第12話 数多の銀狼に挑む神速の少女
「ぐうぅぅぅー」
マリアの腹が音を立てた。密閉された瓶の栓が抜かれたかの様に、張り詰めた空気が一気に抜けた。彼女は腕を頭の後ろに持っていき、気まずそうな笑顔を向ける。
ダリ達はフィンツに来てからまだ何も食べていなかった。しかし、ダリとマリアはこの国では食料が貴重な物になっている事は諒としていた。
「いえ、大丈夫です。腹は減っても戦は出来るって言いますからね。」
「腹が減っては戦が出来ぬでしょ?ちょっと待ってて。」
マリアにツッコミを入れると、ミシアは家の奥へと消えていった。数分後彼女は両腕に大きな布袋を抱えていた。袋からは角張った物や丸い物が浮き出ている。それは彼らの食欲を
ダリも思わず口内を潤した。
「この中から好きな物を幾つか選んで。ボクはこれ!」
「あ、ズルいですぅ。私もそれが良かったです。」
ミシアとマリアは干し肉を取り合っている。硬そうなパンや
フィンツには食料が殆ど残っていないが、そこには言葉を返したくなる程の食料が敷き詰められていた。
「ミーシャ、どうしてこんなにも持っているんだ?」
「これは、ボクのお母さんが送って来てくれた物なんだ。ボクが手紙を送ると、いつの間にか家の裏に置いていってくれるんだ。ああ、早く会いたいなお母さん。」
「親は何処にいるんだ?」
「ちょうど魔人が現れた頃だったかな。ボク達がまだ寝ている深夜に魔人と戦っていたらしいんだ。それで、敵の攻撃をすり抜け援護を呼びに国外へ出たって聞いたよ。」
「いや、それって・・・」
ダリは入国した時、外に出れるか確認をしたが、彼の魔力を持ってしても外へ出る事は出来なかった。その事から考えられる事は一つだった。
しかし、彼の目に笑顔のミシアが映った。会話を手で止め、残酷な事をしようとしている自分に気が付いた。
キョトンとした顔でミシアはダリの顔を覗き込む。
「え?どうかした?こっちのパンは柔らかいよ。」
「いや、なんでもない。ありがとう。」
(いや、まだ決まった訳じゃない。僕が士気を下げるような事を言ってはいけないだろ。)
彼は首を横に振り、忘れようと噛み付いた。
それは耳まで変わらないふわふわの柔らかさと口溶けの良さを持っていた。口いっぱいに小麦の香ばしい匂いが広がり、貧しい土地で育ったとは思わせないインパクトを残す。生クリームの自然な甘みは食欲を助長する。
ダリは思わず笑みを浮かべ、すっかりと顔の憂色は消えていた。
「美味い。頬が落ちるかと思ったよ。」
「私にもください!!」
マリアが横から被りつく。彼女もまた、頬を押さえて
彼らは食べ終わると古びた家に戻り、丸いテーブルを囲む。部屋に椅子の軋む音が響く。乾いた空気の中で作戦を練り始める。
ミシアは茶色く
彼女はある一軒に指を指す。
「ここが今ボク達のいる場所ね。で、ちょっと東に行った所にさっきのギルドね・・・」
彼女は地図の上で指を走らせ、その指に合わせクリミネンスも動いていく。ツーっと移動する指を彼らは目で追いながらこの国の造りを頭に入れていく。
彼女はとある大きな四角い場所で指を止めた。
「・・・それで、ここがボク達が今から向かう、旧フィンツ城フィルガンドだね。」
「ちょっと待ってくれ。旧ってどういう事だ?」
「そうか、それを言っていなかったね。ボク達の国の王室の方達は全員殺されたんだ。魔人が入ってきた次の日にギルドの裏に聖騎士や王妃の死体が積んであったんだ。国王様の死体は無かったけど恐らく・・・だから、旧っていう号をつけたんだ。」
「そうか、悪い事を聞いたな。」
「いや、いいんだ。前を向こう。作戦だけど・・・」
フィルガンドに向かうには一本の本道しか存在しない。そこには、浜の真砂の様にウルフが跋扈している。その為、片腕の彼女ではそこを突破する事さへ出来なかった。
「ウルフ達はこちらから何かしなければ、攻撃してこないが、そこにいるウルフ達は違って、近ずけば即攻撃してくるんだ。だから、ボクはそれを知らなくて一度撃退されたんだ。」
その大通りを抜ければ、フィンツを象徴するかの様な巨大建築が現れる。
そこに魔人が住んでいる。
「その魔人は一度、ここゴースフルトに現れてボクと戦ったんだ。その時は片腕だったから戦いにならなかったけど今なら・・・だから、君達には途中のウルフ達の相手をして欲しいんだ。」
「つまり、正面突破って事だな。」
「ですね。」
「すまない。これしか思い付かなかった。」
ミシアは申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせ、謝罪する。下を向いた彼女の頭をマリアはそっと撫でて正面に向かせる。
「いいです、いいです。ミーシャさん、私達を頼って下さい!私とダリさんは最強ですから。」
彼女の底が抜けた様な返事を最後に彼らは準備を始める。
「どうです?ダリさん、可愛いですか?」
鼻息を鳴らし、ダリに服を見せている。
「い、いいんじゃない?」
「やったー!!!褒めてもらいました!!ダリさんもカッコイイですよ!!」
彼は頬を赤らめた。彼らは闇に紛れ、戦うべく、黒いキモノに着替えていた。
ダリは何の変哲もない泥濁色に袖の着いた紺の布を一枚羽織っていた。腰に巻き付けられた帯には飾りの黒い剣が刺さっている。
マリアは鮮やかな紫のキモノに身を包んでいる。キモノの各所には手の平程の白い菊の花が咲いている。腰には濃紫で矢羽根の幾何学模様の入った帯を巻いている。白銀は一本の
「わあ!こんな所にくーちゃんが!」
その隙間からクリミネンスが現れ、マリアに抱きかかえられる。しかし、抜け出して今度はミシアの胸の隙間へと入っていった。
「こら、よすんだ。隠れ場所じゃないぞ。そこは、いや、あは、はあぁぁん。」
(目のやり場に困るんだよな。こんなんで大丈夫なのか?)
ミシアは高い声を上げる。クリミネンスは彼女の手に捕まると、頭の上に乗せられた。
「正面まではボクのスキルで移動するよ。捕まって。」
彼女の伸ばした両腕に二人は捕まる。彼女の柔らかいキモノが少し潰れる程彼らは袖を掴む。
そして、彼女は膝の辺りまでしか無いキモノを張り、脚を開いて少し屈む。その瞬間、辺りは静けさに包まれる。月の光は後方から彼らの挑戦を奮い立たせるかの様に鮮麗に照らす。ダリの心臓の鼓動は加速していた。
全身が武者震いする。
「これで決めちゃうよ。この国を、皆んなを救うんだ。行くぞ!光よりも速く、空よりも遠くへ!」
彼らは同時に喉を震わせる。
『『『刹那のレイヴン』』』
瞬間、彼らはその場から消え大道へと現れる。通った道には空中に白い光が走っていた。空気を震わせた音は金属音の様に辺りに響き、鼓膜を震わせる。
目前に天を摩するかの様な古城がそびえ立っている。
ミシア達に気づいたのか、ウルフは黄色い目を向け出迎える。彼らは黒い繭を宿っているかの如く
「ああ、燃えてきた。行くよ。」
「ああ。」「はい。」
彼女は一筋の光を残し、ウルフ達の毛皮を刻んでいく。周りの商店街跡地には赤い血が飛び散る。辺りには生臭い匂いが充満しだした。
「こっちのウルフは僕らで片付けるぞ。マリア!」
「はい!」
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