第4章 神の降臨

第25話 降臨

「レオナール。よくやった」

 穏やかな低い声が響いたことで、リゼットは神のかたわらに総隊長のオードリックが立っていることに気が付いた。それだけ神に目を奪われていたのだろう。


「とんでもありません」

 レオナールがひざまずく。それを見て、オードリックは満足げな笑みを浮かべた。そして、その表情を保ったままリゼットへと視線を移す。

「さあ、聖女様。我らが神をその身に宿すのです。もっと神のおそばへ」


 それは暴動が起きている今やることなのだろうかとリゼットは思ったが、拒否できる雰囲気ではない。有無を言わせない笑顔におびえながら、リゼットは足を踏みだしていく。


 光を放ち、まさに神々しい存在へ一歩一歩近づいていく。そして。


――待っていたぞ。


「いやあああああああああ!」

 聞き覚えのある声と共に、すさまじい苦痛がリゼットを襲った。

 リゼットの視界は白く、何が起きているのかまったくわからないでいた。ただただ何かが自分の中に入ろうとしているのだけがわかるのだ。無我夢中で対抗するが、何も見えずわからず抵抗できているかもリゼットにはわからない。混乱と苦痛に思考が奪われていく。


 この様子を外から見ていた2人の表情はまったく異なるものだった。

 オードリックは高揚といった表現が似合うほどの笑顔を浮かべ、レオナールは驚愕きょうがくで目を見開いた。


 そして、レオナールが動いた。

「リゼット!」

 リゼットと神の間に生まれていた強い光にレオナールは飛び込み、リゼットを光から遠ざけるように抱きしめながら足を踏み出そうとした。


「うぐうっ」

 しかし、レオナールにもリゼットと同じ苦痛が走ったのだろう。膝が折れ、リゼットを抱きしめることしかできていなかった。


 このレオナールの動きにオードリックは不快そうな表情を隠さず剣を引き抜いたが、それを振り下ろす前に光がおさまった。そして、レオナールが大声で笑い出した。

「あはっ! はははっ! 久しぶりの動ける体は素晴らしい!」


 膝をついたまま上を見て、腕を広げながら愉快そうに笑う姿は、常に無表情なレオナールとはとても思えないものだった。

 痛む頭を押さえながら、リゼットは呆然とレオナールを見つめる。


 一方、オードリックは興奮した笑みを浮かべてレオナールの横へひざまずいた。

「我が神よ。こうしてお会いできて光栄でございます」

 レオナールはオードリックを一瞥すると立ち上がり言う。

「オードリック、そなたには感謝しておる。今後も我が第1の僕として尽くすと良い」

「ははっ。ありがたきお言葉」


 茶番のような会話に、リゼットは目を瞬かせる。何が起きているのかがまったくわからない。

「レオナール、様……?」

 すがるように手を伸ばしながら、リゼットはレオナールへ声をかける。


 そんなリゼットの何が楽しいのか、レオナールは愉快そうに顔を歪ませた。

「レオナールではない。私は神だ。そなたもひざまずくが良い」

 リゼットは信じられず、目を揺らしながら口を開閉させる。

 何か考えて動かなければならないというのに、思考が動かないのだ。リゼットは呆然と座り尽くしていた。


 いつまでも動かないリゼットに神は興味を失ったようで、オードリックへ話しかけはじめた。

「しかし、やはりこの体はダメだな。変異が止まらぬ」

 そう言って神は左腕の服を引きちぎった。現れたのは黒く硬い皮膚である。リゼットが以前見せてもらった時とさほど変わっていないように見えるが、よくよく見るとじんわりと黒い部分が広がっていっているようだった。


「そこの娘の体は完璧だったのだが」

 そう言いながら、神はリゼットの顎を片手でつかみ上を向かせた。リゼットは頭痛に顔を歪めている以外は、されるがままである。


「こんなに激しい抵抗ははじめてだった。抵抗を下げる方法を探さねばならぬな」

 そう言う神の目は対等な者を見る目ではなく、物、良くて研究に使う動物へ向けるそれだった。


「お任せください。聖地には研究所もございます。近いうちに、この娘の体を差し出してみせましょう」

 オードリックの言葉に、リゼットの顎をつかんだまま神は機嫌良く笑う。

「それは楽しみだ。して、この体より私にふさわしい、すぐに用意できる器はないのか?」

「現在聖女とされているアンジェリクがよろしいかと。わずかな変異が見られるものの、聖水の原液に触れ続けることが可能な個体です」


 人を人と思っていない発言にリゼットは顔を青ざめさせる。

 神とオードリックはそんなリゼットに気を止めることなどない。

「代用品としてはちょうど良いな。早速取りに行こう。この体が朽ちる前に交換せねばならぬ」

「かしこまりました」

 うやうやしく頭を下げるオードリックに満足げな表情を見せてから、神はリゼットを見る。


「さあ、行くぞ。そなたも来るが良い」

 リゼットは、神の言葉に体をびくりと跳ねさせ、恐る恐る立ち上がった。

 その様子に神は首をかしげる。

「そなた、私の命令が効かないのか?」

 神が何を言わんとしているのかがわからず、リゼットは体を固まらせた。

 

「まあ、良い。それについても後で調べるとしよう。オードリック。この娘を連れて付いて来い」

「かしこまりました」

 オードリックはリゼットへ近づく。口元に笑みを浮かべているのが不気味で、リゼットは一歩後ずさってしまった。オードリックはその様子を気に留めることなくリゼットの腕をつかむと、先行して歩きだしていた神の後ろを付いていく。そして、つかんでいる手と反対の手で扉を開けた。

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