第28話 列車再び

 列車に飛び乗り、レオナールは崩れ落ちた。

 腕から開放されたリゼットは、レオナールの方へと体をねじらせる。


「レオナール!」

 レオナールを見た瞬間、リゼットは青ざめた。

 足からはだくだくと血がこぼれており、レオナールの顔は無表情というよりは生気を失っていた。

「何とか、逃げ切ったか」

 淡々とした声も、どことなく弱々しい。


「血が! 止めないと!」

「ああ」

 なんて事はないかのように言うと、レオナールはハンカチを取り出して傷口に当てると強く押さえつけた。

「じきに止まる。気にするな」

「気にしますよ!!」


 そう叫んでいると、カツンカツンと鉄の音が聞こえてきた。

 音の方を2人が見ると、手が伸びてくる。

 レオナールはリゼットを左手で抱き寄せると、空いている方の手で腰から銃を取り出し構えた。出血している足は放置である。


「ひっ!」

 一瞬男の顔が出てきたが、すぐに隠れた。

 その様子を見て、レオナールはほんの少しだけ力を抜いた。


「聖サンビタリア保安隊、レオナールだ! 魔人の討伐は任せて隠れていろ!」

「はっ! はいい!」


 列車内に逃げ込む音が響き、それからは揺れる音だけになった。

「平然と嘘つきましたね」

 リゼットは驚いた顔をしながらレオナールから離れる。

「嘘も方便だ」

 そう言って、再びレオナールは足の止血をはじめた。


「私の翼はどうなっている?」

 そう言われてリゼットは翼を見た。

 穴は空いているが、足ほどの出血は見られない。

「ある程度血は止まってきてるようです」

「そうか。なら、そのままでいいか」

「大丈夫そうですか?」

 リゼットは座り込むと、不安げにレオナールの足の傷を見た。


「まあ、大丈夫だろう。翼と足で互いを補えることがさっきわかった。あの感覚なら列車を飛び降りるぐらいの飛行は問題ない」

「大丈夫なのは嬉しいですが、飛び降りるのですか……?」

「もちろんだ。次の駅まで乗っていたら、魔人として捕まる。聖地を出た辺りで降りるつもりだ」


 そんなのは危険だやめてほしいと言えればどんなにいいかと、リゼットは思った。レオナールの言うことに間違いはなく、飛び降りるしかないのは確かだろう。

 病院に連れていける状況でも状態でもないのが歯がゆくてつらい。せめて、どこか休ませられる場所へ早く行きたかった。

「降りて、どこへ行くつもりですか?」

「少し進んだところに、私の故郷がある。そこへ行くつもりだ」

「なるほど。そこなら確かに安心して休めますね」


 リゼットは、そっと胸をなでおろす。

「……そうだな」

 レオナールの返事には妙な間があったが、リゼットは気付かなかった。


「レオナールの故郷はどんなところですか?」

「そうだな。聖地が近いため、農業が盛んだった。食べ物に困ることはなく、おいしい土地だ」

「レオナールは、案外食いしん坊さんだったりします?」

「普通だろう。おいしいものの方が良いのは当然だ」

「故郷をおいしい土地だという人は、結構食いしん坊だと思いますけどね」


 リセットは努めて明るく、他愛もない話をレオナールと話した。話が途絶えたとき、レオナールは何も言わず前触れもなく死んでしまうのではないかという不安があったからだ。さらに言うと、あまりにも寒いのを紛らわすためでもあった。


 辺りは緑で覆われているが、季節は冬である。聖地を出れば雪が降るような時期だ。そんな季節に列車の外で風を感じているのだ。リゼットの耳は今にももげそうなほど痛かった。

 レオナールが寒さについて何も言わないのは、足の痛みなどで寒さがよくわからなくなっている可能性もあるだろう。


 とにかく、リゼットは寒さや痛み、不安から気を紛らわせるために喋った。故郷のおいしい食べ物、夕方に広がる美しい景色。レオナールの語る優しい思い出は、リゼットの故郷も思い出させた。

「故郷に帰れるのは、良かったですね」

 そうリゼットが笑うと、レオナールは目を伏せる。

「ああ。そうだな」

 レオナールから何か複雑な感情を感じ取り、リゼットは目を揺らした。


 その時、ぴしりとリゼットの頬を何かがかすめた。

「雪……」

 聖地を出たのだ。レオナールのいる方向が聖地側だっため事前に気が付けなかったが、それだけの時間が経っていたらしい。


 辺りは薄っすらと雪が積もっていた。土が出ているところもあり、雪深い地域の者が見れば積もったとは言わないだろうという程度である。


「リゼット、もしかして寒いのを我慢してないか?」

 雪を見て思い立ったらしい。レオナールは心配げにリゼットへ声をかけた。

「もっと寒い地域に住んでいたのですよ。大丈夫です」

 そう言って笑うリゼットの頬も耳も赤く、痛々しいものだった。


「寒い地域は、もっと厚着をしているだろう」

 そう言って、レオナールはリゼットの手を両手で包んだ。かたや血まみれで、かたや変異しごつごつとしていたが、安心する暖かさがリゼットへと染み込んできた。

「やはり冷えている。つらいときは素直に言いなさい。倒れてからでは困る。前も熱中症になっていたじゃないか」

「はい……気を付けます」

「わかればいい」


 そう言ってから、レオナールは唐突に上着を脱いだ。その動きにリゼットが目を白黒させている間に頭の上から上着をかけられた。左腕がなく肩周りも破けていたりするが、厚みのある生地とレオナールの体温で暖かい。

「これで、だいぶ違うだろう」

「レオナールが寒くなります!」

「私は大丈夫だ。寒くないんだ」

「それは危険です! 寒くないわけがないんですから!」


 レオナールは、ふっと笑みを作った。

 唐突に現れた自然な笑みは、とてもきれいで。リゼットは言葉を飲み込んだ。

 今の会話のどこに、そのような笑みを作る要素があったのかはリゼットにはまったくわからない。動揺している間に、ふわっと抱きかかえられた。


「わっ!」

「リゼット。しっかりつかまっていろ。飛び降りる」

「えっ。今?!」


 有無を言わせる前に、レオナールは翼を広げると列車を飛び降りた。

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