第24話 聖域
解放されたリゼットが振り返ると、そこにはレオナールがいた。
彼は倒れた男を捨て置き、一歩踏み込むと変異していく男の首をなぎ払った。
リゼットはとっさに目を逸らす。仕方がないことだとわかっているが、吐きそうだった。
「リゼット様は無事ですね。今から移動します」
レオナールは早口で話す。
「は、はいっ」
声を裏返しながら、剣にまとわり付いた血を拭き取るレオナールにリゼットは近づいた。
「早足でお願いします」
そう言ってスタスタとレオナールは歩き出す。それにリゼットは付いていこうとしたが、アンジェリクが一緒に来る様子はないことに気が付いた。
「アンジェリク様は一緒に来ないのですか?」
リゼットは足を止めて振り返ると、アンジェリクを見た。そんなリゼットにアンジェリクは答える。
「わたくしは別行動をとります。顔を知られているわたくしと共にいるとリゼット様が危険です」
「そんなっ」
いいから一緒にと言いたかったが、リゼットはレオナールに抱え上げられてしまった。
「レオナール様!?」
思わず、以前通り様付けで呼ぶほどに、リゼットは驚いた。レオナールは気にせず平然と外へ向かって歩き出す。
「リゼット様。お気を付けて」
アンジェリクの声は、状況に合わない穏やかなものだった。
それに返事する時間も用意されず、リゼットは運ばれていく。
「レオナール! 離してください!」
「承諾できません。リゼット様の安全が最優先です」
暴れるリゼットなど何の抵抗にもならない。平然とレオナールは歩いていく。
そんなレオナールへマティスは慌てて近寄ると尋ねた。
「隊長。どこへ避難するのですか?」
マティスの質問に、レオナールは淡々と答える。
「聖域だ。聖女を守るにはもっとも安全なところだろう」
「は!? たどり着くまでが危険すぎる! 守りが薄くなるぞ!」
思わずだろう。素の言葉でマティスは叫んだ。
「総隊長の命令だ従え」
レオナールの静かな言葉にマティスは、うぐっと口をつぐんだ。
会話をしている間に、倒れている暴徒たちを越えてリゼットたちは外まで来ていた。
外には車が止められていた。車には屋根があり、扉にはガラスの窓がついているという明らかに高級な車である。そこへ押し込められたリゼットは、手が離れたのを幸いに降りようと動くものの、先に車内で座っていた男に阻止される。
レオナールは車へ乗り込む前に、急いで付いてこようとしていた隊員たちに向かって叫んだ。
「適性が低い者はくるな! 邪魔になる!」
レオナールの命に、ほぼ全員が動揺しながら返事をし、足を止めた。
マティスだけは車の運転手を追いだして乗り込んできた。代わりに、元々運転席にいた人物が助手席へと移動する。
レオナールも乗り込むと車は発進した。
「レオナール、聖域が安全ならなぜアンジェリク様は連れてこなかったのですか?」
責めるような訴えを、レオナールは流す。
「総隊長の命令です。リゼット様のみをお連れするよう仰せつかっています」
リゼットは、その答えにぎりっと歯を食いしばった。
命令なんかより1人でも多くの命が助かる方が良いとは考えないのだろうか。
リゼットが抱えたレオナールへの落胆の気持ちなど車も隊員たちも考慮しない。
館を出ると、車は乱暴に街を走っていく。あちこちに煙が出ており、街全体が混乱に包まれているであろうことは容易に想像できた。
大きな通りがあるだろうところはとくにひどく、車はそこを避けて走る。通常は車が入るような道ではなく、かろうじて一台通れるところを鉢植えなどが壊れることも気にせずに進んでいく。
荒い運転に振り回されないようリゼットは必死に目の前の座席をつかんでいた。
すると、頭上に衝撃が走った。上を見ると天井が凹んでいる。何度も衝撃が与えられ、リゼットは恐怖心でレオナールの方へ体を寄せた。
レオナールはそんなリゼットを宥めるように肩をぽんぽんと叩きながら言う。
「マティス。外に出られない。広い通りへ出てくれ」
「わかってますよ!」
そう叫びながら、マティスはハンドルを左へと急に切る。
かかった重圧に逆らえず、リゼットはレオナールにしがみつく。そして、広い通りに出た。そこは、サンビタリア大聖堂へと続く主道路だった。
建物や潰された車からは煙が立ち上がり、あるのは暴れる魔人か人間の死体ぐらいである。あまりの光景にリゼットがあぜんとしていると、レオナールに手を解かれた。すがるものがなくなったリゼットが顔を上げると、レオナールは車の扉を開けていた。
彼は車の端をつかみ、ぐっと車の上へと跳び上がるとその勢いのまま魔人を吹き飛ばす。
車は勢いよく進んでいるため、開け放たれた扉は今にも外れそうにガタガタと揺れていた。それに気付いたリゼットの右側に座っていた男は、リゼットを外から遠ざけながら扉を閉めた。
直近の脅威は去ったが、道路で車や建物を叩いて
レオナールは剣を取り出し、寄ってくる魔人の目を突き刺したり投げ飛ばしたりを狭い車の上で行っていく。
弾を温存するためか銃は使わなかった。
流れるように戦うレオナールの姿はリゼットたちからは見えないが、天井の振動が戦いの激しさを伝えてきていた。いつか天井が落ちそうである。
車へ絶え間なく加えられる衝撃にリゼットが震えている間に、サンビタリア大聖堂の前で車が急停車した。
間髪入れず、リゼットは抱えられ外に出た。
「駆け抜けるぞ」
レオナールの言葉に、隊員たちはうなずき走り出す。
大聖堂の中も魔人が暴れており、適宜目を撃ち抜くなりして駆け抜けていく。
魔人はリゼットたちに気が付くと襲ってくるのだが、皆リゼットたちが向かう方向と同じ方向へ暴れながらも進んでいるように見えた。魔人は聖域に向かっているのかもしれない。
神官たちの死体には目もくれず廊下を駆け抜けていくと、大聖堂の中心部へと続く神の姿が彫られた大きな扉の前へとたどり着いた。
ここでリゼットは降ろされる。
「隊長。私たちはここで魔人を討伐しています」
「任せた」
マティスの言葉へ返事を返しながらレオナールは扉を開けた。
そこには地下へと続く階段があった。冷たい風が駆け上ってくる。奥が青く光っており、光源が何なのかが想像付かない。
ただ、ここが聖域と呼ばれている場所に続くのだろう。
「早く進んでください」
レオナールに促され、リゼットは聖域へと向かって足を進めた。
扉がレオナールによって閉められると、外の騒音がかき消え、静かな空間となった。水滴が落ちるピチャンピチャンという音とリゼットとレオナールの靴音だけが響く。
あまりにも外と隔離された雰囲気の空間に、リゼットは異界へ向かって歩いているのではという錯覚に陥っていた。
深い階段を下り切ると、天井も足元も緑で覆われている空間に出た。水がたまっていて、光を放つ青い花がその周囲を守るように囲っている。リゼットにとって見覚えのある景色だった。
そして、花だけでは光源としては物足りないが、それ以外に光る物があった。
水の上に浮かぶ、透明な塊。それが青とも紫ともいえる色で光を放っていた。その塊の中に、眠る女性の姿があった。髪も肌も白く、目を開いて
リゼットは直感した。
これが、私を呼んでいた神さまだと。
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