第9話 このニート……動くぞ!

開いた口が塞がらない。


ちょっと待ってほしい。クラスの連中は一体どうなった。


チラリと瓦礫から顔を出して覗いてみると、そこには惨状が広がっていた。


「れ、連邦のモビルスーツは化け物か……!?」


立っている生徒は一人もいない。全員が力無く地面に倒れ伏している。


血が飛び散っていない辺り、どうやら死んでいるワケではなさそうだが。いや見た目の傷が無いだけで死んでるかもしれんけど。


しかも、くぎゅうには傷どころか埃ひとつ付いていない。


あの人数差でボロ負けしたのかよ。テラワロス。


「今回も歯ごたえが無かったなー。この集団とやるのは2回目だったか?精進が足りないね」


「こっちもあらかた片付いたわよぉ」


○田アキ子もレオタードお姉さんも、まるで駅前で待ち合わせしていたかのようなノリで集まってきた。




バシュンッ!




不意に響く銃声。それが俺の耳に届いた時には既に、お姉さんのリボンが一発の銃弾を受け止めていた。


確かスナイパーライフルを持った生徒がいたはずだ。おそらくはそいつの狙撃なのだろうが、音速の倍以上もある速さの弾丸を受け止めるってどうよ?


「あらあら、上手なかくれんぼね」


お姉さんが棒を振ると、その先端のリボンが異常に伸び始める。ビュン!と風を切りながら直進していくリボンがとある建物の一角に突き刺さり、次の瞬間には凄い勢いで爆発した。


心無しか、「みぎゃっ」とかいう悲鳴が聞こえた気がする。


「もうおいたしちゃダ・メ・よ?」


今現在あんたがそれ以上の暴挙に出ていることに何故気付かない。

 

これは詰んだ。


俺の周りには、超人のクラスメイト全員でかかっても傷ひとつ付けられない化け物が4人。


対する俺は日本刀を持っているだけのニート予備軍。


蟻が象に挑むようなものだ。


「で、こいつどうしよっか?」


「リーダーにお任せする」


「好きにしちゃっていいわよぉ」


どうやら俺の調理法について話し合っているらしい。


命請いをするなら今がチャンスだ。


「ゆ、許してくぎゅう……」


「だからそのくぎゅうって何よ!?私にはエイミーって立派な名前があんの!」


「永眠……?」


「エイミー!!」


しまった、つい煽ってしまった。こいつら見た目だけは全然怖くないからな。


「……ったく、あんたと話してると調子狂うわ。ほんと変なヤツ」


まぁ否定はせんよ。


そんなことはともかく。


「俺は正義の味方とか興味無いんで、これで失礼させてもらいますね。じゃっ」


このほのぼのとした流れなら逃げるのも難しくはないはず。敵意さえ見せなければ問題ないだろう。


相手も人間なんだ。話せば分かってくれる。


「…………俺?」


エイミーとやらは俺の一人称に疑問を持っているようだが、それだけのことで、襲い掛かってくるような気配は無い。


和田ア○子も、お姉さんも同様だ。


なんだ、案外と呆気ない。どれだけ常人離れした力を持っていようが所詮中身はただの女性ということか。


……なんて思っていた時期が俺にもありま以下略。




「逃がさない」




俺の行く先に、金髪クロワッサン幼女が立ちはだかった。


身長や顔だけ見ていれば可愛いものだが、彼女の手には自分の倍ほどもある巨大な斧が握られている。


しかも、片手で。

 

この幼女、今の話を聞いていなかったのだろうか。


俺に戦う意志は無いっつってんだろ。


「いつもいつも、みんな弱すぎて退屈。話にならない。戦い足りない」


どこの戦闘民族だ。


しかしこの雰囲気はまずい。どうにかしないと。


まったく、厄介な幼女に目をつけられたものだ。


「よし、取り引きをしようか。ここで俺を見逃してくれたら、今度○カちゃん人形を買って差し上げよう。だから何も言わずにそこをどいてくれ。おk?」


「準備はいい?」


「ちょっ!?」


鼻先に斧を突き付けられる。


正直に言おう。少しだけ出ちゃいました。


「この人達は弱い。でも、あなたは違う。あなたはこの人達の中で一番できる。だから私と戦う。私を満足させる」


駄目だこいつ、早く何とかしないと……。


どうしてこうも突っ掛かってくるんだ。今の俺はどう見ても無抵抗な普通の女子高生じゃないか。コスプレしてるけど。


幼女の考え方は理解できない。幻想抱き過ぎだろ。


「オーケー、分かった……なら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!」


「望むところ」


「すいませんっしたぁ!!」


幼女が構えをとった瞬間、俺は咄嗟に地面に手をついた。


足を揃えて正座し、両手はそっと地面に添え、誠心誠意で頭を下げる。


つまるところ土下座です。

 

「……プライドってもんが無いの?」


背後からエイミーさんの呆れた声が聞こえてくる。


「プライド?何それ美味しいの?」


「見かけによらず相当なクズね、あんた……」


罵倒なんて気にしない気にしない。頭下げるだけで助かるなら安いもんだろ。


それに罵られるのはネットで慣れている。


クソスレを立てたときのネット民の誹謗中傷ときたら生半可じゃないからな。




俺のエクストリーム土下座が炸裂し、静寂が辺りを支配する。


どれだけ時間が経っただろうか。少なくとも数分は続けている気がする。


それにしても、リアクションが来ないのが凄く怖い。


チラッと、上を覗いてみる。




心臓が跳ね上がっちゃちゃっちゃ。




俺の正面に立つ幼女は巨斧を空へと掲げ、今まさに振り下ろさんとするところだった。


俺めがけて。


「ぶるぁああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」


俺は咄嗟に横へ跳び、ゴロゴロと地面を転がりながら回避を試みる。


コンマ数秒遅れて、斧の刃が俺が元居た場所を砕いた。


砕くというか、もう爆発が起きたような感じ。


衝撃とともに地面が割れ、10メートルくらい遠くまで亀裂が走る。


危ねぇえええええええ!避けなかったら冗談抜きで体が真っ二つだったじゃねぇか!!

 

「……ほら、ちゃんと避けた」


どうだ、と言わんばかりの幼女。


当たり前だ。避けなきゃ死んでるだろうが。


「へぇ、あの速さを避けるなんてなかなかやるじゃない」


エイミーは感心しているようだったが、こっちはそれどころじゃない。


頭の中は「どうやって逃げるか」でいっぱいです。


「リーダー、あの人は私に譲って」


「はいはい。嫌だって言っても聞かないくせに」


「感謝」


幼女が地面を蹴る。


バゴッ!と地面が砕け、勢いを得た体が砲弾のように跳躍を始めた。


今ならヤムチャの気持ちが分かる。


勝てる気がしません。


【戦闘に入ったのかい?よし、コテンパンにしちゃいなよ】


「出来るワケねぇだろぉおお!」


などと御大将の真似をしている隙に、幼女がすぐそこにまで迫ってきていた。


空中で斧を腰溜めに構え、横薙ぎに大きく。


「あっぱぱぱぁああああッ!」


慌てて体を後ろに反らす、次の瞬間には、斧の先端が喉のすぐ前を通過していった。


心臓が激しいビートを刻み出す。でも、おかげさまで膀胱付近の筋肉がキュっと閉まり漏らさずに済んだ。


幼女は空振りした勢いを利用して一回転。まさかの二撃目を繰り出してくる。


こんどは太もも狙いだろうか、若干ながら軌道が低くなっている気がする。


「だがしかしッ!」


斬撃が迫る刹那、俺がバック転をすると、脚の下を斧が通り過ぎていく。


そのまま着地。前を見ると、幼女はさらに一回転していた。


なんという華麗なトリプルアクセル。フィギュアスケート界の新星がここに誕生した。

 

今度は空中で体を捻り、軌道を変えて縦一文字に振り下ろしてくる。


狙いは俺の脳天。真っ二つにする気満々ときた。


「甘いわ、小童めが!」


左半身を後ろに下げ、右肩を突き出すような体勢で体の軸を少しずらすと、俺のすぐ側に巨斧が振り下ろされた。


刃面が地面に食い込み、破砕する。


「…………ッ!」


幼女は無言。刺さった巨斧を抜こうとせず、そのまま野球のバッターよろしく横向きに強く振るう。


もちろん、その先には俺がいるワケで。


「ぶもらっ!?」


横から襲い掛かる重圧。これが刃面じゃなく腹の部分だったのは不幸中の幸いだけれども。


そして俺を乗せたまま、幼女は容赦無く巨斧を振り抜いてきやがった。


体全体が急激に加速度を与えられ、常識じゃ考えられない速さで打ち出される。


リアル人間大砲。


「ニートに不可能は……無いッ!」


飛んでいく中で体を捻る。


体勢を立て直した上で地面に足を着くと、数メートルほど後ずさったところでようやく停止した。


地面には黒く焦げた足跡と、摩擦熱による煙が残っている。


「見たか!これが……」


これ……が……。




………………ぬぅ?




今のは一体何ぞ?


途中からテンション上がってきたせいで気付かなかったが、冷静になって考えてみれば、さっきの俺の動きは普通じゃない。


というか第一、ものっそい速さで繰り出される攻撃を目で捉えられている時点で既におかしい。


「これはまさか……邪気眼!?あの日に封印した筈なのに、一体何故だ……」


みたいな厨二心が蘇ってきたりこなかったり。

 

しかしなるほど、これが黒若が言っていた俺の力か。


凄まじい運動性能だ。今なら騎士王にだって勝てる気がする。


「……邪気眼?あなたの能力は魔眼の類?」


純粋な幼女の視線が痛い。


能力じゃないよ。どっちかっていうと病気だよ。ググってからまたおいで。


「でも、この期に及んでまだ剣を抜かないのは気に入らない」


日本刀を指差して幼女は不満を口にする。


いや、だってさぁ。唯一の武器っつったって、こんなチンケなもんが訳に立つとは思えんのですよ。


「次は全力でいく。抜かないなら、あなたは死ぬ」


幼女が巨斧を掲げると、周囲の空気が一変した。


オーラや雰囲気じゃない。物理的に、風の流れが急激に変わり始める。


風○結界でも標準装備してんのかな、あれ。刃見えてるけど。


「……エア・ヴォルテックス」


それがあやつの宝具の名か。


しかし驚きだ。巨斧を覆うように渦巻く空気の流れが視認できる。


空気って普通目に見えんだろ。


そして幼女が跳んだ。十数メートルはあった筈の距離があっという間に詰まる。


「今度は、さっきのようにはいかない」


そう言って斧を振り下ろしてくる。


速度も軌道も先程と全く同じだったが、風の渦がある分、迫力は段違い。


俺が恐れをなして逃げ出すには十分だった。


「戦略的撤退!」


幼女とは反対方向に全力でダッシュ。情けないと罵りたいなら好きにしろ。構わん。


いくら体が強いからって怖いもんは怖いんだよ。

 

タッチの差で巨斧が俺の背中を通り過ぎる。


そのまま地面に激突し、何かが爆ぜた。


斧の用途間違ってんじゃないかなという感じの、対戦車地雷級の爆発。背後からの爆風で俺の体が浮いて軽々と吹っ飛ばされる。


なるほど。極限に練り込んだ空気圧を斬撃と同時に解放しているワケか。だいたいそんな具合だろう。


まさか俺の厨二的思考がこんなところで役に立つとは。


そしてこんな状況でも余裕で考えていられる自分にビックリ。


「エア・スマッシャー」


追い付いてきた幼女がまた巨斧をスイングする。


「おまっ、タイムタイム!」


俺は咄嗟に日本刀を突き出した。


巨斧自体は当たらなかった。が、同時に放出された風の奔流が俺の手から日本刀を弾き飛ばす。


ワーオ。


終始無表情の幼女だが、その瞳には嬉々とした光が宿っていた。既に次の一撃の準備を済ませているらしい。


刃が俺に迫る。


「まだだ……まだ終わらんよ!」


もうこうなりゃチンケでもなんでもいい。飛んでいく日本刀に向かって俺は手を伸ばした。


中心とまではいかなくとも、柄の端を握ることに成功。


そのまま力任せに引っ張り、空中で抜刀する。


鞘どっか飛んでいったけど。


「ふんっ!」


ガキン!と金属同士を打ち鳴らす甲高い音が響き渡る。


片や超重量の巨斧プラス空気の塊。片や細長い一本の日本刀。


常識で考えれば、勝負の結果は火を見るよりも明らか。


しかし俺の振った一撃は、巨斧を受け止めることに成功していた。

 

二つの刃の衝突で、周囲に衝撃波が広がった。


「……やっぱり、私の目に狂いは無かった」


「頭は狂っちょるけどな」


「安い挑発」


本心を述べただけです。


互いに武器を振って拮抗状態から弾かれ、その反動で少し距離をおいて着地する。


と思ったら、すかさず幼女が巨斧を振り回しながら特攻してきた。


ヘラクレスも顔負けのバーサーカーっぷりである。


一振り目をバックステップでやり過ごし、間髪入れずに繰り出された追撃を刀で受け止める。


空気の渦で衝突面がガガガガガガガ!とチェーンソーみたいに振動しているが、それでも日本刀は折れるどころか傷一つ付かない。


「フンッ、温いわ!そんな力押しで倒せるほど私は甘くないのだよ!」


刀を上手く傾け、刃面に沿わせる形で巨斧を逸らす。


「なるほど。面白い。楽しい。でもこれならどう?」


幼女が何かのギミックを発動させた。


すると巨斧の刃の部分が格好いい音を鳴らしながら形を変え、これまた巨大な剣へと変貌した。


まさにスラッシュアックいや何でもありません。


「エア・スライサー」


大剣の刀身に鋭い風が宿る。


何あれ凄く痛そうなんだけど。そんな人外兵器を振り回してくる幼女さんってば鬼畜以外の何者でもない。

 

しかもなんかさっきより速い気がするし。


……っと、暢気に考えてる場合じゃなかった。


「モンハンでその振り回し方は死亡フラグだぞ、幼女」


次々と繰り出される斬撃に、同じくこちらも斬撃をぶつけて威力を相殺していく。


エア・スライサーとかいうのは、どうやら切れ味を強化する技らしい。なんか見た目がそれっぽいし。


だがそれも、今の俺には通用しない。


風の刃を難なく切り裂き、技の核であろう大剣の刃と俺の刀がぶつかる。


時折飛んでくる『突き』も、側面から刀を当ててやることでその軌道を逸らしてやる。


素晴らしい。どれだけ重圧がかかっても手は痺れないし、どんなに激しい動きでも疲労の溜まりは少ない。持久走の序盤のように、ちょっと呼吸が荒くなる程度だ。


おまけに刀も全然壊れないときた。


やべぇ、マジでテンション上がってきた。


「この日本刀すごぉいよぉ!さすが日本のお侍さん!」


こりゃ無双だわ。


「……ッ、なんで」


幼女が眉を潜める。ポーカーフェイスは健在だが、それでも息は俺よりずっと荒くなっていた。


「なんで、私の攻撃がこうも防がれる?」


「坊やだからさ」


「意味が分からない」


うん、俺も分からない。

 

喜びと楽しみ、そして悔しさ。


幼女の中ではそんな感情が入り混じっている。


気がした。


まぁ、あながち間違いでもあるまい。


「もう一つ聞きたい」


剣劇が繰り広げられる最中、幼女が尋ねてきた。


話すときくらい攻撃を止めてもいいだろうが、という俺の気持ちは間違っていないと信じたい。


「あなたは強い。それは確か」


「褒めても何も出ないぞ」


「なのに、何故攻撃してこない?」


言葉と共に迫る大剣を弾き返す。


幼女の言う通り、さっきから俺はこうして防いでいるだけで、決して自分から切り掛かろうとはしていない。


何故かって、そんなの簡単だ。


「幼女を傷つけるとか、生憎そんなリョナ属性なんて持ち合わせちゃいないんでね」


というか人として当たり前だと思う。


これがガチムチのゲイな兄貴だったら俺も迷わず心臓をぶっ刺すだろうが、女性を相手に容赦無く凶器を振り回せるほど俺はトチ狂っておりませんの。


見た目は淑女、頭脳は紳士。これからはこのキャッチフレーズでいきたいと思います。


「それは、私に対する侮辱?」


言葉こそ疑問形だが、なんだか憤怒っぽい雰囲気が伝わってきた。


別に馬鹿にしたつもりは無いんだが。

 

「侮辱じゃない。むしろ思いやりと受け取ってほしいざんす」


「そんな気遣いなら願い下げ」


言って、幼女は俺から距離をとった。


離れた割に停戦の意は見えない。どっちかっていうと今までよりも殺気立っておられる。


次の攻撃の為の準備といったところか。


「起きろ、エゼルリング」


幼女が構えた大剣にそう呼び掛けると、その刀身が眩い緑色の光を放ち始めた。


ここにきてまさかの始解。


しかし形状が変化するようなことはなく、発光の正体は強大なエネルギーらしい。


「これをまともに受けたら、いくらあなたでも無事では済まないはず」


「じゃあやるなよ」


「全力で戦わないあなたが悪い」


なんという責任転嫁だろう。


こっちは戦いたくないっつってんのに、強要してきたばかりか逆ギレされるとは。


それはさておき、幼女の言う通りさっきまでとは迫力が段違いだ。


正直逃げ出したい。


「黒若、なんか敵さんが必殺技っぽい準備をしてるんだがどうしよう」


【その気持ち、正面から受け止めてあげなよ】


「お前に相談した俺がバカだった」


なんて役に立たない野郎だ。


「今度こそ、一撃入れてみせる」


その一撃で他界するという可能性は考慮してくれないのだろうか。

 

流石にあれを受け止めようとするほど俺も馬鹿じゃない。


逃げるに気まってんだろ。


表面上は好戦的な表情を保ちつつ、頭の中では逃走ルートを模索しまくる。


やはり引き付けてから避けるのが最善か。普通に逃げ回っていても追ってくるし。


空振りさせりゃ必殺技も終わるだろう。それが相場ってもんだ。


などと考えていると、






「……ふ、不洞……さん?」






不意に、弱々しい声が聞こえてくる。


今の声はゆかりんのものだ。間違いない。


問題なのは、それが聞こてきた場所。


俺のすぐ背後からです。


こっそり振り返ってみると、力無く地面に横たわりつつも、微かに目を開いて俺を見つめるゆかりんの姿があった。

開いた口が塞がらない。


ちょっと待ってほしい。クラスの連中は一体どうなった。


チラリと瓦礫から顔を出して覗いてみると、そこには惨状が広がっていた。


「れ、連邦のモビルスーツは化け物か……!?」


立っている生徒は一人もいない。全員が力無く地面に倒れ伏している。


血が飛び散っていない辺り、どうやら死んでいるワケではなさそうだが。いや見た目の傷が無いだけで死んでるかもしれんけど。


しかも、くぎゅうには傷どころか埃ひとつ付いていない。


あの人数差でボロ負けしたのかよ。テラワロス。


「今回も歯ごたえが無かったなー。この集団とやるのは2回目だったか?精進が足りないね」


「こっちもあらかた片付いたわよぉ」


○田アキ子もレオタードお姉さんも、まるで駅前で待ち合わせしていたかのようなノリで集まってきた。




バシュンッ!




不意に響く銃声。それが俺の耳に届いた時には既に、お姉さんのリボンが一発の銃弾を受け止めていた。


確かスナイパーライフルを持った生徒がいたはずだ。おそらくはそいつの狙撃なのだろうが、音速の倍以上もある速さの弾丸を受け止めるってどうよ?


「あらあら、上手なかくれんぼね」


お姉さんが棒を振ると、その先端のリボンが異常に伸び始める。ビュン!と風を切りながら直進していくリボンがとある建物の一角に突き刺さり、次の瞬間には凄い勢いで爆発した。


心無しか、「みぎゃっ」とかいう悲鳴が聞こえた気がする。


「もうおいたしちゃダ・メ・よ?」


今現在あんたがそれ以上の暴挙に出ていることに何故気付かない。

 

これは詰んだ。


俺の周りには、超人のクラスメイト全員でかかっても傷ひとつ付けられない化け物が4人。


対する俺は日本刀を持っているだけのニート予備軍。


蟻が象に挑むようなものだ。


「で、こいつどうしよっか?」


「リーダーにお任せする」


「好きにしちゃっていいわよぉ」


どうやら俺の調理法について話し合っているらしい。


命請いをするなら今がチャンスだ。


「ゆ、許してくぎゅう……」


「だからそのくぎゅうって何よ!?私にはエイミーって立派な名前があんの!」


「永眠……?」


「エイミー!!」


しまった、つい煽ってしまった。こいつら見た目だけは全然怖くないからな。


「……ったく、あんたと話してると調子狂うわ。ほんと変なヤツ」


まぁ否定はせんよ。


そんなことはともかく。


「俺は正義の味方とか興味無いんで、これで失礼させてもらいますね。じゃっ」


このほのぼのとした流れなら逃げるのも難しくはないはず。敵意さえ見せなければ問題ないだろう。


相手も人間なんだ。話せば分かってくれる。


「…………俺?」


エイミーとやらは俺の一人称に疑問を持っているようだが、それだけのことで、襲い掛かってくるような気配は無い。


和田ア○子も、お姉さんも同様だ。


なんだ、案外と呆気ない。どれだけ常人離れした力を持っていようが所詮中身はただの女性ということか。


……なんて思っていた時期が俺にもありま以下略。




「逃がさない」




俺の行く先に、金髪クロワッサン幼女が立ちはだかった。


身長や顔だけ見ていれば可愛いものだが、彼女の手には自分の倍ほどもある巨大な斧が握られている。


しかも、片手で。

 

この幼女、今の話を聞いていなかったのだろうか。


俺に戦う意志は無いっつってんだろ。


「いつもいつも、みんな弱すぎて退屈。話にならない。戦い足りない」


どこの戦闘民族だ。


しかしこの雰囲気はまずい。どうにかしないと。


まったく、厄介な幼女に目をつけられたものだ。


「よし、取り引きをしようか。ここで俺を見逃してくれたら、今度○カちゃん人形を買って差し上げよう。だから何も言わずにそこをどいてくれ。おk?」


「準備はいい?」


「ちょっ!?」


鼻先に斧を突き付けられる。


正直に言おう。少しだけ出ちゃいました。


「この人達は弱い。でも、あなたは違う。あなたはこの人達の中で一番できる。だから私と戦う。私を満足させる」


駄目だこいつ、早く何とかしないと……。


どうしてこうも突っ掛かってくるんだ。今の俺はどう見ても無抵抗な普通の女子高生じゃないか。コスプレしてるけど。


幼女の考え方は理解できない。幻想抱き過ぎだろ。


「オーケー、分かった……なら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!」


「望むところ」


「すいませんっしたぁ!!」


幼女が構えをとった瞬間、俺は咄嗟に地面に手をついた。


足を揃えて正座し、両手はそっと地面に添え、誠心誠意で頭を下げる。


つまるところ土下座です。

 

「……プライドってもんが無いの?」


背後からエイミーさんの呆れた声が聞こえてくる。


「プライド?何それ美味しいの?」


「見かけによらず相当なクズね、あんた……」


罵倒なんて気にしない気にしない。頭下げるだけで助かるなら安いもんだろ。


それに罵られるのはネットで慣れている。


クソスレを立てたときのネット民の誹謗中傷ときたら生半可じゃないからな。




俺のエクストリーム土下座が炸裂し、静寂が辺りを支配する。


どれだけ時間が経っただろうか。少なくとも数分は続けている気がする。


それにしても、リアクションが来ないのが凄く怖い。


チラッと、上を覗いてみる。




心臓が跳ね上がっちゃちゃっちゃ。




俺の正面に立つ幼女は巨斧を空へと掲げ、今まさに振り下ろさんとするところだった。


俺めがけて。


「ぶるぁああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」


俺は咄嗟に横へ跳び、ゴロゴロと地面を転がりながら回避を試みる。


コンマ数秒遅れて、斧の刃が俺が元居た場所を砕いた。


砕くというか、もう爆発が起きたような感じ。


衝撃とともに地面が割れ、10メートルくらい遠くまで亀裂が走る。


危ねぇえええええええ!避けなかったら冗談抜きで体が真っ二つだったじゃねぇか!!

 

「……ほら、ちゃんと避けた」


どうだ、と言わんばかりの幼女。


当たり前だ。避けなきゃ死んでるだろうが。


「へぇ、あの速さを避けるなんてなかなかやるじゃない」


エイミーは感心しているようだったが、こっちはそれどころじゃない。


頭の中は「どうやって逃げるか」でいっぱいです。


「リーダー、あの人は私に譲って」


「はいはい。嫌だって言っても聞かないくせに」


「感謝」


幼女が地面を蹴る。


バゴッ!と地面が砕け、勢いを得た体が砲弾のように跳躍を始めた。


今ならヤムチャの気持ちが分かる。


勝てる気がしません。


【戦闘に入ったのかい?よし、コテンパンにしちゃいなよ】


「出来るワケねぇだろぉおお!」


などと御大将の真似をしている隙に、幼女がすぐそこにまで迫ってきていた。


空中で斧を腰溜めに構え、横薙ぎに大きく。


「あっぱぱぱぁああああッ!」


慌てて体を後ろに反らす、次の瞬間には、斧の先端が喉のすぐ前を通過していった。


心臓が激しいビートを刻み出す。でも、おかげさまで膀胱付近の筋肉がキュっと閉まり漏らさずに済んだ。


幼女は空振りした勢いを利用して一回転。まさかの二撃目を繰り出してくる。


こんどは太もも狙いだろうか、若干ながら軌道が低くなっている気がする。


「だがしかしッ!」


斬撃が迫る刹那、俺がバック転をすると、脚の下を斧が通り過ぎていく。


そのまま着地。前を見ると、幼女はさらに一回転していた。


なんという華麗なトリプルアクセル。フィギュアスケート界の新星がここに誕生した。

 

今度は空中で体を捻り、軌道を変えて縦一文字に振り下ろしてくる。


狙いは俺の脳天。真っ二つにする気満々ときた。


「甘いわ、小童めが!」


左半身を後ろに下げ、右肩を突き出すような体勢で体の軸を少しずらすと、俺のすぐ側に巨斧が振り下ろされた。


刃面が地面に食い込み、破砕する。


「…………ッ!」


幼女は無言。刺さった巨斧を抜こうとせず、そのまま野球のバッターよろしく横向きに強く振るう。


もちろん、その先には俺がいるワケで。


「ぶもらっ!?」


横から襲い掛かる重圧。これが刃面じゃなく腹の部分だったのは不幸中の幸いだけれども。


そして俺を乗せたまま、幼女は容赦無く巨斧を振り抜いてきやがった。


体全体が急激に加速度を与えられ、常識じゃ考えられない速さで打ち出される。


リアル人間大砲。


「ニートに不可能は……無いッ!」


飛んでいく中で体を捻る。


体勢を立て直した上で地面に足を着くと、数メートルほど後ずさったところでようやく停止した。


地面には黒く焦げた足跡と、摩擦熱による煙が残っている。


「見たか!これが……」


これ……が……。




………………ぬぅ?




今のは一体何ぞ?


途中からテンション上がってきたせいで気付かなかったが、冷静になって考えてみれば、さっきの俺の動きは普通じゃない。


というか第一、ものっそい速さで繰り出される攻撃を目で捉えられている時点で既におかしい。


「これはまさか……邪気眼!?あの日に封印した筈なのに、一体何故だ……」


みたいな厨二心が蘇ってきたりこなかったり。

 

しかしなるほど、これが黒若が言っていた俺の力か。


凄まじい運動性能だ。今なら騎士王にだって勝てる気がする。


「……邪気眼?あなたの能力は魔眼の類?」


純粋な幼女の視線が痛い。


能力じゃないよ。どっちかっていうと病気だよ。ググってからまたおいで。


「でも、この期に及んでまだ剣を抜かないのは気に入らない」


日本刀を指差して幼女は不満を口にする。


いや、だってさぁ。唯一の武器っつったって、こんなチンケなもんが訳に立つとは思えんのですよ。


「次は全力でいく。抜かないなら、あなたは死ぬ」


幼女が巨斧を掲げると、周囲の空気が一変した。


オーラや雰囲気じゃない。物理的に、風の流れが急激に変わり始める。


風○結界でも標準装備してんのかな、あれ。刃見えてるけど。


「……エア・ヴォルテックス」


それがあやつの宝具の名か。


しかし驚きだ。巨斧を覆うように渦巻く空気の流れが視認できる。


空気って普通目に見えんだろ。


そして幼女が跳んだ。十数メートルはあった筈の距離があっという間に詰まる。


「今度は、さっきのようにはいかない」


そう言って斧を振り下ろしてくる。


速度も軌道も先程と全く同じだったが、風の渦がある分、迫力は段違い。


俺が恐れをなして逃げ出すには十分だった。


「戦略的撤退!」


幼女とは反対方向に全力でダッシュ。情けないと罵りたいなら好きにしろ。構わん。


いくら体が強いからって怖いもんは怖いんだよ。

 

タッチの差で巨斧が俺の背中を通り過ぎる。


そのまま地面に激突し、何かが爆ぜた。


斧の用途間違ってんじゃないかなという感じの、対戦車地雷級の爆発。背後からの爆風で俺の体が浮いて軽々と吹っ飛ばされる。


なるほど。極限に練り込んだ空気圧を斬撃と同時に解放しているワケか。だいたいそんな具合だろう。


まさか俺の厨二的思考がこんなところで役に立つとは。


そしてこんな状況でも余裕で考えていられる自分にビックリ。


「エア・スマッシャー」


追い付いてきた幼女がまた巨斧をスイングする。


「おまっ、タイムタイム!」


俺は咄嗟に日本刀を突き出した。


巨斧自体は当たらなかった。が、同時に放出された風の奔流が俺の手から日本刀を弾き飛ばす。


ワーオ。


終始無表情の幼女だが、その瞳には嬉々とした光が宿っていた。既に次の一撃の準備を済ませているらしい。


刃が俺に迫る。


「まだだ……まだ終わらんよ!」


もうこうなりゃチンケでもなんでもいい。飛んでいく日本刀に向かって俺は手を伸ばした。


中心とまではいかなくとも、柄の端を握ることに成功。


そのまま力任せに引っ張り、空中で抜刀する。


鞘どっか飛んでいったけど。


「ふんっ!」


ガキン!と金属同士を打ち鳴らす甲高い音が響き渡る。


片や超重量の巨斧プラス空気の塊。片や細長い一本の日本刀。


常識で考えれば、勝負の結果は火を見るよりも明らか。


しかし俺の振った一撃は、巨斧を受け止めることに成功していた。

 

二つの刃の衝突で、周囲に衝撃波が広がった。


「……やっぱり、私の目に狂いは無かった」


「頭は狂っちょるけどな」


「安い挑発」


本心を述べただけです。


互いに武器を振って拮抗状態から弾かれ、その反動で少し距離をおいて着地する。


と思ったら、すかさず幼女が巨斧を振り回しながら特攻してきた。


ヘラクレスも顔負けのバーサーカーっぷりである。


一振り目をバックステップでやり過ごし、間髪入れずに繰り出された追撃を刀で受け止める。


空気の渦で衝突面がガガガガガガガ!とチェーンソーみたいに振動しているが、それでも日本刀は折れるどころか傷一つ付かない。


「フンッ、温いわ!そんな力押しで倒せるほど私は甘くないのだよ!」


刀を上手く傾け、刃面に沿わせる形で巨斧を逸らす。


「なるほど。面白い。楽しい。でもこれならどう?」


幼女が何かのギミックを発動させた。


すると巨斧の刃の部分が格好いい音を鳴らしながら形を変え、これまた巨大な剣へと変貌した。


まさにスラッシュアックいや何でもありません。


「エア・スライサー」


大剣の刀身に鋭い風が宿る。


何あれ凄く痛そうなんだけど。そんな人外兵器を振り回してくる幼女さんってば鬼畜以外の何者でもない。

 

しかもなんかさっきより速い気がするし。


……っと、暢気に考えてる場合じゃなかった。


「モンハンでその振り回し方は死亡フラグだぞ、幼女」


次々と繰り出される斬撃に、同じくこちらも斬撃をぶつけて威力を相殺していく。


エア・スライサーとかいうのは、どうやら切れ味を強化する技らしい。なんか見た目がそれっぽいし。


だがそれも、今の俺には通用しない。


風の刃を難なく切り裂き、技の核であろう大剣の刃と俺の刀がぶつかる。


時折飛んでくる『突き』も、側面から刀を当ててやることでその軌道を逸らしてやる。


素晴らしい。どれだけ重圧がかかっても手は痺れないし、どんなに激しい動きでも疲労の溜まりは少ない。持久走の序盤のように、ちょっと呼吸が荒くなる程度だ。


おまけに刀も全然壊れないときた。


やべぇ、マジでテンション上がってきた。


「この日本刀すごぉいよぉ!さすが日本のお侍さん!」


こりゃ無双だわ。


「……ッ、なんで」


幼女が眉を潜める。ポーカーフェイスは健在だが、それでも息は俺よりずっと荒くなっていた。


「なんで、私の攻撃がこうも防がれる?」


「坊やだからさ」


「意味が分からない」


うん、俺も分からない。

 

喜びと楽しみ、そして悔しさ。


幼女の中ではそんな感情が入り混じっている。


気がした。


まぁ、あながち間違いでもあるまい。


「もう一つ聞きたい」


剣劇が繰り広げられる最中、幼女が尋ねてきた。


話すときくらい攻撃を止めてもいいだろうが、という俺の気持ちは間違っていないと信じたい。


「あなたは強い。それは確か」


「褒めても何も出ないぞ」


「なのに、何故攻撃してこない?」


言葉と共に迫る大剣を弾き返す。


幼女の言う通り、さっきから俺はこうして防いでいるだけで、決して自分から切り掛かろうとはしていない。


何故かって、そんなの簡単だ。


「幼女を傷つけるとか、生憎そんなリョナ属性なんて持ち合わせちゃいないんでね」


というか人として当たり前だと思う。


これがガチムチのゲイな兄貴だったら俺も迷わず心臓をぶっ刺すだろうが、女性を相手に容赦無く凶器を振り回せるほど俺はトチ狂っておりませんの。


見た目は淑女、頭脳は紳士。これからはこのキャッチフレーズでいきたいと思います。


「それは、私に対する侮辱?」


言葉こそ疑問形だが、なんだか憤怒っぽい雰囲気が伝わってきた。


別に馬鹿にしたつもりは無いんだが。

 

「侮辱じゃない。むしろ思いやりと受け取ってほしいざんす」


「そんな気遣いなら願い下げ」


言って、幼女は俺から距離をとった。


離れた割に停戦の意は見えない。どっちかっていうと今までよりも殺気立っておられる。


次の攻撃の為の準備といったところか。


「起きろ、エゼルリング」


幼女が構えた大剣にそう呼び掛けると、その刀身が眩い緑色の光を放ち始めた。


ここにきてまさかの始解。


しかし形状が変化するようなことはなく、発光の正体は強大なエネルギーらしい。


「これをまともに受けたら、いくらあなたでも無事では済まないはず」


「じゃあやるなよ」


「全力で戦わないあなたが悪い」


なんという責任転嫁だろう。


こっちは戦いたくないっつってんのに、強要してきたばかりか逆ギレされるとは。


それはさておき、幼女の言う通りさっきまでとは迫力が段違いだ。


正直逃げ出したい。


「黒若、なんか敵さんが必殺技っぽい準備をしてるんだがどうしよう」


【その気持ち、正面から受け止めてあげなよ】


「お前に相談した俺がバカだった」


なんて役に立たない野郎だ。


「今度こそ、一撃入れてみせる」


その一撃で他界するという可能性は考慮してくれないのだろうか。

 

流石にあれを受け止めようとするほど俺も馬鹿じゃない。


逃げるに気まってんだろ。


表面上は好戦的な表情を保ちつつ、頭の中では逃走ルートを模索しまくる。


やはり引き付けてから避けるのが最善か。普通に逃げ回っていても追ってくるし。


空振りさせりゃ必殺技も終わるだろう。それが相場ってもんだ。


などと考えていると、






「……ふ、不洞……さん?」






不意に、弱々しい声が聞こえてくる。


今の声はゆかりんのものだ。間違いない。


問題なのは、それが聞こてきた場所。


俺のすぐ背後からです。


やっこさんに気づかれないよう、こっそり振り返ってみる。


そこには、力無く地面に横たわりつつも、微かに目を開いて俺を見つめるゆかりんの姿があった。


まずい。非常にまずい。


あの必殺技を避けたらゆかりんに直撃してしまう。


冗談抜きで死にまする。


「いざ、尋常に」


そして幼女が駆け出した。


どうする!?どうするよ俺?畜生コマンド選ぶ時くらい時間とまれよあぁそういや最近のFFは戦闘中に時間が止まらない仕様の作品ばっかりくぁwせdrftgyふじこ。


結論。ターン制で来いや。


「……とかやってる場合じゃねぇ!!」


迷っていられる時間は無い。気付いたら、俺は幼女に向かって走り出していた。


うわぁん、俺のバカ。


「潔い人は好き」


幼女が大剣を振りかぶる。


ここだ!


「不洞式ブラジリアンキィィイイイイイイイイイック!!」


ただのドロップキックです。ネーミングに深い意味は無い。


「なッ――!?」


急に速度を上げた俺に付いてこられなかったのか、俺の蹴りは見事に幼女の手甲に直撃。


振りかぶるという無防備な体勢の最中にヒットしたので、大剣は幼女の手から離れて飛んでいった。

 

そのまま後頭部から落ちて地面に激突するも、持ち前の頑丈さのおかげで事無きを得る。


必殺技を阻止出来ただけでも良しとしよう。


「まだ……まだ!」


俺が起き上がっている間に、幼女が大剣に追い付いて再び刀身に光を宿した。


くそっ、まだ使えんのかよ。エネルギーが失われてないからかな?


どうやら、あの大剣自体を何とかしなければいけないらしい。


……そうか!大剣さえ無力化してしまえば、幼女は必殺技どころか戦うことすら難しくなるワケか。


まぁそれが難しいから困っているんだけども。


敵から武器を奪ったり無力化するのは、古今東西あらゆるアニメで説得に次ぐ平和的な解決手段だ。


やれるやれる。気持ちの問題。諦めちゃダメだって修造もよく言ってるじゃないか。


「名刀マサル・パンツァー……変態が鍛えたこの刀に、斬れないものなどあんまり無い!」


そうと決まれば先手必勝。幼女が動き出す前に俺は地面を蹴った。


離れていた距離を数歩で、そして一瞬で詰める。


「…………!」


迎え撃ちにくるかと思ったが、幼女はここで回避の体勢に入った。これはこれで好都合。


なぜなら、今から俺が繰り出す技には絶好の状況なのだから。

 

幼女を射程内に捉える。実際の距離は3メートル程だが、これくらいなら瞬く間に埋められるから問題無い。


「我が究極の剣技、その身を以って受けてみるがよい!」


俺の厨二なエンジンは既にフルスロットルだ。


超人的な身体能力。


そして日本刀。


この二つが揃っているのなら、やるべき技はアレしかあるまい。


前屈みに走りながら、刀を振るう。


上から。


斜めから。


横から。


下から。


真正面から。


「――これはッ!?」


幼女が目を見開いた。


頑張って避けようとしているようだが、正直に言って無駄な足掻きだ。避けられるワケがない。


壱、弐、参、肆、伍、陸、漆、捌、玖。


これは九つの剣撃をほぼ同時に繰り出す、我等が日本の明治時代における最強の技の一つなのだから。


今こそ叫ぼう、その名を。


「飛天御剣流!九頭りゅ……」


【それ以上は言わせないよ】


「ファァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアック!!」


畜生、今めちゃくちゃ良いところだったのに。


今度黒若にもこの技を喰らわせてやろう。うん、そうしよう。


黒若への制裁はさておき、俺の放った攻撃は幼女に直撃していた。


正しく言えば、幼女の持つ大剣に。


柄にあたる部分、そして刀身。


全部に満遍なくぶち込んでやりますた。

 

避けられなかったことについてか、或いは自分の体が攻撃されなかった不可解さについてか。


どっちが理由かは知らんが、幼女は固まったまま動かない。


「……またつまらぬ物を斬ってしまった……」


滑らかな動作で刀を鞘に納め…………たかったのだが、鞘が手元に無かったので慌てて拾いに行く俺。


改めて納刀する。チン、と音を鳴らした瞬間、幼女の持つ大剣がバラバラに砕けた。


今の俺マジかっけぇ。そして大剣さん空気読みすぎ。


「そんな……」


崩れゆく大剣を見つめながら、幼女が弱々しい声を漏らす。


これで幼女の無力化には成功したはず。まだ戦うというのなら、次はその鎧を砕かなければならない。


俺としてはそんなことをして服まで破れてしまわないか、児ポ法で捕まってしまわないかと怖くてたまらない。


しかしそんな俺の心配は杞憂だったらしい。


「……私の負け」


僅かに残った大剣の柄も手放し、幼女は確かにそう言った。


俺はホッと胸を撫で下ろす。


と、


「コロネ」


「ん?」


「コロネ。私の名前。しっかり覚えておいて」


自称チョココロネは、俺を真正面から見据えて言う。


何故このタイミングで名乗るのかは疑問だが、まぁ良しとしておく。


「次に会う時は、絶対に負けない」


「よろしい。ならば今度はオセロで勝負しようぞ。せいぜいその腕を磨いておくがいい」


「オセロ……なるほど、白黒つくまで斬り合うという」


「ごめんなさいやっぱり将棋で」


お前とは二度と会いたくねぇよ。

 

「リーダー。今日のところは、これで撤収」


チョココロネがエイミー達の方へと歩み寄っていく。


しかし当のリーダーさんは納得がいかないご様子で、


「何言ってんのよ。次は私の番っしょ。私だってまだまだ暴れ足りないんだから」


などとふざけた言葉を吐き出しやがる。


「何言ってんだよ。お前らもう帰れよ。これ以上やり合うなんて御免だよ。だいたい今何時だと思ってんだよ。まだ夕方だけどよ。良い子はもう帰る時間だろ。俺だって疲れてんだよ。そんくらい考えろよ。また今度にしろ、今度に」


「……決定。あんたは私の気が済むまでボッコボコにしてやるわ」


何故だ。俺の心の叫びが全く届いていないとは。


ほんと、キレやすい若者が蔓延る世の中になったもんですな。




刃の無い短剣を握るエイミー。だがそこから光の剣が現れるのを俺は知っている。


仕方ない。もう一度九○龍閃をぶちかましてやるか。


一歩でも踏み出せば戦いが始まりそうな、一触即発の緊迫した空気。


そんな中で、


「駄目。撤収する。私は負けた……これ以上の恥は晒せない……」


コロネがエイミーのスカートを掴み、待ったを掛けた。


初めて君に好感を抱きましたよ、ええ。


「コロネには悪いけど、あいつをぶっ飛ばしてやんなきゃ気が済まな……」


「撤収……するの……」


「「――――ッ!?」」


エイミー達だけでなく俺もびっくり。


小さく、本当に小さく声を絞り出したチョココロネの肩は、ふるふると奮えていた。


唇を噛み締めながら泣くまいと我慢するも、その瞳にはうっすらと涙が溜まり始めている。


そない悔しかったんかいな?

 

「ちょっ、こ、コロネ!?」


「てっ……しゅう……」


「分かった!分かったからもう泣き止みなさいよ!ほら!」


「……ぐすん」


あやすエイミーと、押し黙るチョココロネ。なんというか、“姉妹”って表現がよく似合う。


妙なところで歳相応だな、お前ら。


いやそれにしても、チョココロネのおかげで助かった。


なんて考えていると、


「……あんた、よくもコロネを泣かせたわね」


「……ゑ?」


なんかエイミーさんが俺を睨んできたんですけど。


ちょっと待てちょっと待て。


俺が悪いの?


「いやいやいやいやエイミーたん、常識で考えろよ。そこの幼女は俺を殺しにきたのに、俺は紳士的に武器だけを壊して幼女は傷つけなかった。どう考えても俺に非は無いだろ」


「泣かせる方が悪いに決まってんでしょ!」


「Oh,shit……」


どうやら超人の業界では正当防衛すら許されないらしい。


理不尽ってこういう時の為にある言葉なんですね。


「あんた……名前は?」


「ふぇ?」


「名乗れって言ってんのよ」


あぁ分かった、アレだ。なんか名前を覚えられると、執拗なまでに付き纏われるタイプのイベントだな。


ゲームとかでよく見るわ。頭がトチ狂った戦闘狂とか、プライドの高い奴とか。


ここで素直に答えたが最後、俺はエイミーにずっと戦いを挑まれることになるだろう。そんなに俺のことが気に入らないらしい。


ならば選択肢は一つ。


「高町なのはだ。よく覚えておけ、このたわけが」


「高町なのは、ね……次に会うときは私がぶっ潰してやるから!コロネの分まで!」


その“次”はもう来ないと思うの。ざまぁ。

 

勇ましい台詞を最後に残して、エイミーたち4人組は去っていく。


別にわざわざビルとビルの間を跳んで行かなくても良いだろうと思うが、あいつらなりに格好をつけているんだろう。




こうして――――この俺、不洞新斗の初陣は、辛くも死を免れるという結果に終わったのだった。

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