りん子と頭痛

 私はどうしようもなく、臆病で狡猾な人間でした。

 本当に狡い人間だったのです。







 ▽







 ▽







 煌太郎さんとお出かけしてから約二週間程が経ちました。冬が近づいて来ており、日に日に寒さが増しています。


「寒いですねぇ」

「本当に。りん子さんは寒いの苦手よね」

「苦手なんてものじゃありませんよ、嫌いです。今年は瑠璃羽さんの雪遊びには付き合いませんからね」

「そう?りん子さん、今年は春乃さんがいるのよ。三人で遊ばないの?」


 瑠璃羽さんがなんとも魅力的な餌を私の前に見せびらかしてきました。だって私が遊ばないと言ったら瑠璃羽さんと春乃さんだけでやるのでしょう?私を除け者にして。狡くないですか?


「遊ぶに決まっているじゃないですか。春乃さんを出すのは狡いですよ」

「狡くないわ。戦略ですから」


 瑠璃羽さんはしてやったり、という風な表情で笑います。なんだか笑い方が柊人様に似ていますね。幼馴染みで婚約者だから一緒にいる時間が長くなって似てくるのでしょうか?


「ああそうだ。今度煌太郎さんと奏次郎くんと出掛ける予定があるんですけど、瑠璃羽さんにも何かお土産を買ってきますね」


 不意に、この間煌太郎さんとした一つの約束を思い出しました。それは私と煌太郎さん、それから奏次郎くんと共に買い物に行こうというものです。煌太郎さんと奏次郎くんのお母様がそろそろお誕生日を迎えられるのでそのための贈り物を選ぶのです。

 毎年思うのですが、私が煌太郎さんのお母様に贈り物を選ぶのに着いていく必要はあるのでしょうか。勿論日頃の感謝を伝えるために私も贈ることは理解できます。でも一緒に行く意味は一体全体何処にあるのでしょう?煌太郎さんと奏次郎くんの二人で行っても問題無いと思うのですけどね。


「? 瑠璃羽さん、どうかしました?」


 瑠璃羽さんがさっきから黙ったままこちらを凝視してきます。怖いです。


「りん子さん、いつからそうなの……?」

「そう?」


 瑠璃羽さんは目を見開きながら震える声で言いました。


「神崎様のことを……こ、こ……」

「煌太郎さん?」

「それ!!!」


 ぶんぶんと頭を縦に振りながら瑠璃羽さんは叫びました。そんなに驚くことですかね。


「ついこの間のことですよ。煌太郎さんと縁日に出掛けたときにそう呼んでほしいと煌太郎さんが仰ったので」

「へぇ~……」

「……なんですか」

「いいえ、気にしないでください。……んふふ」


 初めは信じられないと言いたげな表情の瑠璃羽さんでしたが、次第に口角が吊り上がっていきます。さながら推しを眺めるオタクでした。今の瑠璃羽さんは、前世の休憩室で推しのスチルを眺めてはにやける私の同僚と同じ顔をしています。

 すると突然。


「━━……っ!」

「りん子さん?大丈夫!?」


 私の頭に激痛が走りました。痛みに顔を歪めてしまいます。瑠璃羽さんが大声を上げて私を覗き込みました。


「ええ、もう大丈夫です。すみません驚かせてしまって」

「本当に?……りん子さんはすぐ隠すから心配よ」


 眉を下げ、先程とは打って変わって小さな声で呟く瑠璃羽さんにツキリと胸が痛みました。

 言ってしまいましょうか。この頭痛とあの声のことを。

 ……いいえ、止めましょう。まだそうだと決まった訳でもないですし、余りにも突拍子の無い話ですから。瑠璃羽さんを無駄に煩わせる必要は無いですし。


「ちゃんと辛くなったら瑠璃羽さんに相談しますよ。だから心配しないでください」

「約束よ?」

「ふふふ。はい」


 微笑み合いながら小指を絡めました。







 ▽








 ▽







「兄上も義姉上も買い終わってしまったのですか?」

「ああ。まだ買っていないのは奏次郎だけだぞ」

「ゆっくりで良いんですよ」


 煌太郎さんと奏次郎くんのお母様への贈り物を選ぶ日。私と煌太郎さんは早々に決めてしまったのですが、奏次郎くんがまだ迷っていました。


「奏次郎くんは何で迷っているのですか?」

「刺繍のための新しい糸とこの硯箱すずりばこです」


 確かに煌太郎さんのお母様は刺繍がお好きですし、目の前にある硯箱は蓋に繊細な蝶々の模様が彫られていてとても美しいです。迷うのも頷けます。


「煌太郎さんはどちらが良いと思いますか?」

「そうだな……。母上はこの間もう少し刺繍糸の種類を増やしたいと仰っていたから糸の方が良いのではないか」


 煌太郎さんの答えに頷いて奏次郎くんを見ると、彼は幽霊でも見たのかという程に強張った顔をしていました。


「……まさか本当だったなんて」

「? 奏次郎くん??」

「あ、すみません義姉上。分かりました、僕手芸店まで戻って買ってきます!」

「一緒に行こうか」

「大丈夫です。お心遣い有難うございます、兄上!」


 走り去っていく奏次郎くんの小さくなっていく背を見ながら、煌太郎さんと二人彼を待ちます。煌太郎さんは奏次郎くんの成長に複雑な気持ちを抱かれたようでなんとも言えない表情をしています。失礼だとは分かっていましたが少しだけ笑ってしまいました。




 奏次郎くんが戻ってきたので馬車を待たせてある場所まで歩いて行くことにしました。私を挟んで行われる微笑ましい兄弟の会話に耳を傾けていると、それはいつものように突然やって来ました。


 ズクリと頭が痛みます。


「……いっ!」

「? 義姉上?大丈夫ですか!」

「どうした、頭痛がするのか?」


 焦った様な煌太郎さんの声とひたすらに私を心配する奏次郎くんの声を搔き消すように、あの声が頭に響きました。


『━━……えして……しあ……を!……して、返してよ、あたしの幸せを!!』


 私の意識は真っ暗な闇の中へ墜ちていきました。

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同僚がプレイしていたゲームの悪役令嬢に転生した話。 坂田メル @mel-sakata

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