第39話 別れ

 リゼットが泣きやみ周囲を見渡す余裕が出たときには、皆帰り支度が済んでいるようだった。大半がすでに車へ乗り込んでおり、外に残っているのはリゼットとレオナール、そしてダミアンとマティス、アンジェリクの5人である。

 この支度の早さは、けが人が聖水をかぶった時点で回復していたためにおらず、特別することがなかったのが大きいだろう。オードリックの死体もすでに埋められていた。


「落ち着いたかい?」

 ダミアンに話しかけられ、涙を拭いながらリゼットは振り返った。

 振り返った先には、ダミアンとマティス、アンジェリクがいた。

「はい。落ち着きました。そういえば、ダミアンはいつの間に来ていたのですか?」

「ほぼ最初からかな。遠くから様子をうかがっていたからね」

「ということは、銃を撃って助けてくれていたのはダミアンですか?」

「その通りだよ」

 ダミアンはうなずく。神に操られている隊員たちに狙われたとき、隊員を撃ってくれたのはダミアンだったらしい。


「そうだったのですね。本当に助かりました。あの狙撃がなかったら私死んでたかもしれません」

「本当に、無事で良かったよ」

 リゼットのお礼に、ダミアンは笑顔を作った。

 そんなダミアンに、レオナールは疑問をぶつける。

「それにしても、ダミアンはどうしてここに来ていたんだ? クレベール隊所属でもないし神と一緒に来たわけではないだろう?」

「任務の失敗で中央から離れていたおかげで神の支配を受けずに済んだんです。で、検問担当をしていたら総隊長とクレベール隊が通過したんですよ。その時にマティスからメモを受け取りました」

 なるほどとレオナールはうなずいた。


「通過時には神と会わなかったのですね」

「リゼット様の体を手に入れてから神の降臨を公表するつもりだったのでしょう。常に神は表に出ることはありませんでした」

 リゼットの疑問に答えたのはマティスだった。

「ええ。私の体も命令を出すたびに変異するものだから、おとなしくしていたかったようね」

 すでに元に戻っている、一度は変異していた首を擦りながら、アンジェリクもマティスの言葉に同意を示す。


「そうなると、案外神と会った人物は少ないのか」

 レオナールが腕を組んだまま言う。

「そうですね。メモを受け取るまで神の降臨なんて聞かなかったですよ。中央で暴動があり、神の裁きを受けて魔人となった者たちがいるとだけ聞いてました。その暴動で教皇たちが亡くなったのは一騒動でしたが、制圧後すぐに新しい教皇が立って通常運行です。ああ、駅近くに魔人が出現し、さらには駅を強行突破した魔人がいたおかげで、駅の封鎖とかはありましたけど。おかげで僕の出発遅れたんですよ」

 ダミアンはレオナールをじとっとした目で見た。

「仕方がないだろう。ああする以外逃げる手段がなかった」

「別に責めてるわけではないですけどね。相変わらず規格外なことをするなと思っただけですよ」

「そうか? 同じ状況だったら誰でも同じ行動をとるだろう」

 レオナールの言葉に同意するものは誰もいなかった。おかしいなとレオナールは首を捻る。


「それで、メモには何と書かれていたのですか?」

 それた話を元に戻すようにリゼットはダミアンに問いかける。

「神が降臨した。我々は支配下に置かれて逆らえない。リゼット様を連れて逃げたレオナールを殺すよう命令を受けている。リゼット様とレオナールを助けてほしい。と書いてあった」

「……よく信じて行動しましたね」

 神が降臨したなど、メモに書かれていて信じる者はいないだろう。リゼットは驚いた。

「書いた自分が言うのもどうかと思うが、よく信じたな……」

 マティスも改めて自分の書いた文を聞いて、信じて行動してくれたダミアンに驚いている。


「神が降臨したの指す意味はわからなくても、メモを託すしかなかった切羽詰まった状況と、魔人が少女を抱えて駅を強行突破したという事実から、信じるに値すると思いましたね。まさか本当に神がいるとは戦いになるまで想像してませんでしたが」

「狙撃してたのは、神の声を聞くと命令に従ってしまうと知っていたからではなかったのか?」

 レオナールが驚いたように尋ねる。

「クレベール隊全員が従わざるを得ない何かがあるのは確実だったので、近づかないのが得策だと思ったんですよ」

「いい判断だな」

 レオナールの言葉にダミアンは嬉しそうに笑った。

 そして、会話が途切れ、一瞬の静寂が訪れる。


「……結局、総隊長は何を考えていたんだろうな」

 静寂を破るように、マティスがつぶやいた。

 彼は雪と土が掘り返された跡を見ている。皆、釣られたように同じ方向を見た。


「……あいつは、元々神を盲信していた。神の声が聞こえるようになったと言いだしたときは、いよいよ救いようないほど頭がおかしくなったのだと思っていたが、事実だったのだろうな」

 レオナールはオードリックをあいつと表現しながら辛辣に答えた。オードリックの養子だったため、皆が知らないことも知っているのだろう。


「そういえば私も神の声聞こえてました。魔人裁判の時と、耐性検査の時の2回」

「……初耳だが?」

 レオナールはリゼットに視線を移した。

「わざわざ言えるような雰囲気じゃなかったので……」

「それはそうだが……しかし、そうか。やはり本当に聞こえていたのだろうな。突然カメリア村に行けと言いだして不審だったからな」


 レオナールの言葉に、ダミアンがうなずいた。

「ですね。行ったら行ったで、本当に聖水まみれの魔人まみれですし。情報をどこから仕入れたのかすごく不思議でしたものね」

「ああ。結局、あいつ含め私たち全員が神に操られていたということなのだろうな」

 遠くを見ながらレオナールはため息を吐くようにこぼした。


「まあ、結果として神を名乗る何かは討伐できたわけですし、良かったじゃないですか。片付けも終わりましたし、帰りましょう」

 ダミアンの言葉に皆賛同して車へ向かって歩き出す。リゼットは、レオナールの後ろを付いていくようにして歩いた。


「レオナール。おまえたちはどうする? 車に乗っていくか?」

「いや、馬を返さないといけないし、ここはリゼットの故郷だ。まだ行きたい場所があるかもしれない」

 マティスの提案を断るとレオナールはリゼットを見た。


「そうですね。もう少し村の様子を見てから帰りたいです」

「では、リゼット様。これでお別れですね」

 マティスはそう言ってリゼットを見ると別れのあいさつを述べはじめた。

「レオナールが変なことをしたらすぐに電話してください。飛んでいきますので。では、どうかリゼット様に良き未来がありますように」

「変なことをするレオナールは想像付かないですね。でも、わかりました。何かあったら連絡します。マティスに良き未来がありますように」

 笑顔でうなずくリゼットに、マティスもうなずく。レオナールは眉間にしわを寄せていた。


 リゼットへの別れのあいさつを終えたマティスはレオナールへ視線を移す。

「レオナール、またな」

「ああ。また」

 素っ気ない言葉を交わして、マティスは車の後部座席に乗り込んでいった。


 続いてあいさつをしたのはアンジェリクである。

「リゼット様。一緒に過ごした数カ月はとても楽しいものでした。離れるのは寂しいですが、いつかまたお会いしましょう。リゼット様に良き未来がありますように」

「はい。いろいろと教えていただきありがとうございました。せっかく教えてもらったのに、私、あんまり身に付いてなくて申し訳ないです……。でも、無事にこうして再び本物のアンジェリク様とお話できて嬉しいです! どうか、アンジェリク様に良き未来がありますように」

 アンジェリクはリゼットに微笑ほほえみを向けると、口を閉ざし後ろを振り返った。レオナールにあいさつをする気はないようだ。マティスと同じ車へと乗り込み、控えていた隊員が扉を閉めた。


 最後はダミアンである。かがんでリゼットと視線を合わせると口を開いた。

「何かあったらいつでも連絡していいからね。落ち着いた頃遊びに行くよ」

「はい! 今までありがとうございました。ダミアンは私の命の恩人です。また会いましょう。ダミアンに良き未来がありますように」

「ありがとう。リゼットにも良き未来がありますように」

 笑顔でリゼットとのあいさつを終えると、ダミアンは腰を伸ばしながらレオナールを見た。

「レオナール様。リゼットを泣かせたらダメですよ」

「当然だ」

 うなずくレオナールを見てから、ダミアンはマティスたちとは違う車へ乗り込んだ。


 少しして一台ずつ車が発進していく。

 リゼットが手を振れば窓越しに皆手を振り返してくれるのが見えるが、それもあっという間に見えなくなる。すぐにダミアンやマティス、アンジェリクが乗る車も走りだし遠ざかっていった。

 やはり別れは寂しいものだ。リゼットは少し悲しそうな表情をしながらゆっくりと手を下ろした。


 そんなリゼットを慰めるように肩へ手を置くとレオナールは口を開いた。

「リゼット。帰ろうか」

 リゼットはレオナールを見上げる。そこには優しい表情をしたレオナールがいた。

「はい!」

 レオナールの言葉と表情で笑顔を取り戻したリゼットは歩き出す。

 家へ帰るために。

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