瑠璃羽と密会

 瑠璃羽は焦っていた。親友のりん子がとんでもない事を言い出したのだ。腐れ縁兼婚約者である黄金浦柊人を連れて、瑠璃羽は神崎邸へ早足で向かっていた。


「瑠璃羽?どうしたんだい、そんなに急いで。しかもこの道神崎の家に向かう道じゃないか」

「そうよ。今から奏次郎様に会いに行くの」

「おや、婚約者の前で他の男と会うのかい?」


 揶揄やゆを含んだ声色で尋ねられ、瑠璃羽は苛つきを声に乗せて答える。


「婚約者でもあるけどその前にシュウは幼馴みでしょう。あんたは神崎様と難しいお話でもしていなさいな」


 そうして神崎邸に着いた男女は玄関先で声を上げる。神崎邸は大きな日本家屋でこの辺りでは東堂邸と並ぶ大邸宅だ。程無くして出てきた召し使いに用件を話し、瑠璃羽は左へ、柊人は右へ歩きだした。


「黄金浦じゃないか。珍しいな」

「僕の婚約者が君の弟に話があるんだと」


 奥の座敷から出てきた煌太郎に突然家に来訪した理由を話す。瑠璃羽と奏次郎がこそこそ相談事をしていることは知っているし、その内容も知っている。その為柊人がやきもきすることはない。多少は面白く無いが、それとこれとはまた別の話である。


「僕も先刻さっき例の専門書を読んだんだ。少し語り合わないかい?」

「ああ、是非」


 目に見えてわくわくしだした煌太郎に柊人は二人の気苦労はもう少し続きそうだと思った。







 ▽






 ▽







 一方、瑠璃羽と奏次郎はというと。


義姉あねうえがそのような事を!何故です!!」

「それが分からないからここで会議をしているのですよ」


 若干混乱気味の奏次郎を宥める瑠璃羽。

 奏次郎は綺麗に揃えられた前髪をぐしゃりと握り潰す。彼にとって自分の兄とその婚約者が結婚することは長年の夢というか目標であり、そのためにこれ迄沢山の努力をしてきたことは瑠璃羽も良く分かっている。ただまだ正式に義姉ではないりん子をと呼び出したときには驚いたが。


「……その若草春乃という女は兄上の婚約者になりたがっていると、そう義姉上が仰ったのですか?」

「正確にはなりたがっているにという感じでしたけど」

「それではまだ確定事項ではないのですね?」

「ええ、今のところは」


 瑠璃羽の言葉に奏次郎は苦虫を噛み潰したような表情をする。


「どうして急にりん子さんは婚約破棄なんて思い付いたのでしょうか?春乃さんだって私の知る限りでは神崎様に恋をしている素振り等ありませんでしたよ」

「そもそも若草春乃さんが兄上に接触した事すら無いと思いますけど……」


 瑠璃羽も奏次郎もりん子の思考を読み解くことは出来ず、二人は頭を抱えるしかなかった。

 放っておいたってりん子と煌太郎はいずれ結婚する。しかし、瑠璃羽たちは必死に二人がをするよう試行錯誤しているのだ。それにも拘わらず、二人の仲は進展しないままであり、これでは奏次郎や瑠璃羽、柊人が望むようなお互いがお互いを大切に思う所謂にはならないまま結婚することになってしまう。それは煌太郎とりん子両方の幸せを願う彼らからしたら絶対に迎えたくない結末である。

 りん子はそれはそれは美しい女性だ。ぱっちりとした二重はほんの少しだけつり目になっていて、利発そうな雰囲気を持っている。腰まである艶やかな黒髪は毎日違う色の綺麗なリボンで彩られており、女学校一美しい髪だと評判だ。はーふあっぷ、という髪型らしい。背は低過ぎず高過ぎず、煌太郎と並ぶと丁度良い身長差になる。大抵のことは「まあ」か「あらあら」で済まし、瑠璃羽や奏次郎は彼女が怒ったりしたところを見たことが無い。

 瑠璃羽が彼女に初めて会ったのは二人共十二歳のときだったが、その頃からりん子はどこか人と違う何かを持っていた。そしてそれが周りの人間を惹き付ける。瑠璃羽もそれにやられた口であるが、春乃もまたそうである。はずだ。

 およそ二週間前、りん子が瑠璃羽に若草春乃という少女を紹介してきた。三年次から転入してきたという彼女はりん子を崇拝している様だった。何処で知り合ったのか分からないがその気持ちは瑠璃羽にも良く分かる。


「とりあえず、春乃さんが神崎様をどう思っているのか、それが知りたいですね」

「そうですね。榊さんはそれを探ってもらえますか。僕はこれまでの様に兄上に働きかけて義姉上との関係が進むよう発破を掛けます」

「発破掛けられてるのでしょうかねぇ……」


 瑠璃羽が呟いた言葉に元々重かった部屋の空気がより重くなる。二人は同時に溜め息をくと緩慢とした動作で椅子から立ち上がった。


 りん子の計画と奏次郎たちの計画。先に成功するのは一体どちらなのか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る