第35話 遺跡

 翌日、日が昇ってから少し経った頃。2人は誰もいない住宅街を歩いていた。雪はいろいろな物を隠していたが、壁にある血痕や壊れた建物までは隠してくれていなかった。あの日、もしもリゼットがほんの少し家に向かうのが遅ければ、リゼットもこの惨劇が作られた瞬間に立ち会っていたのかもしれない。そして、今は雪と土に埋もれる遺骨の1つになっていたことだろう。


 転がる瓦礫によりできた小さな雪山を避けながら進み、左に曲がるとリゼットが口を開いた。

「ここが私の通ってた学校ですよ」

 そう指し示した先には、2階建ての新しい建物があった。建物の前は駆け回れる広い空き地がある。


「新しいな」

「はい。やっと寄付金が集まってできたところだったんです。おかげで通学時間が一瞬になりました。近くにある他の村の人たちも喜んでいたのですけどね」

「使われなくなるにはもったいないが、この学校を再開するのは難しいだろうな……」

「そうでしょうね……」

 新しいけれども、魔人が暴れて建物に穴が空き雪が吹き込んでいる。魔人には新しいも古いも関係なかったようだ。


「ここに遺体を埋めた」

「え?」

 リゼットはレオナールを見て目を瞬かせた。

「辺りは水田だったし、中心部ですぐ掘れるのはここぐらいだった」

 リゼットもレオナールと同じ方向を見る。レオナールが見ている学校前の空き地は一面が雪で覆われており、何かがあるようには見えなかった。

「ここにみんながいるんですね」

 リゼットはゆっくりと何もない空き地に近づいた。そして、ひざまずくと右手で左手を包み込み額に当てると目をつむる。レオナールも横で目をつむった。


「神のしもべたる命よ。大地に帰り恵みとならんことを」

「神のしもべたる命よ。大地に帰り恵みとならんことを」

 2人の声が雪へ染み込んでいく。

 リゼットは、ぐちゃぐちゃな感情を手に力を入れることで耐えた。帰ってきてほしい。帰りたい。戻りたい。あの日、自分も一緒に消えてしまえれば良かったのに。そんな気持ちでいっぱいだった。


 落ちそうになる涙をどうにかこらえ、リゼットはゆっくりと目を開く。

「春に……春になったらお花を持ってきたいです」

「そうだな。次は春に来るとしよう」

 祈りをささげ終わった2人は立ち上がり、膝に付いた雪を払い落とした。

「あとは、遺跡を見るだけですね」

 リゼットは努めて明るく振る舞っていた。笑顔を作っているのだが、どことなくぎこちがない。

「ああ。前に調査したときは水浸しであまりしっかりとは見られなかったからな。何かわかるといいのだが」

 レオナールは、そんなリゼットの様子を指摘することはしなかった。


 学校を出ると建物も少しずつ減っていく。遺跡は中心部の外れにあった。

 石造りの遺跡はこぢんまりとしていて、学校よりも小さい。しかも半分以上が吹き飛んでいるので、より小さく見える。瓦礫の山が近くにあるようには見えないため、おそらく遠くに吹き飛び、散らばったのだろう。


「わあ……随分と、こう……派手に壊れてますね……」

「ああ。前回来たときも崩壊の可能性を考えて深くは調査できなかった。何より危険だったのは尋常じゃない量の聖水だったが」

 レオナールの言うとおり、吹き飛んだ箇所の床には大穴があり水がたまっていた。不思議と凍ってはいない。この穴から染み出た聖水が辺りを濡らしている。聖水に触れると雪が溶けるのか、雪は積もっていなかった。加えて、遺跡周辺はこぼれ落ちた聖水により青々とした草が雪のすぐ隣に生えているという不思議な状態になっていた。


 リゼットは穴をのぞき込む。聖水の奥に何らかの空間が見えたが、その空間まで潜るのは現実的ではない距離だ。加えて聖水が揺れており、鮮明に見えない。これ以上を確認するのは難しそうである。


「地下に空間があるようですが、どうやって下りるんでしょうね」

「確かに。ここに階段があったようにも思えないしな。どこか別の入り口があるのかもな」

 そう言って2人は遺跡を見渡した。

 壁は大部分が吹き飛んでおり、残っている箇所は少ない。1面とそことつながる壁や天井が途中まで存在している程度だ。このわずかに残る壁へ近づき、レオナールは顎に指先を当てた。

「不自然な厚みだな」

 そうつぶやいたレオナールに気が付き、リゼットも近寄ってくる。

「確かに。中に空間があってもおかしくなさそうですね」


 リゼットは、壁の周りをぐるっと回った。

「一部、材質が違うのが気にはなりますね」

 本来内部に面していた壁が一部だけ水晶のような何か違う材質でできていた。不透明で白のような水色のような曖昧な色合いをしている。左右対称に存在していて、建物が壊れていなければ装飾として気に留めることはなかっただろう。


「確かに気になるな」

 そう言ってレオナールは異なる材質の部分を叩いてみるが、硬い音がするだけで何か特別な装置が仕込まれているようにも見えない。

 リゼットも近寄り、その水晶のような物に手を触れた。


「ひえっ!」

 リゼットが触れた瞬間、それは水になった。

 レオナールはとっさに左手で自分の顔をかばっていたが、足元はべっしょりと濡れてしまっていた。リゼットは背が低い分、膝まで濡れている。

「聖水か」

 レオナールは表情を変えず濡れたズボンを左手でめくった。見えた足首の皮膚は黒く硬く変異している。


「だ、大丈夫ですか!?」

 焦るリゼットだったが、レオナールは変異を気にした様子を見せない。

「今更広がったところで問題ない。それより、奥に続いているようだな」

 そう言って、出現した空洞をのぞき込んだ。


 その空洞は左に向かって下へ続く階段があった。青くぼんやりと光る空間はきれいというよりは不気味である。

「本当に、何かあるとは……レオナール行ってみましょう」

 リゼットものぞき込んでから、レオナールを見上げて言った。

 レオナールは少しためらいを見せたが、縦にうなずいてみせる。

「そうだな。行ってみよう」

 腰から拳銃を取り出し、ゆっくりと歩きだした。リゼットはその後ろを付いていく。


 2人の足音だけが青白い空間に響く。壁に描かれている青い線が発光しているようだった。階段は回り階段となっており、何度も方向が変わっていく。

 どの方向を向いているのかがわからなくなってようやく階段は途切れた。


「うわあ……」

 広がるその空間は青く光る文字で埋め尽くされていた。正面には扉があり、中央の台には剣が飾られていた。

「古い文字だな」

「そうですね……読めません」

 学校で習うのはこういう文字が昔あったという程度のことで、読めるようになるほどの知識をリゼットは持っていなかった。


 レオナールは無言で視線を動かしてから、左側の壁に近づき見上げた。

「我が血を色濃く引きし者よ。そなたに謝罪をせねばならぬ」

「読めるのですか?!」

 さらっと音読をはじめたレオナールを見て、リゼットは目を丸くした。


「聖地の学校では必修だったからな」

「すごいですね……私、聖地の学校にいたら卒業できてないかもしれないです」

 もはや謎の記号が並んでるようにしか見えない文字を読めるようになれるなど、リゼットには思えなかった。文字を追って視線を動かしていくレオナールをただ見つめている。


 すべての文字へ目を通し終わったレオナールは口を開いた。

「やはり、あれは神ではないらしい。封印されていたあれはジェラルディーヌと当時は名乗っていたそうだ。そして封印した者はリシャールという名らしい」

「すべて読めたのですね」

「ああ。何とも信じがたいことが書かれていたが、納得できる内容でもあった」


 そう言って考え込もうとするレオナールを見て、リゼットはレオナールの服を引っ張った。

「私にも書かれていた内容を教えてください」

 にらみつけると、レオナールはリゼットへと視線を移してうなずいた。


「神と聖水の正体、そしてあれを封印しかできなかったことへの後悔だ。さらに私の代わりにあれを殺してくれと用意したのがあの剣らしい」

「私の知りたかったことじゃないですか!」

「そうだな。ちなみに、光ってるのはあれがいたところに生えていた花から作ったインクだそうだ。興味深いな」

 どうにも、レオナールは自分の興味が引かれる方に思考が持っていかれているようだ。じれたリゼットは、にらんでいる表情を変えずにもう一度レオナールの服を引っ張った。


「すまない。そうだな。正体を知りたいんだったか」

 レオナールはようやく説明をはじめた。

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