第5話 聴取

 一斉に視線が集まる中、リゼットはチェック柄のスカートを揺らして階段を下りていく。そんなリゼットを見て「なぜ……」とこぼすようにつぶやいたノーランは悲しげな表情をしていた。

 来訪者である2人は表情を変えることなくリゼットを見ている。2人とも淡い髪色をしているのが特徴的で、それぞれ長髪と短髪であった。彼らが着ているのは聖サンビアリア保安隊の隊服だろう。黒く襟のある制服の左右には、金色の大きめのボタンが付いている。腰には剣と銃をかけていた。


「君がリゼットか。その名乗りだと、あの日君は村にいたのだな?」

 来訪者の1人、赤茶色の目をした長髪の男がにらむように尋ねてきた。背が高く整った顔立ちをしているだけに、いっそう威圧感を与えてくる。

「はい」

 リゼットが臆することなく答えると、1つに束ねた灰色の滑らかな長い髪を揺らして男はうなずいた。


「ならば裁判前に聴取も受けてもらうことになる。構わないな?」

 ここで嫌だと答える人はいないだろう。

「はい。大丈夫です」

 リゼットは受け入れ、2人の男の前に立った。男たちはがっしりとした体つきをしており、大きな壁のようでリゼットに恐怖心を与えてきていた。それでもしっかりと2人の顔から視線を外さなかった。


「君は魔人裁判を受けることになる。結果がどのようなものになろうとも、この家に戻ることはないだろう。必要なら最後のあいさつを済ませるといい」

 淡々と述べる長髪の男の声には感情が乗っていなかった。何度も同じ言葉を繰り返しているのだろう。横に立つ短髪の男も顔色を変えることなく立っている。

 リゼットが振り返れば、男たちとは対照的に顔色が悪いノーランとシャネルの2人がいた。とくにノーランは青白く今にも倒れそうに見えた。


「リゼット……」

 ノーランは名だけを口にする。何と言っていいかわからないでいるようだった。代わりにシャネルがかがみ、揺れる視線をリゼットに合わせてから口を開いた。

「いろいろと言ったけれども、私は、あなたに死んで欲しいとまでは思っていなかったのよ。どうか、どうか……あなたの無実が証明され神の恵みがあらんことを」

「ありがとうございます。お仕事丁寧に教えてくれたこと、とても感謝しています。シャネルさんに神の恵みと良き未来がありますように」

 泣きそうな笑みを2人で送り合い終わると、シャネルはゆっくりと立ち上がった。


 続いて、シャネルに代わりノーランがリゼットの前に立った。そして、崩れ落ちるように地面に膝をついて項垂れてしまった。

「私は、子どもが亡くなるのは見たくない……どうか、行かないでほしい……」

 無理な事だとわかっていても口に出してしまったノーランの懇願にリゼットは首を振る。

「まだ処刑されると決まったわけではありません。だから、大丈夫です。見ず知らずどころか怪しい出の私に、こんなに親切にしてくれてありがとうございました。ノーラン様に拾ってもらえなければ、きっと私はすでに死んでいました。本当に感謝しています」


 リゼットは眉を下げつつも心からの笑顔を送ったが、ノーランの悲痛な面持ちは変わらなかった。

 それでもリゼットは行かなくてはいけない。親切にしてくれたノーランを巻き込みたくはないのだ。

「ノーラン様に神の恵みと良き未来がありますように」

 左手を右手で包み込み目を閉じてリゼットは祈る。そして顔を上げると、ノーランから視線を外してリゼットを連れていくことになる2人の男に向き合った。


「もういいのか」

「はい」

 長髪の男の言葉にリゼットはうなずく。その様子を見て短髪の男は扉を開けた。

 髪がなびくほどの風と光が家の中を駆け抜ける。そのまぶしさにリゼットは目を細めた。

 少しして目が慣れてくると、見知らぬ車が見えてきた。形状は以前リゼットがノーランと共に乗った車と同じだが、車体の色は真っ黒で他の色が一切ない。

 後部座席の扉は短髪の男が開けたようだった。誘導されるままにリゼットが乗り込むと、すぐに長髪の男がリゼットの横に座り扉を閉める。運転手は短髪の男だった。


 エンジン音が鳴る。

 左を見ると、変わらず泣きそうな顔をしたノーランと、かろうじて微笑ほほえみを作っているシャネルがいた。リゼットは、どのような表情でそれを見たらいいかわからなかったが、それでも2人を見ていた。


 車が走りだし、少なくとも道路を曲がるまではノーランとシャネルの2人は外でリゼットが乗る車を見続けていた。リゼットもまた、2人を見ていた。


「よく逃げなかったな」

 長髪の男の言葉に、リゼットは周囲に向けていた視線を男に移した。男は静かにリゼットを見つめていた。それがどのような感情の表情かはリゼットにはわからない。

「逃げれば迷惑をかけますから」

「そうか」

 それだけ言うと男は興味を失ったように視線を正面へと移動させた。残ったのは沈黙だけである。


 車が揺れる音とエンジン音と鳥の鳴き声、そして人々のざわめき。それだけが聞こえる空間は、とても重苦しかった。リゼットは周囲を見て気を紛らわせようとするも、楽しそうに歩く親子の姿すら胸を締め付けるものだった。

 リゼットは辺りを見るのをやめ、足元を見つめた。


 車が停車するまで、その沈黙は破られなかった。扉を開ける音にリゼットが顔を上げ横を見ると、そこには大聖堂があった。リゼットの村にある教会よりはるかに大きい建物に圧倒される。大聖堂左上の塔には鐘があり、その下の時計は午後の3時過ぎを指していた。


 短髪の男が開けてくれた扉から車を降りると、リゼットは大聖堂を見上げる。建物の良し悪しなどリゼットは今まで気にしたことがなかったが、純粋に美しいと感じられるぐらいには素晴らしかった。


「何をしている」

 そう言われて長髪の男が歩きだしていたことに気が付いたリゼットは、慌ててその後ろを付いていった。


 中に入ると、そこもまた美しかった。遥かに高い天井は丸みを帯びており、そこには絵画が描かれていた。聖書にある神と人との出会いの場面と思われる。壁にはさまざまな彫刻が飾られている。何を模しているのかはリゼットにはわからなかったが、すべて精巧で今にも動きだしそうである。

 リゼットが落ち着かないと感じたのは、すれ違う神官がひざまずくことだ。この大聖堂の神官よりも、この男二人ともか、どちらかが神官より位が高いのだろう。


 辺りを見渡したい気持ちを抑えながらリゼットが歩いていくと、広大なホールにたどり着いた。中央に祭壇があり、それを囲うようにたくさんの長椅子が置かれている。その長椅子ですら模様が細かく刻まれていた。


「こちらだ」

 ホールの広大さに目を奪われていたリゼットへ長髪の男が呼びかける。入って右手裏にある扉へ向かっているようだった。その扉には神の涙から生まれたとされる動物たちが彫られていた。


 重たいのだろう。その扉はゆっくりと開かれた。中の部屋は広いはずだが先ほどのホールを見た後だと天井が低く、狭いと感じる。

 中央に置かれた机の向こう側に長髪の男が移動し、椅子に座った。短髪の男は、扉を閉めた後はそのまま背筋を伸ばして立っている。


「座りなさい」

 言われるがままにリゼットは椅子へ腰掛ける。大きな机のわりに、長髪の男とリゼットが座った椅子以外は用意されていなかった。


「さて。カメリア村の事だが……。そうだな、君は中心部から離れた場所に住んでいたのか?」

 質問の意図がわからないが、聞かれるままに答えるしかないだろう。

「いいえ。中心部から比較的近いところに住んでいました。中心部にある教会の鐘から見れば見えるような位置です」

 リゼットの答えに、男は眉をひそめた。


「ならば、事件の日は村の外にいたとかか?」

「いえ、事件が起きたのは友達と遊んだ帰りです」

 困惑しながらリゼットが答えると、男はさらに眉間のしわを深くする。指先を顎と唇に当てながら机に視線を向けて何か考えているようである。


 視線をリゼットに戻してから男は口を開いた。

「君は、何が起きたのか答えられるか? 事が起きたのは中心部だ。君は何を目撃した?」

「水が噴き出しました。それが落ち着いたら、魔人が現れました。それ以上は……わかりません」

 その答えに、男は唇をなでながら思考している。その様子にリゼットは少しずつ不安になっていく。

 何かまずいことを言ってはいないだろうか。見てはいけないものを見た可能性はないだろうか。そう考えてしまい、男が口を開くまでの時間が長く感じていた。


「その時、君はどこにいた?」

「家へ帰る途中でした。中心部を出て少ししたところです」

「そうか……よく生き延びたな」


 そう言われてリゼットは父親を思い出した。あのとき父親が来なければ魔人に捕まっていたはずだ。

 リゼットは、ぎゅっと胸元を握り閉めた。

「パパが、助けてくれました」

「そうか」

 そう言う男の表情は変わらない。しかし、少しだけ声が低くなっており、何かしらの感情が乗っているようだった。


「他に異変はなかったんだな?」

「はい。それ以外は何も」


「そうか……あと、最後に一つ。水が噴き出した場所に心当たりはないか?」

「水が、噴き出した場所……」

 リゼットは頬に指先を当てて考える。

 あれは、建物のさらに向こう側に見えていたはずである。


「調査時には、水に沈んだ遺跡のような物があった」

 長髪の男が補足をすると、リゼットは思い当たるものがあり、うなずいた。

「神さまの遺跡ですね」

「それはどのようなものだ? 聖地が関知していない神の遺跡があるなど、怪しげだが」


 低くなった声に慌ててリゼットは続きを述べた。

「神さまの遺跡と言っても本当の神さまではないですよ。村を開拓した最初の人が神さまとしてまつられているんです。『魔がよみがえりし時、我が家に訪れよ。我が子らに力を与えん』と言い残して亡くなったと言われていて、その家ごとお墓に作り替えてまつったそうです」

「その墓こそが魔を呼び起こしたようだが……わかった。協力感謝する」

 そう言ってから、男はもう1人の男へ視線を移した。

 これ以上の追求はない様子で、リゼットは小さく息を吐いて力を抜いた。


「ダミアン」

「はい」

 長髪の男よりは低い声で返事が返ってきた。

「早急に魔人裁判を執り行えるように取り次いでくれ。理由はわかるな?」

「もちろんです」


 短髪の男ダミアンは素早く扉を開けて出ていった。

 これは、魔人裁判という名の死刑が近づいたということだ。リゼットは不安に目を揺らした。部屋に残った男は、そんなリゼットを見ても表情一つ変えず、何を言うこともない。部屋は沈黙に包まれた。


 発言しにくい雰囲気が漂う中、リゼットは膝の上に置かれた手の甲を見ながら何度か深呼吸をした。そして、顔を上げると長髪の男を見て口を開いた。

「あ、あの! 村は何が起きたのでしょうか」

 リゼットは袖をぎゅっと握り締め、緊張しながらも尋ねた。

「残念ながら、君が知る以上の事は私も知らない」

「そう、ですか……」

 しかし、返ってきた言葉には何の情報もなかった。

 リゼットはうつむくと、涙がこぼれ落ちそうになるのを耐えるように強く目をつむった。


 再び訪れた沈黙を破る者はいない。

 涙をこらえ、早まる心臓の音を聞くことしかできない苦痛の時間に、リゼットは耐え続けた。


 しばらくして、扉を開く音がした。

「準備が整いました」

 リゼットの魔人裁判への移動を告げる言葉を伴ってダミアンは部屋に戻ってきた。それを見た長髪の男は立ち上がる。

「わかった。では、行くぞ」


 リゼットも立ち上がると部屋の外へと向かう。向かう先は魔人裁判の執行場所。足は嫌でも震え出す。1歩歩くごとに、不安がリゼットの心を浸食していった。

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