「もしや斬魂刀か?」
【漫画の読みすぎだよ】
「お前にだけは言われたくねぇよ」
同じ穴のムジナだろうが。
【その鋭利な刃はあらゆる物体を両断し、どれだけの重圧が掛かろうとも決して折れない夢の強度!】
おっ、何やら黒若のテンションが上がってきた。
【日本刀どころかあらゆる刃物のクオリティを超越しているのさ!】
「おおっ!」
【その名も、名刀まさ……】
「まさか『
【……マサル・パンツァーだ】
こいつ……今寸前で名前変えやがったな。
所詮ヤツも厨二病患者ということか。
医者の不養生とか誰が上手いことを言えと。
「ごめん、俺が悪かった。悪かったからそんなダサい名前はやめようず。恥ずかしすぎて使えたもんじゃない」
【いーや、もうこれで決めたもんね。いいじゃないか、今までに無い斬新なネーミングだよ】
「謝るからぁ!誠心誠意謝るからぁ!」
【さぁ行きたまえ不洞新斗!名刀マサル・パンツァーを携えて!】
変なとこで意地張るんじゃねぇよ。
「……あんた、さっきから何やってんの?」
頭の中が真っ白になる。
全身から噴き出す冷や汗。凍る背筋。緩む膀胱排尿筋。
黒若と騒いでいたせいで気付かなかったが、あれだけ喧しかった戦闘の音がいつの間にか止んでいた。
そして、横から聞こえてきたあの声。
恐る恐る、俺は隣に首を向けた。
「ん?なによ、馬鹿みたいな顔して」
そこには不思議そうな顔で俺を見下ろしている、くぎゅうさんの姿がありましたとさ。
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