りん子と密会
「シュウ……?」
その声は私に覆い被さっていた柊人様を酷く焦らせます。
「る、瑠璃羽……」
▽
▽
「専門書、ですか?」
ある日の午後、私の家に柊人様が訪ねて来られました。曰く専門書を貸してほしいのだとか。
「煌太郎様に借りるのでは駄目なのですか?柊人様と煌太郎様は同じような内容のお勉強をなさっているのですよね」
「そうだけど。この間神崎が読んでいた専門書がなかなか面白そうだったから僕も読みたいと言ったら、りん子ちゃんの持ち物だからりん子ちゃんに借りてくれって言われてね」
成る程そういう訳ですか。それなら納得です。私はお父様たちから頂く書物の中に学術的な内容のものがあると必ずそれを書庫の本棚に入れておくのです。そうして煌太郎様がいらした時に気に入ったものを貸しています。
「分かりました。探して来ますので少しお待ちになってもらえますか」
「ああ、有難う」
柊人様は微笑んで八重が用意した紅茶を飲みました。私は応接間を出て書物へ向かいます。
「えーっと、何処に仕舞ったのかしら?煌太郎様がもうお読みになられたということは上の方ですかね?」
本棚の上の辺りを視線で
「あ、煌太郎様がご自分で戻されたのでしたっけ」
そうなると私一人ではこれを取り出すことは出来ません。八重を呼んで踏み台を持ってきてもらいましょうか。
「りん子ちゃん?大丈夫かい」
控え目にドアがノックされ、柊人様が顔を覗かしました。
「本は見つかったのですが高いところにありまして。今八重に台を持ってきてもらうのでもう少しだけお待ちくださいませ」
「ああいいよ。僕が取るから」
そう言って柊人様はつかつかと部屋の中に入って来ます。
「これだね。よっ……と」
そこまでは良かったのです。
柊人様が本を引き出すと、一緒に隣の辞典や図鑑までもこちら側に傾いてきました。それらは重力に従ってしゃがみ込んで下の方の本を見ていた私の上に落ちてきます。
ドスンッ!
「……びっくりしたね、りん子ちゃん頭打ったりしてない?」
「大丈夫です。柊人様こそ背中とか大丈夫ですか?」
「うん」
柊人様が
「御免ね、非常事態とはいえ押し倒すみたいになっちゃって。神崎に怒られるかな」
柊人様は苦笑いをしながら起き上がろうとします。私も違う意味で苦く笑ってしまいます。
「シュウ……?」
そこに響いた声は私にとって聞き慣れた声でした。
目の前の柊人様はびくりとその肩を震わせてぎこちなく扉の方を見ます。
「る、瑠璃羽……」
そう。そこで立ち尽くしながら目を見開いてこちらを見ていたのは瑠璃羽さんだったのです。
「瑠璃羽、違うんだよ。これは事故で……」
必死に弁解をしだす柊人様。瑠璃羽さんと柊人様はお知り合いなのでしょうか?
瑠璃羽さんはキッと柊人様を睨むと声を張り上げます。
「シュウ……あんた何してんのよ!りん子さんの婚約者様は自分の親友でしょうが!」
そのまま部屋に入り、私に駆け寄ります。
「シュウ邪魔!りん子さん大丈夫?怖かったわよね、こんな変な男に押し倒されてっ!」
「いえ、あの、大丈夫ですよ。柊人様は私を助けてくださっただけですから」
「そうなの?」
瑠璃羽さんは先程押し退けた柊人様を振り返ります。柊人様は「だから事故だって言っただろ……」と
まあ、一度状況を整理した方が良さそうです。
▽
▽
瑠璃羽さんは柊人様の婚約者だという事でした。その上二人は産まれたときからずっと一緒にいる、所謂幼馴染みだそう。
「本当に事故だったのね?シュウはりん子さんを庇っただけ?」
「本当ですよ。助かりました」
瑠璃羽さんと二人、書庫で紅茶とお菓子を頂いています。柊人様は瑠璃羽さんが追い出してしまいました。恐らく八重が相手をしているか、例の専門書を読まれていると思います。
「瑠璃羽さんも婚約者様がいるのなら言ってくだされば良かったのに」
そう言えば瑠璃羽さんはちょっと視線を逸らしてもごもご答えます。
「だってりん子さんとシュウが知り合いだったなんて思わなかったもの」
「まあそれもそうですけど……。寂しいじゃないですか」
「……りん子さん可愛い!」
瑠璃羽さんはキャーっと言いながら笑います。瑠璃羽さんの方が可愛いと思いますけどね。
というか瑠璃羽さんが柊人様の婚約者であるということはゲームでは私と同じ悪役令嬢だったという事でしょうか。私はずっとりん子の取り巻きかと思っていましたが、柊人様ルートの悪役令嬢だと考えることもできます。
ただそうなるとやっぱりこのゲームにはルート分岐があるということになるので煌太郎様には頑張ってもらわないと困ります。私も頑張らなければなりません。その為には瑠璃羽さんに今日家へ呼んだ理由を話さなければなりませんね。
「瑠璃羽さん、相談があるのです」
「相談?私でよければ何でも聞くわよ!」
一人ではどうにもならないことは矢張誰かに頼るに限ります。
何とかして煌太郎様を幸せにするのです!
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