りん子と変化
最近煌太郎様の行動がおかしいです。
いえ、これといって変わったところがある訳ではありません。相変わらず勉学と家族を大切にする素敵な方です。
ただ、矢鱈と私に物をあげたがるのです。
それはリボンに始まり新刊小説やちょっとしたお菓子等。果ては楓の為の結構良いお値段のする餌まで頂きました。初めの頃は有り難く頂いていましたがだんだん申し訳なくなってきて断ろうとすると、煌太郎様はそれはそれは悲しそうな顔をするのです。微妙に眉が下がり、その長い睫毛を伏せて小さく「そうか……」と呟かれるのです……。
無理ですよね、私も負けました。悩みに悩んで結局頂く、という流れを三回程繰り返してからもう抵抗も諦めてしまいました。
それに加えて、女学校ヘいらっしゃる回数も少しだけ増えたような気がします。今までだったらご自身のお母様に言われないと女学校には近寄らなかった煌太郎様ですのに、どうやら近頃はご自分の判断で私を迎えに来られているらしいのです。
これは春乃さんに逢いたいからだと思うのですよね。ですから春乃さんにお願いして私は用事があって少しだけ遅れるということを伝えてもらいました。そのままお話をしてもらえれば万々歳です。
「りん子さん?何見てるの?」
「瑠璃羽さん、煌太郎様と春乃さんですよ。……あら良かった、仲良くお話できていそうで」
私達二人の視線の先には正門前で談笑する男女がいます。とはいえ煌太郎様の方は相変わらずの無表情ですけど。春乃さんも知らないうちに煌太郎様と気軽に話せるようになっていたみたいで安心しました。ゲームの中での幸せに近付いていますね。
「りん子さんはどうして春乃さんと神崎様を仲良くさせたいんです?」
「え?」
瑠璃羽さんは窓枠を人差し指で
「それはこの間も言ったじゃないですか。あの二人は一緒にいることが一番幸せなのですよ。最終的には添い遂げてもらわないと困るのです」
「……神崎様の婚約者はりん子さんなのに?」
あらまあ、なんだか最近聞いた言葉ですねぇ。一体何故でしょう?
「今は私が煌太郎様の婚約者ですけど、
私は俯く瑠璃羽さんの顔を覗き込みます。すると。
「る、瑠璃羽さん!?何故泣いているのです!?」
瑠璃羽さんの瞳を薄い涙の膜が覆っていました。一緒にいたこの四年半で彼女の涙を見たことが無かったので、私は酷く慌てました。
「だって、折角、神崎様が変わってきていらっしゃるのに!りん子さん、が、そんな、悲しいこと言うからっ!」
瑠璃羽さんは嗚咽混じりに言葉を紡ぎます。
悲しいこと……。私が煌太郎様と婚約を破棄しようと思っている、ということでしょうか……?でも、何故?
「瑠璃羽さんは私の婚約破棄が嫌なのですか?」
瑠璃羽さんの背を
「でも煌太郎様の幸せは春乃さんと恋仲になる事ですよ?現に今煌太郎様は春乃さんに逢いにいらしてるでしょう」
がばっと瑠璃羽さんが顔を上げます。その瞳は強い光を
「りん子さんはずっとそう仰るけどそれは本当の事なんですか!?神崎様は春乃さんのことが好きで、春乃さんは神崎様のことが好きなんですか!?」
「っ……!」
完全に虚を突かれました。確かに私は春乃さんの気持ちを知りません。ただゲームのヒロインだから、煌太郎様のことを好きに違いないとそう思い込んでいたのです。
「御免なさい、私帰ります」
瑠璃羽さんはそう言い残して教室を去りました。後には私だけが残ります。
「……煌太郎様を随分と待たせてしまいましたね」
呟いて緩慢とした動作で窓から離れます。
私はこのゲームのりん子を変えました。りん子を私の中に取り込み、私として生きていく事を決めたのです。ゲームのシナリオを知っている訳ではありませんが、今の私とゲームのりん子は確実に違うでしょう。
自分は好きなように生きておいて、春乃さんにはシナリオを強制しようとしていたのです。
「最低ですね、私」
▽
▽
「一体どうしたんだ」
隣の席に座る煌太郎様が私にそう訊ねました。私達は今、帰りの馬車に揺られています。
「……何がです?」
「余り元気が無いようだが」
「…………」
こちらをちらりとも見なかったのに少しの会話だけでバレているのでしょうか。そうだとしたら私は結構分かりやすいという事になってしまいます。
「無理に話せとは言わない。ただ作った笑顔を見せるな。それならば笑わない方が何倍も良いだろう」
視線を感じ、恐る恐る左上に首を向けると西日を反射した煌太郎様の美しい
「……瑠璃羽さんと、喧嘩のようなものをしてしまったのです」
「瑠璃羽……。嗚呼、黄金浦の婚約者殿だったか」
「はい。私、瑠璃羽さんと喧嘩なんてしたことなかったので混乱して……」
私は膝の上に置いた両手を何度も組み替えます。
「でも私分かっているんです。悪いのは私で、瑠璃羽さんはそれを気づかせてくれたんです」
「それなら、君が謝れば良いだけだ。自分で分かっているのなら何も問題は無い。……君にも大事な友人がいるようで安心した。本当に仲が良い友人は喧嘩が出来ると言うしな」
見開いた私の眼から大粒の涙が零れ落ちました。それは袴や私の手をどんどん濡らしていきます。
「えっ……」
泣いたのなんて随分久し振りの事で驚いていると横からスッと手巾が差し出されました。
「使うと良い」
「……有難うございます」
自分の手巾が無い訳ではありませんが、煌太郎様の物を有り難く使わさせてもらうことにしました。
馬車の中には私の啜り泣く声が少しの間響いていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます