りん子と春乃、それから自覚



「えっ!?春乃さん私の一個下なのですか?」


 馬車の中、私は素頓狂すっとんきょうな声を上げました。対面には春乃さんがそわそわしながら座っています。余り個人の馬車に乗ったことが無いそうで、先刻から「凄い!ふかふか!」と呟いたりしています。本当に可愛らしいですねぇ……。ヒロインって凄い。


「そうなんです。私元々はこの町に住んでいたのですけど色々あって引っ越したんです。その先の女学校に通っていたのですが今年またこちらに戻って来まして」

「まあまあ、そうなんですね。それでは今は四年生ということでしょうか」

「はい」


 その時、私の脳裏にふとあの日のことが思い出されました。煌太郎様が傷だらけで家に来た日のことです。煌太郎様が助けたという少女。同い年くらいだと仰っていましたから春乃さんと年齢も合います。


「春乃さん引っ越す前に事故に合いそうになりませんでしたか?」

「え!?何故それをご存知なのですか?」


 春乃さんは目を大きく見開いてこちらを見ます。矢張そうでしたか。まあ、ゲームの世界線ですからね。その子が春乃さん以外である可能性は限り無く零に近いはずです。


「私の婚約者は先程会った男性なのですけど、彼が七年程前に私と同い年辺りの女の子を助けたと言っていたのを思い出しまして。なんとなく春乃さんなのではないかと思ったのです」

「はい……はいそうです。恐らくそれは私だと思います。私ずっとお礼が言いたかったのです」


 私はその言葉に耳を疑いました。、ですよ?詰まり引っ越してから七年間煌太郎様のことを忘れてはいなかったいうことですよね!?煌太郎様に悪い印象を持っている訳では無いということですよね!?煌太郎様に恋をする可能性は大いにあるということですよね!?!?

 ……すみません、少し興奮してしまいました。端ないですね。

 まあ何はともあれ、煌太郎様ルートに持っていく事が出来ないことも無さそうです。元々煌太郎様に対して好感があるならその先も楽に行きそうですし。


「……あの、りん子様は先程の方とご婚約なされているのですよね」

「ええまあ……一応」

「一応……?」


 きょとりと首を傾げる春乃さんに私は曖昧に笑います。柊人様と雨の日に話したときの様な顔をしている自覚は十分にありますよ。


「私の婚約者は神崎煌太郎様というお方ですよ。近い内に春乃さんをお友だちとして紹介しようと思っているのでお名前とお顔、覚えておいてくれると有難いです」

「そ、そんな恐れ多いです!私なんかのこと……」


 春乃さんはほんのり頬を赤くしています。若しかして煌太郎様に逢うのが恥ずかしいのでしょうか?え、これ脈アリじゃないんですか??

 なんて感じでいじらしい春乃さんと策略を巡らせる私の下校は終わり、無事春乃さんをお家にお届けすることが出来ました。未来の煌太郎様の奥様候補に何かあったら困りますものね。








 ▽







 ▽







 暖かな日射しが降り注ぐ中、私は公園のベンチに座って本を読んでいました。今日はなんとなく外で読みたい気分だったのです。暇があれば本を読んでいる私ですが、ちゃんと誰かと遊んだりすることもありますよ。瑠璃羽さんと出店でお団子を食べたり、八重とおはぎを作って食べたり、奏次郎くんと洋菓子を食べたり……。

 まあ、良いじゃないですか。食べたって。

 あれから煌太郎様と春乃さんをどうやって交流させようか画策しているのですが、学校が違うので余り上手に逢わせる事が出来ません。

 煌太郎様にも春乃さんの第一印象について訊いてみましたが「よく物を落とす女性だな」と。春乃さんが七年前に助けた人だと教えて直ぐに訊いたからですかね……。だとしても運命的な再会を果たした訳ですからもっと何か凄いものを感じても良いのではないでしょうか?煌太郎様の恋愛事への無関心度は年々上がっている様な気がします。


「それにしても、良い陽気ですねぇ。眠ってしまいそうです」


 私は欠伸を一つして周りを見渡しました。

 満開の時期は終わってしまいましたがまだ綺麗な桜が咲き誇っている木がありますので、花見客もちらほらいます。平和ですねぇ……。





 ▽





 ▽





「――……い、おい。おい、起きたまえ!」


 耳元叫ばれ、私はびっくりして目を開けました。


「……煌太郎様?何故ここに」

「奏次郎がここの桜を描きたいと言うから連れてきたんだ」


 そう言われ、彼が指差す方向を見ると熱心に筆を動かす奏次郎くんの姿が。奏次郎くんは絵を描くのがとてもお上手で、よく描いているのを見かけます。私のことも描いてくれるのですよ。

 私が奏次郎くんの所へ行くことの許可を取ろうとすると、それより早く煌太郎様が口を開きました。


「というか君は一体全体何をしているんだ。こんな誰が何をするか分からない様な場所で居眠りをするなど……」


 言われて気が付きました。確かに私がしたことは名家の女性として、また煌太郎様の婚約者として恥ずかしい事でした。彼にも迷惑を掛けることになっているのです。


「も、申し訳ありません。本当に、端ない事をしてしまい――」

「そうじゃない。危ないからだろう」


 ……?危ない?何が?誰が??

 私は突然の言葉に目を丸くしました。その間に煌太郎様は私の手から小説を抜き取ります。そうして手を差し出したのです。


「ほら」

「?? あの、えっと?」


 戸惑い、おどおどしていると痺れを切らした 煌太郎様は一度小さく舌打ちをして私の空っぽの手を掴みます。ぐいっと私を持ち上げて、回れ右をした彼は奏次郎くんの方へ向かいました。


「奏次郎が君に会わせろと五月蝿いからな」


 ぼうにそう言って煌太郎様は歩きだします。



 手が温かいのです。

 煌太郎様の手は、確かに温かく、生きている人の温度を持っていました。


 これまで私はこの世界をゲームの中でしかないと、そう捉えていたのです。勿論ここは戦争もあからさまな差別も、都合の悪いものは何一つ無い、でしかありません。


 それでも私は生きていて、明日も明後日も明々後日しあさって弥明後日やのあさってもここで生きていくのです。そしてそれは彼も同じ。煌太郎様はゲームの登場人物ではなく、ちゃんとした人間なのです。神崎煌太郎という一人の人間なのです。


 それに気が付いたとき、私は何故だか泣きたくなりました。知らぬ間にこの人の罠に掛かっていたのだと。こんなこと、知りたくもありませんでした。それでも。

 全部全部、わかってしまったのです。



 私はこの男性ひとが、好きなのだということを。



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