第15話 祈り
街へ入る際の検問はとくに問題もなく終わった。
門番に言われるがまま出したレオナールの身分証は羊皮紙でできており、たくさんの花びらがある花が描かれていた。他に何が書かれているのかまではリゼットには見えなかった。
「聖サンビタリア保安隊の方ですね。お勤めご苦労様です。この街にはどのようなご入り用でしょうか。規則のため、お手数おかけしますがお答えいただければと思います」
「そちらこそ、お勤めご苦労。聖地サンビタリアへ帰還するため列車に乗る予定だ」
「なるほど」
門番はうなずき、身分証に目を通し切るとレオナールに返却した。
「馬車の荷台は随分と何も乗っていないのですね」
「はい。レオナール様とリゼットをお送りするためだけに来ましたから」
門番の疑問へは、ドニが答えた。
「身分証はありますか?」
「はい」
そう言ってドニが差し出した身分証はとくに絵などは描かれていない文字だけの一般的なものであった。
「問題ありませんね」
ドニの身分証も返却される。そして、門番はリゼットを見た。
「そちらのお嬢さまは?」
身分証を持っていない年齢と判断されたのだろう。どのような人物であるのかだけを尋ねてくる。
「聖地へ入ることになったリゼットだ。今私は彼女の護衛をしている」
「なるほど。わかりました。ご協力ありがとうございました。お通りください」
こうして、リゼットたちはポワ・ドゥ・ソンターの街へと到着したのである。
ポワ・ドゥ・ソンターの街は、ノーランと出会ったベル・ドゥ・ジューの街と比べると建物の密集度は低い。車の数も少なく、馬車の方が多いぐらいだ。それでも村と比べれば段違いに建物も人も多かった。
リゼットは、じっくり見ようと乗り出す勢いで前のめりになった。それをレオナールは引き寄せ
「見るのは構わないが、危険なことはするな」
淡々と注意をした。
ダミアンが言っていたとおり、整った顔立ちで無表情かつ淡々とした物言いは、ものすごく責められている気持ちになる。リゼットはしょんぼりと椅子に座り直し、そこから外を眺めた。
しばらく静かに外を見ていたリゼットだったが
「私、ずっと都会を見ることに憧れていたんです」
ふいに語りはじめた。レオナールは、そんなリゼットをじっと見つめる。
「都会に来るときは、家族と一緒だと思っていました」
なぜそのようなことを話しはじめたのか、リゼットもわかっていなかった。ただ、静かに街を見ていて、抑えていた気持ちがこぼれだしたのかもしれない。
「……私も、都会に憧れていた頃がある。家族と一緒に旅行のような形でいつか行くのだと思っていた」
共感を示すレオナールに、リゼットは少し驚いた顔をしてレオナールを見た。そして、リゼットと境遇が変わらないと言っていたことを思い出した。
「レオナール様も……」
家族を亡くしたのですかと尋ねて良いものかわからず、リゼットは最後まで口にすることなく目を伏せた。
一方、レオナールは変わらずリゼットを視界に捉えている。
「君と私が一緒だなどというのは、あまりにも君に失礼だと思う。だが、昨日までの当たり前が唐突に失われた経験はある」
リゼットの言葉の続きを予測してレオナールは答えた。予想の結果は正確なものではなかったため、家族が亡くなったのか否かが明確にわかるものではなかった。けれども、生死はともかく少なくとも家族と離れることとなる何かが過去にあったのだろうとリゼットは思った。
重い空気が漂い、沈黙が支配した頃。馬車が止まった。
「あの、着きましたよ」
ドニが遠慮がちにリゼットとレオナールの方を振り返りながら声をかけてきた。
「ああ。わかった」
そう言うと、レオナールは外に降りた。リゼットもそれに続いて飛び降りる。
到着したのは教会である。大聖堂ほどではないが、見上げるほど大きな造りをしている。左右対称で真ん中は三角の屋根があり、左右にはその屋根を越える長さの直方体がくっついてるような形をしていた。
「あれ。病院ではないのですね。ダミアン様は教会にいるのですか?」
「どこにいるかわからないからな。総隊長への報告ついでにダミアンの居場所を確認するつもりだ」
「なるほど」
リゼットは納得してうなずくと、教会へと視線を移した。物珍しいきれいで大きな建物に目を奪われている。その間にレオナールはドニの横に移動した。
「ここまで乗せてくれて助かった。恩に着る」
レオナールのお礼に、ドニは否定するように大きく手と首を振った。
「いえいえいえ。村を救っていただいたお礼で送ったのですから、お気になさらないでください」
「そうか。それでも、往復だと12時間を越えるような距離だ。大変だろう。気を付けて帰ってくれ」
「はい。ありがとうございます。それでは、私は失礼します。寄るところもありますから」
そう言いながらドニは鞄を叩いた。
「ああ。よろしく頼む」
レオナールのうなずきに、ドニは笑顔を返してから馬車を走らせはじめた。それに気付いたリゼットは、慌てて教会から視線を離すとドニに向かって声を上げた。
「ありがとうございました! お気を付けて!」
そう言って手を振るリゼットに、ドニも片手で手を振り返してくれていた。
教会の中に入ると天井がはるか高い通路があり、その奥に長椅子が見えたことから礼拝堂があるのがわかった。大聖堂と比べると質素な造りで、彫刻は飾られていない。それでも複雑な模様が壁に刻まれており、リゼットはきれいだと思った。
「私は報告に行く。君は祈りでもして待っていなさい」
レオナールは、そう言ってから清掃をしていた適当な神官を捕まえ、リゼットを見ているようにと依頼した。
「本当は君から目を離したくはないんだが……すぐに戻るから、そんな不安そうな顔をするな」
不安な顔をした覚えのなかったリゼットは、少し驚いた。言われてはじめて、1人の時に襲撃されたらどうしようなどと考えていたことが表に出てしまっていたことに気が付いた。
取り繕うようにリゼットは笑って見せたが、本人が思っている以上にそれは弱々しいものだった。
それを見たレオナールは
「すぐに戻る」
と言い残し、足早に入り口近くにあったどこかの部屋へ続く扉の中へと入っていった。
リゼットは一度うつむいてから、レオナールの言うとおり礼拝堂へ向かうことにした。通路の奥へと足を進めていく。神官はとくに何を言うでもなく、リゼットの後ろを付いていく。
礼拝堂はステンドグラスが印象的であった。光が差し込み、床もステンドグラスによって色づいていた。
長椅子に腰掛けている人は数人おり、リゼットはある程度距離を取れるようにと最後尾の長椅子に座った。そして、左手を右手で包み、額にその手を当て祈りのポーズをとる。さらに目をつむると
「神の
神への誓いの言葉を口にした。
その言葉は事件以前と違い、一切心がこもらないものだった。自分の家族を救ってもくれない神など信じるに値するものではないからだ。それでも、目をつむり、家族が人として天に召されていますようにと願ってしまうのは、神を疑いきれていないからなのか。
リゼットは静かに、何かに対して祈り続けた。
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