第23話 暴動

「中止、ですか?」

 即位式がいよいよという時期に告げられた言葉に、リゼットは驚きと共に脱力した。

「各地の聖堂で騒動が起きております。元々予定していた日程での執り行いは危険と判断いたしました」


 アンジェリクの説明にリゼットは納得した。魔人裁判の件で元々不穏な空気はあったのだ。聖地へ入る前に少年が抗議をしていたのは目撃していたが、それが収まるどころか規模が大きくなったのだろう。


「今後のことは、まだ検討中です。聖地での即位式のみにするか、即位式は騒動が収まるまで延期として、聖域へ向かうのを優先するかなどといった意見が出ており、結論は出ていない状態です」

「わかりました。それまでは、わたくしはどのように過ごせば良いでしょうか?」

「決定するまでは、変わらずわたくしと勉学に励みましょう」

 アンジェリクの言葉に「わかりました」とリゼットはゆっくりとうなずいた。


 騒動が起きたと聞いても、本当に日々の生活は変わらなかった。ただ、レオナールの不在が目立つようになり、少しだけ寂しく気がかりだった。


「現在のサンビタリア教皇ジェローム様の就任式は今から12年前となります」

 歴代教皇の名が並ぶ資料を手元に、各教皇に関する説明をリゼットの住む館の一室で教わっていた時だった。


 ドンっと地響きがするほどの爆音がリゼットたちの耳を貫いた。

 一斉に護衛たちが反応する。


「リゼット様」

 一部の護衛を外の様子見に行かせると、副隊長であるマティスがリゼットの近くに寄ってきた。

「今、隊の者を外へ確認に行かせています。しばらくお待ちください」

 外を警戒しながらマティスは言う。

 アンジェリクの方も同様に護衛から話しかけられていた。


「わかりました。……レオナールは今どうしていますか?」

 どうしても気になった。こういう時、そばにいてくれれば心強いのにとリゼットは思わずにはいられない。


 この言葉を聞いて、マティスは一度まばたきをしてから答えてくれた。

「レオナールは会議に出ております。この騒ぎですから、今はこちらに向かっているものと思われます」

 リゼットは、ほっと息を吐いた。レオナールが来れば少しは安心できるだろう。


 そうリゼットが考えていた時、扉が力強く開いた。

「お逃げください! 暴動です! すでにっ」

 銃声と共に叫んでいた男が倒れ込む。


「きゃああああああ!」

 リゼットは悲鳴を上げた。アンジェリクも顔を青ざめさせて血が流れ出ていくのを見ている。

 呆然とする2人を庇うような位置に護衛たちは移動した。

 それとほぼ同時に複数の暴徒が部屋になだれ込んできた。彼らは護衛たちの手によってなぎ倒されていく。


 護衛側有利の状況が覆ったのは、窓からの攻撃を受けてからだ。

 ガシャンと盛大に窓ガラスを飛び散らせながら飛び込んできたのは魔人であった。

 第三勢力と言ってよく、暴徒にも、護衛にも混乱が走る。

 魔人へ攻撃したのはマティスであった。腰に挿していた剣を抜き、ためらわずに魔人の瞳へと突き立てる。


 魔人はそのまま倒れ込み、魔人の脅威は水だけを残して即座になくなった。しかし、これは暴徒への隙になってしまった。

 このわずかの間にリゼットは暴徒に捕らえられたのだ。

 リゼットのこめかみへと突き立てられている拳銃に緊張が走る。

「この娘の命が惜しくば、武器を捨てろ!」


 マティスたちリゼットの護衛は、悔しげな表情で武器を床に置くと両手を上げてひさまずく。

 アンジェリクの護衛はためらったが、アンジェリクが従うようにと指示を出したために従った。

 リゼットは、恐怖心でいっぱいで何も考えられず、なされるままである。


「そこの女が聖女だな?」

 リゼットを捕らえている男が、アンジェリクを上から下へとなめ回すように見てから言った。

「はい。わたくしが聖女です」

 少し声が震えているが、はっきりとアンジェリクは肯定した。

「そこの女を連れていけ」

 男の命令に従って暴徒がアンジェリクへと近づく。


「あ?!」

 しかし、近づき切る前に、命令に従った男はひざまずいた。

「どうした……?」

 リゼットを捕らえている男がいぶかしんでいると

「ああああああああ!」

 男が咆吼ほうこうした。じわじわと体が黒く変わっていく。

「な、なっ!」

 リゼットを捕らえている男は声にならない声を上げる。


 これを見てリゼットは思い出した。聖地には神の愛子まなごしか入れず、それ以外の者は魔人になるということを。


「くそっ。厄介な!」

 マティスは捕らえられているリゼットと、変異していく男の両方へ視線を揺らし思考しているようだった。

 そんな彼の思考がまとまる前に、唐突にリゼットは解放された。捕らえていた男の銃を握る手が捻り上げられ、同時にねじ伏せられている。そしてそのまま嫌な音を立てて首が曲がった。

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