第32話 レオナール
リゼットが洞窟に戻ると、すでにレオナールは目を覚ましていた。天井の穴を立ったまま見つめている。周囲にはレオナールを守るよう命じていた魔人の姿はなく、代わりに濡れた土があった。おそらく目覚めたレオナールが倒してしまったのだろう。
リゼットは魔人の死に悲しさを感じて目を伏せたが、先にレオナールの目覚めを喜ぼうとすぐに顔を上げると足を早くした。
その音にレオナールは反応すると
「なぜ、戻ってきた?」
リゼットへと顔を向けて尋ねてきた。
「当たり前じゃないですか!」
そう叫ぶと、リゼットは馬と共にレオナールへと駆け寄っていく。
「無事で良かったです。死んでしまったらどうしようかと……」
「心配をかけた。だが、君は私のことなど捨て置けば良かったんだ」
「どうして、そんなことを言うのですか!」
元気になった途端の言葉に、リゼットは憤慨する。目をつり上げて怒っているのだが、レオナールは平然とした表情で言葉を続ける。
「私は、おそらく君の家族や友人を殺している。それでも変わらず同じことが言えるのか?」
レオナールの言葉にリゼットは一瞬目を見開き、そして先ほどより一層眉にしわを寄せて怒りを強く示した。
「そんなの! 最初からわかってます! レオナールは自分を責めすぎです!」
「は?」
レオナールは、明確に表情を崩した。目が泳ぎ、動揺しているのが明らかだった。そんなレオナールを気にせず、リゼットはまくしたてる。
「レオナールがカメリア村の調査へ向かった一人だということは最初からわかっていたことじゃないですか! だから、私の家族や友人に手をかけたのがレオナールである可能性は十分にあるとわかってます! そんなの構わないのです! それでも私を守ってくれたのはレオナールです! それに、魔人になっても祈ってくれるレオナールを見て、私は、救われたのです」
「しかし、魔人と称してたくさんの人を殺した事実は変わらない」
レオナールは、首を振りながらリゼットの言葉を拒絶しようとする。それをリゼットは許さなかった。
「命令だったのでしょう? 感謝もされたのでしょう? 罪だとするなら、それはレオナールだけの罪ではないじゃないですか! 私は、レオナールに生きていてほしいのです!」
両手を握り締めながら叫ぶリゼットに、レオナールは泣きそうな表情で歯をかみしめた。
「……違うんだ。私は、私は……妹を殺したんだ。君に許されて良いような人間ではない」
「過去に何があっても構いません! どんな理由でも私を助けてくれたレオナールが私の真実です! それでも理由がなければ許されないと思うなら、私と一緒に生きてください! 私を、私を1人にしないで……!」
涙を流しはじめたリゼットを、泣きそうな表情でレオナールは見つめる。そして、そっと手を伸ばし、リゼットの頬に流れる涙を拭った。
「すまない。泣かないでほしい」
「なら、もう、自分を許してあげてください」
「……君は、優しすぎる」
「レオナールが、意地っ張りすぎるだけです」
リゼットが泣いたままにらみ付けると、レオナールは、ふっと泣きそうな笑みを作った。
「よく言われる」
そう言ってレオナールは木を見上げた。
リゼットも釣られて同じく木を見上げる。
その木は、太陽の光に照らされながら冬らしからぬ葉を揺らしていた。
「……許すとか許されるとか、本当はそういうことではなくて、忘れられないんだ」
レオナールの目に映るのは緑の木であったが、実際には遠い過去を見ているようだった。リゼットは涙を拭いながら問いかけた。
「妹さんのことが忘れられないのですか?」
「そうだ。魔人になった妹の姿も、妹を殺した感触も、忘れられない。あれから多くの魔人を殺したはずなのに、それでも、あの時の事は薄まってくれない」
魔人となってしまった妹を手にかけたというのであれば、それは悲しい事件で罪を感じる必要のないことだ。それでも、当事者にはそうは思えないものがあるのだと伝わってくる。リゼットは先ほどの勢いを失ってしまった。
レオナールは、1つため息をつくといつもの無表情に戻った。そしてリゼットへと顔を向ける。
「詮ないことを言ってすまなかった。リゼット、自分を許すとかそういうことはわからない。だが、君を1人にしないと誓うことはできる」
リゼットは、レオナールの言葉に目を揺らした。
本当は、リゼットはもっとレオナールには気持ち的に楽になって欲しかった。悔いるような日々ではなく、もっと前を向いてほしいと思って怒っていた。だから、リゼットを1人にしないという誓いは、さらなる縛りをレオナールに与えるのではないかと思いリゼットは動揺したのだ。
しかし、ここで断るのも変な話だ。リゼットは一度目をつむる。そして、目を開くと強いまなざしでレオナールを見つめた。
「わかりました。私も誓います。レオナールを1人にしません! 2人で幸せになりましょう!」
力強い言葉にレオナールは目を丸くし、笑った。声を出して笑っている。
はじめて聞いた笑い声に、リゼットが驚いてしまうのも無理ないことだろう。
「まるでプロポーズだな」
「え! そんな、そんなつもりでは!」
リゼットが顔を赤くして否定する姿にも、レオナールは笑っている。口を押さえ笑う姿は、普段よりも一回り若く見えた。
「レオナールは、変なところで笑うのですね」
リゼットが真っ赤な顔でにらみ付けても、レオナールは楽しそうな表情のままである。
「何も変なところではないと思うが、そうだな。久しぶりに笑うと頬が疲れるな」
そう言いながら、頬を少しもんでいた。
「それだけで疲れるなんて、顔の筋力衰えすぎですよ」
「そうかもしれないな」
そっぽを向き、すねたように言うリゼットの頭をレオナールはポンポンと叩く。そんなレオナールの赤茶色の瞳は優しげだった。
しかし、リゼットはむっとした表情のままである。レオナールの手から逃れるように馬へ近寄り、鞄からパンを取り出した。
「……元気になったのであれば、食事にしましょう。おばあさまにわけてもらいました」
「ああ。ありがとう。祖母は元気だったか?」
「ええ。レオナールのことを心配していましたよ。いつでもうちに来なさいと言ってました」
「そうか」
先ほどよりは落ち着いた笑みをレオナールは浮かべている。
リゼットから差し出された、レタスとハムを挟んだパンを口にし「おいしいな」と
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