りん子と秋

 季節がゆったりと流れています。あの蒸し暑い夏は過ぎ、秋になりました。

 春乃さんは煌太郎様に恋心を抱いていらっしゃらないという衝撃の事実を知ってから、私は正攻法で彼女たちに挑んでいます。

 正攻法と言っても、何をすれば良いのか恋愛経験値ゼロに等しい私には良く分からず、とりあえずそれぞれの長所をそれぞれにアピールするという、合っているのかいないのか分からないような方法を取っています。ただどちらにも余り響いていないような気もするんですよねぇ……。

 春乃さんはいつぞや瑠璃羽さんのお家で開催された女子会もとい恋バナ大会の様子を見るかぎり、結構恋愛脳な方だと思うのですけど何を言っても「そうなのですか!矢張神崎様とりん子様はお似合いですね」とだけしか返ってきません。

 煌太郎様の方は……なんか……不機嫌になられるのですよね……。ちょっと意味分からなくありません?いやまあ普通にご気分を害してしまっているという可能性もありますし、それが一番あり得るんですけど。だとしても、あんなに険しいお顔をなさらなくても……と思いますよね。声も絶対零度まで下がって酷いときは返事もおざなりになるのです。

 煌太郎様の表情筋は基本的に職務放棄をしているのに、しかめっ面だけは種類が沢山あるのって何故でしょう?ツンデレキャラだからですか?いや私はキャラ設定知らないんでただの想像なのですけどね。


「そういえばそろそろ貴方のお誕生日ね、楓」


 膝の上で私に甘えてくる黒猫に声を掛けました。楓は私が転生に気が付いて少ししてから保護した元捨て猫です。お父様に飼っても良いという許可を頂いた日を楓の誕生日として、それから毎年祝っています。

 プレゼントとかはちょっと値の張る餌とか、玩具おもちゃとかそんなものです。今年は何が良いですかね。最近は煌太郎様の謎の贈り物したい衝動のお陰でご飯の方は間に合っているので玩具が良いでしょうか?


「ねぇ楓?楓はお誕生日、何が欲しいですか?」


 そう尋ねても彼から返答はありません。楓は猫ですからね、当然です。でも訊きたくなるんですよ。ただ、これを他人に聞かれたり見られたりしたときの恥ずかしさは尋常じゃないのです。この間楓に話し掛けていたのを偶然八重に見られ、憐れむような声色で「りん子お嬢様、非常に残念なことですが猫は喋らないのです」と言われたときの私の気持ちを考えてもみてください!!恥ずかしいなんて言葉では言い表せないくらい恥ずかしかったです……。

 またこれを誰かに聞かれたら確実に私は恥ずかし死ぬのでもう止めましょう。







 ▽






 ▽





「りん子様、女学校が終わったらどこかへ遊びに行きませんか?」


 春乃さんが女学校の正門で私に話し掛けました。もしかしてこれを言うためにずっとここで待っていたのでしょうか。健気で可愛らしいです。


「勿論。良いですよ」

「本当ですか!嬉しいです!!」


 春乃さんはにこにこ笑ってそう言いました。それだけで周りの女子たちが可愛らしいものを見る視線をそっと春乃さんに向けます。ヒロインって凄い。


「りん子様はどこに行きたいとかありますか?」

「春乃さんの行きたいところで良いですよ」


 そう告げると春乃さんはうーんと唸りながら悩みはじめます。


「学校が終わるまでには考えておきます」

「授業をきちんと受けなくては駄目ですよ?」

「! はい!」


 少しだけ笑いを含みながら春乃さんに注意を促すと、何故かほんのり頬を赤く染めて春乃さんが元気よく返事をしました。どうかしたのでしょうか?


「春乃さん、大丈夫ですか?頬が赤いですけど風邪気味ですか??」

「え!?いえ、そんなことありません。その、少し暑くて!あの、えっと失礼します!!」


 春乃さんはぴゅーっと走り去っていきました。暑いって今秋ですよ?残暑ですか?


「大丈夫ですかねぇ。私と遊びに行っていて良いのでしょうか?」


 まあでも春乃さんが折角誘ってくれたのです。私もそれを楽しみに学校を頑張りましょう。






 ▽





 ▽






 瑠璃羽さんに春乃さんと遊びに行く旨を伝え、正門で彼女を待っているとなんと煌太郎様がいらっしゃいました。


「こんにちは、煌太郎様。如何致しましたか?」

「今日、この後君は暇か」

「りん子様は私と出掛けますよ」


 私の後ろから春乃さんがひょこっと顔を出して言いました。私は驚いて軽く跳ねてしまいます。


「若草くん……」


 煌太郎様が呟いたのは春乃さんの名字です。これは若しかして私の正攻法アピール戦法が功を奏したのですかね!?煌太郎様が春乃さんのことを覚えはじめています!


「話が違うと思うのだが」

「そんなことないですよ。助言は致しますけど、行動の協力をするとは言っていませんので」

「……チッ」


 なんだか私には分からない話を始めたと思ったら急に煌太郎様が春乃さんに舌打ちをしました。え、何ですかどうして機嫌急降下しているのでしょうか?


「こ、煌太郎様?」

「なんでもない。くれぐれも事故等に遇わないよう気を付けるんだぞ」


 煌太郎様はくるりと体を反対方向に向けて去っていきました。その背中がなんだか悲しそうに見えて、私は思わず彼を追いかけそうになります。


「りん子様!私新しくできたカフェーとやらに行ってみたいのです。さぁ、行きましょ!」

「わわっ!」


 春乃さんに腕を引かれ、私は若干よろけながらも彼女に着いていきます。頭の片隅に煌太郎様の背中を残しながら。

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