第7話 レイヤーの魔境
――――車内。
長く広い空間の中で、30人ものコスプレイヤー&俺が並んで椅子に腰掛けている。
まるで精肉場に向けて運ばれる牛さんのような気分だ。
非常に居心地が悪い。
そんな俺をよそに、周りは各々の話題に華を咲かせていた。
所々に混じってくる「斬る」や「撃つ」といった言葉に俺は不安の色を隠せない。
こいつら、コスプレ会場で何をやらかすつもりなのだろう。
「初めてだから大変だと思うけど、そんなに不安がらなくても大丈夫だよ。みんな強いから」
ごめん、ゆかりん。不安がっている理由は全く違うんだ。
イベントの勝敗が問題なんじゃない。
今君たちと一緒にいること自体が、俺にとって既に問題なんだ。
このままだと俺までイベントに出場させられてしまう。
先日のナースと同様、コスプレも多少ながら好きではある。だがやはりそれは見る専門であって、決して自分が着ることじゃない。
ましてや女性モノで参加なんて恥辱の極み。俺の人生での黒歴史ワースト1は間違いないだろう。
「不洞さんの戦いは見たことないけど、こんな時期に転校してくるんだから実力が楽しみね」
などと、カレーパンが先生と同じようなことを言う。
それについて俺が尋ねてみると、
「だって、普通の生徒は入学してから1年生の間はずっと訓練でしょ?そこに2年生から入ってくるってことは即戦力決定じゃない」
心底びっくりだ。こいつら……というかこの学園、1年間もコスプレを生徒に仕込むのか。
教育委員会仕事しろ。
「でもまぁ、2割くらいの生徒は入学する前から実力者だったりするんだけどね。バックアップがあるって羨ましいわ、いやホント」
カレーパンの話を聞いているうちに、俺の頭の中で何かが繋がった。
黒若が俺をこの学園に編入させた理由はここにあったのか。
あの変態のことだ。自慢のボディに恥ずかし可愛いコスプレをさせたくて仕方がなかったのだろう。
とりあえず言っとく。
死ね。いやマジで。
黒若の企みは狡猾そのもの。遺憾なことに、今の俺とクラスの連中の間に大差は無かった。
数人ほどいる制服のやつらも、その手に銃器や色んなアイテムを持っている。
そして俺の傍らには、先ほど処分し損ねた上につい持ってきてしまった日本刀と謎の箱。衣装の道具と称するのに何ら不足はない。
出場資格は満たしていると言えよう。
いとファック。
車に揺られるまま、どれだけ時間が経っただろうか。
和気藹々と(俺以外が)談笑を広げていた車内後部に突如、先生の叫びが響き渡った。
「みんな、そろそろ到着するわよ!準備は良いわね!?」
のほほんとしていた先生に相応しくない、やたらと緊迫した声。
それを聞いたクラスの全員が一斉に押し黙り、先生と同じく神妙な面持ちへと変わる。
もちろん俺はそんな流れに着いて行けません。
「車を停めたら、合図と同時に飛び出して各自それぞれのポジションにつくこと!気を抜いちゃダメよ!」
ダイナミック出場ですね、分かります。
ちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待てちょっと待て。
一体どういうことなの。
車から降りたら即イベント開始とか、鬼畜にも程があるだろ。
ポジションとか知らねぇよ。何お前らだけで通じ合ってんだよ。こっちは覚悟どころか練習すらしてないんだよ。せめて俺の役割だけでも教えろよ。
っていうか集団コスイベントなの、これ?
握る拳に汗が滲む。
色々とツッコミたいところだが、そんなことをしている暇も余裕も無い。
車内の空気的にねぇ、うん。
「きょ、今日こそは……」
隣では、緊張した様子でゆかりんが小さく呟いている。
あんた前回負けなさったんか。
顔は反則的に可愛いのだから、コスチュームに問題があるとみた。今回は某プリキ○ア似のミニスカ衣装だし、そこのチョイスは流石に俺も恥ずかしいと思う。
よぅし、そんなゆかりんに突撃取材☆DA。
「あの、俺だけ車の中に残ってても良――」
キキーッ!!
言ってる途中で、装甲車が急停止した。
よろけた俺はつい、ゆかりんの麗しきフトモモに手をついてしまう。
決してワザとなんかじゃありませんよ、ええ。あとで手をクンカクンカしますけど。
「さぁ、いってらっしゃい!」
先生の合図と同時に、車の後部ハッチが勢いよく開け放たれた。
「っしゃあ、行くぜ!!」
巨大な十字架を背負ったデビルハンターコスの男子が率先して飛び出していく。
ぞろぞろと続いていく皆。
「頑張ろうね、不洞さん!」
「いや、ちょっ、おまっ」
ゆかりんに背中を押され、俺も強制的に外へ押し出されてしまった。
この小娘を社会的に抹殺してやろう……と一瞬考えたが、可愛いので許します。
可愛いは正義。これ普遍。
「どういうことだってばよ……」
開口一番、俺は目の前の光景に息を呑んだ。
辿り着いた場所は、コスプレ会場でもなければアキバでもない。
高層ビルが建ち並ぶビジネス街。左右計6車線もある広い道路の真ん中に、ぽつんと装甲車が横向きに停車していた。
こんな停め方だと他の車に迷惑がかかりそうだが、しかしその心配は無い。
装甲車の他には車が見当たらないのだ。
というより、既に道路が道路として機能していなかった。
あらゆる場所で地面が割れ、アスファルトが隆起し、歩道の樹木や電柱が折れて倒れている。
周囲の建物もガラスが割れていたりと悲惨な状態。
まるで悪質な自爆テロでも起きたかのような惨状だ。
これ何て世紀末?
人々はもう逃げ出したのだろう。辺りには人っ子ひとり居ない。
そんな中で、皆は迅速に行動を開始した。
スナイパーライフルを持ってきた女子は遠くの建物の中へと向かい、陰陽師コス野郎は袖の中から古臭い文字が書かれた札のようなものを取り出し、辺りに散りばめる。
カレーパンは腰のホルスターから拳銃を抜き、魔法使い厨はチョークで地面に魔法陣のような絵を描き始めた。
そしてネコミミはブルマの淵に指を入れて、その穿き心地を改める。はみ出しそうになった臀部の肉が実に艶めかしい。
おっきしそうになりました。もう出来ませんけど。
そんな感じで、皆はそれぞれに意図不明な準備を終えた。生徒によっては宗教の儀式に見えなくもないが。
痛い。俺も大概だけど、皆の挙動が清々しいくらいに痛い。
まるで厨二病患者のバーゲンセールだな。
「私は離れた場所でバックアップにあたります。みんな頑張ってね」
それだけ言い残すと、先生が運転する装甲車は道路の彼方へと消えていった。
なんという放置プレイ。教職者なら監督ぐらいしてくれ。
崩壊した街並み。30人の厨二病コスプレイヤー軍団。
これから一体何が始まるというのか。俺はもう不安を通り越して、一種の諦めの境地に入っていた。
変なことになったら逃げればいいし。
なんて俺の考えは、良い意味でも悪い意味でも裏切られることになる。
「やっと来たわねバカども!退屈すぎて寝ちゃいそうだったじゃない!」
廃れた街に響く、可愛らしい声。
はっ!と、俺の脳が一気に覚醒する。
間違いない。今の声は……。
「くぎゅぅうううううううううううううううううううううッ!!」
「ふ、不洞さん!?」
ゆかりんだけでなく、皆が突然の俺の奇声に驚いていた。
ごめん、我慢できなかったの。
すごく声が似ていたの。
みなぎっちゃったの。
「な、何なのよそいつ!?」
くぎゅう声の主も、俺の奇声に驚いているご様子。
ざまぁ。
しかし二度目の声で、ようやくその主の居場所が分かった。
皆の注目がそちらに集まる。
「あ、えっと……ふ、ふん!やっと来たわねバカども!退屈すぎて寝ちゃいそうだったじゃない!」
リピート乙。
どうやら前々から考えていたセリフらしい。
「……リーダー、ちょっと無理があるのでは?」
「う、うるさいうるさい!仕方ないでしょ!あんなリアクションが返ってくるなんて思ってなかったんだから!」
「無様」
「あらまぁ、微笑ましい失敗ね」
俺達の視線の先。そこで何やら騒いでいるのは、四人の女性だった。
くぎゅう声の女の子は、俺達と同じくらいの年頃。長く茶色いツインテールを揺らし、偉そうに腕など組んで仁王立ちをしている。
その隣に立つ、小学生にしか見えない幼女はとても無愛想。金髪のクロワッサンみたいな髪がよく目立つ。
傍らには20代半ばぐらいの、どこか色気のあるお姉さん。大人な笑みが非常にソソる。
そして三人の背後で、のんびりと辺りを見渡している和田○キ子風の巨人。とにかくデカい。
はぁ、と俺は溜め息をついた。
なんでかって?
だって、あいつらも変な格好してるんだもん。
和田ア○子はまぁ、良しとしよう。このコスプレ軍団の中で一人だけ上下ジャージ。その勇気に乾杯せざるを得ない。
大人のお姉さんはTOUCHのヒロインを想像させるような、新体操のレオタードを股に食い込ませている。場違いな気がしてならない。
クロワッサンの幼女が装着しているのは金と黒の甲冑。その小さな背中には、身長の倍以上は確実にある巨大な斧を背負っている。
この幼女といいクラスの守護者 (ワロス)といい、縦ロールとかクロワッサンみたいな髪型を実際に見るとは思わなかった。
そしてリーダーと呼ばれていたくぎゅう声の女の子は、ピンクで薄手の、ちょっとゴスロリが入った風味のドレス。腰のホルダーには刃の無い短剣らしき物体を携えている。
この集団のコスプレもまた、俺のデータベースを以ってしても元ネタが分からない。
というかそれ以前に、この場に居る全員の衣装に統一性が無い。
その光景たるや、まさに人種ならぬコスプレのサラダボウルといったところ。
今上手いこと言いました。ウェヒヒヒヒヒ。
「逃げずに来たことだけは褒めてあげる。ま、どうせいつものように楽勝だろうけどね」
勝ち誇ったように貧相な胸を張るリーダーさん。
なるほど、この4人が勝負の相手という訳か。しかしそれにしては、審査員どころか観客も居ない。周りは荒廃してるし。
「手配番号H-72『アーナト・ファミリー』……今日こそ年貢の納め時ですわ!アテネの守護者たるこのわたくし、シェリー・ティネ・ラ・ベロニカが直々に成敗して差し上げます!」
そう言って、銀髪巨大ロール……シェリーたんが背中のロングソードを抜き放つ。
おぉ、意外と様になっていてカッコイイ。堂々とした風貌に演技性が全然感じられない。
それにしても、やはり外国人だったらしいシェリーたん。アテネの守護者とか言ってるけど、五輪の警備員でもしていたのだろうか?
そしてアテネの守護者なのに、何故日本にいるのか。
俺の疑問は尽きない。
「あーもう、堅っ苦しいわね!ごちゃごちゃ言ってないで早くかかってきなさいよ。アンタ達もそのために来たんでしょ!」
シェリーたんの騎士道 (ワロス)に対し、敵のリーダーは心底面倒といった様子で言い放つ。
彼我の人数は30人 (+俺)対 4人。この人数差であれだけの啖呵をきれるとは、あっぱれな度胸である。
「……よほど痛い目に遭いたいらしいですわね」
シェリーたんが唸る。たかがコスプレ関連の口論でまさかのマジ切れだろうか。
「では……」
呟きながらロングソードを空へと掲げ、
「遠慮なくやらせてもらいますわ!」
その刀身に、魔法のような輝きが集まり始め…………。
集まり始め………。
集ま…………。
絶句。
俺は目を擦った。
そしてもう一度見てみる。
ロングソードには変わらず何かの光が渦巻いている。LEDとか、そういった小道具が出せるような光じゃない。
深呼吸してみる。
僅かに残っていた自分の厨二スイッチを完全にオフにして妄想を解き、一般人の観点からしっかりと見てみる。
やっぱり、剣は光っていた。
アンヴィリーヴァヴォー。
「はっ!!」
シェリーたんが、それを振り下ろした。
途端、溜まっていた光が三日月のような弧を描いて、アスファルトを砕きながら敵リーダーに襲い掛かる。
うん、アレだ。
本気で死ぬんじゃね?
あれが何なのかは分からない。が、アスファルトの硬度を易々と破壊するのだから、生身の人間が受けたら放送できない惨状になる。
「そうそう、そうこなくっちゃ!」
しかし、正体不明の殺人光に対して敵リーダーは楽しそうに笑い、ホルダーから柄だけの剣を抜く。
すると鍔にあたる部分から、青白いビームサーベルのような光の刃が出現。それを上から下へ一振りすると、シェリーたんの放った光が真っ二つに両断された。
4人を避ける形で二つの光はそのまま進んでいき、左右の建物に衝突。
そして次の瞬間、思いっきり爆発した。
同時に俺の中の常識も爆発した。
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。
今なら○ッコロさん並にアゴが外れそうです。
あ、コッ〇ロちゃんじゃないよ?
小ボケはさておき、一体今の不思議な現象は何だったのか。そこんとこをシェリーたんに詳しく聞こうとしたら、
「いただきましたわ!」
シェリーたんは既に、相手の頭上までジャンプで接近していた。
俺の目がおかしくなければ、両者の距離は少なくとも10メートル以上開いていたはず。
しかもシェリーたんから目を放していたのは、ほんの僅か。
リアル瞬動……だと……!?
「おーそーい。欠伸が一回出ちゃったじゃない」
真上から振り下ろされたロングソードを、敵リーダーは光の刃で正面から受け止める。
一寸遅れて彼女の足元の地面が砕けた。見るからに痛そうなのに、当の本人は実に涼しい顔。
卍解でもしてんのかアイツ。
「神楽坂さん!」
「あいよ!」
シェリーたんが叫んだかと思えば、いつの間に移動していたのだろうか、カレーパンが横から何発も銃声を轟かせる。
玩具だとばかり思っていたが、どうやらあれは本物らしい。
あとで通報しておかんとな。
「ダ、メ、よ。そんなに怖い顔しちゃ」
人を軽く殺せる狂気の銃弾は、しかしレオタードのお姉さんによって簡単に防がれた。
これまた新体操っぽいリボンを振るうと、軟らかいはずの生地が正確無比に幾つもの弾を弾き落とす。
その際にたわわと揺れたあの巨乳を僕は一生忘れない。
立て続けにクラスの連中が動き始めた。
何がおかしいかって、もう全員の運動神経が半端じゃない。何メートルもジャンプするやつがいれば、ちょっとしたバイク並の速度で走るやつもいる。
ファンタスティックな映画でも見ているような気分だ。
「仁!聖!和!礼!勇!各陣至りて敵を滅せよ!」
何やら荒ぶっている陰陽師が変な呪文を唱えると、散りばめられていた札が光の球になって敵に襲い掛かる。
「……貴女たちの血を、貰う……」
ロリ吸血鬼が黒いマントを靡かせ、和○アキ子に掴み掛かる。
「集中、集中……」
あのゆかりんでさえ、奇っ怪な行動を起こしていた。
目を閉じて何かを念じる。すると周囲の地面が割れて、そこから3メートルはあろうかという瓦礫が幾つも空中に浮かび上がった。
「せぇ……のっ!」
掛け声と共に、瓦礫が砲弾のように加速し始める。
それらは敵の4人がいる場所目掛けて、容赦なく叩き込まれた。
轟音、轟音、また轟音。
なんだかテロリストの方が可愛く思えてくる。そんなレベルの破壊だった。
そして俺の股間もまた、徐々に湿り気を帯びてきた。
自衛隊でも歯が立たなさそうな攻撃の中、敵さん4人はそれを容易くあしらい、さらには反撃までしている。
幼女は巨大な斧を振り回し、レオタードのお姉さんが投げる新体操の道具は何故か次々に爆発。
和田アキ○に至っては素手。飛んでくる瓦礫や攻撃を生身の拳で打ち砕いていた。
そしてリーダーが光の剣を振れば、そこから衝撃波的な何かが飛び出す。
流れ弾が飛んできて、とうとう俺の膝が笑い始めた。
「おぉ、怖い怖い」
強がってみたものの、少しでも気を緩めたら失禁は免れない。
膀胱貧弱すぎワロタ。
もちろん俺も死にたくないし漏らしたくもないので、近くで隆起していた瓦礫の陰に身を隠すことに。
「ふぅ……」
ゆっくりと息を吐き出す。とにかく状況を整理してみよう。
俺がコスプレイベントと思っていたのは、実は過激な、それこそ戦争レベルの戦いだった。
信じられないが、クラスの連中は魔法みたいに不思議な力を扱い、現在敵と交戦中。
その敵というのは美女、美少女、幼女、和○アキ子で構成された謎の4人組。彼女らも同じく不思議な力で戦いを繰り広げている。
そしてどうやら、この2グループは敵対関係にあるらしい。
うん、カオス過ぎて理解が追い付きません。
話の流れが目茶苦茶だ。そもそもこいつら、何が原因で戦っているのか。何の為に戦っているのか。
全く想像がつかない。
とりあえず分かっているのは、今まさに俺の命が危険に晒されているということ。
この間死にかけたばかりだというのに、またこれか。
「助けてドラえ○ん……」
それとなく呟いてみたら、近くに飛んできたのは猫型ロボットではなく恐怖の流れ弾だった。
膀胱が悲鳴を上げる。
これは本当に死ぬかもしれん。物理的にも社会的にも。
この瓦礫の壁もいつまでもつか分かったもんじゃない。
それにもしあの4人がこっちに来たら終わりだ。
自分の身は自分で守れ、なんて昔からの格言に従って刃向かうしかないのだろうか。
ならば戦いである以上、俺も武器が欲しいところだ。出来ればニートでも扱えて、一発で建物ひとつ葬れるくらいの武器が。
欲を言えばギアファイター電童とか。
しかし悲しいかな、今俺の手にあるのは一振りの日本刀だけ。
これ一本であの戦火の中に突撃しろと?戦時の日本兵じゃあるまいし、そんな無謀さは持ち合わせていない。
無理ゲー過ぎんだろ。
ピピッ。
絶望の最中、聞き慣れない電子音が俺の耳に届く。
そっと周囲を見渡してみる。しかし目に入るのは瓦礫や荒廃した光景だけ。
ピピッ。ピピッ。
尚も鳴り続ける奇妙な音。ふと視線を落とすと、そこに発信源があった。
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッピ。ピピピピピピピッ、ピピピッピ。
音の出元は俺が片手に抱えている小箱。
微妙にリズムを刻んでいる辺りが実に小憎らしい。
今はこんなものに構っている余裕なんて無いのだが、無視してもずっと鳴り続けるので正直鬱陶しい。
「いや……待てよ?」
ふと、俺は考える。
ひょっとして、これは神のお告げだろうか?「困った時に開けなさい」的なノリで。
あるいは「こんなこともあろうかと!」という90年代のロボットアニメ的なノリで。
普通なら迷わず開けていることだろう。だが、ある不安がそれを許さない。
これはあの黒若が、あの変態が送ってきた物だ。それだけで開けたくない理由は充分だろう。
パンドラの箱すぎて困る。
ピッピピピピッピー、ピッピ。
そろそろ本気でウザくなってきたところに、響き渡る壮絶な爆音。
鼓膜を叩かれ、俺は竦み上がった。
もう黒若が云々とか言ってる場合じゃない。今は藁にも黒若にも縋りたい気分だ。
少し考えてみよう。
送られてきた物の一つは長細い筒状のもの。その正体は日本刀だった。
ならば、もう一つの箱の中身とは?
同じように凶器が入っているとすれば、真っ先に思いつくのは拳銃だ。無駄なアラーム機能付きの。
とてもあの連中と戦えそうにはないが、それでも無いよりは遥かにマシだろう。
黒若もたまには空気を読むじゃないか。これは期待せざるを得ない。
「くっ……オープン・ザ・ウィンドウ!」
流行に乗ってみました。
封を破り捨てて蓋を開ける。
ピーピピピーピピピーピピピーピピピッピピピッピッピッピッピー。
「…………」
中で五月蝿い音を鳴らしていたのは、何の変哲も無いただの腕時計だった。
詰んだ。
どうやら黒若は末代まで祟らなければならないらしい。
腕時計なんかでどうしろと?仮にこれが時計型麻酔銃だったとしても、あのバケモンどもに立ち向かうのは自殺行為だ。
ピーピーピーイェアッピーピッピビーピー。
なんだろう。今さりげなく黒人のレゲェが混ざった気がする。
擦り潰したい衝動に駆られるが、まずはこの喧しい音を消しておこう。
もちろんその後に捨てるけどね。
「えっと……アラーム消すのってどれだ?」
この時計、やけにボタンが多い。
針板の左右に二つずつ、そして上下にも一つずつ。どれが何のボタンなのか非常に分かり辛い。
とにかく順番に押していくと、三つ目のボタンでアラームが鳴り止んだ。
直後、ザザザザ……とノイズのような音が走ったかと思えば、
【もしもーし。あ、やっと繋がったみたいだね】
腕時計から声が聞こえてきたのは、ついこの間まで耳にしていた憎きマッドドクターの声。
下水に捨てたい男性外道医オブ・ザ・イヤーを欲しいままにする黒若のものだった。
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