第31話 故郷

 少し歩くと、倉庫と居住のための建物があった。建物の前には車が通った跡がある。この2階建ての家へリゼットは案内された。5、6人は平気で住める造りをしているのだが、他の誰かがいる気配がない。リゼットは辺りを見渡した。

「他のご家族の方はどちらにいらっしゃるのですか?」

「1人で住んでいるのよ。レオナールからは何も聞いてないのかい?」

 そう言いながら、レオナールの祖母は台所へと向かっていく。


「ええ。レオナールは、あまりご自身のことは語りませんから。故郷のことを聞いたらおいしい村だと答えてくれたぐらいです」

「そう。あの子は、昔から食いしん坊だったからね。変わってないようで安心したよ」

 レオナールの祖母は、しわを一層深くして笑った。台所に着くとパンやチーズなどを棚から取り出し、近くの机に並べていく。


「やっぱり、そうなのですね。昔のレオナールはどんな子だったのか気になります」

「よく笑う、元気な子だったね」

 続いてガラス瓶が取り出される。持ち運ぶのに割れてしまいそうだが、おそらくそれしかないのだろう。ガラス瓶の蓋を開けていく。


「そのような頃があったのですね。今のレオナールはまったく表情を変えないので信じられないぐらいです」

「……」

 リゼットは、表情豊かで小さなレオナールを想像して少し笑った。しかし、レオナールの祖母は黙り込み、ガラス瓶を握ったまま止まってしまった。


「……どうしましたか?」

「まだあの子は、あの日のままなんだね」

 含みのある言葉だ。

 リゼットは、一回視線を下げてから聞いても良いかを考えた後、再び視線を上げた。

「あの日とは何があったのかをお聞きしても良いでしょうか。あの家には血痕がありました。レオナールの家族が亡くなるような事件があったのですか……?」

「……私は、あの日あの子を傷つけてしまった、あの子が一番つらかったはずなのに」


 震える声には、強い後悔があった。

 リゼットは何と声をかけていいかわからず、震える肩を見つめていた。

 しばらくして、再びレオナールの祖母は口を開いた。

「珍しい話ではないの。魔人が現れて家族が殺された。その瞬間をレオナールは見ていたの。あの家はあのときの痕跡がそのまま……」

「すみません……つらい事をお聞きしました……」

 やはり聞くべきではなかったとリゼットは後悔して謝罪を述べたが、レオナールの祖母は首を振る。

「いいの。私は責められるべきなのだから」


 もしかすると、気持ちを吐き出したいのかもしれない。レオナールの祖母は後悔をそのまま口にしていく。

「私は魔人を倒したレオナールにおびえてしまったの。伸ばされた手を拒否して……。あれから、あの子は笑わなくなって、聖地の人間に連れられていってしまった。それなのに、あの子はお金と手紙を送ってくれるの。こんなに優しい子なのに、私は……もっと、あの子は私を責めてもいいはずなのに……」

「手紙……レオナールが送っていた手紙は、おばあさま宛てだったのですね」


 手紙を書いていたときの微笑ほほえみは、唯一残った家族に対してのものだったのかとリゼットは納得した。手紙を送っていることを隠そうとしていた具体的な理由は考えつかないが、あのオードリックに知られたくなかったのは確かだろうと思った。

 そんな風に隠れてまで手紙を出すほど心配しているというのに、レオナールは故郷に帰ることは許されないことだと言い、レオナールの祖母は祖母で自分は責められるべきだと言う。リゼットは、何かを伝えなくてはと口を開いた。


「おばあさまは、レオナールとよく似ていらっしゃいます。レオナールも何かを悔いているようでした。お二人を責めている人なんて誰もいないと思います。お二人は会って話をするべきです。今すぐには無理でも、レオナールを連れてきます。どうか、どのような姿をしていてもレオナールを受け入れてあげてください。手紙を書いているレオナールは微笑ほほえんでいました。会いたいはずです」


「私は……あの子に対し取り返しの付かないことをしたと、いうのに……」

「生きていれば取り返しの付かないことなんてありません。後悔しているのなら、暖かく迎えてあげてください。お願いします」

 リゼットは、誰一人として残らなかった家族を思い出しながら願いを口にする。

「……もちろんよ」

 リゼットの気持ちがどれだけ伝わったのかはわからない。レオナールの祖母はそれだけを返すと静かに作業へと戻っていった。


 台所に置かれている桶から水をすくい、ガラス瓶へ注いでいく。蓋が閉められて水入り瓶が5つできた。



 最終的に、食料や水はリゼットの横幅と同じぐらい幅がある鞄2つに詰め込まれた。さらにもう1つの鞄には包帯やレオナールとリゼットの着替えを入れている。今は亡くなったレオナールの家族の服をもらったのだ。レオナールの父親の服と母親の服である。それらに加えてレオナール向けの黒いコートを丸めたものを馬にくくりつけた。

 これらの鞄を外で待たせていた馬の両脇にくくりつけて出発の準備は完了した。


「おばあさま。ありがとうございました。お礼は、またいずれ伺ったときにさせてください」

 リゼットは譲ってもらった動きやすい服に着替えていた。農作業にも向きそうなズボン姿で、上にはフードの付いたコートを羽織っている。どれもリゼットにはサイズが大きいため折って長さを調整していた。


「気にしなくて良いのよ。レオナールのことが聞けて嬉しかったわ」

 食料の準備としてパンへレタスやハムを挟んでいるときに、リゼットはレオナールのことを聞かれていた。レオナールとは出会ったばかりで話せる内容も少なかったのだが、さらわれた自分を助けてくれたことや、魔獣討伐で村人たちに感謝されていたことなどを語ると、大変嬉しそうにしわくちゃな笑顔を見せてくれたのだった。


「それでは、私はレオナールのところに戻ります」

 ここまで言ってから、ふとリゼットは気が付いた。ここはレオナールの故郷で聖地と近い立地である。追っ手はこの家に来る可能性が高いのではと。


「……おばあさま。もし、ここに誰かがレオナールや私を訪ねてくる人がいれば、来なかったと答えてもらえますか?」

「もちろん。わかっているわよ」

 はっきりとうなずく姿に、リゼットは違和感を覚えた。なぜそのようなことを言うのかと聞かれると思っていたからだ。


「なぜなのか、聞かないのですか?」

「聖地の人が来たからね」

 リゼットは目を見開いた。来る可能性が高いどころかすでに来ていたとは思っていなかったのだ。


「レオナールが聖女を誘拐したと言っていたけれど、あの子が悪いことをするとは思えないし、何よりあなたがレオナールのために動いてくれているようだったから、私は誰かにあなたが来たことを伝えるつもりはないのよ」

 優しい微笑ほほえみにリゼットは胸が締め付けられた。

「ありがとうございます」

 

 心からの感謝を述べるリゼットに、レオナールの祖母は優しく言う。

「無理はしないでね。何かあったら、うちに来なさい」

「はい。絶対に生きて、戻ります。おばあさまに良き未来がありますように」

「リゼットとレオナールに神の恵みと良き未来がありますように」


 別れのあいさつを述べ終わると、リゼットはレオナールの祖母に見守られながら馬と共に元来た道を歩き出した。

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