第36話 真実

「新事実といえる内容はない。神は他の生命の体を奪い生きるそういう存在だそうだ。別に人間以外も奪えるが、知性が体に引っ張られるらしいから実質できないと」

「確かにレオナールの体を奪って、今はアンジェリク様の体を奪っていますね」

 リゼットは深くうなずいた。


「そうだ。そして聖水だが、あれは神の隷属を作るためのものだ。神やその隷属の死体から生まれる。加えて隷属とする生き物が生きやすい環境を整えるために植物も活性化するらしい」

「やっぱりとかしか言いようがない内容ですね……」

「ああ。これがあれの隷属の証かと思うとぞっとするが、君の隷属なら悪くはないな」


 そう言って、開いたり閉じたりしながら左手を見つめるレオナールに、リゼットは顔が引きつった。君の隷属なら良い的な発言は重いし、怖いものだろう。

「……レオナールは、もうちょっと考えてから発言した方がいいですよ」

「たまに言われるが、なんでだろうな」

 レオナールはよくわかっていないようで首をかしげた。

 そんなレオナールに、リゼットは頭を抱えてため息をつきたい気持ちになったが、話題を元に戻す方を優先した。


「神と聖水の関係はわかりましたが、それで、そこの剣は何なのですか? 仮にも神として君臨する存在を殺せなどというほどの剣ですし、普通ではないのですよね?」

 剣の方を見ながらリゼットはレオナールに尋ねた。


「普通ではないが、もう意味がない。硬質化した聖水を貫く剣だそうだ」

「なるほど。あれが硬質化した聖水だったのですね」

 神が入っていた塊をリゼットは思い出してうなずいた。

「ああ。そうだろうな。あの状態で殺すことを想定したのだろうが、もう手遅れだ」

 レオナールは剣に近づき、それを右手でなでると眉を動かし、なでた手を見た。


「そういえば、一つ疑問なのですが。神はどうしてずっとあの塊の中にいたのでしょう。別の体に移れば出られたのに」

「あれが入って私の体は変異が止まらなくなった。下手な体に入ればすぐに思考が鈍るから容易に出られなかったのだろう」

「それで、一切変異しない私の体を求めたのですね」

 リゼットは自分の両手を見つめた。


「君の体を奪えなかったところを見ると、同族同士は同じ体に入れないのだろうな」

「そう、なんでしょうね……私は、この体をいつ奪ったのでしょうか……」

 両手を閉じ、リゼットはうつむいた。


 レオナールはリゼットに視線を移して口を開く。

「君は混血だろう。おそらく奪ったわけではない」

「それなら、いいのですが……」

「奪った記憶がないのだろう? あの家で過ごした記憶があるのだろう? それだけで十分ではないか?」

 リゼットは顔を上げてレオナールを見た。

 そして、家族との食事を思い出す。間違いなくあれは実際に過ごした時間だ。

「そうですね」

 深く考えても仕方がないことだと割り切り、リゼットは笑顔をレオナールに返した。


「元気が出たなら良かった。君はそうしていた方が良い」

 レオナールはリゼットの頭へ右手を伸ばし、そして止めた。

「どうしたのですか?」

 不審な行動にリゼットは首をかしげる。

「いや、右手も少し変異してしまったので、痛いかと思って止めただけだ」

「へ? どうしてじわじわ変異している箇所増えているのですか?!」


 心配げにレオナールの右手を見るリゼットにレオナールは「なんでもない」と言う。

「あの剣に触れたら変異した。あれは君にしか扱えないようだ」

 レオナールが剣へと視線を合わせたのを見て、リゼットも剣を見た。


 青い空間のため色はよくわからない。剣のガード部が凝った意匠をしているが、ぱっと見は普通の剣にしか見えなかった。

「持ってみても良いでしょうか」

「ああ。そもそも君のための剣だ。問題ない。ただ、気を付けて持ちなさい」


 リゼットはうなずくと剣に近づき、そっと手を触れた。

 やはり変異することはない。柄を両手で握り締め持ち上げた。

「結構重いですね……」

「君が剣を振るう姿は想像できないな。置いていった方が良いのでは?」

「せっかくですし、持っていきませんか? 聖水の硬質化って多分神の力ですよね? あれを盾にされたとき使える気がします。硬質化した本人か血縁関係ある人じゃないと硬質化溶けなさそうですし。溶けるなら封印になんてならずに、とっくの昔に塊溶かして外へ出てるはずですよね?」

「確かにそうだが……君は神と戦うつもりなのだな」

 レオナールに言われて、そういえば神と戦おうとかそういうことを一度も話したことがなかったことにリゼットは気が付いた。


「あれ。戦わないのですか?」

「君は、案外勇ましいんだな。私は逃げることを考えていた」

 ぱちくりと目を瞬かせたリゼットにレオナールは笑った。

「そうだな。君が望むなら戦おう。その剣は君が持っていてくれ」

「はい!」


 リゼットは勇ましく剣を構えたが、重くてすぐに下ろした。

 最終的に両腕に抱きかかえる形で持っていくことにしたようだ。大事に抱えている。


「あとは、この扉の奥だが……開けるのはやめておいた方が良いかもな」

 部屋に唯一あった扉をレオナールは軽く叩く。

「どうしてですか?」

「聖水の向こうに見えた部屋へつながっている可能性が高い。そうだったら一気に聖水が流れ込んでくる。私は一瞬で全身魔人化だし、君は君で溺れ死ぬ可能性が高いだろうな」

「確かに……」

 リゼットはレオナールの説明に納得を見せた。


 奥へ行かないとなると、この遺跡での用は何もない。

 2人は元来た階段を上り、地上を目指しはじめた。

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